「そんなことないですよはやか。それもステキな思い出ですよ」
そんな葉野香にターニャからのフォローがはいった。
「・・・ありがとう、ターニャ。ターニャに言われるとホントにそう思えてくるよ」
たしかに彼女にはそんな感じの不思議な雰囲気がある。
「そうですか?それならよいのですが」
しかし本人は自覚してはいないようだ。
「で、その後はどうなったんですか」
ターニャは僕達を楽しそうに眺めながら先を促してきた。
「うん・・・。その後は耕治さんを家に連れて来てやって、ラーメン食わせてやって。その後、逆に食いに来てくれたり・・・。
そうこうしている内に、何時の間にかあたしが店のこと相談するようになって・・・。
それで2人で半ラーメンのアイデア造ったんだ。そしたらそれが当たってね。店も何とか盛り返す事が出来るようになったんだよ」
「そうですか・・・。だったら、やはり秋吉さんははやかのナイトじゃないですか」
「そ、そうなのかな・・・やっぱり・・・」
葉野香は呟いたつもりなのかもしれないけれど、僕の耳にはちゃんとその言葉が届いていた。
「それがきっかけで2人は恋人同士になったのですね・・・。ステキです・・・」
ターニャは熱い視線で僕らを見た。
そんな目で見られてはなんだかむず痒い。
「なんか恥ずかしいな・・・。でも、きっかけはそれだろうけど、恋人同士になったのはもう少し後でね。
僕はその後すぐに東京に帰らなくちゃならなかったんだ。
だから僕は葉野香の気持ちを確かめるべく、冬休みを利用してもう1度ここにやって来たんだ」
「そうなんですか?その時の話も聞きたいです」
タ−ニャはさらに目を輝かせながらお願いしてきた。
「ええっ!!まだ聞きたいの!?」
「はい!ぜひ!!」
本当はこれ以上は恥ずかしいのでここまでのつもりっだったのだが、こんなに力強く言われては断ることは出来なかった。
「・・・その時はあまり長くはこっちにいられなかったから、2日間かけてデートして、それからホワイトイルミネーションの誘ったん
だ」
「ホワイトイルミネーション・・・。ということは」
どうやらターニャもあのことは知っているらしい。
「うん・・・。それでカウントダウンの時に」
「わー!!ダメ!もーこれ以上は恥ずかしいから言っちゃダメ!!タ−ニャももういいだろ」
葉野香は恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、真っ赤になりながら大声をあげて僕たちの話を遮った。
「ふふふ、分かりました。もう十分聞かせてもらいましたし」
ターニャはおかしそうに葉野香に向かって微笑んだ。
「ふぅ・・・」
葉野香はターニャの言葉でようやく落ち着いたのか、小さく息を吐いた。
「でも、うらやましいです。はやかはお店の方も繁盛して、ステキな恋人も見つけて・・・。それに比べて私は・・・」
そこで今まで明るかったターニャの表情がにわかに曇ってきた。
「やっぱり、まだ出来てないの?」
「はい・・・」
そして葉野香の表情まで曇ってきた。
「そっか・・・」
「ねぇ、いったい何のこと?」
2人にはその会話だけで意味が通じているようだけど、僕にはさっぱり分からなかった。
「あっ、すみません。2人だけで話をして」
「ターニャはね、ガラスで夕焼けの赤の色を出すっていう目標を持っているんだよ。でもそれが難しいそうなんだ」
「はい、ずっと試みてはいるのですが・・・」
「そうか、まだそれが出来ていないんだね」
「はい・・・」
ようやく僕にもターニャの事情が飲みこめた。
だからと言ってどう声をかけてあげればいいのかまでは分かりはしなかったが。
そのため、しばらくイヤな沈黙があたりを支配した。
「気をおとさないでよ、ターニャ。きっと何時か出来るさ。なんならあたしも協力するしさ」
そんな空気を払うべく最初に声をあげたのはやはり葉野香だった。
「はい。ありがとう、はやか。でも私1人で大丈夫ですから」
「そうなの?あたしに出来ることがあるんなら何だって言ってくれていいんだよ」
葉野香は心配そうな顔でターニャに言った。
するとターニャは葉野香の手を取るとうれしそうに言う。
「ありがとう、はやか。心配してくれて。でもホントに1人でも平気ですから」
「うん・・・」
手を握られながら微笑えまれては葉野香もそれ以上は言えなかった。
たとえターニャが本当は辛かったとしてもだ。
「そろそろお昼休みも終わりです。秋吉さん、今日はお話が出来てホントに楽しかったです。
またどこかでお会いした時は声をかけてください」
ターニャは時計を見ると、そう言って僕に微笑みかけてきた。
「うん。僕も楽しかったよ」
僕も笑顔を彼女に返した。
「はやかも今度またどこかへ一緒に遊びに行きましょう」
「うん。約束するよ」
「はい、楽しみです。それではまた。さようなら」
そう言ってターニャは席を立つと、僕らに背を向けて去って行った。
その後、僕らは少し工房を見学して、ターニャの働きぶりを見させてもらった。
最初は険しい表情で仕事をしていたターニャだったが、僕らに気がつくと照れたような表情をした。
そして僕らが手を振ると手を振り返してたりもしてくれた。
だけど、その後はなんだかやり難そうにしていたので、僕らは邪魔にならないよう工房を出る事にした。
それから僕たちは小樽周辺をぶらぶらと歩くことにした。
旧大家倉庫を横目で見ながら通りすぎ、運河プラザを軽く冷やかし、北のアイスクリーム屋さんでアイスを食べた。おいしかった。
その後は中央市場と三角市場へ行き(葉野香はやはり主に食材を見ていた)、
そしてぶらぶらしながら小樽の駅に戻るころには、もう時は夕方近くになっていた。
「夕焼けの赤の色か・・・」
僕はそんな青から赤に変わりかけの空を見ながらターニャのことを思い出して呟いた。
「ん、何?」
そんな僕の呟きが聞こえたのか、葉野香が聞き返してきた。
「何でも無いよ。ただ・・・今からなら綺麗な夕焼けが見えるかなってね」
「そうだな・・・じゃあ、今から見に行こうか」
そう言うなり葉野香は僕の手を取ると駆け出していた。
「お、おい!」
僕は引きずられるようにしながら、慌てて葉野香に声をかける。
まさかホントに見に行こうとするとは思っていなかったのだ。
「ほら、早くしないと日が沈んじゃうだろ」
しかし葉野香はすっかりその気になっており、僕はおとなしく従うしかなかった。
そして僕らがたどり着いたのは少し小高い場所にある公園だった。
「ほら!ここなら良く見えると思うよ」
たしかに空を見渡せるここからなら綺麗な夕焼けも見ることができるだろう。
「見て見て!すっごくいい景色だよ!」
少し離れた所に駆けて行った葉野香から興奮気味な声が聞こえてくる。
「夕焼けも綺麗・・・」
僕は葉野香の隣に並ぶと一緒に夕日を眺めた。
「ホントだ・・・」
空を一望出来るここからの夕日はホントに美しく、思わず声を無くしてしまうほどだ。
こんな夕焼けを見れば、夕焼けの赤を作りたいというターニャの気持ちもなんとなく解る。
その時、葉野香が僕にもたれかかってきた。
少し驚いて彼女を見てみると、夕日に目を向けてままでこちらは見ていない。
夕日のせいかもしれないけれど、でもその顔はどこか赤らんでいるように見えた。
僕は葉野香の肩に手をやると少しだけ僕の方に引き寄せた。
彼女は特に嫌がりはせず、そのまま僕に引き寄せられた。
そして僕らは寄り添いながら夕日を見ていた。
どれくらい夕日を見ていたのだろうか?
30分、1時間?それとも10分か5分ぐらいなのだろうか?
ずいぶん長いことこうしていたような気がする。
葉野香はまだ夕日を見ているようだ。
彼女から目をそらして首をめぐらすと、
僕は見てしまった。
すぐ近くにあったテラスのような場所で1人たたずんで夕日を見ているターニャの姿を。
その表情が深い憂いを帯びていて、今にも泣き出しそうな、壊れてしまいそうな、そんな危うさを秘めたものだったことも。
「どうしたの?」
そんな僕の動揺が伝わったのか、葉野香が不思議そうに尋ねてきた。
僕は迷った。
正直にターニャがいる事を伝えてもいいが、今のターニャの姿を葉野香に見せてもいいものかどうか。
「ううん、なんでもないよ。日も落ちるからそろそろ帰ろうか」
結局、僕は伝えなかった。
ターニャもあんな自分の姿を友達には見せたくなかっただろうし、葉野香に余計な心配をかけさせたくも無かった。
ただ、今は葉野香とターニャを会わせないように早くここから立ち去るようにするだけだった。
「そうだね」
葉野香は何の疑いも持たずに頷いてくれた。
そのまま僕らはここを離れたのだけれど。
でもホントにこれが正しい選択であったのかは僕には最後まで分からなかった。
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