『友達』

              『1』

アナウンサー>
・・・さて、みなさん、今日は何のイベントデーか知ってますよね?
その通り!!バレンタインデーです!!
知らない人なんていませんよね?ハハハハハ。
で、もらったチョコ、配ったチョコはどんなチョコでしたか?
義理?本命?それともこの雪景色に合わせてホワイトチョコ?
そういえば、わたしなんて・・・

少女>
はぁ〜・・・何でこう日本人ってヤツは・・・
こんなイベント、単なる企業が金巻き上げる為にやってるボッタクリイ
ベントじゃないか。
まったく付き合ってらんないね・・・

とある大型電気店の家電コーナーにあるテレビに写されている映像・・
アナウンサーをけだるそうに見詰めていた少女は、そう呟きその場をき
びすを返して立ち去った。
時間にして午前10時を少し回ったことろ。
開店してまだ間もない店内は、人影も疎ら。
雑音の少ない状況の為か、背後からテレビの映像の主・・・アナウンサー
の声が少女を追いかけてくる。
少女は、まるでそれを振り切るように歩幅を広げ速度を上げて、その場
を後にした。
如何にも『うんざり』と言う表情を顔に浮かべながら・・・

今日は、2月14日。
まだまだ冬まっさかり。北の大地にとってこれからが寒さの正念場。
外を歩いていると顔に突き刺さる様な空気の感触。
何もせずに立ちすくめていれば、いくらもぜすうちに全身が冷え込んで
くる。
でも・・・
もしかしたら北海道とは、そんな冬にこそ魅力があるのかもしれない。

頬を撫でる、冷たく厳しさを持ちながらも何処までも清らかな空気。
歩みを進める度に、足元から耳へと伝わる雪達のリズム。
そして・・・
ほんの僅かな汚れ(けがれ)でも傷ついてしまいそうな雪達の繊細な白
・・・
特に今日は、とても良い天気。
まだ午前の町中を雪というプリズム達が眩しく光輝かしていた。

少女>
はぁ〜・・・バレンタインね・・・まっ、あたしの知ったこっちゃない
けどね。
学校もフケた事だし、この後どうしようかな・・・
天気は良いけど、このままブラブラしてても寒いだけだしな。

僅かずつ賑わいが増していく町の中を歩きながら少女は、相変わらずけ
だるそうにしながら口から白い息と共にそう言葉を吐き出した。
そして一度大きく両手を空へ突き出す様に背伸びをひとつ。
それと一緒に深呼吸も一つ。
ひややかだけど、冬の薫りをたっぷり含んだとても美味しい空気が肺を
・・・そのまま全身に満ちていった。

少女>
ま、どうせ暇だし、そのへんでもヒヤカシて来るかな・・・
               ・
               ・
               ・

客 1>
ねぇねぇ〜!!これちょうだい!!

客 2>
あたしもこれぇ〜!!

客 3>
うわぁ〜これ何か可愛い!!わたしも買おっと!!

店員>
あ、あの、慌てられなくても商品の在庫は、まだまだありますのでご安
心下さい!!

店員のそんな訴えも店内の険騒の中へと消えてしまった。


ここは、小樽という街にある『運河工げい館』という、ガラス製品を扱うお店。
ここは、実際にガラス職人の素晴らしい腕前を堪能する事も出来る、見
応えのある場所でもあり、そしてお客さんにもガラスの作成を体験さて
くれるコーナーもある。
建物の外見は、ふたつのドームで構成されていて、その独特なスタイル
とどちらかと言うと、実用性よりも繊細で芸術性を売りとしたガラス細工
に人気を得て、今では小樽での立派な観光スポットとなっていた。

照明の光を浴びて輝く作品達。
その輝きは、誰しもの心を魅了する事だろう。
きらびやかなガラス細工が並ぶその店内は、その輝きに魅了された沢山
のお客で賑わっていた。
しかし何故だろう・・・?
今日は、女性のお客さんが随分多い気がする。
ちょっと店内を見渡して見ると・・・?

『あなたと彼の愛しき心を運び続ける恋のリンゴ。お一つ如何ですか?
 ほんのり甘い恋の味・・・』

なるほど。
そう言えばここには、恋愛成就のガラスのリンゴがあると聞いた事があ
る。
バレンタイン故に。
恐らく今ここにいる彼女達は、このリンゴキャッチフレーズに綾かろう
と言う魂胆に違いない。
そんなこんなで彼女達は、売り切れになる前に我先に!!と売り場に殺
到した。
最早、激戦区となっている売り場でただひとり、必死になってお客の対
応を懸命に続けている店員さんがいる。
こんなに忙しいのだから誰か手伝ってあげればいいのに・・・と思うの
だけど・・・
しかし・・・他の店員もお客の対応にてんやわんやな模様。
とても助けを呼べる状態ではなかった。

店員>
こ、困りました・・・もう、わたしひとりでは、対応しきれません。
誰か他にもうひとりここに振り分けて貰えないでしょうか・・・

そうこの店員は、心の中で呟き、辺りをお客に気付かれない程度にキョ
ロキョロと見回してみた。
しかし・・・

店員>
やはり駄目です・・・みんなとっても忙しそうです・・・

そう確認した店員は、手伝ってもらう事を諦め、再び単身奮戦する事に
した。

客 4>
ねぇ〜ちょっとまだぁ〜!!?

店員>
あっ!!?申し訳ありません!!こちらの商品ですね?
消費税含みまして、OOOO円になります。
ありがとうございました。またお越し下さい。

お客にもみくちゃにされながらも、しっかりと丁寧に対応する店員さん。
しかしその瞳には、明らかに疲れの色がありありと見て取れた。
何とか仕事をこなしてはいるけれど、かなり辛そうな様子だ。

店員>
はぁはぁ・・・こ、心なしか・・・気分が・・・

どうしたのだろう?みるみるうちに顔色に陰が差し込んできている。
大丈夫とは、ちょっと言いずらい状態だ。
元々色白なその顔色からさらに血の気を失って行く。
その店員がもう駄目・・・何とか誰かに変わってもらおうと心にしたそ
の時。

少女>
よっ!!大変そうだな?

店員>
えっ!!?

突然後ろから肩を叩かれ、そう声が掛かった。
店員は、驚き後ろへ振り向くと、驚きの表情からみるみる間に喜びの表
情へと変わっていた。
恋愛成就のガラスのリンゴ。
幾分青みの入ったそのリンゴより、更に深く、しかし透き通る青い瞳を
持つ店員は、明らかにその瞳の輝きを増している。





店員>
は、はやか!!どうしたのですか?

葉野香>
ん〜?いやなに、何となく・・・ね。

店員>
何となく・・・ですか?
でも、学校は、どうしたのですか?今日は、平日のはずですよ?

すると葉野香と呼ばれた少女は、少し困ったような表情で苦笑いしなが
ら、何か誤魔化す様に頭をカリコリ掻いた。

葉野香>
いやぁ〜・・・ほら、今日は『バレンタイン』って言う、世にも下らな
いイベントデーだろ?
もう、学校でもこの話題で盛り上がっててさぁ〜・・・
何だか馬鹿臭くなってきちまってね。
だから学校フケてきちゃったよ。あははははは・・・・

確かに葉野香と呼ばれた少女のいでだちは、黒のコートとマフラー
そしてその奥に深みどり色の制服が見え隠れしている。

店員>
なっ・・・!!?だ、駄目ですよ!!はやか!!?
そんな事で学校から抜け出してきたら!!
いらぬ誤解を呼びますよっ!!?

一見、とても大人しく見えるその顔つきとは裏腹に、少し厳しい表情を
見せる店員。
ちょっと怒っているようにも見える。

葉野香>
あははは。まぁ、いらぬ誤解は、今更じゃないしねぇ〜
大丈夫だって。うん。多分ね・・・

店員>
はやかっ!!

葉野香の取った、ちょっとおどけた態度にカチンときたのか、かなり強
い口調で声を上げる店員。
当の葉野香は、苦笑いするばかり。

客 5>
ちょっと!!?何やってんのよっ!!さっさと会計してよっ!!

店員>
す、すみません!!今直ぐに・・・

苛立ったお客に怒鳴られて慌ててレジ打ちを再開しようとする店員。
しかし、その横にスっと葉野香が入り込んできた。
そしてウインクをひとつ。

葉野香>
さっきは、おどけてごめん。ターニャは、いっつもあたしの事で真剣に
考えてくれてるのに。
お詫びにレジ打ち代わりにあたしがするよ。
疲れてんだろ?実はあたし、こう言うの慣れてるからさ。
任せてよ。

ターニャ>
えっ・・・?で、でも、店員以外の人がレジを打つのは・・・

そこまでターニャと呼ばれた少女か言葉を口に出した時。

葉野香>
大丈夫だって!!こんだけ人でごったかえしていたら、誰も気付かない
よ。
だからターニャは、少し休んでいなよ?
仕事終わったら、後で色々話でもしようよ?ねっ?

そう言うと葉野香は、手際良くレジ打ちを始めた。
なるほど、自分で言うだけの事はある。
何処でそれだけの技量を手にいれたのだろう?
どんどん押し寄せてくる客に対して、慌てる事なくどんどんレジを打っ
ていく。

ターニャ>
はやか・・・ありがとう・・・

ターニャのそんな感謝の呟きは、やっぱり険騒の中へと消えていった・
・・

 

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