『友達』


        『2』

・・・ここは、夕日が良く見えるちょっとした公園。
ちょうど時刻的にも丁度良いタイミング。
もう辺りは、綺麗で切ない赤色に染まっていた。
こんなに綺麗な夕日が見れると言うのに、辺りには、人気がない。
今日は、平日だからか、それともたまたまなのか。
それは、解らない。
ただただ優しい一筋の風がサラサラと流れていく。
そんな、たった今まで静寂の限りをを尽くしていたその空間を何かが壊
した。
それは、どうも人の声のようだ。

葉野香>
はぁはぁ・・・何とか間に合ったな。
お〜い、ターニャ!!早くおいでよ。
夕焼けがとっても綺麗だぞ!!

ターニャ>
はぁはぁ・・・は、はやか・・・あ、あれだけのお客さん相手にしたば
かりだと言うのに・・・げ、元気ですね・・・?
はぁはぁ・・・
それにしてもはやか、どうしてあんなにレジ打ちが上手なのですか?
わたし、驚きました。

葉野香>
あははは・・・だから言ったろ?慣れているって。
それに家も昔忙しい時期があってさ。
家の手伝いでちょっと・・・ね。
それよりも、そこのベンチ空いているから一緒に座って夕焼け見ようよ。

ターニャ>
あっ・・・はい、そうですね。

そう言うとふたりは、この公園の中で一番眺めのよさそうなベンチを見
付け、上に乗っていた雪を手で払い除け仲良く腰掛けた。
パウダースノーな為、簡単に払い除けられる。
そしてそのせつな、夕日の輝きは、クライマックスを迎えた。
ふたりの身体を優しく暖かい穏やかな赤色が満遍なく包み込む。
まるで夕日に溶け込むかのように。

葉野香>
・・・理屈抜きに綺麗だよなぁ〜・・・

ターニャ>
・・・本当そうですよね・・・わたしの目指す色・・・ツヴェトザカー
タ。
あったかい、夕焼けの赤・・・

ターニャは、そう言うと、そっと自分の胸もとにあるペンダントを手に
取り、夕日と重ね合わせるように見詰めた。
夕日の中でキラキラと光る。
見詰めるターニャの瞳も夕焼け色に染まっていく。

葉野香>
そういや、ターニャの夢って、この夕焼けの色を再現する事だよな・・・
どう?順調に事は、進んでいる?

ターニャは、その問にゆっくりと静かに首を横に振った。
そしてペンダントを胸もとに戻すと、葉野香の方へ振り向き、にっこり
と微笑んだ。
その笑みに、悲壮感やそのたぐいの色は、見えない。
・・


ターニャ>
いいえ・・・まだ、父がわたしに残してくれたこのペンダントの色・・・
ツヴェト・ザカータは、再現出来てません。
でもわたしは・・・あの時父と一緒に見た・・・真っ赤に染まったスズ
ランのお花畑での約束は・・・必ず叶えてみせます。

葉野香>
そっかぁ〜・・・
ターニャって凄いよな・・・
ロシアから単身ここ日本に渡ってきて、そしてお父さんとの約束を守る
為、そして自分自身の為に頑張っている・・・
本当、強いよ、ターニャは。
あたしには、到底真似出来ないよ・・・
何だかちょっと悔しいかな・・・

そう言うと葉野香は、少し下を向いてうなだれながら憂いを帯びた表情
をとった。
両手は、何となくコートのポケットに突っ込んでいる。
それが今の葉野香の自分への憤りを感じさせる気がしてならない。
ターニャには、今も昔もしっかりとした目的、夢を持って生きている。
でも・・・あたしは?
あたしは、何を思って生きているの?
そう、思っているのかもしれない。

ターニャ>
はやか・・・でも、わたしが頑張れるのは、はやかのお蔭でもあるんで
すよ?

葉野香>
えっ・・・?あたしのお蔭?な、何で?

ターニャのそんな言葉に明らかに驚きの表情をとってしまった葉野香。
しかしターニャは、微笑んだまま言葉を続けた。

ターニャ>
・・・わたし・・・今でもとっても感謝しているんですよ?
あの男の人達3人組に絡まれていた時に助けてくれた事。
そしてその後発作で苦しんでいるわたしを介抱してくれた事。
あの時は、本当に嬉しかったです・・・

葉野香>
よ、よしてくれよ。
あ、あたしは、特別大した事なんてしてないよ・・・

ターニャ>
いいえ・・・はやかは、またこうしてわたしに会いに来てくれているじ
ゃないですか。
時間を見つけては、会いに来てくれているじゃないですか。
それまでは、わたしは、この日本でひとりぼっちのような気がして、と
ても寂しかった。
でもあの日以来、はやかは、わたしのお友達になってくれて・・・
もう、わたしは、ひとりぼっちじゃなくて・・・だから、はやかには、
本当に感謝しているんです。

葉野香>
ターニャ・・・

葉野香がそう一言口にしてから、しばらくの間静寂が訪れた。
そんなふたりを優しく撫でるように吹き抜けていく一筋の風。
そしてお互いの髪が風になびかれ、夕日を受け止めながらキラキラと輝
く。
ターニャの眩しいまでのブロンドの髪は、夕日を含んでより一層深みの
あるブロンドへと。
葉野香の腰まである美しく滑らかな黒髪は、一度受け入れた夕日をまる
でガラスで出来た髪飾りのように光輝かす。 


葉野香>
・・・あ、あのさ・・・あのさ、ターニャ。

始めに沈黙を破ったのは、葉野香だった。
葉野香は、一度ターニャへと視線を向けてそう一言声を出すと、再び視
線を元に戻して、一言一言、少しずつ少しずつ言葉をつむぎ出し始めた。

葉野香>
・・・あの・・・さ、実はあたしさ・・・お店でターニャに学校フケて
ここに来たって言ったよね?バレンタインがどうのこうのって言う理由
付けてさ。
あれ・・・嘘なんだ・・・
本当の所、別の理由があるんだよ。

ターニャ>
別の・・・理由ですか?

葉野香>
ああ・・・

葉野香は、少し間を・・・正確には、戸惑いを感じさせる時間を間に置
いてから、少し恥ずかしそうにポツリ、ポツリと話し始めた。

葉野香>
あのさ・・・うちのクソ兄貴・・・ついに嫁さんにまで愛想つかされち
まったんだよ・・・

ターニャ>
え・・・愛想・・・ですか?

葉野香>
ああ・・・

葉野香の言葉をうまく把握出来なかったのか、ターニャは、キョトンと
した顔つきになっている。
そんな様を横目でチラリと見た葉野香は『フフフフ・・・』と、含み笑
いをひとつ。
そしてまた、言葉を続ける。

葉野香>
そっ!!愛想つかされたの。まぁ、解りやすく言ったら嫌われて、イヤ
になって逃げられちゃったって訳。
兄貴の嫁さん、家飛び出して、実家のある旭川に帰っちまったのさ。
まぁ、当然といや当然なんだけどね。
だってさ、信じられる!?
清美さん・・・兄貴の嫁さんの名前なんだけどね、今までクソ兄貴の事
仕事からメンタル・・・精神的な事まで本当に色々と助けてきてくれて
いたのに・・・
よりによってあのクソバカ兄貴!!浮気までやらかしやがって!!
流石に清美さんも我慢出来なくなっちゃって『実家に帰ります。さよう
なら』って書き置き残して、出てっちまった。
あたしだってどんなに清美さんに助けられた事か・・・
なのに・・・あんなクソ兄貴、死んじまえばいいんだよっ!!
誰があんな家に帰るかよっ!!
今度の今度こそ本気だよ!!あたし!!

そこまで一気に言葉をまくしたてると『もう、どうにでもなれっ!!』
と言わんばかりに両足をドッカと投げ出し、まるで天を仰ぐように空を
見詰めた。
そして、急に悲しそうな・・・寂しそうな表情へと・・・
まるで急ぎ早に太陽が大地の下へと姿をを隠すかのように顔に陰りが入
っていく。

葉野香>
・・・クソ馬鹿兄貴・・・

そうポツリと一言言うと、それっきり葉野香の口が開かれなくなってし
まった。


ターニャ>
はやか・・・あの・・・もしかして泣いているのですか?

葉野香>
えっ!!?

ターニャにそう言われて、はっ!!?と驚き右手を自分を頬に当てがう
葉野香。
そのせつな、手のひらへと伝わってくる冷たい感触。

葉野香>
ちちち、違うよっ!!こ、これは、さっき吹け抜けていった風が目に入
って、知らない内に勝手に出てきただけだよっ!!

何とか言いつくろおうと、しどろもどろになりながらそう言う葉野香。
可愛いくらいに必死に。

葉野香>
だだだ、大体、このあたしが泣く訳・・・え?ターニャ・・・?

なおも必死に言葉を続ける葉野香の目の前へと何時の間にか立ってるタ
ーニャ。
そして、静かにしゃがみ込む。

葉野香>
ど、どうしたの?ターニャ?

少し驚いた表情を見せている葉野香。
その表情を優しく微笑みながら見詰めたターニャは、そっと葉野香の・
・・慌てぎみに話していた為にまだ火照っている頬に両手を当てがい・・
そのまま自分の胸へと押し当てていた。

葉野香>
なっ!!?なななっ!!?ちょっとターニャ!!?いいい、何を・・・
!!?

ターニャの取ったこの行動にびっくりした葉野香は、思いっ切り慌てふ
ためき、どもりまくってしまった。
見る見る間に葉野香の顔が真っ赤になっていく。
しかしターニャは、微笑みながら、

ターニャ>
ごめんなさい・・・本当にごめんなさい、はやか・・・

葉野香>
えっ・・・?

言葉の意味が解らず、キョトンとする葉野香。

ターニャ>
わたし・・・はやかの事・・・全然解っていませんでした。
はやかの気持ち、全然解っていませんでした。
なのに・・・お店ではやかに怒鳴ってしまいました。
ごめんなさい・・・
いっつもはやか、わたしの事心配してくれてます。そして助けてくれま
す。
今日もそうでした。
なのに・・・わたし、はやかの事、何も解ってなくて・・・
だから・・・だからせめて・・・今は、こうさせて下さい。
はやかの苦しみや辛さが少しでもわたしに伝わってくるように・・・少
しでもわたしがはやかの苦しみや辛さを受け入れられるように・・・今
は・・・こうさせて下さい。

葉野香>
ターニャ・・・
ターニャの胸って、とってもあったかい・・・
何だかおかあさんに抱かれているみたい・・・とっても落ち着ける・・・

トクン・・・トクン・・・ターニャの鼓動が葉野香へと優しく伝わって
いく。
そして思い出す母親のぬくもり・・・

葉野香>
・・・ねぇ・・・ターニャ。ひとつお願いしてもいいかなぁ?

ターニャ>
はい、何ですか?はやか。

葉野香>
このままあたし・・・ターニャの胸の中で、思いっ切り・・・泣いても
いいかな・・・?

ターニャ>
・・・いいですよ、はやか・・・

葉野香>
・・・う・・・うわあああぁぁぁぁぁ〜〜んん・・・!!!!
うわあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜んん・・・!!!!!!

葉野香は泣いた。
ターニャの胸の中で今までのしがらみの全てを吐き出すように。
思いの全てを泣き声と変えて、ただひたすら泣いた・・・

 

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