Another Story of Tanya

※ 第1話 夕焼けを抱く少女 ※


「ほらぁ、早く来なよぉ・・・」

 僕のずっと前を駆けていた葉野香が立ち止まりながら振り向いて言った。

「ちょっと待ってよ。何そんなに急いでるのさ?」

 ようやく葉野香に追いついた僕は少し息がきれていた。

「だって久しぶりのデートなんだからさ。少しでも時間を無駄にしたくないじゃないか」

「そうだけど・・・、何も走ることはないだろ」

「もしかして、もうバテたの?受験勉強のしすぎで身体がなまったんじゃない?」

 そう言う葉野香は少しも息が乱れていない。

「・・・そんなことないよ」

 自分では、そうかもって思ったけど口では反対のことを言った。

「そうかな?」

 しかし葉野香には強がりは通用しなかったようだ。

「そうだよ。ほら、行こう」

 僕は葉野香を追い抜くとそのまま駆け出した。

「あっ」

「ほらほら、時間を無駄にしたくないいんじゃなかったのか」

「こらぁ!置いてくなぁ!」

 後ろから葉野香が追いかけてくる気配がする。
 僕は心持ち走るスピ−ドを落とした。



 今、僕らは小樽まで来ている。
 今年の春、2人仲良く北海大学の入学した僕らは本当に久しぶりのデートをしていた。
 遠距離恋愛でもあったし、受験勉強で忙しかった僕らは満足に会うことさえ出来ていなかった。
 それでも2人で一緒の大学に行きたい、一緒にいたいという気持ちがよほど強かったのか、無事、大学合格は果たした。
 そして僕はこの北の大地に引っ越して来たのだった。
 最初は春野家に居候する話もあったのだが、それは断った。
 せっかく大学生になったのだから、自立した生活がしたかったし、
 それに本音を言えば、春野家では葉野香は気兼ね無く遊びに来る事は出来ない。
 その点、一人暮らしならば気兼ねはいらないし、それにいざとなれば葉野香が泊まってゆく事も可能だ。
 まだそこまでの仲じゃないけど・・・。
 それせいで、こっちに引っ越して来てからも荷物の整理やら大学の手続きやらで色々忙しく、
 今日までゆっくり出来る時間がとれなかったのだ。

 今まで長いおあずけを食わされていたせいか、葉野香はいつもよりハイテンションだった。
 今日のデートの場所を小樽に決めたのも彼女だ。
 なんでも小樽運河工芸館に友達が勤めていて、1度その人が働いている所を見たいんだそうだ。

「耕治さん、その人のこと見たらきっと驚くよ」

 そして工芸館への道すがら、葉野香は突然言ってきた。

「え、何で?」

「それを言ったらおもしろくないだろ」

 葉野香は楽しそうな顔で僕を見た。

「う〜ん、何でだろ?・・・・はっ!まさか男の人なの!?」

 僕は突然浮かんだ思いを否定できず、彼女に問いかけていた。

「だったらどうする?」

 彼女はそれを否定せず逆に問い返してきた。

「だったら、葉野香は僕のものだって言ってやるよ」

 なので、僕はすかさず力を込めて言い返した。

「ええっ!!」

 すると今度は葉野香の方が驚いた表情になる。

「だから手を出すなってね」

 僕は彼女の目を見つめたまま言ってあげた。
 すると彼女は恥ずかしそうに目線をそらした。

「よ、よくそんな恥ずかしいこと言えるな」

「葉野香のためなら、これくらいいくらでも言えるよ」

 そう言うと彼女は少し赤くなった。

「あ、ありがと。でも大丈夫だよ。女の子だからさ」

「そっか・・・」

 そうだとは思ってはいたけど、本人の口から言ってもらうとやっぱり安心する。

「それに、そんな心配しなくても・・・あ、あたしは耕治さんのものだから・・・」

 さらに、こんなうれしいことまで言ってくれた

「ありがとう、葉野香・・・。でも、面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいね」

「バカ、先に恥ずかしいこと言ったのはそっちだろ!」

「うん・・・」

 それから僕たちはお互いに恥ずかしそうにしながら運河沿いの道を並んで歩いた。



「耕治さんはここって来たことあるの?」

 工芸館に着くと葉野香はそう聞いてきた。

「うん。1度だけあるよ」

「へー、そうなんだ。あたしは初めてなんだ。その時は1人だったの?」

「ううん。その時は親戚の琴梨ちゃんと一緒だったよ」

 そう言うと何故か葉野香は表情を曇らせた。

「・・・ねぇ、それってデート?」

「えっ!?あ、イヤ、違うよ。ただ小樽の街を案内してもらう時に寄っただけだよ」

「ふ〜ん・・・」

 僕は必死で説明をしたのだけれど、彼女の瞳の中にある懐疑的な色はなかなか消えてくれなかった。


 そして葉野香の機嫌がなおったところでようやく僕たちは工芸館の中に入った。

「へぇ〜、中はこんな風になってたんだ・・・」

 葉野香は珍しそうに1階にあるガラス製品を見まわっていた。
 そして商品を手に取ると
 「うわぁー良く出来てるなぁ〜」とか、
 「うわっ!これ可愛い!!」とか、
 「きれー・・・」とか言ってよろこんでいた。
 僕はそんな葉野香の姿を見ているだけで十分楽しかった。

「ん、どうしたんだよ?」

 しかしあんまり彼女ばかり見ていたので、不審そうな顔をされてしまった。

「ううん、なんでもないよ。それより何か気に入ったものはあった?よかったらプレゼントするよ」

 僕は取り繕う代わりにそう言ってあげた。

「えっ!いや、いいよ。あたしのはこんなのは似合わないからさ」

 葉野香はそう言ったけど、僕は十分彼女に似合うと思うのだが。



「それより、どこにいるんだろ・・・」

 彼女は商品を元に位置に戻すと、あたりを見渡した。
 僕もつられて見渡したけど僕は相手の顔を知らないのだから、こんな事をしても仕方なかった。

「あっ、いた!」

 彼女は奥から出てきた二人を見て叫んだ。
 見ると、金髪の人と、茶髪の人が奥から出てくる所だった。
 どうやら金髪の人は外人さんらしい。
 と、すると隣の茶髪の人が葉野香の友達かな。

「ターニャ!!」

 しかし葉野香は‘ターニャ’と叫び、金髪の人が驚いた顔でこちらを見ていた。
 まさか彼女が葉野香の友達なのか?

「はやか!」

 そして彼女はこちらに向かって駆けて来た。
 どうやらホントにそうらしい。

「どうしたのですか、はやか?こんなところで」

 彼女はうれしそうにしながら葉野香に問い掛けた。
 どうやら突然の友達の来訪に驚いているようだ。
 葉野香は彼女に今日来る事は言ってはいなかったようだ。

「1度ターニャの仕事ッぷりを見たかったから来てみたんだよ」

「そうだったんですか。ありがとう、はやか。でも午前中の仕事はもう終わってしまって、今からお昼なんです」

「そっか・・・。もう少し早くくればよかったな」

「すみません。せっかく来ていただいたのに・・・」

 途端、彼女のさっきまでのうれしそうな顔がまるで嘘だったように曇っていった。

「いいんだよ、そんなの。それよりこれからお昼なんだろ。一緒してもいいかな?」

「はい!、大歓迎です」

 葉野香は慌ててそう言うと彼女の顔はさっきまでのものに戻っていった。

「耕治さんもいいよね」

「かまわないよ」

 無論、依存などあるはずも無かった。

「はやか。こちらの方は?」

 彼女は僕を見ながら葉野香に尋ねた。

「ああ、この人は秋吉耕治さん」

「初めまして、秋吉耕治です」

「初めまして、ターニャ・リピンスキーです」

 僕が自己紹介をすると、ターニャの方も丁寧に自己紹介してくれた。
 改めて見ると、ターニャはとても綺麗な子だ。
 輝くような金髪と、吸い込まれそうに美しい少し緑がかった青い瞳、透き通るような白い肌
 まるで妖精のようだ。

「はやか。この人が以前言っていた、東京の恋人ですね」

「・・・うん」

 葉野香は少し恥ずかしそうにしながら頷いてくれた。
 はっきり言ってとてもうれしい。

「今はもうこっちに引っ越して来ましたけどね」

「そうですか・・・。素敵な人ですね」

 しかも‘素敵な人’とまで言われてしまった。

「そ、そんなことないよ!」

 しかしそこは両手を振って否定されてしまった。
 でも、そこまで力いっぱい否定しなくてもいいだろうに・・・。

「そんなに照れなくてもいいですよ。はやか幸せそうな顔してましたから」

「・・・」

 しかしターニャにそう言われてからは赤くなって黙ってしまった。
 僕の方もちょっと照れくさい。

「では奥に食事が出来るところがありますから、そこに行きましょうか」

「うん」

 僕らはターニャに連れられて奥へ向かった。

「ところで、おふたりはどうやって知り合ったのですか?」

 3人で食事をしている最中に、ターニャに尋ねられた。

「えっ!いや、それを言うのはちょっと恥ずかしいなぁ・・・」

 すると葉野香は少し戸惑いながら、もごもごと口を動かした。
 葉野香の気持ちは良く分かる。たしかにあれは良い出会い方とは言えなかったからな・・・。

「そんな、聞かせてください」

 でもターニャが諦めずに頼みこんできたため、葉野香はちょっと躊躇しながらも語り出した。

「・・・分かったよ。実はね、うちの兄貴が昔借金してたことがあってね。そんな時に、その金貸しの部下に因縁つけられてね」

「まるで時代劇のようですね」

 ターニャが驚いた顔で葉野香を見た。
 でもその顔はどこか楽しそうだ。
 やはり外人さんは時代劇のような展開が好きなのだろうか?

「はは、ホントにそうだな。で、その時あたしを助けてくれたのが耕治さんだったんだよ」

「へぇー」

 ターニャは尊敬のまなざしで僕を見てきた。
 そんな目で見られては照れてしまう。
 それに実際はそこまでかっこいいものじゃない。

「そんな大げさなんものじゃないよ。葉野香を庇おうとして殴られただけなんだから」

「そんな謙遜しなくてもいいですよ。秋吉さんははやかのナイトだったんですから」

 しかしホントのことを言ってもターニャのまなざしは変らなかった。
 しかも変な誤解までされているような気がする。
 
「あははっ、ナイトなんて、そんなかっこいいもんじゃなかったよ。パンチ一発で気絶して、あたしがトイレが看病したんだから」

 しかし本人に言われて否定されるのもなんだか・・・。

「でも葉野香。それが最初の出会いじゃないぞ」

「えっ、そうだっけ?」

 僕がそう指摘すると、葉野香は不思議そうに考えこんだ。

「そうだよ。それより前にゲームセンターで1度会ってるだろ」

「う〜ん・・・そうだったかな・・・」

 まだ思い出せないようだ。

「ほら、僕が親戚の琴梨ちゃんともう1人女の子と一緒にいた時、お前が‘うるさい!!’って怒鳴ってきただろ」

「そんなこと・・・・・・えっ、ちょっと待てよ・・・・・・。ああっ!!あの時の奴って耕治さんだったの!?」

 どうやら葉野香はあの時のことはすっかり忘れていたらしく、本気で驚いた顔をしている。

「気づいてなかったのか?」

「うん・・・。あ〜そうだったのか〜・・・。あ〜あ、聞かなきゃ良かった・・・」

「なんでだよ?」

「だって、そんな出会い方よりも、まだまがりなりにも助けられた出会いの方が美しい思い出じゃないか」

 葉野香はイヤそうに頭を抱えながら横目で僕を見た。

「まぁそうだけど・・・。ま、いいじゃないか。因縁ふっかけ女と、パンチ一発気絶男のカップルも」

「なんだよそれ。イヤだよ、そんなの」

 そして葉野香は‘ふぅ’と溜息をついた。
 もしかしたら葉野香の中で僕との出会いの思い出は結構大切なものだったのだろうか?

 

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