『11』



 陽の運転する車は、林の中、物凄いスピードで快進していた。
 道の両側の木々が、分身でもしたかのように、すさまじい速さで車の両側を通り過ぎる。

「あばばばばばば」

 と、鯉のように口をぱくぱくしながら水波が遊んでいる間にも、陽は、今までに増して
スピードを上げる。
 そのかいあってか、咲耶を乗せた謎のトラックを発見するのに、さして時間はかからな
かった。

「お……おい、何だあれは!!?」

 そう言ったのは、トラックを運転している男だ。
 バックミラーには、猛スピードでトラックに追い付こうとする一台のスポーツカーを、
しっかりととらえていた。

「……何だか知らんが、今余計な人間に首を突っ込まれる訳にはいかん。飛ばせ!」

 そう助手席の、黒スーツの男が言うと、運転手の男は、アクセルを踏み込んで、スピー
ドを上げた。
 誠達を乗せた、陽の『恋人』は、確実にトラックをとらえつつある。
 しかし、ここからが問題だった。
 相手は、陽のオープンカーの何倍もある大型トラック。
 咲耶を乗せる時に見せた部屋がまやかしのものであると仮定して話を進めると、いきな
り荷台が開いて、自動小銃の弾雨を食らう可能性もある。

「あいた!」

 巻き上げられた木の葉を、ぴち!、とモロに顔面にぶつけて水波がもだえる。
 そんな水波をよそに、誠は、ある考えをまとめつつあった。
 器使いの自分になら可能な、その方法…。それは。

「陽、もう少しスピードを上げて、あのトラックに近付いてくれ」
「一体、何をする気だ!?」

 と、陽が言う間に、誠は助手席から、左手に愛刀……正宗を握り締めてすっくと立ち上
がる。
 その視線は、前方のトラックを見据えて離さない。
 そんな誠を見て、陽はある想像を、確信へと近付けた。

「お……おま……まさか!?」
「そう、そのまさかだよ。今からあのトラックに飛び移る」
「なにーー!?」

 陽と水波は同じように叫び、同じように驚いた。
 アクション映画でもそうそう見られない、見られるとしても、「見どころ」にあたるア
クションを、誠はスタントなしで行おうとしている。
 無謀……いや、無茶苦茶もいい所だった。

「おまえ、何考えてるんだ!!どうなるか分かってんのか!? ここでこのスピードで飛
 び上がったら、風圧でお前の体は後ろにすっ飛ばされるぞ!」
「いや、たぶん大丈夫だと思う」
「思う、じゃないでしょ! ここは、あたしがおフダ使って、ドアをぶっ壊す!」
「いや、お前、立っている事もできないじゃないか。俺が行く」
「……行く……って、おまえ……」
「陽、もう少しスピードを上げてくれ!」
「……ああああ! もうどうなっても知らんからな!」

 そう言うと、半分ヤケクソで、陽が恋人のアクセルを蒸かした。
 100キロを軽く超えるスピードで、2台の車が、狭い林道を駆け抜ける。
 もし、飛ぶタイミングを間違えでもしたら、林の木々に体をぶつけるか、最悪地面に叩
き付けられて、体じゅうの骨を砕きながら息絶えるだろう。
 しかし、そんな事をまるで考えてもいないかのごとく、誠は落ち着き払っていた。
 この自信は、どこからくるのだろう。
 水波は、かなり不思議だった。
 そんな水波の心配をよそに、前方のトラックを見据えながら、徐々に体を前に傾けてい
く。

「……もう少し……まだ………あとちょっと……」

 そう呟きながら、誠は、じっと前を見つめている。
 そして、ちらりと陽を見て、誠は言う。

「陽、すまん。たぶん、助手席は使えなくなる」
「え!?」

 陽の許可を得る間もなく、誠は飛んだ。
 どおん!!
 というごう音が轟いたかと思うと、助手席の金具が悲鳴をあげて折れ、がくん! と後
部座席に叩きつけられる。
 助手席を見て、うああ俺の恋人がーと叫ぶ陽、自分のすぐ隣が座席で埋まって硬直する
水波を置いて、誠の体は、風を切ってトラックに向かっていた。
 陽と水波は、驚愕の表情を浮かべて、前方の誠を見つめた。
 誠の体は、物理法則に逆い、凄まじい速さでトラックへと、まるで矢のように飛翔して
いた。

「な……なんだありゃあ! 一体何キロで飛んでいるんだ!?」
「あ……あたしに聞かないでよう!!」
「鬼切ってやつは、みんなああなのか!?」
「そんなの分かんないわよう!!」

 そんな会話を二人が交わしている間に、誠の体はトラックを捕らえ、その荷台の屋根に
素早く滑り降りた。

「な……なんだ! 今の音は!?」

 中の芹沢が、びっくりして声をあげる。
 誠の跳躍スピードは、トラックよりも上、100キロ以上出ていたはずである。でなけ
ればトラックに追いつく事は不可能だ。
 ……実は、器使いというのは、人間と違った部分がある。
 それは、器を使えるという事と、それに付随して着いてくる、体の特性の変化である。
 身体能力は、軽く人間の5倍は超え、新陳代謝が活発になり、回復能力が増す。
 それに伴い、脳のシナプスが大量増加し、あらゆる情報を処理する能力が格段に上昇す
る。
 器を使う、という事で、体のいたる所が霊的なものと反応して変化してしまうのだ。
 器を使えない人間は、それに触れただけで身体中から精気を奪われ、数分で昏睡状態に
陥ってしまう。
 だが、使える、というだけで、ここまでの違いが出てしまうのだ。

 さて、そんな事を知らない陽と水波。

「お、おい! あれ何だよ! なんであんな事できるんだ!?」
「あたしも分かんないよ!」
「器使いっって、みんなこうなのか!?」
「同じ事言わないでよ!!」
「俺のローンがあああぁぁぁぁぁ!!」
「ああん! もうーーうるさい! 黙れ!」

 そう言うと、陽の横っ面を、がす、がす!と蹴りつける。

「あだだだだだだ! く……車の運転ができんだろが! 蹴るな!」
「じゃあ、黙って運転しなさい!!」
「み……水波ちゃん! そんなに足あげると、パンツ見えるよ……」
「……。……このドスケベーー!!」

 すぱこーん!!
 と、陽の後頭部を、思いきり右手ではたく。
 ごつん!、と陽がハンドルに頭をぶつけて、ぷっぷー、とクラクションが鳴る。
 トラックの運転手が、バックミラーを覗いていたら、さぞ面白いものが見られただろう。

 そんな二人を後ろにして、誠は荷台の屋根の鉄板を凝視していた。
 そして、それに向かって、ゆっくりと抜刀の体制を整える。
 鋪装されていない林道を通りながら、それでも体制を整えられる所など、誠のバランス感
覚のすさまじさを証明していた。

「まさか、ここに来て初めて斬る対象が……人でも鬼でもなく、鉄板とは……」

 そう呟いて、鍔に左親指をあてて、ぐっ、と押し出す。
 すると、わずかだが、鞘の間から、輝くものが見え、昼の太陽に反射する。

「たのむ……折れてくれるなよ。」

 そう再び呟くと、鉄板に精神を集中する。

 荷台の中では、芹沢がいやらしい笑顔を作りながら、咲耶ににじりよっていた。
 先ほどの屋根の音も、鳥がぶつかった程度にしか思っていないようだ。
 咲耶は、後ろに下がるも、退路はすぐに断たれてしまう。
 後ろには、新見が、同じように嫌な笑みを浮かべて立っている。
 新見が、咲耶の腕を掴んで、後ろ手にする。

「安心せい。大人しくしていれば、悪いようにせん」

 そう言って、咲耶の着物の襟に、その脂ぎった手をかけた。
 咲耶の体に、寒気と悪寒が同時に走る。
 反射的に、咲耶は片手を新見の腕から振払って、芹沢の横面をはり倒す。だがその痛み
は、芹沢を逆に燃え上がらせたようだ。

「ええのう、それくらいでなくては面白くない」

 ……誠さま。

 誠は、相変わらず、といっても、数秒だが、精神を統一している。
 そこに、そんな咲耶の呟くような声が心に響く。
 いる。間違い無くこの下に。
 そう思いながら、誠は精神を揺れる荷台の上で統一する。
 すると、刀が白く輝き出す。器使いが、器を使う時に起こる現象だ。
 そして、そのまま、ひとつ息を吸い込むと、かっ、と目を見開き、

「せい!!」

 と、気合いを入れると同時に、鞘から刀を抜き出す。
 抜き出された刀は、目にも写らない速さで荷台の屋根を捕らえ、大きな金属音をたてる。
 誠の刀は折れる事なく、屋根を切り裂き、小さい切り傷をつける。
 誠はそのまま振りかぶり、二撃めを屋根に加えると、屋根の一部は、その衝撃に絶え切
れず、抉り取られたように陥没して穴が開いた。
 凄まじい剣撃である。
 そしてそのまま、開いた穴から、荷台の中に飛び下りた。

「やった! 誠がやったようーー!」

 そう叫んで、陽の肩を、ばしばしたたく。

「よし! 俺等も行くぞ!!」

 正気を取り戻した陽は、アクセルのスピードをさらに踏み込んだ。

 いきなり目の前に人が降ってきて、芹沢は、かなり驚いた。
 誠は、ちょうど、芹沢と咲耶の間に割り込む形で飛び下りたのだ。
 新見の気配を後ろに感じた誠は、咲耶を庇いながら、二人の前から咲耶をかくす。
 咲耶は、そんな誠の後ろ姿を見つめながら、急速に力が抜けていくのを感じた。
 芹沢は、せっかくの楽しみを奪われた怒りが、ふつふつと沸き上がってくる。

「っき……きさま! こ……こんな事をして、タダですむと思っているのか!?」

 そんな芹沢の怒りに、誠は特別な感情も表情も見せず、二人に刀を突き付けて、
声を低くして言う。

「ただで済ませるつもりなど毛頭無い。車を止めるように言え。でなければ、強硬
 手段にでる」

その言葉に、芹沢の表情が見難く歪む。

「くくく……貴様ひとりで何ができる。われらの力を侮るなよ、小僧。……新見!」
「はい、芹沢さん」
「目障りだ、なぶり殺せ」
「はい、おまかせください」

 そう答えた新見の表情は、確実に正常な人間のそれを逸脱していた。
 ……まるで、人殺しを楽しんでいるかのようだった。
 新見は、芹沢を後ろにし、禍々しく光る日本刀を、すらりと抜いてみせる。

「ふん……その構え……知らんな。無名の流派か。くだらん死合いになりそうだが、
 仕方あるまい」

 そう言って、新見は再びにいっと、嫌らしく笑ってみせた。


 さて……そんな騒動は、運転席までは通じなかったらしく、そこでは、FMラジオの音
楽を聴きながら、スピードをあげていた。

「おい、後ろの車、まだ付いてきているのか?」
「ああ、よく頑張るな。だが、もうそれも終わりだ。もう少しすれば、国道に出て高速に
 入れる。そうすれば、追いつけまい」
「無駄な努力、と言う訳か」

 と、そう笑った運転席の男が、前方に異様な「もの」を確認する。
 それは、物凄い速さで、運転席に向かって、一直線に飛んで来る。

「お……おい!!何だ、あれは!!」

 そう言って、運転席の男が顎で前を指し示す。
 その表情に、以上を感じ取った助手席の男が、ふと前を見た時には、その「もの」は、
確実に人の姿をしていた。
 青いジャケットを着込み金色の髪の毛をした、おそらく男と思われる影が、体を丸め腕
で顔を隠した状態で、ジャケットの端をはためかせながら、運転席に向かっていた。
 その影に驚愕し男達が声をあげようとした時には、すでにその影は大きな破壊音をたて
てフロントガラスを突き破り、運転席に物凄い勢いで飛び込んでいた。
 ちょうど運転席の中央の位置に飛び込んむ形となった男は、そのままガラスの破片をぱ
らぱらと頭から払うと、

「どうも〜〜」

 と、にっこり微笑んだ。
 その態度に、驚いて声も出せず、ぱくぱくと鯉のように口を動かしていた運転手が何か
答えようとした刹那、

「失礼」

 と言って、運転手の首筋を、ぎゅう、と押さえた。
 通常、人は、絞め方を知っている者に首を絞められると、だいたい七〜十秒で意識を失
う。
 この場合も、例外ではなかった。
 運転手の男は、ふうっと、意識を失い、ハンドルから手を離す。

「き……貴様!!」

 そう言って拳銃を突き付けようとした助手席の男に、金髪の男がハンドルに片手を置い
たままで肘打ちを食らわすと、黒服の男は簡単に気を失ってしまう。
 運転席の二人を眠らせてそこを占拠した男は、ハンドルを大きくきり、まるでドリフト
の要領でハンドルを切る。

「うわわわわわわ!!!」

 いきなり蛇行を始めたトラックに、陽達を乗せたオープンカーは、急ブレーキをかけざ
るを得なかった。

 百キロ近いスピードを出していたトラックは砂埃を上げながら道路を蛇行し、ついには
木と木の間に挟まって大きな音をたててその動きを止めた。

「ふう、奇襲とは言ったが……ちょっとやり過ぎたかな。斉藤さんが聞いたら笑うな。」

 運転席を乗っ取った男……山崎 丞は、ガラスまみれの運転席を見回して、にっ、と微
笑んだ。


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