友達の基準   川原鮎編(2)

「それより先輩は経験あるんですか?」
「えっ?なんの?」
「もちろん、キスの経験ですよ」
「あはは。私はその〜・・・」
「当然ありますよね。だって、先輩って男の人とたくさん付き合ってますもんね」
「えっ?男の人って、誰?」
 先輩はさも意外そうな顔で私を見てきた。
 よしよし、琴梨から注意を反らす事には成功したわ。
「私見た事ありますよ。
 なんか、いつも笑った顔してる年配の人とか、
 いつもむすっとした顔の若い人とかと一緒に歩いているところ」
 
「あ〜!けあふりぃさんと蒼き月の夜さんのことね」
 けあふりぃ?蒼き月の夜?なにそれ?人の名前?
 先輩って時々変なこと言うからついていけない時があるよ。
「あの人たちは違うの。あの人たちはただの友達よ〜」
「そうなんですか?」
「あの〜・・・。じゃあ私・・・そろそろ部活に戻りますね」
 そして先輩の意識が完全に私に向いた頃を見計らって、琴梨は声をかけてきた。
「あっ、琴梨ちゃん」
 先輩は慌てて琴梨の方を向いたがもう遅い。
「失礼します」
 そう言い残して琴梨はそそくさと立ち去って行った。
 よし!救出成功。
「う〜・・・。琴梨ちゃん冷たい・・・」
「ほら、先輩。私たちも部活に戻りましょう」
 べつに連れて行くような義理はないんだけど、ここに放置してゆくのはさすがに忍びない。
 寂しそうにうなだれている先輩を引き連れて私も部活に戻った。

 そして部活も終り、私たちは先輩と一緒に校門を抜けた。
 何故先輩も一緒にいるの?
 そう聞きたかったけれど、琴梨がいる手前そうもいかない。
「琴梨ちゃん、鮎ちゃん。これからどこかに遊びに行かない」
 そして唐突に先輩が提案してくる。
 はっきりいって乗り気はしない。
 でも、琴梨はついて行くんだろうな。
「ごめんなさい。今日はちょっと・・・ダメなんです」
 えっ、ちょっと意外。
「えっ、そうなの・・・。あっ!さては彼氏デートね」
「えっ!あの・・・その・・・」
 先輩に指摘され、琴梨が急に口篭もった。
 これは本当に公一さんとデートだな。本当に分かり易い娘だなぁ。
「いいよ。私たちの事は気にせず行っといで」
「ありがとう、鮎ちゃん。じゃあ先輩。失礼します」
 私が助け舟を出すと、琴梨は私たちに小さく頭を下げると小走りで駆けて行った。
「ねぇ、鮎ちゃん。鮎ちゃんは琴梨ちゃんの彼氏って見たことあるの?」
「えっ?はい。ありますよ」
「どんな感じの人?」
「えっと・・・。そうですねぇ・・・」
 私は公一さんの姿を脳裏に浮かべてみた。
「優しい感じの人ですよ。琴梨の幼馴染だそうです」
「ふ〜ん・・・。気になるわねぇ・・・」
「えっ?」
 嫌な予感。
 これは早々に立ち去ったほうが良さそう。
「じゃあ、先輩。私もそろそろ」
「鮎ちゃん!」
ガシッ
 しかし、私は別れの挨拶をする前に先輩に腕を掴まれてしまう。
 ひょっとして・・・手遅れ?
「ちょっと見に行きましょう。付き合って」
「いや、あの・・・私は」
「レッツゴー」
 私は有無を言わさず先輩に連れ去られてしまった。
 とほほ・・・。

 私は・・・いったい何をしているのだろう?
「どうやらここが待ち合わせ場所みたいね」
 部活の終わった放課後に、気の合わない先輩と一緒に友人を尾行。
 そして、物陰に身を潜めて友人を監視。
「そわそわして落ち着かない様子ね。しきりに時間を気にしているわ」
「はぁ・・・」
 嬉々として今の状況を楽しんでいる先輩を横目に私は小さく溜め息をついた。
「あっ!来たみたい」
「えっ」
 先輩の声につられて物陰から見てみると、琴梨がうれしそうに手を振っていた。
 視線を琴梨が見つめる先にずらすと、そこには公一さんの姿があった。 
 公一さんも手を振り返すと琴梨の側まで駆け寄って来て、何か二言三言話している。
 残念ながらここからでは何を話しているのか聞き取れない。
「あの人が琴梨ちゃんの彼氏か・・・」
 先輩はメガネの位置を整えると、真剣な表情で公一さんを観察しだした。
「う〜ん・・・。中肉中背、顔は2枚目半、それ程オシャレなわけでもない・・・。普通の人ね」
 たしかに・・・公一さんは特に特徴的な何かを持った人じゃあない。
「あっ、歩き出したわ。追うわよ、鮎ちゃん」
「まだ続けるんですか?公一さんの姿は確認したじゃないですか」
「2人が何処でデートしてるのか?今度はそれを確認しないと。ほら、行くわよ」
 うぅ・・・帰りたい・・・。

 そして私たちは琴梨たちの後をこっそりついて歩いている。
 琴梨は公一さんと楽しそうに談笑しているんだけど、ちょっと様子が変だな。
 何かを気にしているのか、どうも落ち着きがないように見えるけど・・・。
 よく見ると、琴梨はさっきから公一さんの手をちらちらと見ている。
 そして自分の手ももぞもぞと動かしている。
 なるほど、どうやら琴梨は公一さんと手を繋ぎたいらしい。
 でも、恥ずかしくてなかなか出来ないってところかな。
 なんだか琴梨らしくて見ていて微笑ましい。
ボテッ
「あっ!」
 そんな事を考えていると、突然琴梨が転んだ。
 まったく・・・よそ見ばっかりしてるからだよ。
 あ〜あ、公一さんが慌ててるよ。
「琴梨ちゃん!」
「ええっ!?ちょっと・・・先輩、待った!!」
 いきなり琴梨に駆け寄ろうとした先輩を私は慌てて掴み止めた。
「鮎ちゃん。何で止めるのよ?」
「何でって・・・。今出て行ったら尾行してたのがばれちゃうじゃないですか」
「だって、琴梨ちゃんが倒れたのよ」
「ただ転んだだけですって。ほらぁ」
 私が琴梨の方を指差すと、琴梨はちょうどは半身を起こして照れ笑い浮かべているところだった。
 よかった。どうやら怪我はしなかったみたい。
「・・・そうみたいね」
 琴梨の無事な様子を見て安心したのか先輩も落ち着きを取り戻してくれた。
 そしてそのまま様子を伺っていると、公一さんが琴梨に向かって手を差し出した。
 琴梨は差し出した手に掴まって起き上がる。
 そして身体を叩いて埃を払うと、2人はそのまま手を繋いだまま歩き出した。
 あらら、まぁ、経過はともかく、願いが叶って良かったね、琴梨。
 こういうのって、何て言うんだっけ・・・。
 転ばぬ先の杖・・・じゃない。
 七転び八起き・・・も、違うし。
 棚から牡丹餅・・・も、ちょっと違う。
 
「うれしそうにしてるわね、琴梨ちゃん。災い転じて福を成すって感じかしら」
「そう、それ!」
「えっ?なに鮎ちゃん?」 
「あっ、いえ・・・何でもないです」
「ん?」 
 あ〜あ・・・。いらない恥をかいちゃった。
 先輩に不思議な娘でも見るような目をされちゃったよ。
 それに、先輩に先に言われちゃうなんて・・・。ちょっと悔しい。

 そうこうしている内に2人は目的地に着いたらしく、とある建物に入っていった。
 その建物とは
「ねぇ、鮎ちゃん。ここって・・・」
「ラルズストアですね」
「あの2人っていっつもこんな所でデートしてるの?」
「さぁ、どうでしょうか?」
 近所の主婦ご用達のラルズストア。
 たしかに琴梨はここが好きだしよく来てるけど・・・。
 さすがにデートに最適な場所とは思えない。
 と、いうことは・・・。
「まぁいいわ。とにかく後をつけましょう」
 そしてラルズストア内。
 今、私たちの目の前では公一さんがカートを押し、琴梨が食材を物色している。
  
「これって・・・もしかして夕飯の買い物をしているだけなんじゃ・・・」
 そんな2人の姿を見て、ようやく気づいたのか先輩がそう呟いた。
「もしかしなくてもそうだと思いますよ」
 私はここに着いた時点で気づいていたけど。
「デートじゃないじゃない。琴梨ちゃんの嘘つき〜〜」
 先輩、琴梨は一言もデートだなんて言ってなかったよ。
「あ〜あ、期待して損しちゃった」
 どんな期待をしてたんだか。ちょっと聞いてみたい気もするけど止めておこう。
 そんな先輩は放っておいて、私は琴梨に視線を戻した。
 琴梨は実にうれしそうに食材を見て周っている。
 琴梨って洋服とか見ている時より、食材とか見ている時の方がうれしそうに見えるのよね。 
 
「ねぇ鮎ちゃん。あの2人って恋人同士というより、どちらかと言えば夫婦に見えない」
「見えますね」
 カートを引いて2人で夕飯の材料を選んでいる姿はまさしく夫婦のそれにしか見えなかった。
 今度、琴梨にそう言ってあげようかな。
 きっと恥ずかしそうにしながらもよろこんでくれそう。
 あっ。でも、言ったら尾行してた事がばれちゃうかな。
 その後、買い物を終えた2人はラルズストアから出て行った。
 私たちも2人に続いて出て行くと外はすでに薄暗くなっていた。
 もう少ししたら本当に真っ暗になってしまうだろう。
 この後は着いて行かなくても琴梨たちが家まで帰るだろう事は分かりきっている。
 暗くなってもいるし、私たちの尾行劇はここで終わりを告げることとなった。
「意外とつまんない結末だったわね」
 先輩、人を無理矢理つきあわせといて、言うセリフがそれですか。
「でもまぁ、琴梨ちゃんの楽しそうな姿が見れただけでもよしとしますか」
 先輩はそこそこ満足そうな笑みを浮かべると私の方に振り向いた。
「じゃあまたね、鮎ちゃん」
 そして、先輩はそう言ってにっこりと微笑むと去って行った。
 なんだかなぁ・・・。
 先輩に無理に連れまわされた一日だったけど、一応楽しかったし。
 まぁ、私もよしとしますか。

 end
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あとがき

今回のお話は以前書いた秋田公一君と春野琴梨ちゃんのお話の続編です。
ですが、今回この2人はどちらかと言えば脇役です。
メインキャラは里中梢嬢であり、語り手は川原鮎ちゃんにお願いしております。
梢嬢は非常に扱い辛いキャラと思っていたのですが、
とあるHPで携帯版の北へ。のリプレイを読み、梢嬢の認識を改めました。
梢嬢はなんとなく学校では友達が少ない(もしかしたら1人もいない)ように思いましたので、
同じ部に所属している琴梨ちゃんと(一応鮎ちゃんとも)仲良くさせてあげられないかな?
と、思ったのが今回のお話を考えたキッカケです。
小説版でも琴梨ちゃんは梢嬢の事を変に思ってはいませんでしたしね。
このお話ですが、実はまだ続きます。
次回は今回のお話の流れから見ると‘おや?’と思うような人の一人称で語られています。
それでは、また来週お会いしましょう。
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