友達の基準  里中梢編

「どうしよっかなぁ・・・」

 私は街中を歩きながらポツリと呟いた。
 今日は部活に出るような気分でもなかったから街にくりだして来たんだけど。
 なぜか私は一人ぼっちで歩いている。
 だって誰もかまってくれないんだもん。
 けあふりぃさんに携帯で遊びに誘ってみたんだけど、用があるらしく掴まらなかった。
 蒼き月の夜さんなら連絡すればすぐに付き合ってくれるだろうけど・・・。
 昔、告白されて振った事のある身だし、2人っきりになるのはちょっとねぇ・・・。
 と、いうわけで蒼き月の夜さんはパス。
 ほかにも知り合いはたくさんはいるけど・・・。
 でも実際私に付き合ってくれるのはこの2人だけ。
 他のみんなはあれこれ理由をつけていつも断ってくる。
 そんな人をまたこっちから誘うなんて願い下げだから2度と誘ったことなんてない。
 それに、全員‘ゆきちゃん’の友達だ。
 みんなが見てるのは‘ゆきちゃん’で、本当の私、里中梢じゃない。
 でも仕方ないよね。みんなの前じゃ、私はずっと‘ゆきちゃん’の仮面をかぶってるんだもん。
 ずっと隠れているだけの‘梢’に友達がいるわけない。
 そんなこんなで今の私は一人ぼっち。
 あ〜あ。こんな事なら部活に顔を出しとけばよかった。
 でも、今日は部活に行っても琴梨ちゃんも用があるとかでいないしなぁ・・・。
 鮎ちゃんはいるけど。
 ホントは彼女が私の事そんなに良く思ってないの知ってる。
 鮎ちゃんとは琴梨ちゃんが絡んでいる時にしか付き合えない。
 琴梨ちゃん。
 琴梨ちゃんはちゃんと私を見てくれる。
 ちゃんと、里中梢の私を。
 そう、思うんだけど・・・。

「あ〜あ。なんかつまんないから今日は素直に帰ろっかなぁ〜・・・」

 暗くなりそうな気分を振り払うように、くるりと方向転換したら

「ギョギョ!」

 とんでもないものを見てしまった。
 今、私の目の前を1組の男女が通りすぎた。
 それだけなら別に驚くほどの事じゃないんだけど、その男が問題。
 なんと、その男はこの前会った琴梨ちゃんの彼氏じゃない!!
 なんでこんな所を女の人と歩いてるの?
 しかも、その女の人は大人の色気あふれる・・・は言いすぎか。
 服装もわりと地味だし、化粧もナチュラル。でも凄く美人な大人の女性。
 なんでこんな美人と琴梨ちゃんの彼氏(名前忘れちゃった。ま、いいか)が一緒にいるんだろう?
 まるでデートしてるみたい。
 ・・・・・・・・・デート?
 ホントにデートしてるんじゃないの?
 と、すると・・・浮気!?
 ええぇぇぇーーーーーーーーーーー!!!
 琴梨ちゃんの彼氏ってナンパな二股野郎って事?
 あぁ〜・・・何てことでしょう。なんて可哀想な琴梨ちゃん。
 あんなに可愛い琴梨ちゃんに好かれていながら他の女にも手を出すなんて。
 これは何としても真相を突き止めなきゃならないわ!!
 愛する琴梨ちゃんのため、使命に燃える私はすぐに2人の追跡調査を開始した。



 目標は前方50メートルをゆっくりと南に進行中。
 足取りがしっかりとしている事からも、おそらく目的地は定まっているものと思われる。
 2人は意外にも言葉が少なく、あまり親しげにはみえません。
 どういう事でしょうか?
 あっ!目標が進路を変更。
 建物内に進入しました。早急に調査します。
 建物は喫茶店と判明。おそらくここが目的地だと思われます。
 調査続行のため、自分も店内に侵入します。


 
 店内進入。目標は窓際の席に向かいあった状態で・・・
 って、いい加減疲れてきたから普通にしましょ。
 2人は店員に何か頼むとすぐに何かを話しだしてる。
 う〜ん・・・。ここからじゃ何言ってるのか全然聞こえないよぉ〜。
 でも、あんまり近い席に座ると見つかっちゃうしなぁ・・・。
 こういう時こそ読唇術を・・・・・・って、使えるわけないしぃ。

「あの〜・・・。お客様?」

「あっ、はい?」

 何時の間にか店員が来ていたらしく訝しげな顔で側に立っていた。
 そりゃあ、席から身をのりだして耳をそばだてる女子高生がいたら変に思うわよね。

「あはは。ケーキセット1つ」

 とりあえず私は注文をして店員をさげさせると視線を2人に戻した。
 相変わらず何かを話してるんだけど、私にはさっぱり聞こえない。
 う〜・・・もどかしーー!!
 分かる事といえば、
 話してるのは主に彼氏の方で女の人は時々相槌程度の返答をしている事ぐらいかな。
 でも、そんな事が分かったって内容が分からなければ何の意味もないじゃない。
 あ〜あ。やっぱり危険を犯してでも、もっと近い席に座ればよかった。
 
「あの、お客様?」

「あっ、はい!」

 またさっきの店員がすぐ側まで来てたみたい。
 店員はケーキセットを持ちながら、さっきと同じように訝しげな顔をして立ってる。
 この人、また身を乗り出していた私を見て
 ‘さっきから何やってるんだろう?’
 って思ってるんだろうな。顔にそう書いてあるもん。

「ケーキセットでございます」

「あはは、どうも〜」

「では、ごゆっくりどうぞ」

 しかし、店員はあくまで事務的な態度でケーキセットを置いて去って行った。
 私もさっきと同じように愛想笑いを浮かべながら店員の背中を見送る。
 絶対あの店員は言葉とは裏腹に私にゆっくりしてて欲しくないって思ってるだろうな。
 私だって、こんな変な客がいたらすぐに出て行って欲しいって絶対思うもん。
 それはさておき、これでもう邪魔は入らないわ。心置きなく監視ができるってもんよ。
 ・・・だからって、2人の事見てる以外にできる事って何もないのよね。
 仕方なく私はケーキを食べながら(あっ、意外とおいしいわ)2人の監視を続けた。
 そして、

「あっ!」

 ケーキが食べ終わる頃に重大な事に気づいた。
 
(彼氏も女の人も私の顔なんて知らないんだから、すぐ横に座ったって平気だったんじゃない!!)

 なんてマヌケな私。
 ・・・・・・ま、今更悔やんでも仕方ないわよね。
 そうと分かったら、さっそく移動しましょ。
 そして私は彼らの隣の席へ移動すべく腰を上げかけたのだけど、

(いきなりここで席を替えたら目立つうえに無茶苦茶怪しいじゃない)
 
 そう思い直して座り直した。
 でも、ここでこうしていても埒があかないのも確かだし・・・。

 そんな事で私が悩んでいると、不意の彼氏の方が席を立った。
 トイレかな?
 と、思っていると、彼氏はそのまま店を出て行ってしまう。
 あれ?どういう事?
 女の人の方はといえば、席に座ったまま本を広げて読んでる。
 ますます訳が分からない。
 そして私の脳裏には3つの選択肢が現れた。

 1: 女の人を放っておいて彼氏を追いかける。

 2: 彼氏を放っておいて女の人の監視を続ける。

 3: 2人とも放って帰る。

 3は論外。
 1は今から追いかけても彼氏が見つかるかどうか分からないのでパス。
 残る2を私は選んだ。

 しかし、いつまで経っても女の人はただ黙って本を読んでいるだけ。
 監視しているのがバカらしくなるぐらい変化がない。
 うぅ・・・選択肢を間違ったかな?1にしておけば良かったかも・・・。
 えぇ〜〜い!こうなったら直接あの女に彼氏との関係を聞いてやるぅ!!

・・・

 と、意気込んではみたものの、私の腰は椅子から浮いてくれなかった。
 うぅ・・・、だって初対面の人にいきなり浮気の真相を確かめるなんてヘビーな事聞きに行くんだもん。
 気後れだってしちゃうわよ!
 って、自分で自分に言い訳してて仕方ないし・・・。
 えぇ〜〜い!これも琴梨ちゃんのためよ!女は度胸!!
 再度気合を入れなおし、私は女の人のもとまで歩いて行った。
   

「あのー」

 そして私は女の人の横まで言って声をかけたのだけど、

「・・・」

 彼女は本に夢中なのか振り向いてもくれなかった。
 なんて失礼な人なの。

「あの〜・・・もしもし?」

「えっ?私?」

 もう一度、今度はきつめに声をかけると今度は本から顔を上げてこちらを見てくれた。
 うわっ、近くで見ると本当に美人なのがさらによく分かる。
 ふわふわのセミロング、大人っぽく落ち着いた雰囲気。
 大人の女性とはこういう人の事をいうんだろうな。 
 ・・・なんて、見とれて感心してる場合じゃないわ。

「はい。ここ、よろしいですか?」

 私は家で外来のお客様用に使う丁寧口調で、さっきまで彼氏の座っていた席を指差しながら尋ねる。

「えっ?」

 女の人は怪訝な顔で店内を見渡した。
 もちろん店内は相席しなければならないほど賑わってはいない。

「席は他にも空いているみたいだけど?」

 だから不思議そうに尋ね返してくる。
 まぁ仕方ないよね。自分でも唐突な話だって思うもん。

「いえ、ここがいいんです」

「そう・・・。なら私は別の所に退くわね」

 女の人は私がここの席をお気に入りにしていると思ったのか退いてくれようとした。
 ちょっと良い人かも。でも、退いて欲しいわけじゃないけどなぁ・・・。

「いえ、そこにいてください。アナタにお話があるんです」

「私に?」

 女の人はますます不可解そうな顔になって私を見つめ返してきた。
 その瞳からは不信感がひしひしと感じられる。
 まぁ、いきなり見知らぬ女子高生から話を持ち掛けられたら不信に思うのも当然だわ。



 そんな視線を感じながら、私は相手の返事も聞かずに席に着いた。

「なにかしら?」

 しかし、彼女は私の身勝手な行動を見ても意外に冷静で、実は私の方が激しく緊張していた。
 これが大人の余裕ってやつなのかしら?
 ちょっと気後れしそう・・・。
 あ〜ダメダメ!気をしっかり持たなきゃ。やましい事をしているのは向こうなんだから。

(スー・・ハー・・・。よし!)

 私は緊張でバクバクする心臓を押さえながら、心の中でだけ深呼吸をして覚悟を決める。

「さっきまでここに座っていた男の人とはどういった関係ですか?」

 そして私は小細工抜きで(というより、そんな余裕がなかったから)ストレートに尋ねた。

「えっ?さっきまでって・・・秋田くんの事?」

 あ、思い出した。たしか秋田公一って名前だっけ。

「そうです」

「関係って言われても・・・。アナタは彼の何なのかしら?」

 うっ。
 何って言われても・・・なんて言えばいいだろう。
 返答を思いつけない私はいきなり出鼻をくじかれ口篭もってしまう。
 いけない!ここで弱気になったら相手の思う壺よ。強気でいかなきゃ!

「彼にはちゃんとした可愛い彼女がいるんです!アナタはそれを知ってるんですか!?」

「ええっと・・・彼女っていうと・・・。アナタがもしかして春野琴梨さん?」

 どうして琴梨ちゃんの名前を知っての?
 もしかして知ってて彼と付き合ってるのかしら?
 だとしたらますます許せない!

「いえ・・・。私は琴梨ちゃんの友達です」

「そうよね・・・。秋田くんから聞いていたのとは感じが違うものね。メガネもかけてるし」

「そんなことより!彼とはどういった関係なの!?ちゃんと答えてよ!!」

 なかなか本題を話し出さない女性に苛立った私は声を荒げて詰め寄った。
 言葉使いも素に戻っちゃったけど、そんな事気にしてなんていられない。
 しかし、その女性は私の勢いなんて微塵も気にせずマイペースに考え込み出した。

「そうねぇ・・・・・・・・・。お昼休みを共に過ごす仲ってところかしら?」

 はぁ?お昼を共に?
 なに言ってるのこの人?

「あぁ、ごめんなさい。こんな言い方したら余計に混乱させちゃうわよね」

 私が不可解そうな顔をしていたからか彼女は苦笑を浮かべると再度考え込みは始める。

「う〜ん、そうねぇ・・・。簡単に言うと、顔見知り以上友達未満って感じかしら」

「へっ?」

 予想外なその答えに私の口からは思わずマヌケな吐息が漏れた。

「・・・恋人じゃないの?」

「えっ!?恋人?まさかぁ・・・。あっ、もしかして・・・。うふふ。なぁんだ、あはは、そっかぁ」

 訳が分からず問い返す私の言葉を聞いて、彼女はなぜだか突然笑い声をあげだした。
 いったいどうなってるの?

「あはは、おっかしい。あはは、あはははは」

 そして?マークを顔に貼り付けた私の前で彼女は大笑いを続けている。
 周囲から店員とお客から奇異の視線を浴びまくって。
 うぅ・・・店員の目がすでに変人を見る目になってるよ。やだなぁ。
 もぅ!いったい何なのこの人?



「あ〜、おかしかったぁー・・・。こんなに大笑いしたの久しぶりよ、もぅ。うふふ・・・」

 そして窓の外からも奇異の視線を感じる頃になって、ようやく馬鹿笑いを止めてくれた。
 見ると、彼女の目じりに少し涙を浮かんでる。
 まぁ、その涙は笑い過ぎの涙だと思うけど。
 そして、彼女の目にはもう懐疑的な光はなくて、代わりに何か優しいものが宿っていた。

「ん・・・。どうやらアナタは勘違いしてるみたいね」

 彼女は笑い過ぎでのどが乾いたのか水を一口飲むと改めて私に話しかけてくる。
 さっきまでとは違ってずいぶんと優しい口調で。

「勘違いって、何を?」

「秋田くんとはつい最近知り合ったばっかりで、話だって2、3回くらいしかした事ないわ。
そんな人が恋人になれるわけないでしょ」

 ええっ!?衝撃の真実・・・。
 って、そんな事言われても、すぐに納得できるわけないじゃない!

「だって今日もデートしてるじゃない?」

「これはデートじゃないわよ。この間、秋田くん、お弁当を持って帰るの忘れてね。
 次の日に私がそれを届けてあげたお礼に今日はお茶をおごってもらっただけなの」

「ぁ・・・」

 衝撃の真実の真相に私は言葉もなく、ただ彼女の言葉に耳を傾けることしかできない。

「私たちって、そんなに恋人同士の様に見えたかしら?」

 そう聞かれて、私は2人の様子を思い出してみた。
 道を歩いている時の2人。お店で話している2人。
 よーく思い出し返してみれば、恋人という雰囲気ではなかった気がする。

「見えなかったかも、しれない」

「そうでしょ。これで納得してくれたかしら?」

「・・・・・・うん」

 ここまで言われては私だって納得しないわけにはいかない。

「よかったわ。分かってもらえたみたいで。
 でも・・・。まさか私がこんな青春ドラマみたいな事に巻き込まれるなんて、うふふ・・・。思ってもいなかったわ。
 ホント・・・人生なにが起こるか分かったもんじゃないわね」

 目の前の女性はそう言って‘うふふ’と私に笑いかけてきた。
 その笑顔はとても魅力的で、
 そんな目で見つめられては、なんだか気恥ずかしくなって私は俯いてしまう。
 そんな私を見て、彼女は再び‘うふふ’と微笑んだ。

「でも、アナタってずいぶん友達思いなのね。
 普通、友達の彼氏の浮気相手に直談判までしないわよ」

「あはは・・・」

 それに関しては苦笑いを浮かべるしかないわ。
 自分でもずいぶんと大胆な事をしたなって、今では思うもん。

「その友達は幸せ者ね。こんなに素敵な友達がいるんですもの」

 彼女にそう言われた時、私の胸にチクリとした痛みが走った。
 本当にそうかな・・・。
 琴梨ちゃんは、私の事を友達と思ってくれているのかな?
 部活に顔出した時の私琴梨ちゃんの邪魔ばっかりしてるし。
 今日だって、勝手にこんな事しちゃってるし・・・。
 私は・・・友達って思ってるけど。
 ううん。友達になりたいって思ってるんだけど・・・。
 琴梨ちゃんは・・・本当は迷惑に思ってるんじゃ・・・・・・。
 琴梨ちゃんって優しいから、それで言い出せなくて・・・。

「ん?どうしたの?」

「えっ?」

 不意に飛びこんできた声によって、私の思考は瞬時に寸断される。
 現実に戻された意識で事態を確認すると、目の前の女性に怪訝な顔を向けられていた。

「急に黙り込んじゃったから、どうしたのかと思ったんだけど・・・大丈夫?」

「あっ、うん・・・。大丈夫」

 しかし、言葉の内容とは裏腹に私の声には力がなかった。

「もし、何か悩みがあるのなら相談にのりましょうか?私、こう見えても医者だし」

「えっ、お医者さんなの?」

「一応ね。まだ研修医だから、カウンセリングも真似事みたいな事しかできないんだけど。どう?」

 私はしばらくその人の瞳を見つめ、口を開きかけ、閉ざし、目も反らす。
 しかし、またもう少ししてからまた見つめ直した。
 その間、私の表情は私の想いに比例して様々な変化していただろう。
 でも、この人はずっと優しい瞳で私を見つめていてくれた。

「ホントに・・・琴梨ちゃんは私を友達って思ってくれてるのかな?」

「アナタはどう思ってるの?」

「私は・・・友達だって・・・・・・」

 私は最後まで言いきれず、言葉尻が小さく消えていった。
 私には、そう言いきれるだけの自信がなかったから。

「その子の事は好き?」

「うん」

 これは即答できる。
 琴梨ちゃんはお嬢様な家柄の里中家の梢でも、ネット仲間のアイドルゆきちゃんでもない、
 里中梢という生身の私自身と初めて付き合ってくれた人だから。

「相手が自分の事をどう思っているのか?
 それは長い人生において誰もが一度は悩む問題よね。
 その相手が友達しろ、恋人にしろ、家族にしろ、ね。
 なぜ知りたいと思うのか?
 それは不安だから。
 なぜ不安になるのか?
 それは相手が好きだから。
 その相手に嫌われたくないから。
 だからどう思っているのか知りたくなる。
 だけど、その問題に対して明確な答えを得られた人なんて・・・たぶんいないと思うわ。
 だって、超能力者でもない限り、本当に相手の心が読める人なんていないんですものね」

「そう、だけど」

 でもそれじゃあ、ずっと不安なままでいるしかないって事になるじゃない。
 
「じゃあ、どうすればいいのか?」

「えっ!」

 一瞬、心の内を見透かされたのかと思ってドキリとした。
 でも、今の話の通り、そんな事があるわけがない。 
 ただ、話の流れが偶然私の思いと一致しただけ。
 でも、それは今私が一番聞きたい事だったので、耳をダンボにして聞き入った。

「それは、信じればいいの」

 しかし、聞こえてきたのか答えになっているようないないような妙な答え。

「はぁ?」

 あまりに予想外なその言葉に、私は思わず変な声で問い返していた。

「その人は私の事を好きだ・・・ってね。
 信じていれば願いが叶う、ってわけじゃあ決してないんだけど。
 願いは信じることから始めるものよ。
 信じていなければ願いは叶わないものなのだから」

 説得力があるような、ないような・・・。

「アナタはその子の事信じられない?」

「それは・・・」

 信じたい・・・けど。

「それは・・・なに?
 アナタが知っている春野琴梨という少女はアナタが信用するに足る存在ですらない。
 ということかしら?」

 むっ!

「琴梨ちゃんはそんな子じゃないわよ!」

 彼女の言い様にカチンときた私は声を荒げて言い返した。
 すると、彼女は私の答えを聞いて、意外にもうれしそうに微笑んだ。
 なんで?

「うふふ。そう言えるなら大丈夫。アナタはその子の事を信じてるわ」

 あっ・・・。確かに、そうかもしれない。

「それに。
 友達だ、友達じゃない。これを決める基準なんて存在しないのよ。
 あるのは自分の心だけ。
 だから自分の心に正直になりなさい。
 それで大抵の物事は解決するから」

「・・・うん、分かった」

 私はまだ半信半疑だったけれど、素直に頷いた。
 この人の話は確かに頷ける事もあったし、
 なにより、ずいぶんと心が楽になっていたから。

「じゃあ、これでこの話はおしまいね。どうだった、私のカウンセリング?」

「悪くなかったよ。本当にお医者さんみたいだった」

「あはは、本当に医者なのよ」

 私がそう言うと、彼女は困った様に苦笑いを浮かべた。
 あわわ!本当に思った事とはいえ、思いっきり失礼なことを言ってしまった。

「うわっ、ごめんなさい」

「ううん、べつに構わないわ。医者といっても、まだ卵ですもの」

 慌てて謝る私を彼女は手をひらひら振りながら許してくれる。

「でも、今日は久しぶりに楽しい休日だったわ。
 最近、職場で嫌な事ばっかり続いていて鬱になってたの。
 だから、いい気晴らしになった。ありがとう」

 しかも、お礼まで言われてしまった。
 なんて良い人なんだろう。

「じゃあ、私はそろそろ失礼するわ。縁があったらまた会いましょう。
 その時にはまたお話聞かせてね」

 そして、彼女は席から立ち上がると、私ににっこり笑いかけてから店を出て行った。

「あっ」

 そして窓からも彼女の姿が見えなくなってから気がついた。
 彼女の名前を聞いてないし、自分も名前を名乗っていないことに。




 そして次の日の放課後。
 私は部活に顔を出した。
 もちろん、目的は部活動じゃなくて、琴梨ちゃんなんだけどね。

「おはようございます先輩」

「おはようございます」

 テニスコートまで行くと、先に着ていた琴梨ちゃんと鮎ちゃんが挨拶してくる。

「おはよう、お二人さん」

 私も明るく挨拶を返したんだけど、
 実は内心ではドキドキしていた。
 なぜなら、今日は一大決心して琴梨ちゃんにあの事を聞いてみようと思っていたから。
 昨日会った名前も知らない医者の卵の先生の話を信じて、
 なにより、琴梨ちゃんを信じて。

「琴梨ちゃん。実は今日、琴梨ちゃんに聞きたいことがあるんだけど・・・」

「えぇ〜、またですか先輩。もう琴梨のこと困らせないでくださいよ」

 私がそう言うと、隣の鮎ちゃんが嫌そうな顔をした。
 違うのよ鮎ちゃん。今日は本当に大事なことなのよぉ〜。

「なんですか?先輩」

 でも、当の琴梨ちゃんは嫌そうな雰囲気は微塵も感じさせずに小首を傾げている。
 あ〜、やっぱり琴梨ちゃんは素直ないい子だわぁ〜。
 そんな琴梨ちゃんの様子で心が少し軽くなり緊張感も和らいでくる。

「あのね・・・。琴梨ちゃんと私って・・・友達よね?」

「えっ!」

 意を決した私の問いに琴梨ちゃんは驚きの顔を見せる。

ズキッ

 そんな琴梨ちゃんの表情を見た瞬間、私の心に鈍い痛みが走る。

 どうして驚くの?
 琴梨ちゃんは私の事を友達と思ってなかったの?
 琴梨ちゃんにとって私は迷惑でしかなかったの?
 
 そして、そんな思いが瞬時に私の脳裏をよぎってゆく。
 しかし、

「どうしたんですか先輩?そんなの当たり前じゃないですか」
 
 琴梨ちゃんはいつもの屈託のない柔らかい笑みを浮かべてそう言ってくれた。
 そして、それを聞いた瞬間、

ギューーーーー

 私はうれしさのあまり琴梨ちゃんをギュっと抱き締めていた。

「あ〜ん、もう!スキスキ琴梨ちゃん!!」

 そして、ありがとう琴梨ちゃん。


<おしまい>

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あとがき

最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。

実は最初書き始めた頃はタイトルが‘スキスキ琴梨ちゃん’だったのですが、
今ではそっちの方が良かったんじゃないかと、ちと後悔しております。

梢嬢って本当はこんな子なんじゃないかな?
と、思って描いてみたお話ですが、どうだったでしょうか?
自分としては、やはり梢嬢を描くのは難しく、別人になってしまった気がします。
それでも、前回の後書きにも書きましたが、琴梨ちゃんとは良い友達にしてあげたかったのです。
鮎ちゃんも仲良くしてあげて欲しいな。

薫さんに関して
2話ではメインを飾った彼女ですが、ただのカウンセラーにしてしまいました。
当初の予定では2話の内容は1話に持ってくるつもりだったのですが、
それだと薫さんがヒロインの話と思われてしまうので2話に切り替えたのです。
2話の終わり方で公一くんとの仲を心配された方もおられるかもしれませんが、
作中彼女が言っているとおり、友達未満です。
公一の方にもその気はありません。
公一は秋吉耕治と違って琴梨ちゃん一筋ですから。(陽子さんにも釘刺されてますし)


これで、書いていないWIのヒロインは愛田めぐみちゃんを残すだけとなりました。
また、お話を書く事があったら、おそらく、めぐみちゃんをヒロインとしたお話か、
もしくはDDの誰かのお話になると思います。

それでは、また機会がありましたらお会いしましょう。
岡村啓太でした。

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