琴梨3

 夕方になると、鮎ちゃんはそろそろ帰ると言いだした。

「え〜。夕飯も食べていけばいいのに・・・」

 てっきり私は夕飯も食べて行くと思っていたので不満の声をあげた。

「さすがに夕飯までご馳走になるのも悪いから」

「そんなのいいのに・・・」

「それにいつまでも新婚の2人の邪魔をするのも悪いしね」

 また鮎ちゃんがからかうように言ってきた。

「し、新婚じゃないよ」

 でもその度に私は焦ってしまう。
 冗談だって分かってるはずなのになぁ。

「でも、そうやって並んでお見送りしてる姿はホントに新婚さんに見えるよ」

「えっ!!」

 私はまたもうろたえてしまった。
 でもホントにそう見えるならうれしいな。

「はは。ありがと、鮎ちゃん」

 公一さんの方はもう鮎ちゃんのそんな態度に慣れたのか、さらりと返していた。

「じゃあまたね琴梨、公一さん」

「バイバイ鮎ちゃん」

「今日はホントありがと」

 そして手を振ると鮎ちゃんは帰っていった。

「さて、これからどうしようか?」

 公一さんは私の顔を見ると、そう尋ねてきた。

「私はこれから夕飯のお買い物に行くつもりだけど」

「じゃあ僕も一緒について行くよ」

「うん」

 私はうれしくて自然と笑みがこぼれてしまう。
 でも2人で一緒に夕飯のお買い物って・・・
 ホントに新婚さんみたい。
 そう思うとなんだが急に恥ずかしくなってきてしまった。

「ん、どうかした?」

「ううん!なんでもない」

 何時の間にか公一さんをじっと見てたみたいで、不審に思われてしまった。
 慌てて否定したけど、公一さんは不思議そうに私を見てる。
 あ〜ん。何でこうなっちゃうんだろ・・・。


陽子1

「ただいま」

みゃーん

 私が玄関を開けてそう言うと、いつものようにぬいぐるみの声がまず聞こえてきた。
 そして次に部屋の奥から夕飯のいい匂いが漂ってくる。

(琴梨ったら、今日のご飯は妙に張りきってるみたいだね。やっぱり公一くんがいるせいかね)

「おかえりなさい、お母さん」

「おかえりなさい」

 そんなことを考えていると、奥から琴梨と公一くんが出てきた。

「琴梨。いい匂いさせてるじゃないか。今日もご馳走なのかい?」

「え、べつにご馳走なんかつくってないよ」

 琴梨は笑って誤魔化しているけど、顔には気合入れて作りましたって書いてあるよ。
 ホントに分かり易い子だ。
 でもあんまり素直なのも母さん心配だよ。

「おばさん、今日はちゃんと帰って来れたんですね」

「ああ。昨日はたくさん働いたから、今日はのんびり出来るくらいには偉いのさ、私は」

 ホントはちょっと無理して時間空けたんだけど、こう言っておけばバレないだろうさ。

「そうなんですか」

「そうなのさ。それよりもうご飯はできてるのかい?」

「うん。もう食べられるよ」

「それじゃあ、夕飯をいただくとしようか」

「うん」

 こうして私らは久しぶりに3人で夕食を食べた。
 本当なら昨日こう出来ていれば良かったんだけど。
 きっと昨日の料理も今日のと同じ位気合が入ったものだったろうからね。
 こういう時はいつも自分の職業を恨めしく思うよ。


公一4

「公一くん。ちょっと話があるんだけど、今いいかい?」

 僕が風呂あがりに牛乳を飲んでいると、後ろから陽子おばさんに声をかけられた。

「はい、いいですよ」

「すまないね。じゃあ、私の部屋まで来てくれるかい」

「あ、はい」

 僕は牛乳を冷蔵庫になおすと、おばさんの後をついていった。
 わざわざおばさんの部屋でしなきゃいけない話って何だろうか?
 そう考えるとちょっと緊張してしまう。



 おばさんの部屋は一言でいうなら雑然とした部屋だった。
 机が1つ部屋の奥に置かれており、その上には1台のパソコンが置かれていた。
 パソコン以外のスペースにはプリントの束が山のように置かれている。
 壁の両側には本棚があり、難しそうな本と色んな分類に分けられたファイルが収まっていた。
 床にはテーブルが置かれていたが、その上にも周りにもプリントやファイルが散らばっている。

 おばさんはテーブルの周りにどうにか2人分のスペースを作ると僕に座るように勧めてきた。

「悪いね。わざわざ部屋まで来てもらって」

「いえ、かまいませんけど・・・」

 僕はさっき舞い上がったホコリ越しにそう答えた。

「じゃあ単刀直入に聞くけど」

「はい」

 僕は身体を緊張させながら次の言葉を待った。

「昨日なんだけど、ホントに琴梨と初夜を済ませたのかい?」

「へっ?」

 あまりに予想外のことを聞かれたため、僕の口からはマヌケな声がこぼれた。

「いや、べつに怒ったりはしないから正直に答えとくれ」

 しかし軽い口調のわりにおばさんの目は真剣だった。

「してませんよ」

 だから僕も真面目に答えた。

「そうなのかい。べつに遠慮なんかすることなかったのに」

 おばさんは少しだけ表情を緩ませながら言ってきた。

「・・・」

 でも僕は何と答えればいいのか分からなかった。

「ま、ホントはそんなことはどうでもよくってね。実はお礼が言いたかったのさ」

「えっ、何のお礼ですか?」

 僕にはお礼を言われるような心当たりはなかった。

「この家に引っ越してきてくれたお礼だよ」

(?)

 そう言われてもやはり僕には何の事なのか分からなかった。

「昨日のことでも分かったと思うけど、私は仕事柄生活が不規則でね。昨日みたいなことが時々あるのさ。昔っからね・・・。
そんな時は琴梨をいっつも1人っきりにさせちまう。
でも昨日は公一くんがいてくれたからね。これからは琴梨も寂しい思いはしなくてすむだろ。
だから公一くんには感謝してるのさ。ありがとう」

「そんな・・・・そんなことでお礼言われたら照れちゃいますよ」

 僕は本当に照れくさくて陽子おばさんの顔を真っ直ぐ見れなかった。

「でもね、小さい頃には電話越しに‘なんで?なんで?’って言われて辛かったよ。
でもそれも何時しか言われなくなった。
そしてその頃からあの子は我侭をめったに言わなくなってね。
ホントはして欲しいこととかいっぱいあっただろうに・・・。
家事が出来るようになってからは全部してくれるようになるし・・・。
ホント・・・何でこんな親に育てられたのに、ぐれたりもせず、真っ直ぐな優しい子に育ってくれたのか・・・。
私にはすぎた娘だよ・・・」

 おばさんはそこでいったん口を閉ざした。



公一5

「おばさん・・・」

「公一くんは、あの子の趣味が何なのか知ってるよね」

 僕が不安になって呼びかけると、またおばさんは口を開いた。

「はい・・・、料理ですよね」

「そうさ。でもそれだって私のせいだともいえる。
私が料理をしないせいであの子がやっているうちに趣味になっちまったのさ。
自分から求めたモノじゃないんだよ」

「そんな・・・」

「ま、本人はそう思ってないだろうし、結果的には良かったんだろうけどさ。琴梨の料理の腕は本物だからね」

「そうですよね」

「でもね、公一くん。アンタのことは違うのさ」

「えっ!?」

 突然自分のことを言われ驚いた。
 しかも何のことだかさっぱり分からない。

「アンタとのことは琴梨が自分で考えて、感じて、悩んで、そして決断して行動したことだからね。
だから公一くんのことは琴梨にとって特別なのさ」

 特別と言われても良く分からない。
 でも好かれてるって言われるのとはまた違った感じだった。

「あの子この間久しぶりに頼み事をしてきたんだよ。
‘公一さんがこっちに引越してくるからこの家に住まわせて欲しい’ってね。
うれしかったよ、その時は。
こっちは仕事で偉くなって、ようやく構ってやれるようになったと思ったのに今まで何にも望んでくれなかったからね。
だから二つ返事でOK出してやったよ。
そしたらあの子大喜びでね。
その時のあの子の顔、見せてやりたかったよ」

 それは正直僕も見てみたかった。

「私はね。今まで何にもしてやれなかった分も含めて琴梨が望む事なら何だって叶えてやるつもりさ。
最初の質問に戻るわけじゃないけど、もし琴梨が子供が産みたいって言ってきても私は反対しないよ。
逆に祝福してやるぐらいさ」

 そう言われても僕はどういう反応を返せばいいのか分からなかった。

「ま、そのへんの事は自分達で相談して決めとくれ。
私はアンタたち2人の関係について、あれこれ言うつもりはまったくないからね。
自分たちの責任の及ぶ範囲で自由にやればいいさ。
でも1つだけ私のお願いを聞いてくれるかい?」

 おばさんは急に真面目な顔になると僕の目を見てきた。

「なんですか?」

「琴梨に寂しい思いだけはさせないでやっておくれ」

「分かりました。お約束します」

 僕はおばさんの目を見ながらはっきりと答えた。

 

公一6

「ありがとう・・・。悪かったね、つまらない話につきあわせちまって」

 おばさんは表情を緩めると微笑んでくれた。

「そんなことないですよ。話が出来て良かったです」

「そうかい・・・。じゃ、遅くまですまなかったね。おやすみ」

「おやすみなさい」

 こうして僕は陽子おばさんの部屋を後にした。
 そして自分の部屋に戻るとベットに横になる。

(寂しい思いはさせないでやってくれ、か・・・)

 顔を少しあげると、デズモンドが僕を見ていた。

「大丈夫だよ。寂しい思いなんてさせないからさ」

 なんだかデズモンドが‘大丈夫?’と言っているような気がしたので、そう言ってやった。
 すると、なんだかデズモンドも安心した表情になった気がした。
 そして、なんだか琴梨ちゃんのお父さんにまで琴梨ちゃんのことを任されたような気分になってうれしくなれた。
 きっと明日からも琴梨ちゃんとの素敵な日々が始まる
 そんな予感までしてくるのだった。


<おしまい>

 


あとがき

今回も最後までお読み頂きありがとうございます。
陽子おばさんの心情をかってに考えて書いてしまいましたけど、どうだったでしょうか?
しかも今回のお話は無駄に長くなってしまいましたし。
最初はこんなに長くなるとは思ってなかったのですが・・・。
しかもまたタイトルがなんの捻りもありませんし。

このお話を書くにあたって、本当は北へのダウンロードシナリオの陽子おばさんが生霊になる話をやりなおしたかったのですが、
HPの閉鎖に伴い、それは自分には不可能になっておりましたので、陽子おばさんの心情は完全に私の創作になっております。
そのため色々本来の設定と矛盾などが生じているかもしれませんが、そのあたりについてはご容赦下さい。

あとエルちゃんの鳴き声も間違っているかもしれませんので、そのあたりもご指摘くださいませ。

今回は特に発想元となるものはありませんでした。
1作目2作目からの流れでなんとなく思いついたものがこれです。
ですがさすがに引越し三日目のお話などは考えておりません。
もし、この話の続きを書くとしたら、次はたぶん夏ぐらいの時期のお話になると思います。

それでは最後までお付き合い頂いてありがとうございます。
岡村啓太でした。

 


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