1. ずぞ〜…味噌バター、娑婆の味とは正にこのこと。航空自衛隊203飛行隊(注1)に所属するF-15パイロットである鷲頭は、相棒 の春野 和也(注2)と共に北海軒でラーメンを啜っていた。Tシャツ一枚の男が二人、カウンターでラーメン、それは幸せとは程遠 いがなにかいい感じの、よくあるしょうもない光景だ。 愛田牧場特製バターのコクのある香りを口の中に残し、最後のスープが喉を落ちていく。トンという音が静かな店内に響き渡っ た。 「お、やっと終わったか。しっかし何時もながら、よくツユまで飲むよな。」 半身をこちらに向け、春野があきれ顔でため息をついた。確かに腹は膨れすぎだ。しかし、これは譲れない。 「いや俺には、春野の方が信じられん。味噌バターだぞ。いわば北海道の心だ。それを残すとは。所詮本州から来た奴には…」 店が静かな原因である「中将」が、腕を組みながら頷いていた。北海軒影の支配者、見た目はクールな美女といった感じだ。これ で実はやさしい子だった…なんてことならすばらしいのだが、実際彼女はクールだ。初めて春野に連れてこられミニラーメンを注文 する春野を軟弱とからかった時、剃刀のような眼光で「出ていきな。」の一言。なぜか春野が一緒に謝ってくれ、事なきを得た。常 連客の一部は、「大将」より怖い店のNo.2に敬意を表し「中将」のニックネームで呼んでいた。春野が言うには、兄さん思いのやさ しい子だというの事だが… 「しかし、お前、飲み会のシメだぜ。そのスープとお前の飲んだビールで、1ガロンいくぜ。」 腕を組んで話を聞いていた中将は、あきれたというあからさまなボディーランゲージ、腕をW型に上げると皿洗いに専念しだし た。ふむまあ、食い過ぎなのは確かか…少しばかり酔ってる気もするし… 「それで気に入った子は居たか。せっかく由子さんに頼んでセッティングしたコンパだったんだから、もっと積極的にいってくれ よ。」 空と地上では立場が逆転していた。空では俺の後ろを付いてくるのに精一杯の春野が、地上では自分のリードになっている。しか し、あの話題の切り出しのうまさには敵いっこない。地上の撃墜王の援護射撃は、正確無比だった。気が付くとモタモタしている鷲 頭の前に、浮いている獲物は何も無い始末だ。コミニケーション・ブレーク、春野にコンパを世話して貰った他の隊員たちは、彼の 必殺の話術をそう呼んで恐れた。こちらに住み始めて僅か五年程度の春野が、これほど多くの女性人脈を持つ事実は飛行隊内でも最 大の謎とされている。 「うん、いや頑張ってはみたんだだが、なかなか話題がな。」 普段は飛行機にばかりかまけているので、普通の話題になかなかついていけない。なにやら航空管制官のドラマの話が出てきたと ころで、管制について勢い込んで話してみたがこれがいけなかった。由子の蹴りがすねに入った時には、女の子たちは完全にひいて いた。思い出しただけでも恥ずかしい。気分を紛らわすために頭を掻き毟る。 「だから難しく考えすぎなんだよ。得意の空中戦に持ち込めばいいんだ。自分の分野に誘いこむんだ。あとは相手の動きを読ん で、無茶すぎる機動はしない。そしてここぞというときに撃つ。それだけだ。」 数日前のデブリーフィング(注3)で言ってやったことそのままを春野に言われ、鷲頭はぐうの音も出なかった。 「葉野香、そろそろ暖簾を入れて来い。」 店の奥から大将の声が響いた。あいよ、という声と共に中将殿が店の入り口に駆け出してくと、くるりとこちらを振り向いた。 「酒は出さないけど、居たいだけ居てくれていいからね。」 いつもよりやさしい顔で微笑んでくれていた。そういえばこの子も、人付き合いは不器用そうだ。妙な親近感が湧いたが、ご好意 に甘える気にはなれなかった。美人の前で情けない話は、そろそろお開きにしたい。 「ありがとさん。でももう帰るわ。お勘定、ここに置いとく。1200円ちょうどな。」 「毎度、また来いよな。彼女できたら連れて来なよ。見物料に、そのときの御代はただにしとく。」 春野と二人、笑いながらジャケットを羽織ると席を立った。ドアを開け、中将殿とすれ違う。 「ご馳走さん。」 「毎度!」 景気づけるような力強い返事が、返ってくる。少し気が晴れる。八月といっても、夜はTシャツ一枚というわけにはいかない。しか し、アルコールとラーメンで暖をとっている鷲頭は、せっかく羽織ったばかりのジャケットをまた脱いでしまった。人差し指にジャ ケットを引っ掛け、もう片方の手で春野の背中を叩いた。 「やっぱ、北海軒の味噌バターは最高だ!」 「結局それかよ。それより、今度はこっちの頼みのことだけど…」 そうだ。ギブアンドテイク、合コンと引き換えにあっちも何か頼みごとがあるって話だったっけ…それにしても春野の声が随分聞 き取りにくい。飲みすぎたな… その日の記憶は、そこまでだった。 (注1)航空自衛隊203飛行隊:鷲頭、春野 和也(ゲーム本編の主人公)が所属する、千歳基地のF-15飛行隊。ロシアと対峙する最 前線飛行隊である。 (注2)春野 和也:本作の春野は「北へ。ホワイトイルミネーション」の全ヒロインを制覇したようなキャラクターであり、登場す るヒロインたちもそのようなバックボーンで描いていくつもりである。筆者は携帯版やフォトメモリーズ(中古屋で見かけたとき購 入しなかったのが悔やまれる)をやったことが無いのでその辺のことは知らない。春野がパイロットになったのは由子の影響である が、ゲーム本編でも302航空隊ファントムのワッペンを着用していたりするのでもともと憧れはあったのかもしれない。ちなみに 302航空隊は現在那覇基地にあるが、ファントム導入当初は千歳に展開した。理由の後付な気もするが、そんなところである。 (注3)デブリーフィング:飛行後のその飛行について評価検討する打ち合わせ。ようするに反省会みたいなもの。 2. チュン、チュチュン… 多分朝、眼を開くとドーム状の白い蛍光灯が、眼前に浮かんでいた。これは…俺の下宿のトラえもんの顔のような純和風オンボロ 蛍光灯とは、違うように思われる。ああ、やっちまった… 上半身をガバリと跳ねあげる。 「キャア、あ、あのおはようございます…」 首を90度旋回させるとそこには、かわいい女の子が固まっていた。どうやらここはリビングルームというやつだ。で、自分は大き なソファーベットに寝ていたらしい。しかし、なぜ女の子がいるんだか…ここはどこだ、あれは誰だ。他に人はいない???鷲頭の 二日酔いの頭は可能な限りの高速で混乱していた。固まった女の子はリビングの中心にあるテーブルに、お碗を置こうとしていたよ うだ。その香り…味噌汁! 記憶に無いがナンパでもしたんだろうか。無い、有り得ない。道端で倒れていた俺を自分の家に収容したのか。いや救急車、下手す りゃ警察だろう…やはり、まだ甘美な夢を見ているということだろうか。夢なら… 「ちょっとお兄ちゃん!お兄ちゃんも起きてよ!」 モガー…妙なうなり声と共に目の前に、巨大な芋虫がそそり立つ。その先っぽには、春野の顔が埋め込まれていた。春野はソファ ーの下で寝袋に包まっていたらしい。 「おう。お早う…」 現実世界からの使者、救済を求めてとりあえずの挨拶。しかし、春野の眼光は鋭い。やけに鋭い… 「琴梨ちゃんに、何かしなかっただろうな…」 低い。何時に無く低い声だ。 「いや、今起きたとこだ。何もしてないと思う…」 「なに!思うだと!なんだその他人事のような表現は!」 自分の事にも関わらず、知らないものは知らない。俺のせいではあるが、俺のあずかり知らん事だってある。春野の眼光が、顔面 をちりちりと焦がす。火傷しそうな冷凍光線… 「だから、記憶ないんだってば!」 あまりの怖さに逆切れする。春野の眼は、完全に三角だった。 「ちょっと、お兄ちゃん!やめて、だいたいお兄ちゃんが、ずっとそこで見張ってたんでしょ。何も無いって!」 その時、ちょっと怒った!というような天使の声が響いた。春野が落ち着き、もぞもぞと寝袋から這い出してくる。 「ごめんなさい。あの、別にそんな人じゃないって、たぶんその…」 うっかり言った「見張り」という言葉を気にしたのか、女の子は口に手をやって慌てて謝った。見張り…警察のトラ箱で、警官に見 張られていても当然りの有様だったのだ。謝るのはこちらの方…そうだ、謝ってお礼をせねば。その時、女の子は壁にかかった時計 に眼をやった。 「いけない。そろそろ出掛けなくちゃいけないんです。朝ごはん食べていってくださいね。」 女の子は御碗をテーブルに置くと、ペコリと頭を下げた。 「いえ。どなたかは存じませんが、突然押しかけまして大変ご迷惑おかけしました。申し訳ありません。直ぐ御暇さしていただき ますのでお構いなく。」 急いで立ち上がり、謝罪する。自衛隊じこみの完璧な気を付け状態だった。 ククク…口に手を当てて笑う彼女の姿は、朝日のなかですら更にまぶしく感じられた。 「いえ、せっかく用意したんですから、食べられたら遠慮しないで食べていってください。それでは。」 もう一度頭を下げると、彼女は部屋から出ていった。パタム…ドアの閉じる音すら軽やかに聞こえた。 「それで、いつまでそうしているつもりなんだ。」 いつの間にかテーブルに着いた春野が、あきれた声を発した。ドアから視線を外す。 「お前、妹さんがいたのか?」 春野は天を仰いで、聞こえるようにつぶやいた。 「だから、出来ればやだったんだ…」 ずず…最後の味噌汁が、荒れた胃にやさしく染み渡っていく。ほっと一息、う〜んシンプル イズ ベスト、豆腐のみの味噌汁、 日本人でよかった。 「ご馳走様でした。」 箸を持って両手を合わせてみる。仏教徒でもなんでもないが、そうしたい気分だった。 朝飯を食いつつ、失われた記憶部分を春野に話し聞かされた。ちょっと休むとか言って大通り公園のベンチに座ったきり、春野が揺 すろうが何しようが、「すまん」だの「大丈夫だ」だの言って梃子でも動かなかったらしい。そのまま捨てられれば凍死するところ だ。いや今は夏だからそれは無いが、風邪は確実だっただろう。仕方なく春野は叔母の家に連絡し、車で迎えに来てもらったそう だ。その時、免許取りたてでありながらモンスターマシーン・チェロキーをまわしてくれた救いの女神が、琴梨嬢その人だったとい う訳だ。春野はぐてんぐてんの自分を応接間に回収すると、目覚めて勝手なことをしないようにと警戒体制に入った。まあそういう ことらしい。 「それでは、こちらの要請を聞いてくれ。まあ、もうヤとは言わせないけど。」 さて春野のお願い、もとい要請を聞くとするか。どうも相当な厄介ごとのようで、春野は コンパの交換条件と言っておきながら 肝心な内容を秘密にしてきていた。 「後二週間で航空祭だ。」 千歳航空祭、基地が一般人に解放され様々なショーが行われる一大イベントだ。特に今年の航空祭は、例年に無いビックイベント が企画されている。 「そこで川原 鮎ちゃんの新曲が発表されるのは、知ってるよな。」 川原 鮎、札幌出身の人気アーティストが、何でも空、しかもパイロットをテーマーにした新曲を発表するらしい。由子さんたちの 熱心な交渉の末、航空祭での新曲発表会が決まったのだ。 「ああ、知ってる。というか、知らん奴はいないと思うが…」 春野が重々しく頷いた。自衛隊内はこういうのが好きな奴と興味ない奴の二派にばっさり別れており、自分はどちらかというと後 者だ。春野はそれを心配したのだろう。 「問題は、発表会の後だ。鮎ちゃんが今回のイベントをOKした条件、イーグル後席の体験搭乗、これだ。」 やな予感がした。CMなどで聞いたことのある鮎の曲は、かなりアップテンポな所謂元気のいい曲だった。無茶な曲技飛行を要求さ れ、それを宥める。肩の凝りそうなお役目だ。 「それで、そのイーグルの操縦、俺が指名されているんだが…」 ホッと肩を降ろす。どうやら一番面倒なお役目ではなさそうだ。 「その日、俺は彼女の見舞いに行かなくちゃならなくなったんだ。ただ鮎サイドとの連絡がつかない。」 ??? 「それでお前には、俺のふりをしてイーグルを操縦して貰いたい。」 面倒ごとにさらに面倒が掛け合わさってきた。 「別に誰が操縦してもいいだろ。志願者を募れば、逆に抽選って形になるんじゃないか。まあ頼みとあらば、操縦くらい引き受け ても構わんけど。」 春野が首を振った。 「あちらからの条件で、俺の操縦と指定してきているんだ。それが広報を通して基地司令にまであがっている。」 「なんでそんな指定があるんだよ。お前、知り合いかなんかなのか。」 少し痛む頭を抱えて質問すると、春野はコクリと頷いた。しかし、なんちゅうスケこましだコイツは。まさかそんな有名人まで… 「こうなると、問題は鮎ちゃん本人より司令部の方なんだ。イーグルの操縦は俺に決定、変更不可、こんなのが司令直々の命令だ よ。俺が彼女の見舞いに基地を抜け出すには、司令部をだますしか方法がないんだ。」 彼女…一度、春野と小樽まで寿司を食いに行った際、ちらりとあった事がある。白い肌とそれよりも更に透き通った瞳に不思議な 温かみを宿した印象的なロシア人女性、たしかターニャとかいう名前だった。 「彼女、悪いのか…」 「狭心症だ。普通に暮らしていくには問題無いんだが、彼女の仕事は火との格闘だからな…」 春野の顔が悔しげに歪んだ。ガラス職人、千度を超える炎(注1)を操る仕事、体力的にハードなことは想像に難くない。 「今の仕事を続けるなら、手術が必要なんだ。安全とは言い切れない手術が。」 その時既に、腹は決まっていた。こんな話を断るわけにはいかない。最後に確認の質問。 「その日が、手術ってことか。」 春野は、力なく笑った。 「そういうこと。」 「任せておけよ。司令部に機関砲弾ぶち込んででも支援してやる。」 任せておけ。滅多に使わないような恥ずかしい言葉だった。恥ずかしいついでに、もう一つ重要な質問が残っていた。 「ところで航空祭、琴梨さんも来るのか?」 「ああ。彼女って鮎ちゃんは親友なんだ。絶対会いに行くって言ってたよ。」 春野は、声を上げて笑っていた。 (注1)千度を超える炎:これを書くにあたり筆者は、久しぶりにゲーム本編(琴梨編、ターニャ編)をプレイしたのだが、さすが に?覚えていない。数百度どまりだったかも知れない。うろ覚えである。ちなみに筆者は最近まで「うる覚え」だと思っていた。う るうると絡めて、勘違いしている人は筆者だけでは無いだろう。そう思いたい。あ、木の洞とうろなのか?洞じゃ空っぽでぜんぜん 覚えてなさそうだが… ※基本的にガラス工房の窯の温度は、1400〜1500℃。 溶けたガラスを入れておく保存窯が、だいたいこれくらいです。この窯の口を開く時は長そで奨励。 しかも、専用の溶けにくい繊維でできた手袋をはめて開けます。そうしないと火傷必至です。皮膚燃えます。 加工するとき、温めるために突っ込む窯が1000℃くらい。本当は専用サングラスをかけていないと、目が光で焼けます。 これに点火するのもやりましたが、ガスの出によっては、火をつけた瞬間漫画みたくボン!と爆発します。 これで、私は何度か髪の毛が若いころの笑福亭鶴瓶にナリマシタ(笑) できたものを保存する時には500℃あたりから徐々に1日かけて冷やします。 朝までかけて監視して、早朝に取り出し、天火干しにして洗って完成です。その日は徹夜(汗)。 ガラス工芸をやってた経験者の管理人、雄の経験です。私はワイングラスやゴブレットをつくってましたー。 ターニャ、あんな薄着でサングラスもかけずに制作に励んでます。心臓は弱いが紛れもない超人ですな(笑) ※「うろ覚え」が正しいですね。「うるおぼえ」では、パソで変換できませんね。 漢字で書くと、「疎覚」。疎の意味は、あらい、うとい、したしくない事。これでみんなピンときたね(*'-')b ※は管理人の雄のコメント(*'-') |