音琴蘭。北京に住んでいる高校2年生
(スパイ)学校で色々あって、少し落ち込んでいた。
・・そんな時、母さんが北海道行きの
片道航空券を手渡して、僕にこう言ってくれた。
『行け、配置転換だ。任務成功の笑顔の無いスパイに、全然魅力はない!』
8月1日・・・(作戦名)夏休み。
何かが変わりそうな・・そんな予感がする。
僕は旅立つ。
退屈な日常に、さよならして・・
まだ見ぬ土地の、まだ見ぬ人(スパイ)に出会うため・・・・・北へ。
札幌では、親戚の家(札幌支部)にやっかいになる予定でいる。
春野陽子さんといって、僕のおばさんにあたる人だ(と、いうことにしている)。
女「あのー、すみません。シートベルトがこんがらがっているみたいなんですけど」
音琴「え、すいません。あれ、本を落としましたよ。これ英語の小説ですね」
女「ええ、面白い小説だと聞いてたんだけど、まだ翻訳されてなくて、原文で読んでいるのよ。よかったら、聞きま
す?」
音琴「聞く?(日本語は難しい)タイトルは、ハリー・ポッター?(英語も苦手だ)」
本には、CDが挟んであった。なるほど、適切な日本語だ。
CD『おはよう、お兄ちゃん』
女の子の声なら良いが、残念ながらオヤジ声(千葉繁)だ。
CD『北海道島は日本にとって、重要な軍事拠点が点在している。そこでは各国のスパイが紛れ込んでいて、秘密裏に情報
収集に励んでいるが、ここ最近、そのスパイの行方不明事件が頻発している。我が国のスパイも数名、行方がわからなく
なっている。おそらく消されているのだろう。そこで君の指命だが、観光客になりすまし、スパイ行方不明事件の真相を
調べてほしい。例によって、君もしくは仲間達が捕らえられ、あるいは殺されても、当局は一切感知しないからそのつも
りで。なお、このテープは自動的に消滅する』
「お兄ちゃーん、こっちこっち」
思わず、辺りを見回した。まずい、こんなところで、誰が聞いているか、わかったものではない。
春野琴梨「ごめんなさい、いきなり『お兄ちゃん』と呼んで驚かしてしまって」
大声でコードネームを呼ばれたら、そりゃ驚くよ。
春野琴梨「こんにちは、私、春野琴梨です。昔と変わらない目をしていたんで、思わず、お兄ちゃんて・・」
音琴蘭「あ・・こんにちは。音琴蘭です」
春野琴梨「おぼえてます?昔、東京に遊びにいって、よく遊んでもらって。その時、『お兄ちゃん』と呼んでて」
そう言われて僕にも、かすかな記憶がよみがえった。
子供の頃、一緒に遊んだ。よく笑い。よく泣く女の子・・・
でも、その子は琴梨ちゃんじゃない。
そして僕は、その『お兄ちゃん』じゃない・・・が
音琴蘭「『お兄ちゃん』でいいよ」
まだちょっと照れている琴梨ちゃんの顔を見ながら
僕は笑顔で応えていた。
春野琴梨「えっ、はいっ。お兄ちゃん」
琴梨ちゃんの笑顔は、僕たち別々の国の距離を、一気に縮めてくれたようだった。
地下鉄に乗って、平岸まで行く。平岸・・
たしか近くには、陸上自衛隊の基地があったはず。
エル「にゃおー」
琴梨「これ、おやすみネコ。しくみはよくわかんないんだけど、声に反応して鳴くの」
新型のスパイ道具だろうか?
陽子「あら、大きくなったわねー。おぼえてないかい?ほらっ、小さい時、おしめかえてあげた・・・」
スパイは日常の会話でも、怪しまれないように注意をはらわなければならない。僕のおばさんを演ずる、陽子さんは、ス
パイとして満点の才能の持ち主らしい。
しかし、琴梨ちゃんは、本当にスパイなのかどうか、怪しいものである。
SS(3)暖かい家。
琴梨「お母さんは、私が料理を作っているあいだ、お兄ちゃんとお話しててよ」
陽子「はい、はい」
それから40分くらい、今回の任務について話し合った。
音琴「ところで、彼女は、琴梨さんは本当にスパイなんですか?」
陽子「スパイじゃないわ。あの子は、私達については何も知らないよ。あんたの事、お兄ちゃんと呼んだのは、昔、あん
たとそっくりの男の子がいてね・・その男の子と勘違いしているのさ」
音琴「じゃあ誤解を正さないと」
陽子「まって。あの子は、あたしの本当の娘なんだよ。7年前、あたしの主人、琴梨のお父さんは謀殺されて、あの子は
すごく落ち込んでいたの。そんな時、お兄ちゃんと慕っていた男の子も病気で相次いで亡くなって・・・さすがに、男の
子の亡くなった事は言えず終いになってね。だから、あんたが、そのお兄ちゃんだと思い込んでいるんだよ」
肉親、兄妹の死に別れ。その辛さは痛いほど、僕にはわかった。
陽子「だから、ここにいる間だけでも、お兄ちゃんと言わせてあげてよ。ねっ。これは一人の母親としてのお願いだよ」
気が付くと食卓には、カニクリームコロッケと
アスパラガスのサラダ。ビシソワーズが並んでいる。
僕は、カニクリームコロッケを食べてみた。
・・・・・!! うまい!!
琴梨「本当、うれしい。あれ?お兄ちゃん、何?どうしたの?涙なんか流しちゃって」
・・あの子にも食べさせてあげたかった・・
音琴「へっ?!いやっ、これはーそのーあまりにも美味しすぎて、感動した涙なのだ。にやはははははっー」
琴梨「あ、よかったー。びっくりさせないでよね、お兄ちゃん」
陽子「本当に、大げさなな男の子だね。まったく」
その後も、会話がはずみ、笑いの絶えない時間を過ごした。
こんな楽しい、ひとときを過ごしたことが、今まであっただろうか。
熱い風呂は、体の疲れを癒し、柔らかく暖かいベットは体を包み込んでくれた。しかし、何故かどうしても眠れなかっ
た。
音琴「僕は、ここじゃあ眠れないよ。かわりに君がここに寝るといいよ」
トンッ、トンッ
・・お兄ちゃん、入るね。
ガチャ
琴梨「お母さんがこれ使うと良いよって・・。あれ?!お兄ちゃん、床の上で寝ているよ。こんな所で寝てたら風邪ひく
よ」
《ビッグ・ラン北海道を手に入れた。これでコマンド、ガイドブックが使えます》
琴梨は、ベットの布団を音琴蘭に掛けてあげた。
その時、
琴梨「ベットの上に、パンダのぬいぐるみがあるー!?」
それは小さなぬいぐるみだった。白い部分は茶色く汚れて、継ぎはぎだらけだった。
琴梨「汚いパンダだね。でも、お兄ちゃんにとっては、とても大切な物なのかな。私にとってのエルちゃんみたいに」
パンダのぬいぐるみを、音琴の傍らに置いてあげた。
琴梨「それじゃあね、おやすみなさい。お兄ちゃん」
ガチャッ
SS(4)北海大学
音琴「あのー」
薫「・・何か?」
音琴「僕のこと覚えてますか?飛行機の中で会った・・」
薫「ねぇ。聞いて。あなたには悪いけど、今のこの時間は、私にとって大切なものなの。・・・指示したり指示された
り・・・している日常と、バランスを取るために、私には誰とも喋らない時間が必要なの。だから悪いけど、話しかけな
いでね」
彼女は文庫本を開いたまま
こちらを振り向こうともしない。
とりあえず話しかけなければいいわけだ。
彼女は小声で話はじめた。
薫《あなたは、ただの観光客。私は休憩時間に読書をしているだけ。関係者に気ずかれないようにしてね》
音琴《ええ、わかってます》
薫《道内各地のスパイと連絡をとっているけど、今のところ手がかりとなりそうなものは・・・富良野の陸上自衛隊の基
地から武器弾薬が紛失した事件があった事と、行方不明事件が小樽運河周辺で起きているという事ね》
・・富良野・・北海道の丁度、ヘソにあたる場所にあり、道内各地を結ぶ要所である。冷戦時代、もしソ連軍が上陸を果
たしたなら、北海道を占領する際の重要拠点になっていたであろう。しかし、今では、道内有数の観光地となっている。
・・小樽・・日本海に面した、港町。軍事的には大型軍艦の補給も可能で、不凍港でもある為に冷戦時代、現在ともに地
政学的にも重要な場所である事に変わりはない。
富良野の武器紛失は、今回の任務とは関係無さそうだ。
問題は、小樽だな。
薫《任務の指示は、楊貴妃から受けてね》
音琴《楊貴妃?》
薫《ごめんなさい、おばさんの昔のコードネームよ。あの美貌で、要人から重要な情報を手に入れて、亡国の憂きめにあ
わせた国もあった事から、その名前が付いたそうよ》
音琴《なるほど、それで陽子さんか・・》
ピ・ピ・ピ・ピ・・・
薫「時間ね・・さよなら、音琴くん」
SS(5)小樽
琴梨「なんかカッコイイ人だったね。私もあんな風にアメリカ人と話せるようになりたいなー」
音琴「ロシア人だよ」
ロシア語訛りのアメリカ人なんていない。おそらく、KGB・・もとい、ロシア安全保障局の人間か・・それとも・・
琴梨「でも英語で喋ってたよ」
冷たい視線で僕を見る。
音琴「えっそう?はは・・・・・それより、琴梨ちゃんなら大丈夫さ、きっと英語が喋れるようになれるよ」
琴梨「うん、そうだね。私がんばる。それにしても、あの女の人って、なんかスパイ映画にでてきそうな感じしない?も
しかして本物のスパイだったりして」
音琴「それは無いよ」
・・絶対に・・あんな姿勢を正して、歩幅が一定して歩いているのは、軍隊に入っていた人間の、特徴的なクセの一つ
だ。スパイは自分の経歴が、一目で判るようなクセは絶対に残さない。
あの様子だと、自分でも気がついて無いらしい。おおかた、自衛隊の女性士官だろう。
琴梨「そうだね。そうそう、ガイドブックだと一般的な観光コースとしては運河工藝館・・・・」
僕たちは、運河工藝館に入った。
琴梨「うわー、このマスコットかわいい・・・でも高い・・・・」
・・この表情、前にもあったような・・
〈このパンダのぬいぐるみ、かわいい・・・でも、買えないよね・・〉
遠慮がちに物欲しそうな表情・・
〈大丈夫、お兄ちゃんが買ってきてやるよ〉
あの時は、盗む事でしか手に入れられなかった。
今はそんな事は無いのだが、琴梨ちゃんに気づかれないように、トイレに行く口実で、マスコットを買いに行く僕の心
は、あの日と変わらず胸が高鳴った。
音琴「はいこれ!プレゼント」 〈買ってきてやったぞ〉
琴梨「ありがとう、お兄ちゃん。いいの?」 〈ありがとうお兄ちゃん・・・でも、鼻から血が出てるよ・・・〉
音琴「もちろん」 〈平気さ〉
ありがとう、お兄ちゃん。これ、大事にするね。
ツヴェト・ダカート
工房の熱気は、分厚いガラス越しにも伝わってくる・・
その中で汗を流す金髪の女の子・・
僕は・・・
彼女の美しさに、ロシアのスパイではないかと思った。
女スパイというのは、どこか男を狂わせる魅力を持っているものである。彼女の美しさが正に、それであった。
いや、それは考えすぎだろう。
こんな繊細で高貴な美しさの彼女には、スパイ特有の血の臭いは感じなかった。
僕は時の経つのも忘れ、彼女に見入っていた。
琴梨「お兄ちゃん、お兄ちゃん・・・もうっ・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その翌日も、僕は運河工藝館の周辺を調査した。
近くの運河倉庫にはスパイ同士の争った、銃撃戦の跡もあり、ますます、この周辺が怪しくなった。
僕は運河工芸館に、ロシア人女性について探ろうと潜入・・もとい、入店した。
そこには、中国人民解放戦線情報部員と朝鮮秘密工作員がいた。
蒼き月の夜〈おいっ、振り向くな。我々と君とは、見知らぬ仲だ。気づかれないようにしろ〉
そう、見知らぬ二人がいた。
けあふりぃ「女の子はガラスが好きだろうから・・・」
蒼き月の夜「あぶない、あぶない、ガラス屋は危険がいっぱいだ」
なるほど、やはりここが元凶か。
その時、ガラス花瓶が床に落ちそうになり、慌てて拾った。
ターニャ「あ、良かった。それ私が造ったんです。壊れていたら、とても悲しかったと思います」
ガラス工房で見た、あの子だった。
音琴「すごく澄んだ暖かい色をしていますね。センスも良いし・・・」
ターニャ「本当ですか!そんなふうに言ってくれた人は、あなたが初めてです。この花瓶、あなたにあげます。あなたがいな
ければ、粉々に割れていたところですし・・・私が言うのも何ですが、美しい物は人の心を豊かにします。あなたが使ってく
れれば・・その・・」
音琴「ありがとう、大切に使うよ」
・・美しい物は人の心を豊かにします・・か。
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夕日の見える公園
音琴「綺麗な夕焼けだね」
ターニャ「夕焼けの暖かい赤い色、ツヴェト・ダガート。この色をガラスで表現したいんですけど、なかなかだせなくて」
ツヴェト・ダガート・・・・どこかで聞いたような、たしか・・
旧ソビエト連邦の、新型核兵器開発計画!
(続く)
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