そして今あたしは
 風呂に入っている。
 しかも入念に身体を洗っている最中だ。

(な、何でこんなに入念に洗ってんだ!?)

 どうも身体と心のバランスがうまく取れなくなっているらしい。
 何で風呂に入る流れになっているのかも良く憶えてはいないし・・・。
 ただ、

 「だ、だからって変なことしたら容赦しないからな!!」

 と、釘をさしておいたことは憶えている。
 それから

 (兄貴は出ませんように!!)

 と、強く念じながら家に電話して、
 そしたら運良く清美さんが出てくれて、
 何て説明したのかは実は良く憶えていないんだけど、

 『お、お泊りするの!?きゃーー!!そうなの!うんうん、分かったわ。
  あの人にはうまく言っとくから。がんばってね葉野香ちゃん』

 と、応援された事も憶えてる。

(でも、どうしよう・・・)

 不安な心とは裏腹に身体は勝手に磨き上げられていった。



 悩んでいる間に意外に長風呂になってしまい、茹るかと思った。
 脱衣所に出ると、耕治さんのパジャマが置いてある。
 寝巻きは借りられたけど、下着はそのままだ。

(もっと可愛いの着けてくればよかった・・・。って何でだよ!!べ、べつに見せるわけじゃないだろう・・・)

 そんなことを考えながらパジャマを取り上げると、なんだかパジャマに耕治さんの匂いが残っているような気がした。
 思わず鼻を押し付けて匂いを嗅いでみる。

(って、
あたしは変態かぁーー!!

 いいかげん自分につっこむのも疲れてきた。

「ふぅ・・・」

 あたしは溜息を1つつくと、パジャマに袖を通した。
 しかし不覚にも何だか耕治さんに包まれているような気がした頬を赤く染めてしまった。



「お風呂、ありがと。いい湯だったよ」

 頬の火照りを冷ましてから出ると、何故か耕治さんは呆けた表情であたしを見た。

「何か変か?やっぱりこのパジャマ大きかったかな?」

 たしかに耕治さんのパジャマは少し大きかったけど、そんなに変ではなかったと思うけど。

「いや、そんなことない。けっこう似合ってる」

「そうか。それじゃあ・・・。頭のタオルがおかしいのか。しょうがないだろ髪が長いんだから・・・」

 あたしは髪の水分を取るため頭にタオルを巻いていたから、それがおかしかったのかな?

「ううん。そうじゃなくて・・・」

「じゃあなに?」

「その・・・なんだ・・・。風呂あがりの葉野香が色っぽかったっていうか、何というか・・・」

 それを聞いた瞬間、あたしはさっき冷ました頬がまた熱くなるが分かった。

「バ、バカ!!何言ってんだよ!!そんなこと言ってないでお前も風呂に入ってこい!!」

 あたしは照れ隠しに大声をあげると、耕治さんを風呂場に追いたてた。



 あたしは耕治さんが風呂場に入るのを確認すると、髪を乾かすためドライヤーを借りた。
 長い髪というのは洗うのもそうだが、乾かすのが1番面倒だ。
 1度耕治さんに軽い感じで

 「切ってみようかな?」

 って言ったら、すごく嫌そうな顔をして止められたけど。
 ターニャに同じような事を言った時も

 「もったいないです!せっかくそんなキレイな髪なのに。私ははやかの長い黒髪が大好きなんです」

 って、やっぱり止められたもんな。
 あたしはターニャの金髪の方がずっとキレイでと思うけど。
 ま、あたしだってこの髪は気に入ってるから切る気はないけどね。
 面倒なのもしょうがない。



ガチャ

 風呂場の扉が開き、耕治さんが出てくる。

ドキッ

 途端、あたしの心臓は跳ねあがった。

ドキドキドキ

 そしてうるさいぐらいに騒ぎ出す。

(ちょっと、落ち着いてよ。緊張しちゃうじゃない)

 と、自分に言い聞かせるのだが心臓は落ち着いてはくれない。

「お、お待たせ・・・」

 何故か耕治さんの表情も堅い。

「う、うん・・・」

 あたしの方もそれしか言えない。

「何か飲むか?」

「うん・・・」

 耕治さんは冷蔵庫から缶ジュースを取り出すと差し出してくれた。

「はい」

「ありがと」

 その時、指と指が触れ合ってしまった。

(!)

 あたしは思わず引っ込めてしまった。

ゴン

 行き場を失った缶はそのまま床に落下した。

「あっ、ごめん・・・」

 あたしは慌てて拾い上げたのだけれど。
 嫌は空気は残ってしまった。
 あたしは耕治さんの顔がまともに見れず、うつむいてしまう。

(どうしよう。きっと変に思われた。怒ったかな。もしかしたら嫌われたかも)

 そんな思いがよぎって悲しくなってきた。

「葉野香」

 ビクッ

 名前を呼ばれただけなのに身体が震えてしまう。
 何を言われるのか。
 緊張で身体が堅くなってくる。
 しかし
 耕治さんは何も言わず、くしゃくしゃと少し乱暴に頭を撫でてきた。

(えっ!?)

 驚いて顔を上げると、耕治さんは少し寂しそうな顔であたしを見ていた。

「葉野香、そんなに脅えないでくれ。今日はホントに何もしないからさ。
 ただ葉野香と一緒にいたい、それだけなんだから」

「耕治さん・・・」

「だからそんな悲しそうな顔しないでくれ。僕にはその事の方が辛いから」

「うん・・・」

 不意に涙がこぼれてきた。
 あたしたちはお互い側にいたかっただけなのだ。
 それが分かって、安心して、張り詰めていたものが緩んだせいだろう。

「ほら、泣くなよ」

 そして耕治さんは少し乱暴に指で涙をぬぐってくれた。



 その後は2人ともいつもどおりのリラックスした雰囲気ですごせたのだけれど、
 布団を並べて寝る段階で緊張するな、というのは無理な話だろう。

「じゃあ、お休み」

「うん、お休み・・・」

 部屋の明かりが消される。
 それと同時にあたりがシンと静まったような気がする。
 しかし、あたしの耳には自分の心臓の鼓動がうるさいぐらいに響いていた。
 1度寝返りをしたら、その音が思いの他大きく聞こえ、耕治さんを起こしてしまいそうで動けなくなってしまった。

(どうしよう・・・)

 あたしがそんな風に思っていると、

「葉野香、眠れないのか」

 耕治さんから声がかかった。
 耕治さんも眠れないのだろうか。

「うん・・・」

「やっぱり僕は別のところで寝ようか?」

「それはダメ」

 耕治さんにそこまで気を使わせるわけにはいかない。
 それに別々に寝るのはやっぱり寂しい。

「でも・・・」

 でも耕治さんは納得していないようだ。
 あたしは悩んだ末、勇気を出して言ってみることにした。

「ねぇ、耕治さん・・・。手、握って」

 何故そう思ったのかは分からない。
 ただ、そうすれば眠れるような気がしたから。
 もしかしたら耕治さんのぬくもりを感じたかっただけなのかもしれないけど。

「えっ!?」

 耕治さんは小さく驚きの声をあげた。
 そしてしばらくした後、あたしの手に耕治さんの手が触れてきた。
 あたしはそっとその手を握る。

「耕治さんの手・・・あったかいね」

「葉野香の手もあたたかいよ」

 手から耕治さんのぬくもりと気持ちが伝わってきて、不思議と心が落ち着いてきた。
 そしてあたしはそのぬくもりを感じながら何時の間にか眠りについていた。



 目が覚めると、見なれない天井が見えた。

「うぅーん・・・」

 寝ぼけた頭で寝返りを打つと、

(!!)

 いきなり耕治さんの寝顔が見えて驚いた。
 
(そうだ・・・。昨日は耕治さんの家に泊まったんだった・・・)

 そう思うと、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
 頬が勝手に火照ってくる。
 そしてしばらく耕治さんの寝顔を眺めた。

(なんだか可愛い寝顔だな・・・。
耕治さんが起きたらどんな顔するだろう。
きっとお互い照れた顔で微笑み合うんだろうな)

 そして、ふと手が何も掴んではいないことに気がついた。
 どうやら寝ている間に手は離れてしまったらしく、それが少し残念だった。
 そんなことを考えてから、あたしは耕治さんのために朝食を作るため布団から抜け出した。

(朝ご飯、よろこんでくれるといいな)


<おしまい>



あとがき

と、いうわけで壊れ気味な葉野香ちゃんのお話でした。

ちなみにタイトルの‘初めての・・・’の‘・・・’部分は‘お泊り’です。

さて、おそらく私が今まで書いてきたお話の中で最も恥ずかしい話だったと思いますが、どうだったでしょうか?

しかし今時こんな純なカップルは天然記念物ものでしょうね。
でも私は葉野香ちゃんはけっこう純情な女の子だと思っているんですけど、皆さんはどうでしょうか?

それでは最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
岡村啓太でした。



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