『12』


 山崎が、運転席にダイブするほんの数分前。
 銀色に光る荷台の中は、異様な殺気につつまれていた。

「お前も久しぶりだろう、人を斬るのは。やれ! やってしまえ!!」

 芹沢が、妙に興奮ぎみに、新見、と読んでいる男をたきつける。
 新見は、嬉しそうに誠を一睨みすると、誠に向かって、ぎらぎらと光る刀の切っ先を
向けた。

「何か言い残す事があれば、聞いておいてやる。俺はこれでも慈悲深いんでね」

 新見が、まるで慈悲深くない笑みを作りながら、誠にそう問い掛けた。

「ええい、何をやっとる、新見! はやく殺ってしまわんか!!」

 そう煩く騒ぎ立てる芹沢を眉を寄せて一瞥して、誠は新見に向かい口を開く。

「あんな俗物に使われる身分というのは、どんな感じなんだ?」
「なんだと?」
「ああ、これは失礼。同じゴミだめにいる虫は、お互いを汚い存在だとは思わないもの
 だからな。余計なお世話だったな」

 そういって、誠は不敵に微笑んでみせた。
 その表情を見て、新見の顔が醜く歪んだ。

「言いたい事はそれだけか!小僧!!」
「いや。まだまだお前の顔つきやら衣装のセンスのなさやら、刀の構えのなってない所
 やら、言いたい所はゴマンとあるが、とりあえず言い残すつもりはないからな。後に
 取っておく事にした」

 新見の顔が、怒りに歪んでいくのが分かる。だが、誠は一切動じていなかった。
 挑発は、相手を冷静でいられなくさせる事。その目的での言動だったからだ。まさに、
新見の冷静さを欠いた今の状態は、誠にとって予定通りと言えた。

「ええい、新見! こやつのごたくはもう聞き飽きたわ! 殺ってしまえ!!」

 その言葉が、まるでスイッチだったかのように、新見は雄叫びを上げて誠に襲い掛か
った。
 誠は右腕で咲耶を制して退かせると、上段からの一撃を、右に交わしながら抜刀した。
 新見の上段から降り下ろされた刀は、抜刀されたばかりの誠の刀……切っ先がまだ下
に向いたままの刀にいなされるように滑り落ち、勢いそのままに床に叩きつけられる。
 誠は、バランスをくずしている新見の首筋に狙いを定め、新見の刀を滑らせた刀を、
上段に流れるように構え、刃を返して降り下ろす。
 新見はやっと体制を立て直すと、体を丸めて飛ぶように後ろに避けた。だが完全では
なく、頬に誠の切っ先が触れて、血が流れる。
 新見は丸めた体を空中で伸ばすと、着地と同時に床を蹴り、誠に踊り掛かる。
 上段から振りおろし、下ろした刀で突きにかかるが、誠は上段を後ろに下が
り、突きを左に交わしながら、刀を納刀する。新見は躱された刀を誠に向けて横凪にす
る。
 誠はその刀を、再び抜刀した刀で打ち返す。
 すると新見の刀は、抜刀された刀の勢いに耐えられずに、上に腕ごと持ち上げられた。
 びりびりと、新見の腕に痺れが走り、一瞬身動きできなくなった新見の胴がガラ空き
になる。
 そのに、誠は両手で渾身の一撃を峰で打ちつける。

「ぐはっ!!」

 新見は、刀を上段に構えたまま吹き飛ばされ、芹沢の横をかすめて荷台に激突した。

「に……新見、何をやっとる!」
「く……貴様!」
「面倒だ。二人まとめてかかってこい」

そう言って、誠は刀を再び納刀しながら、芹沢を睨み付ける。

「さすがは誠さま……」

 観客と化した咲耶が、ソファに座ったままでぱちぱちと拍手する。
 芹沢は顔を赤くして震えた。

 芹沢が、怒りのままに刀を抜こうとしたその時、誠達のいる空間が大きく左右に揺れた。

「うわっ!!」
「きゃああっ」

 誠と咲耶は、もつれ合うように重なって、ソファの上をバウンドする。
 急速に衝撃と揺れを増した荷台は、中にいる人間の体の自由を奪った。

「ぐわっ!」
「こ……こらぁ、新見! 離れんか貴様!」

 こちらも、男二人で見苦しくもつれあいながら、床の上をバウンドした。
 外で聞こえる、急ブレーキの音、タイヤが土を擦る音、そして、陽と水波の叫び声を聞
きながら、誠はソファの上で、右腕の咲耶を支えて、衝撃の備える。
 左右に揺れていた荷台の衝撃は、大きな激突音とともに納まるが、その代わりに慣性の
法則が誠達4人を襲い、運転席のある方向に、4人は放り出された。
 誠と咲耶は、再びソファの上でバウンドし、芹沢と新見は、運転席側の壁に叩き付けら
れ、側にあった花瓶が、まるで漫画のように芹沢の頭に落ちてきて直撃、見事に割れた。
 それと同時に、荷台の扉が衝撃で壊れ、大きく口を開き、外の空気を中に取り入れた。

 しばらくの間、何が起こったか分からなかった4人だが、車が事故にあって停止した事
は理解できた。

「……だ……大丈夫ですか、咲耶さん……」

 咲耶は、ソファで仰向けで寝そべる誠の上に何故か、正座する形で座っていた。
 ぽかんとしていた咲耶だが、誠に話し掛けられて、ふと我に返る。
 そして、誠の上に重なるように寝そべると、顔を誠に近付ける。

 外で、成りゆきを見つめていた水波が、そんな状況の二人を見つめて大声をあげる。

「ああああ! 何やってるの! はなれなさ〜〜いい!」
「あ! こら! 気軽に近付くな!」

 だだだ、と駆け寄る水波を、陽が慌てて追い掛ける。
 誠の鼻先に、咲耶の甘い花の香りが漂う。そして、そのまま誠を見つめながら言った。

「だめじゃありませんの」

誠は、偽の車に乗せられた事を怒っているのだ、と思い、謝ろうとする。

「すみま……」
「もう、敬語で喋らなくてもよろしいんですのに」
「は?」

 何だか、怒る論点がずれているような気が誠にはしたが、あえて触れないでおく。

「勘弁してください、咲耶さん。昨日出会ったばかりの人に、そうそうタメ口はきけませ
 んよ」
「もう、つまらないですわ。あ、そうそう、これから、タメ口をきく練習でもしましょう
 か」

 誠から顔を離しながら、咲耶はそう思い付いたように言う。
 ぽん、と手を打ち合わせている所を見ると、名案だと思っているらしい。
 自分の置かれている状況をちゃんと分かっとんのかこの人は。
 彼女は、芹沢に見せた表情をどこかに置いてきたかのように、いつもの、ふんわりおっ
とりに戻っていた。
 しかし、芹沢が呻きながら起き上がると、それでも、嫌そうな表情を隠そうとはしなか
った。

「お……お……おのれえぇぇっ!」

 芹沢は、頭にかぶった花瓶の破片と葉っぱを払いながら、濡れた顔で、誠と咲耶を睨み
付けた。

「こんな事をして、タダで済むと思うなよ!」

 どこかで何度も聞いた台詞のように感じたが、そんな事は、誠にはどうでもよかった。
 上に座っている咲耶をどかせて立ち上がると、正面から芹沢を睨み付けてやる。

「俺が車を止めた訳じゃないぞ」
「う……煩い! れ……連帯責任だ!」

 なんだか芹沢自身も混乱しているようだ。

「そうか、なら、咲耶さんを誘拐したのがお前達でなくても、そこに居合わせて何かしよ
 うとした時点で連帯責任という訳だ」
「うぐ……だ……だまらんかこの!」
「そもそも、俺と、車を止めたやつが仲間とは限らないだろう?」

 まあ、仲間に近い者が止めた事は分かっていたが、あえて、そう言ってみる。

「だ……だまれと言ってるんだ! ……新見! いつまで寝ている! 早く奴を殺せ!」

 新見は、ふらふらと起き上がると、濁った瞳で、誠と咲耶を睨み付けた。
 ……と、その時、水波と陽が走っているより、さらに向こうから、バイクのエンジン音
が聞こえてきた。
 猛スピ−ドでトラックに近付いてきたそれには、斎藤が乗り込んでいた。
 斎藤は、トラックを見つけて、荷台の中を確認すると、にやりと微笑んで、さらに速度
を上げた。

「わ……ちょ……ちょっと!!」

 水波がそれを見つけて、慌てる。
 しかし、そんな水波を無視して、バイクのスピードは衰える気配を見せない。
そして、そのまま陽と水波の側を通り過ぎた斎藤は、ドリフトの要領でバイクを横滑りさ
せると、そのまま飛び下りる。
 勢いのついたバイクは、そのスピードと相まって、ぶんぶんと音をたてて回転しながら
誠達のいる、トラックの荷台へと飛び込んでいく。

「柊さん! 伏せて!」

 どこからかから聞こえてくるそれに反応し、誠は咲耶を抱えて、床に臥せる。
 すると、その上を、咲耶の着物の帯をかすめてバイクが勢い良く通り過ぎ、芹沢に向か
って激突した。
 いや、性格には、腰を抜かした芹沢の頭の上にめりこんでいた。
 芹沢は、恐怖に顔を硬直させて、バイクの飛び込んだ方角を凝視している。

「め……滅茶苦茶だこいつら……」

 陽は完全に呆れ顔で、器使い達を見つめていた。

 と、そこに

「いやあ、さすがにこの程度では殺せませんでしたか」

 と、やけに暢気な声が聞こえてきた。
 その言葉を聞いた芹沢が、さあっと青くなる。
 そして、やっとの事で、言葉を絞り出す。

「さ……斎藤……!!」

「おや、新見さんもいらっしゃったんですか。これは奇遇ですねえ。
 でも、生きてたんですね、お二人とも。あの時……しっかり殺したと思っていたのです
 が。しぶといですねえ。まるでゴキブリのように……」

 そして、誠に目を向けて、

「柊さん、お疲れさまでした。後は、私がこの者を連れて、しかるべき処置を致します」

 と言う。
 ちょっと待て。
 誠も引く訳にはいかなかった。

「いや、そうはいかない。こいつらは、鬼切役のネットワークに入り込んでくるほどの奴
 等だ。そして、鬼切役の任務を妨害しようとしてきた。裏に何が潜んでいるかを、鬼切
 役として、聞き出す権利はあるはずだ。」
「……まあ、そうなんですけどね……。しかし、『器使いの掟』は、あなたもご存知でし
 ょう?」
「……ああ」

 『器使いの掟』
 それは、器使いがその力を私利私欲のために使った場合、様々なペナルティを背負わ
される。
 それが初犯で、やむを得なかった場合は、訓告で済むが、それが悪質で、数を重ねた場
合は、器使いとしての登録を抹消され拘束される。
 だが、それだけでなく、消去……つまり、同じ器使いから殺される場合がある。
 それらの、器使いの犯罪を取りまとめたものを総称して、『器使いの掟』という。
 この決まりごとは、鬼切役と政府機関との橋渡し役となる【裏の省庁】である、【神祗
省(しんししょう)】にて決められている。
 この神祗省、政府との橋渡し役とはいうものの、中身は鬼切役の出先機関である。
 鬼切役の出先機関としては、その発言力は研究開発を行う【陰陽寮】と並び双璧とされ
ている。

「こいつら……そんなに悪党なんですか?」

と、そう問い掛けた誠に、新たな気配が、いくつも現れた。

「それは、俺がお話しますよ」

 そういって現れたのは、少年のような雰囲気がありながら、りりしく目を輝かせる青年
だった。
 背は、誠と同じくらい。肩幅は、結構あり、いかにも鍛えている様相だ。

「おや、あなたも来ていたんですね」

 斎藤がそう言って、その青年を迎える。

「俺もいるぜ、斎藤君」

 そう言って、今度は、背が百九十センチはありそうな、大きな男が林から現れた。
 大きいが、決して太ってはいない、締まった肉付きをしている。

「おや、永倉さんまで」
「久しいな、斎藤さん。あなたまでこちらにいらしていたのか」
「おやおや、藤堂君まで……これはまた賑やかな」

 そう言って驚く斎藤を見ながら、芹沢は、恐怖におののいていた。
 そして、新たに現れた彼等に向かって、口を開く。

「お……沖田!……永倉!……藤堂!!」

新選組一番隊組長 沖田 総司(おきたそうじ)、
新選組二番隊組長 永倉 新八(ながくらしんぱち)、
新選組八番隊組長 藤堂 平助(とうどうへいすけ)。

 それが、彼等の本名だった。


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