2人きりの夜


 僕が大学に合格し、ローズヒル南平岸に引越してきたその日。
 琴梨ちゃんは僕の歓迎のためにご馳走を作ってくれた。
 僕はそんな大げさなことはしてくれなくてもよかったのだが、

「大学合格祝いだけじゃなくて、引越し祝いも兼ねてるんだよ」

 と、琴梨ちゃんに言われては素直に受けるしかなかった。
 ま、琴梨ちゃんの料理が食べられるのはうれしいことだしね。

 しかし琴梨ちゃんの料理が作る終わる頃になっても、陽子おばさんが帰ってこなかった。

「どうしたんだろお母さん・・・」

 出来あがった料理を前にして琴梨ちゃんが心配そうに呟いたその時、

プルルルル

 電話が鳴った。
 琴梨ちゃんはすぐに受話器を取ると耳にあてた。

「はい、春野です。あ、お母さん。どうしたの・・・・・・うん。公一さんはちゃんと来てるよ」

 どうやらおばさんかららしい。

「・・・・・・えっ!そんな、公一さんも待ってるのに・・・・・・。
 うん・・・、うん。分かった・・・。うん・・・。しょうがないよ、お仕事じゃ・・・・・・・。
 うん・・・、うん。大丈夫だよ。うん。それじゃあ替わるね」

 琴梨ちゃんは受話器から耳を放すと僕に向き直った。

「おばさんから?」

「うん。お母さん、お仕事で帰れなくなったんだって。それと公一さんに替わってって」

「えっ?」

 僕は琴梨ちゃんから受話器を受け取ると耳にあてた。

「もしもし。公一ですが」

『公一くんかい?陽子だよ。今日はごめんね、迎えに行けなくて』

「いえ、それは構いませんが、今日帰れないんですか?」

『そうなんだよ。ごめんね。新人の子がトラブル起こしちゃってね。どうも徹夜になりそうなんだよ』

「そうなんですか・・・」

『悪いねぇ。せっかくの合格祝いと歓迎会だったのに』

「いえ、仕事なら仕方ないですよ」

『そう言ってもらえると助かるよ。この埋め合わせはいつかキッチリするから』

「そんなのいいですよ」

『そうかい?ま、新婚初夜だとでも思って、琴梨と2人っきりの夜を過ごしてちょうだい』

「お、おばさん!!」

 いきなりなおばさんのセリフに僕を大声をあげていた。

『はははっ。じゃ、家のことと琴梨のことは頼んだよ。それじゃ』

ツーツー

(なんてこと言うんだよ、おばさん・・・)

 僕はもう何も言わなくなった受話器を琴梨ちゃんに返した。

「お母さん、何て言ってたの?」

「ん・・・迎えに行けなかったことと、今日帰れないことを謝ってたよ」

 まさか新婚初夜のように思えと言っていたとは、とてもではないが言えない。

「残念だね、公一さん・・・。せっかく3人でお祝いできると思ってたのに・・・」

「仕事じゃしかたないよ。それより始めようか。料理が冷めるといけないしね」

 僕は場の雰囲気が暗くならないようにつとめて明るくいった。

「そうだね。公一さん、今日のお料理はすごいんだよ。
 お母さんが食べられなかったのを泣いて悔しがるくらいおいしいのが出来たんだから」

 琴梨ちゃんの方もさっきまでよりも明るい調子になってくれた。

「そうなの?」

「うん!私の自信作だよ!」

 そして2人の合格祝い&引越し歓迎会が始まった。
 料理の味の方は、琴梨ちゃんは以前会ったときよりもますます腕を上げていて、
 自信満々なのもうなずける、今まで最高の味だった。



公一2

 しかしあまりに美味しかったため、僕は食べ過ぎで動けなくなってしまった。
 調子にのって陽子おばさんの分まで食べたのがいけなかったのか・・・。
 そのため今僕はリビングのソファーに横になって休んでいる。

「大丈夫、公一さん?」

 そんな僕を琴梨ちゃんはずっと心配そうに見ていてくれる。

「平気だよ、琴梨ちゃん。ありがとう・・・」

「・・・」

 しかしそう言っても琴梨ちゃんの心配そうな顔は変わらなかった。
 横になったままでいるのが行けないのかと思った僕は自分の部屋に行く事にした。
 これ以上琴梨ちゃんに心配そうな顔をさせることの方が僕には辛かったからだ。
 なんとか胃に負担をかけないようにして立ちあがる。
 少し休んだせいか立ちあがるくらいなら出来るようになっていた。

「それじゃあ僕は部屋で休んでるよ」

「そうなの・・・。それじゃあ私はお風呂入れてくるから」

 僕はなんとか振動を押さえるようにしながら自分の部屋まで歩いた。



 部屋に着いた僕はゆっくりとベットに身を横たえた。

「ふぅ〜」

 そして一息つく。
 それからしばらくそのまままどろんでいた。

 そしてしばらく時が経ち。 

コンコン

 ドアがノックされた。

「どうぞ」

ガチャ

 僕が身を起こして声をかけると、ドアが開いて琴梨ちゃんが姿を見せた。

「公一さん。お風呂沸いたよ」

「ありがとう、琴梨ちゃん。でも、もう少し休んでから入るよ」

 少し休んだため大分楽にはなっていたのだが、とてもお風呂にはいれるような状態ではまだなかった。

「そう、じゃあ私が先に入ってもいいかな?」

「いいよ」

「じゃあ、先に入るね。上がったら知らせに来るから」

 そう言うと琴梨ちゃんは部屋を出ていった。
 そして僕はまたまどろみに身をまかせていった。



公一3

 突然、僕はまどろみの中で尿意を催し、目が覚めた。

(トイレ、トイレ)

 ベットから立ちあがってみるとお腹はずいぶんと楽になっている。
 これなら歩きまわるぐらいなら支障はなさそうだ。
 僕はトイレに向かうべくドアのノブに手をかけ、開いた。

「きゃ!!」

「!!」

 するとドアの向こうには目を丸くして驚いている琴梨ちゃんの姿があった。
 しかし目を丸くして驚いたのは僕も同様だった。
 なぜなら琴梨ちゃんはバスタオル1枚を身体に巻いただけという姿だったからだ。
 少し濡れていつもよりへにゃっとしている髪。
 赤く上気した頬。
 まぶしいくらい白い素肌。
 お風呂あがりの匂い。

ドキンドキンドキンドキン

 それらを見た途端、僕の心臓は激しいビートを刻み出した。

「驚いたー。ドアをノックしようとしたら先に開いちゃうんだもん。あ、お風呂空いたからいつでも入っていいよ」

 しかし琴梨ちゃんはまったく動揺した様子も見せていなかった。

「えっ?、あっ、う、うん。分かったよ・・・」

 しかし僕は動揺しまくっていて、満足な返事も出来ていなかった。
 そして琴梨ちゃんは何事もなかったかのように自分の部屋へ戻って行った。

パタン

 僕は部屋のドアを閉めると、

(む、無防備すぎるぞ琴梨ちゃーーーん!!!)

 再び1人になった自分の部屋で絶叫をあげていた。(ただし心の中で)

(はぁ・・・はぁ・・・)

 それからなんとか心を落ち着かせて、さっきのことを考えてみた。

(琴梨ちゃんはまったく動揺していなかった。
 と、いうことは僕は男として認識されていないのだろうか?
 いや、そんなことはあるわけはない!!
 彼女は僕のことを恋人だと思ってくれている。
 そんな人を異性として意識していないわけが無い!!
 ではやはりまだお兄ちゃんとしての意識の方が強いのだろうか?
 それはそれで辛いなぁ〜・・・)

 と、色々考えてみたけれど結局答えは出なかった。



琴梨1

「ふぅー・・・」

 私は自分の部屋に戻ると、盛大に息を吐いてドアにもたれた。
 胸に手をあてると心臓がすごい速さでドキドキしている。
 すると途端に顔も熱くなってくる。

(ホントに驚いたなぁ。ドア越しに声だけかけるつもりだったからこのままで行ったけど・・・。
 見られちゃった・・・。
 そうだよね・・・。公一さんと暮らすんだから、もうバスタオル1枚で歩き回れないよね・・・)

 私は鏡台の前の椅子に腰掛け自分の顔を見てみた。
 すると私の顔は熟れたトマトのように真っ赤になっていた。

(うわぁ・・・真っ赤だよ。大丈夫かな?うまく誤魔化せてたかな?
 顔は多少赤くてもお風呂上りだから誤魔化せると思ったんだけど、これじゃあダメだったかなぁ・・・。
 公一さんとぎくしゃくしたくなかったから、普段どおりに振舞ったつもりだけど・・・。
 あ〜ん!どう思われただろう。気になるよぉ、不安だよぉ・・・)

 鏡の中の私は泣きそうな顔になっていた。



公一4

 それから僕はとりあえず考えることを止め、お風呂に入って頭を冷やすことにした。
 でないと、さっきから頭で琴梨ちゃんのセミヌードがフラッシュバックしていたからだ。

ザー

 僕はシャワーで冷たいめのお湯をかぶっていた。
 すると頭が冴えて冷静になってくる。
 その頭で今までの考えをまとめてみた。

(琴梨ちゃんが僕のことをどう意識していようが、僕が琴梨ちゃんを好きだということに変わりはない。
 琴梨ちゃんも僕を好きでいてくれている。恋人だと認識してくれている。
 それなら大丈夫じゃないか。なにを悩むことがあるんだよ)

 そして

‘お互い好き同士なら問題無し’

 という結論にたどり着いて僕はやっとすっきりした。





 お風呂から上がった僕はベットに横になり雑誌を読んでいた。
 荷物のかたづけをしようかとも思ったのだが、よけいに散らかりそうな気がしたので止めた。
 そんな感じでのんびりしていると、

コンコン

 ドアをノックをされた。
 そして

「公一さん、入ってもいいかな?」

 琴梨ちゃんの声がした。

「どうぞ」

 僕はさっきまでの事もあり、ちょっと緊張気味に声を返した。

ガチャ

 ドアが開くと、そこにはパジャマ姿で少し恥ずかしそうにしている琴梨ちゃんが立っていた。

「どうしたの?」

 僕がそう聞くと、琴梨ちゃんは少し言いづらそうにしてから口を開いた。

「あのね・・・。今日はお母さんもいないし・・・。公一さんと会うのも久しぶりだし・・・。
 その・・・。もう少し・・・公一さんと一緒にいたいなって思って・・・。それで・・・あの・・・」

 僕は恥ずかしそうに言う琴梨ちゃんの姿を見て、脳裏にさっき見たセミヌード姿の琴梨ちゃんの姿が浮かんだ。
 そして耳の奥では陽子おばさんの言った‘新婚初夜だとでも思って・・・’の言葉がリピートされていた。

(まさか!!でも、そんな!!)

ドキドキドキドキドキドキドキドキ

 そう思った瞬間、僕の心臓はさっきよりももっと激しくビートを刻み出した。

「だからね。私と一緒に」

ゴクリ

 僕はカラカラになった咽に唾を送りこんだ。
 そして琴梨ちゃんの次の言葉を待った。

「トランプしよう」

「へ・・・」

 その瞬間、僕の目は点になった。

「ダメかな?」

 そして不安そうに僕を見る琴梨ちゃんの姿を見た途端、邪な事を考えていた自分が恥ずかしくなった。
 もし琴梨ちゃんが見てなかったら、壁に頭を打ち据えていたことだろう。

「いいよ。トランプでも何でも付き合うよ」

 そんな内心の動揺を表に出さないようにしながら、僕は笑顔で答えた。

「よかった!じゃあ私ジュースとお菓子持ってくるね」

 琴梨ちゃんはうれしそうな顔をすると台所の方に向かった。
 そして僕は琴梨ちゃんの姿が見えなくなると、密かに自己嫌悪と反省をするのだった。



公一5

「私ホントはUNOの方が好きなんだけど2人でもやってもつんまんないだろうから、
 UNOは今度お母さんがいる時か、鮎ちゃんが来た時にでもしようね」

 琴梨ちゃんはジュースとお菓子とトランプを持って来ると、さっそくトランプきりだした。
 彼女は僕といられることがうれしいのか始終笑顔でいてくれる。
 さっきまで自分が考えていた事を思うとその笑顔は少し痛かったが、純粋にうれしくもあった。
 自分がこんなにもこの子に好かれていると認識することが出来るのだから。

 とりあえず僕たちはババ抜きから始め、
 7並べをし、
 神経衰弱をし、
 ポーカーをやり、(琴梨ちゃんはルールだけは知っていた)
 ブラックジャックをし、(これは教えてあげた)
 スピードをやり、(これは逆に教えてもらった)
 そうこうしている内に時計は2時前を指していた。

「ふぁ・・・」

 琴梨ちゃんがカードを持ちながら小さくあくびをした。

「眠いの?」

「あ、ごめんなさい」

「いいよ。もう2時前だしね」

「えっ!もうそんな時間なんだ」

 琴梨ちゃんは驚いたように時計を見た。

「じゃあ、そろそろ終わろうか」

「うん、そうだね。ありがとう、公一さん。とっても楽しかった」

「僕も楽しかったよ」

「よかった。それじゃあ、お休みなさいだね」

「うん。おやすみ」

「ふふっ・・・」

 その時何故か琴梨ちゃんはうれしそうに微笑んだ。

「どうしたの?」

「ううん。ただ、ホントに公一さんと一緒に住んでるんだなって実感できてうれしかったの」

「琴梨ちゃん・・・」

 なぜ、この子はいつも僕のうれしくなるような事ばかり言ってくれるのだろう。
 その度に僕の中にある琴梨ちゃんへの想いがどんどん大きくなってゆく。
 そして益々好きになってゆく。
 そして想いがあふれてしまいそうになってしまう。
 そうなると僕は時々自分を押さえられなくなりそうになり、
 今も琴梨ちゃんの頬に手を伸ばしてしまっていた。
 そして頬を優しく撫でていた。

「公一さん・・・」

 しかし琴梨ちゃんは少しも嫌がらず、頬を染めながら僕の手に身をゆだねている。
 そして静かに目を閉じてくれた。

ドックン ドックン

 僕の心臓がさっきよりはゆっくりと、しかしさっきよりも大きく鼓動を刻んだ。
 そして僕が左手も彼女の頬に伸ばしたその時、

 
カチャ ガチャン

 と、玄関の開く音がした。

「えっ!?」

 その瞬間、琴梨ちゃんは目を開けていた。

「なんだろ?」

 僕の方も琴梨ちゃんの頬から手を放していた。



公一6

 僕たちは部屋を出て玄関の方を見てみると、
 そこには靴を脱いでいる陽子おばさんの姿があった。

「お母さん!?」

「あれ?2人ともまだ起きてたのかい。もう寝てると思ってたけど・・・。ひょっとして、起こしちまったかい?」

「ううん。起きてたけど」

「そうかい。でもいったいこんな時間まで何してたんだい?
 あっ!そういえば2人とも今公一くんの部屋から出てきたよね。
 まさか!ホントに初夜」

「わーー!!それよりも今日は帰れないんじゃなかったんですか?」

 陽子おばさんが危ないことを言いそうになったので、慌てて僕は話を遮った。

「ああ、他の所からもいろんな人が助けに来てくれてね。おかげで何とかこの時間で終わらせることが出来たんだよ。
 だから帰ってこれたんだけど・・・。ま、これも私の人徳ってやつさね」

「そうなんだ・・・」

「それより公一くん。よく来てくれたね。歓迎するよ」

「そんな・・・。こちらこそ、よろしくお願いします」

 僕がそう言って頭を下げようとすると、おばさんはそれを引きとめた。

「そんな堅いことは言いっこ無しだよ。公一くんはもう私たちの家族だろ」

 そして笑顔でこう言ってくれた。

「そうだよ公一さん」

 琴梨ちゃんも笑顔だった。

「はい」

 だから僕も笑顔で返した。

 こうして僕は春野家の一員となったのでした。


<おしまい>





あとがき

最後までお読み頂いてありがとうございます。
公一くんの引越し初日のお話はこれでおしまいです。

今回は前回のハートフルストーリー仕立てとは一転してラブコメ風です。

発想元はたぶん皆さんの想像どおりでしょうが、ゲーム中で一瞬だけ見れる
‘バスタオル1枚巻いただけの後ろ姿の琴梨ちゃん’からです。
公一が引越してからも琴梨ちゃんはバスタオル1枚でウロウロするのかな、と思ったのがキッカケです。

しかし今回心残りが1つあります。
それは私が料理には詳しくないため琴梨ちゃんに実名のある料理を作らせてあげることが出来なかった事です。
そのため歓迎会の風景も書いてあげることが出来ませんでした。
すまない琴梨ちゃん・・・。

今回も私のお話に最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
それではこのあたりで失礼いたします。
岡村啓太でした。




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