帯広市内巡り。
 帯広ではスポット2箇所を訪れる計画にしていた。
「アンデルセン」と「新橋」である。次の特急「とかち8号」に
間に合うようにしよう。
 駅前の地図でアンデルセンの場所を確かめて出発。地図で確認した
ポイントで曲がったのだが、それらしい店が無い。「あれ?場所間違えたか?」
と焦りつつ、あっちこっちとさ迷う。そしてやっと洋菓子店を
見つけた。「クランベリー」とある。ここだ。「アンデルセン」改め
「クランベリー」になっていたのだ。ティールームで寛ぐつもりだったが、
「とかち8号」の時間が無い(と思いこんでいた)ので、読谷モンブランと、
読谷シュークリーム。さらにタルトを1個買って行くことにした。「とかち8号」
に乗ったら食べよう。

 さて、次の目的地はここから遠くない「新橋」だが、発車時刻に
間に合うか?念の為行路表を取り出して時刻を確認する。すると・・
「あれえ?発車は13:31??まだ1時間近くあるじゃないか?」
そう。発車時刻を30分早く勘違いしていたのだ。時間に余裕がある
なら文句は無い。「新橋」へ行こう。豚丼が待っている。(笑)
 店の写真を撮ってから店内に入り、豚丼を注文。最初は「肉盛」に
するつもりだったのだが、おばちゃんにすすめられて「スペシャル」
に変更。味噌汁と漬物も一緒に頼む。
 出てきた豚丼は期待を裏切らなかった。ゲームで主人公が言っていた
通りの絶品で、タレの味が最高。極論を言えば、タレだけでも飯が
進む。一口ずつ、じっくりと味わった。味噌汁も美味かった。(食べたのは豆腐)
 結果として「スペシャル」にしたのは正解で、丁度いい量だった。
代金は1.800円なり。そして長良川の鮎さんから頼まれていた
伝言を伝える。(笑)大将とおばちゃんは「注意してみてないとね」
と言っていた。
 新橋を出たら、近くのバス停からバスに乗り、帯広駅へ向かう。
 帯広駅に到着してみたら、「とかち8号」の発車までまだ十分
時間があった。
 では、次は新得経由で幾寅へ向かおう。

幾寅へ行くつもりが・・・・(大汗)
 予定通り「とかち8号」に乗車。新得へと向かう。
発車まで時間があったので、列車編成もしっかり控えておく。
 十勝平野を抜け、新得に到着。ここから普通列車に乗り換えて「鉄道員」
で有名になった幾寅を目指す。「とかち8号」を
見送って待つことしばし。滝川行き普通列車が現れた。単行気動車である。
 新得を発車するとすぐに山越えにかかり、気動車のエンジンは唸りっぱなしになる。
焼きつきはしないかと心配になるほどだ。
 ずっとこのエンジン音を聞いているうちに眠くなり、何度目かのトンネルに入ったとき
意識が無くなった。
 目覚めたのは自動放送のチャイム。「間もなく、金山です。お降りの方は・・・」
と告げる声に目を覚ました。寝ぼけ眼で「金山?幾寅は何時到着だっけ?」と行路表
を見ると、幾寅は15:00着。時計を見たら15:15。
 「何?15分すぎてる?ということは・・・・あ!」ここで私は
金山駅の場所を思い出した。金山湖からそうは遠くない場所。そして
ここから富良野も近い。まして到着予定時刻から15分すぎても列車
に乗っているということは・・そう、「寝過ごした」。それしか考えられない。
 列車は金山に停車。とりあえずここで下車する。念の為運転士に
「幾寅はすぎましたか?」と聞いたら「幾寅は過ぎましたよ」といわれる。
途端に血の気が引いていくのを感じながら、金山で下車した。私を下ろす
と気動車は発車した。
 さあえらいことになった。幾寅で下車するはずがえらいところに来て
しまった。駅は無人化されてかなり経ち、人気は全く無い。駅前には
屋根が潰れた廃屋があるだけ。時折車が通過する以外物音はしない。
 新得方面にいく列車は・・と時刻表を見ると2時間先まで来ない!
(実は15:49の落合行きを見落としていた。)「こんな無人の地で
2時間も待つなんて嫌だ〜!何とか幾寅方面に脱出しよう」と対策を
立てる。次の列車は2時間後、ここはもう特急も貨物列車も通らない
局地線だ。だとしたら線路を歩いて行けないか?そう思って線路に下り、
幾寅方向に向かって歩き出したのだが、金山の場内を過ぎたところにトンネル
があるのを見て「こりゃ無理だな」と断念する。そして又駅に引き返してきた。
最初に降りたホームで立っていると「南富良野町」と記したバスが現れた。
運転士がこっちを見ている。しかし私が
乗らないと分かるとそのまま通過していった。
 「はあ。まいったな。」
そうため息をつきながら金山駅周辺の写真を撮る。こんな局地線で寝過ごした
という事件の記録に。
 何枚目かを撮り終えると、富良野方の警報機が鳴り始めた。
「あれ?次の列車は2時間後のはず。ましてここはもう貨物も通らない
路線なのに??」と駅時刻表を見たら、何と落合行きの列車がある。
見落としていたのだ。やれ助かった。早速乗車ホームに移動して到着を待つ。
到着を撮影したら直ちに乗車。今度こそ幾寅へ向かう。
 金山を発車してから見た車窓は、到底歩いては越えられない場所だった。
トンネル・湖にかかる鉄橋が続く。ましてや徒歩で歩いていたらこの列車の
運転士に見付かって線路立ち入りで警察行になりかねなかった。あらためて
無謀な徒歩突破を中断して良かったと安堵した。
 金山を出れば東鹿越、そして幾寅。幾寅に着いたときは「よかった。
無事に着いた」と心臓が縮む思いだった。

幾寅で。
 予定外の「はみ出し乗車」をやってしまい、ようやく幾寅に到着した。
ここは健さん主演の映画「鉄道員」の幌舞駅となったところだ。
私の乗る汽車が着いたときも、観光バスで来た団体が居た。
つい「幌舞来るならば汽車でこいよ」と突っ込みたくなる。(^^;)
 さて、その幾寅こと幌舞は、映画撮影時そのままで残されている。
駅舎も映画のセットそのもの。また事務室には1人係員がいて、
乗車券の販売やセットのガイドを行っている。丁度私が着いたときに
1組の訪問者が案内されていたので、私も便乗して解説を聴くことにする。
駅事務室の内部は、かつてどこにでもあった風景だった。いまでは
コンピュータ端末が置かれている窓口も、厚紙で出来た切符の棚が
残されていたのだ。「懐かしいなあ」と感動。
 
 さて、駅前には町の建物が立ち並んでいる。床屋・食堂など。駅の人
の話では、撮影時のままでは違法建築となってしまうので、内部を
補強して建築基準法に適合するようにしたという。
 さて、その「駅前広場」にある「だるま食堂」の前に立っていると、
健さん演ずる駅長達が出てくるような錯覚にとらわれた。カメラの
ファインダーを覗いてみると、映画そのものの光景だ。
 一方、床屋の上にはスピーカーが付けられていて、映画の音声が
聞こえてくる。その中でも蒸気機関車の機関士たちが歌っていた
「♪石炭くべろ 動輪回せ つばめや富士はお呼びじゃないが・・」
という銅鑼声の歌が妙に印象に残った。当時の国鉄を代表する特急
だった「つばめ」「富士」の牽引はしないけど、俺達は蒸気機関車を
操る「汽車乗り」だという断固たる気概が見えた。昔はこうした機関士達が
大勢居て、機関車を運転することを生甲斐にしていたのだ。かつては確実に存在した
「鉄道員」の残照をここに見る思いだった。
 こうした感慨と回顧の時間は忽ち過ぎ、帰りの汽車の時間が来た。
 私はホーム側に座り、汽車が発車するとき駅舎に対して敬礼した。
かつての「日本国有鉄道」の記憶に対して。

釧路へ。
 幾寅を発車した新得行の汽車は、途中落合に停車してから狩勝峠を
下る。ここはかつて「日本3大車窓」のひとつと賞された景色が見られた
のだが、あまりにもの急勾配が蒸気機関車の行く手を阻んだため、
現在はトンネルで一気に峠を貫いている。そしてその新狩勝トンネル
の中では、千歳方面から伸びてきた石勝線が合流するようになっている
のだ。そのため駅間は異様に長く、行けども行けども森が続く。
 長大なトンネルと、カーブを駆け下りてようやく終着の新得に到着
した。かつての光景には及ばないが、雄大な、内地では絶対に見られない
景色を堪能できた。普通列車で地に足をつけていくのもいいものだ。
 さて、ここからは釧路行きの特急「スーパーおおぞら」に乗り換えて
釧路に戻る。それまでは小休止だ。スタンプを押したり、駅前の光景を
撮影したりする。
 また、駅そばも営業していたので食べてみた。新得はそばの産地である。
出てきたそばは、内地のものと違って、そば粉の割合が高いのか、
黒味がかっていた。でも歯ごたえもよし、つゆもよしで、忽ち平らげて
しまう。(なお、宗谷本線音威子府駅のそばも、そば粉の比率が高いから黒い。
初めて見たときはびっくりしたものだ)
 そばを平らげて満足した後は、汽車が到着するまでしばしノートの
整理だ。これで結構待ち時間を消化できる。
 時間通りに「スーパーおおぞら」釧路行きが到着した。車内は結構な
乗車率である。私の指定席の隣には既に乗客がいたので、一声かけて
席に収まる。ほぼ満員で新得を発車した。
 乗客は帯広で殆ど下車。ここで車内は余裕ができた。私も車販で麦酒
を買って飲む。
 「スーパーおおぞら」は異常なく釧路に到着した。私も今夜はここの
宿で一泊する。「まりも」では座席で寝つけなかったから、やっと横になって
寝られる。翌日は5:55の快速に乗る予定だから、早めに寝よう。

 

専務車掌さんの旅行日記2へ戻る。

専務車掌さんの旅行日記4へ進む。

旅行日記のメインへ戻る。