11年目の再会 


 今日、あの人がこの町に帰って来る。
 あの人がこの町に来るのももう5回目。
 最初はただの旅行のためだった。
 2回目はホワイトイルミネーションを見に来るため
 3回目は・・・うぬぼれじゃなかったら、私に会うために・・・
 4回目は大学受験のため
 そして今回はこの家で暮らすためにやって来てくれる。
 この北に・・・。



 昨日は、なんだかドキドキしてあまり眠れなかったせいか、あやうく寝坊しかけてしまった。
 今日はあの人が来る大事な日なのに。

 私は身支度を整えて、空港まで出迎えに向かおうとした。
 すると玄関までお母さんが見送りに出てきてくれた。

「じゃあ、公一くんのことは頼んだよ」

「まかせてよお母さん」

「母さんも仕事がなけりゃ、一緒に出迎えにいってあげるんだけどね。
 ま、恋人同士の感動の再会に水を差しても悪いからね。琴梨も1人の方がいいだろ」

「もう、お母さん・・・」

 お母さんが変なことを言うので、急に照れくさくなってしまった。

「それより今日はプラカードは持っていかないのかい?」

「あんな恥ずかしい事何回も出来ないよぉ・・・。じゃあ、行ってきます」

「ああ、よろしく頼むよ」

「はーい」

 私は家を出ると駆け足で駅へと向かった。
 べつに走らなくても十分に間に合うんだけれど自然と足は駆け出していた。



公一1

 僕はまたこの大地に足をつけた。
 その数は通算5回目になる。
 1回目はただの旅行で
 2回目はあの子に告白するため
 3回目は純粋にあの子に会いたかったから
 4回目は受験のため
 しかし5回目の今日は今までとは違う。
 今までの僕はただのトラベラーだった。
 でも今回僕はこの地で暮らすためにやって来た。
 この北へ・・・。



 北海大学に無事合格を果たした僕はこの町に移住してきた。
 大きな荷物は明日届くはずなので、それほど荷物は持ってはいないが、それでも少ないとはいえない。
 両手にその荷物を持ちながら僕は空港のゲートをくぐる。
 そしてすぐさま左右に視線をめぐらした。
 すると僕の目に僕と同じように辺りを見渡している1人の女の子の姿がうつった。

「琴梨ちゃん!!」

 僕が声をかけると、その子は今まで不安そうだった表情を一変させ、笑顔でこちらに向かって駆けて来た。

「公一さん!!」

 そして僕の目の前まで来ると足を止め、うれしそうな顔で僕に微笑みかけてきた。
 少し癖のある、でもふわふわの柔らかそうな髪
 少し垂れ気味だけど可愛い瞳
 少しだけ赤く染まった頬
 たしかに琴梨ちゃんが僕の目の前にいた。

「公一さん・・・」

 そして琴梨ちゃんはもう1度僕の名前を口にした。
 少しだけ瞳を涙でうるませながら。
 それを見た瞬間、僕は思わず琴梨ちゃんを思いっきり抱きしめたい衝動に駆られてしまった。
 しかし人目の多いこの場所ではそんなことをするわけにはいかず、なんとか自制心を総動員してこらえた。

 後で聞いた話なのだが、この時琴梨ちゃんも実は僕に抱きつこうと思っていたそうだ。
 でも人目があるため我慢したらしい。
 偶然にもこの時の僕たちは同じ想いを抱いていたわけだ。
 なので、もし僕たちがお互いの心を読み合えていたなら、人目もはばからずに抱き合っていた事だろう。

 しかしエスパーでもない僕たちにはそんなことは分かるはずもなく、
 再会の儀式は微笑み合うだけにとどまった。

「おかえりなさい、公一さん」

 それでも琴梨ちゃんに‘おかえりなさい’と迎えてくれたことがうれしくて、
 そしてようやく実感できた。
 僕は北の大地に帰ってきたのだと。

「ただいま、琴梨ちゃん」

 だから僕も‘ただいま’と返した。

「うん」

 琴梨ちゃんはそれに満面の笑みで応えてくれた。



琴梨2

 それから私と公一さんは汽車に乗るために空港を後にした。
 この時、私は公一さんと手をつないで帰りたかったのだけれど、
 残念ながら公一さんの両手は荷物で塞がっていた。

「ねぇ、公一さん。荷物重たくない?1つ持とうか?」

 だから私はそう提案してみたんだけど、

「ううん、平気だよ。ありがとう琴梨ちゃん」

 あっさりと断られてしまった。
 よく考えれば、優しい公一さんが私に重い荷物を持たせるはずもなかったのだ。
 だったら腕を組もうかとも思ったけど、荷物を持っている公一さんの腕にぶら下がるわけにはいかない。
 たぶん公一さんは嫌な顔はしないだろうけど、さすがに迷惑だし。
 しかたなく今日のところは諦めることにした。



「公一さん、大学合格おめでとう」

 汽車に乗って落ち着くとすぐに私はこう言った。

「あ、ありがとう琴梨ちゃん。でも、なんだかいきなりだね」

 すると公一さんはなんだか照れたような顔をした。

「ん・・・。電話越しには言ったけど、面と向かって言うのは初めてだったから言っておきたかったの」

「ありがとう、これも琴梨ちゃんが応援してくれたおかげだよ」

「そ、そんなことないよ!公一さんががんばったからだよ。私なんか何にもしてないよ・・・」

「ううん。琴梨ちゃんがいてくれたから、大変だった受験勉強もがんばれたんだよ」

「ん・・・。そう言ってくると、うれしいな・・・」

 なんだか私のためにがんばってくれたように聞こえて、本当にうれしくなった。
 頬がなんだか熱いから、顔が赤くなってないか心配だけれど・・・。



公一2

 僕が大学受験の苦労話などをしているうちに汽車は平岸駅に到着した。
 そこから徒歩で少し行くと、なつかしのローズヒル南平岸が見えてきた。
 そして部屋の前まで来て琴梨ちゃんが鍵を開けると、彼女は急に振りかえった。

「公一さんはちょっとここで待っててね」

「え、なんで?」

「いいから、私がいいって言うまで入っちゃダメだよ」

「うん・・・」

 僕には琴梨ちゃんが何を考えているのか分からなかったけれど、素直にしたがった。
 琴梨ちゃんはすばやく中に入ると、すぐにドアを閉めた。

「いいよ」

 するとすぐにOKの合図がきた。

(?)

 僕には琴梨ちゃんの意図が分からなかったけれど、とりあえず入ってみた。

ガチャ

「おかえりなさい、公一さん」

 するとそこには満面の笑みを浮かべる琴梨ちゃんが出迎えをしてくれていた。

(そうか)

 僕はようやく琴梨ちゃんの意図を理解した。
 彼女は僕を家族として家に迎え入れたかったのだ。
 そんな心遣いが僕にはとてもうれしかった。

「ただいま、琴梨ちゃん」

 だから僕も笑顔で返事をかえす。

「うん。へへ・・・なんだかいいね。こういうの」

 すると琴梨ちゃんはちょっとはにかんだような笑顔を浮かべた。

「うん。そうだね」

「さぁ、上がって公一さん。公一さんももうこの家の人なんだから遠慮しなくていいんだよ」

 そう言われて、僕も遠慮なく上がらせてもらう。

「荷物はいつもの部屋でいいのかな?」

「うん。そこが公一さんのお部屋だからね」

「じゃあ先に荷物を置かせてもらうよ」

「うん。じゃあ私はリビングでお茶を入れるから、用意が出来たら呼びに行くね」

「うん、ありがとう」



琴梨3

 お茶の準備を終えた私は公一さんを呼びに部屋を訪れた。

コンコン

「どうぞ」

 ドアをノックすると中から声がかかる。

ガチャ

 ドアを開けて中に入ると、公一さんは持ったきた荷物を開けて部屋に広げていた。

「お茶の用意できたよ。でも何してるの?」

「うん。持ってきた分だけでも先に整理しておこうかなって思ってね。
でもこれじゃあ散らかしているだけかな・・・」

 公一さんはそう言うとはははと笑った。
 その時、私は公一さんが持っていた人形型の時計に目を奪われた。

(あれ?あの時計・・・)

 私はその時計に見覚えがあった。
 私も同じようなものを持っている。
 たしかそれは・・・。
 ずっとずっと昔の記憶。
 まだお父さんがいたころの・・・。
 
「公一さん・・・。それ・・・デズモンド」

 そう、深い記憶の底から浮かび上がってきたその名は私の持っているモリーの兄の名前。

「うん、そうだよ。琴梨ちゃんも良く覚えてたね、デズモンド。琴梨ちゃん、見るのは久しぶりだよね」

 公一さんはうれしそうにデズモンドを私に見せてくれた。

「うん、覚えてるよ。だって・・・それはお父さんがくれた、私とお兄ちゃんとの絆だもの・・・」

 そう、それはお父さんが私たちにくれた最初で最後の贈り物。

「ちょっと待っててお兄ちゃん!」

 私は急いで自分の部屋に行くとモリーを持ってきた。

「デズモンド。モリーだよ」

 そして私はデズモンドの隣にモリーを置いてあげた。

「10年・・・。いや、11年ぶりの再会かな」

「そうだね」

 まるで寄りそうように立つデズモンドとモリーを見ていたら、不意に脳裏に昔の思い出が次々によみがえってきた。
 小さい頃の私がお母さんとお父さんと暮らしていた頃のこと。
 お兄ちゃんの家に遊びに行ったときのこと。
 お兄ちゃんと喧嘩したときのこと。
 そしてお父さんからモリーを貰ったあの時のこと。
 そして、お母さんからお父さんが死んだことを聞かされたときのこと・・・。
 それらの思い出に引きずられるように涙がこぼれた。

「琴梨ちゃん・・・」

 そんな私をお兄ちゃんは戸惑いの表情を浮かべて見ていた。

「ごめん・・・。ごめんなさい・・・。あれ・・・。お、おかしいな・・・涙が・・・止まらない・・・」

 私は必死に涙を止めようとしたのだけれど、何故か涙は止まらなかった。
 するとお兄ちゃんは私を胸の中に抱き寄せてくれた。

「無理に止めなくてもいいよ。思いっきり泣けばいい」

 そう言われた途端、私の目からは堰を切ったかのように涙があふれた。
 そして声を上げて泣いてしまった。



公一3

 琴梨ちゃんはしばらく僕の胸の中で泣いていたけれど、しばらくするとすぐに泣き止んだ。

「ありがとう、お兄ちゃん・・・。もう大丈夫だよ」

 そして僕の胸から顔を上げた。
 琴梨ちゃんは少し目を赤くしていたけれど、すっきりしたような表情をしていた。
 
「ごめんなさい、お兄ちゃん。突然泣き出しちゃって・・・。
デズモンドとモリーを見てたらお父さんのこと思い出しちゃって・・・」

 琴梨ちゃんは恥ずかしそうな顔でうつむいている

「ごめんね。僕がデズモンドを見せたばっかりに・・・」

「ううん。お兄ちゃんのせいじゃ、あっ!!私何時の間にか公一さんのことお兄ちゃんって呼んじゃってる・・・」

 琴梨ちゃんは口元に手をあてて驚いた顔をした後、すぐにすまなさそうな顔になった。

「ごめんなさい、公一さん。もうお兄ちゃんって呼ばない約束してたのに・・・」

「そんなのべつに構わないよ」

「ううん、ダメだよ。だって公一さんはもう私のお兄ちゃんじゃなくて、その・・・こ、こ、恋人なんだもん・・・」

 琴梨ちゃんは恥ずかしそうに赤くなりながらも言いきってくれた。

「ありがとう、琴梨ちゃん」

 僕はそんな琴梨ちゃんの態度に胸がぐっときて、もう1度琴梨ちゃんを抱きしめていた。

「きゃ」

 琴梨ちゃんは驚きの声を上げたが、すぐにうれしそうに僕を抱きしめ返してくれた。
 そんな僕たちをデズモンドとモリーはうれしそうな顔で見ている気がした。


<おしまい>




あとがき

最後までお読み頂いてありがとうございます。
デズモンドとモリーのお話は如何だったでしょうか?
いちいち一人称が主人公と琴梨とで切り替わるため読みにくかったかもしれませんが、ご容赦下さいませ。

この話は主人公が北海道の大学を受験して合格した後の話として書いております。
発想元は‘ゲーム本編で琴梨ちゃんはデズモンドには会っていないな’と思ったのがきっかけですが、
2人のその後の話を以前から色々考えていましたので、それと合わせて書いてみました。

主人公の名前を‘公一’としていますが、これは‘1’番目の主人‘公‘ということで公一と名づけました。
そのまんまですね。
本編では出てきませんでしたが苗字も考えてありまして、これは‘秋田’です。
春野家の親戚ということで秋という字をいれて‘秋田’。
これもそのまんまですね。

若輩者の私の話に最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
それではこのあたりで失礼いたします。
岡村啓太でした。



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