『19』 光基神社へ登る階段は、結構な段数がある事で、地元でも有名である。 この神社の階段は、高校生の部活のトレーニングでもしばしば使われ、『地獄階段』の 名称で、親しまれて(?)いる。 「ふう……ふう……やっぱきついわね…この階段……」 そんな階段で、水波が膝をついて息を切らしている。 「ど〜しったの〜み〜なみちゃん♪」 後ろから、ムカつくぐらいに明るい声を出してきたのは、先ほど誠とやりあった、渡辺 綱である。 水波は、そんな綱に対して、ぎろり、と睨みをきかせる。 「なに怒ってんねん。さっき、ちゃんと謝ったやんか」 「私は謝ってもらってなーーい!!」 ばき! 「あああああぁぁぁぁぁ……」 水波のねこぱんちが渡辺の右頬に見事に決まって、彼が思いきりすっ転ぶ。 水波が怒っているのは、ただ自分を悪く言われたからだけでなく、不必要に誠を挑発し 戦いを挑んだ事も気に入らないのだ。 後で『嘘でした』と言われても、そう簡単には納得できない。 ごろごろと転がり落ちる綱の横を、誠や撚光、鬼切幹部の武や美姫があきれた顔で登っ てくる。 「 誠ちゃん、どうだった? あの村で、収穫はいろいろとあったんじゃない? 調べて欲 しい事があったら、先に言っておいてね。晩ご飯前に手配させとくから」 「まだ、たった一日行っただけですからね……。ただ、撚光さんの言った通り、防衛庁の 誰かさんが絡んでいる事は間違いないようです。そして、元新選組、とかいう、芹沢、 新見という男が、咲耶さんを連れ去ろうとした事から、器使いの裏切り者……その裏に、 おそらくAクラス以上の鬼が関わっている事も確かだと思います」 「なるほどねえ……」 「このあたりまでなら、もうとっくの昔に分かっていたんじゃないですか? 俺と水波は、 その確認のために、囮にされたんじゃ……」 「あーら、ナンノコトカシラ?」 「……やっぱりそうなんですね」 「だって、確かめないと、鬼切役が表立ってでかい顔できないじゃない。政治の分野にま でメスが及ぶとなれば、しっかりとした確証が必要だし。鬼はいるかもしれないとは踏 んでいたけど、まだ、その根っこの部分が、何か分からないのよね」 「そういえば、なんだか奇妙な生物が出てきましたね。鬼のようなものだけど、すぐに生 体組織が死んで、肉と骨の固まりになってしまったんですが、どうも、これ、人間の細 胞のようですね」 「うん。私も、陰陽寮から、そう報告を受けたわ。でもね、もっと驚いたのは、人間の組 織の他にも、数種の鬼の細胞、そして、大量のナノマシンが検出されたのよ。」 「そうなんですか?」 「……たぶん、人間と鬼との細胞を、ナノマシンの力を使って、無理やりくっつけたのね。 全く、エグい事するわね。おそらくあの生命体、人間の意識も、鬼の意識もあったはず よ。」 誠は気を落ち着かせるかのように、一つ大きくため息をつく。 「……死んで、実は幸せだったかもしれないな……」 「……まったくね。で、何か調べて欲しい事は?」 「……木乃花 咲耶、御月 陽、一生 正臣の三人について…」 「了解。でも、どうして?」 「一生さんは……何というか…タイミングが良すぎるんですよ。暴漢に襲われた時、撚光 さんからの連絡時、一生さんが消えてから起こる鬼の騒動……。そもそも、鬼切役に対 して、失踪事件の調査依頼に手紙をよこす事からしておかしいし、俺達を見て、まるで 見計らったかのように声を掛けてきた。暴漢事件の時は、彼はこう言ったんですよ。 『通報してくれた方がいらっしゃらないと、どうなった事か』って」 撚光が顎に人さし指を置いて何か思案する。 「警察への通報が、何故一生さんに筒抜けだったのか…いや、なぜそもそも彼は、警察の 車に乗っていたのか。撚光さんから連絡があった時、ホットラインのはずなのに、撚光 さんが連絡をしてきた事が分かっていた。銀色のトラッくが着いた事を知らせてくれた のも一生さんだ。……どう考えても怪しすぎますよ。基本的に、芝居はあまり上手く無 いのかもしれませんね、あの人は」 誠は一息ついて、再び語り出す。 「陽は……。たぶん、器使いとしてか、もしくはそれに近い「何か」で、鬼退治に関わっ ている。シヴァリースを見た時、あいつが言ったんです。 『俺も一度見た事があるけど……』 どこかで、本当に見ただけかもしれない。でも、なんだか気になるんです。そして、彼 等と、咲耶さんが、どんな関わりがあるのか、ないのか…そんな所ですね」 「分かったわ。少しでも情報が入ったら、教えるわね。でも、さすがね。良く周りを見て いるわ。やっぱり、あなたを行かせて正解だったわね」 撚光は、ふふ、と微笑んで話を変えた。 「ところで、どうだった? 綱とやりあったご感想は」 「あの渡辺という人は、撚光さんのお知り合いなんですか?」 「ええ。昔からの腐れ縁ね。道化をやってるみたいだけど、あれでなかなか、いいムード メーカーだったわね。器使い自体が、まだ知られていなかった時から、武ちゃんや美姫 ちゃんと一緒に、鬼退治に携わってきた手練よ。……まったく、あの二人の新婚生活に 水でもさしにでも来たのかしら」 「……武さんと美姫さんって、夫婦だったんですか?」 「見えないでしょ? 二人とも、まだ若いから。富士決戦が終って落ち着いてすぐ結婚し たの。ま、そこまでに何年も一緒に旅してきて、どんな苦難も乗り越えた二人だからね。 いつケジメつけるのか、こっちがイライラしたものよ。彼等二人の頑張りがあったから こそ、今の私達がある。そう思ってるわ。それに、人と鬼との垣根を……あの二人なら 取り去ってくれるかもしれない、ともね。ま、見てると飽きがこないわよ。いつも真面 目な美姫ちゃんが、武にいなされてよく自爆してるから。おほほ」 「人と鬼との垣根……」 「美姫ちゃんに関しては想像通りよ。彼女は、人じゃないわ……」 誠は、武と美姫の方をちらり、と見る。よろよろとその横を渡辺が登ってくる。 そして、諦めずに水波に弁解を始める。 「み……水波ちゃん、そんな怒らんでもええやんか。あれはタダの嘘やから…」 「やっていい事と悪い事があるでしょ!」 「この!」ぼきゃべきごきゅぽき「あちょ!」がすごきぼこばき 「おぐ! あお! あれえ!!」 綱は、またまた水波に言い寄って返り打ちにあい、水波に正拳連打を浴びて空中で踊っ ている。何故に避けられない。痛くもないだろうに。 誠は、こんな綱の醜態を見ながらも、彼の実力は十分に認めていた。誠は彼と戦ったが、 誠の剣撃は、たった一度も、綱の体に触れていなかったのだから。 相手の間合いを一瞬にして狭め、指呼の距離にする虎走りも、相手の横合いをすり抜け て背中を強打する虎巻も、綱は受け止めてしまったのだ。しかも、おしゃべりをし、技を 撃つ余裕すらもあった……。 この男は、道化を演じているが、ピエロではない。エースやキングと同等の力を持った、 正真正銘のジョーカーだ。 そんな事を思う誠と、綱の視線があう。綱は、「おーい」と手を振ってくる。 そこに、水波の右正拳突きがみごとにヒットする。 「きゃー」 またまた奇妙な叫び声を上げて再び転げ落ちる綱。 前言撤回。 誠は心の中でそう呟いて、ため息をついた。 「何をやっとるのだ、お主は」 美姫が、あきれた顔をして、落ちてきた綱を見下ろす。 「……なんでワイ、こんなメにおうとんねん。お嬢ちゃんらに、ワイ何もしとらへんやん か。ただ、遊びたい、言うただけやん……。それに…チビすけっていうの、ホンマやし」 「むか!! そ〜れがシツレイ、って言ってんのよ。初対面の女のコに対して、無礼だわ っ!」 階段の上で仁王立ちする水波。 「み……水波ちゃん……そんなに足広げたら、……パンツ見える……」 「ぴくっ……咲耶さん……やっちゃって……」 「はい」 咲耶がクスクス笑いながら手を上げると、するすると木の根、蔓とおぼしきものが、綱 の体に巻き付いた。 「な……何やねん、これ! わわ……ほどけへん!」 木の蔓や根は、そのまま綱を、空中高く持ち上げた。 空中で、じたばたともがく綱。 「おほほ」 「いけー♪ やれー♪ そこだー♪」 何だか楽しそうな咲耶と水波。そのまま手を振って、渡辺の体を、大きな木にぐるぐる 捲きにして固定する。 「器使いの方って、この程度の高さなら、落ちても平気なようですわね。しばらくそこで 反省なさいませ」 「降ろしてー!」 そんな渡辺を見ながら、武が呟く。 「なるほど。……あれが、木乃花 咲耶の力か……」 「うむ。絶対に守らねばならない、敵である鬼には絶対に渡してはならん力だ」 もがく綱を上に見上げながら、武と美姫が真面目に会話を交わし合う。 それをめざとく見つける綱。 「あ! 美姫さん、助けて! あんた、妖狐族やろ。どうにかして!」 「……何故私がお前を救ってやらねばならんのだ。自業自得だろう。しばらくそこで反省 しているがよい。それと私は狐ではない。玉藻だ」 「ああ! こら! 行っちまう気か! この薄情もん! この女狐ーーこらーー!」 「綱、そこ見晴しいいか?」 「え? 見晴し? おう! 最高やで! ……あ、いや! 違う! 今のなし!!」 「いいかげん飽きたら降りてこいよ」 「うおー! 待ってくれえ、武ぅ! ワイ、高所恐怖症なんやぁ!」 まるで、三流コントだ。 そんな事を思いながら、誠は階段を登り始めた。 その横を、これで、もうシツレイなコト言わないわ、と、意気揚々と階段を登る水波。 だが、その水波が、階段を登り終えて、前を見た瞬間に固まった。 誠が、固まった水波の横に立って、水波の目線の方角を見る。 そこには、ある一団が、何かのお払いを受けているようだった。そして、そのお払いを 小さい……ヤケに小さい、巫女さんの着物を着た1メートルくらいの身長の少女が行って いる。 どこかヤケクソ気味でざっ、ざっ、と振りまくるその頭には、大きな耳、お尻には、ふ かふかの大きな尻尾が揺れていた。 「あら、ななちゃん頑張ってるわね」 何だかのんびりとした口調で、撚光が言う。 「な……なななな???」 水波が奇妙な声で名前を繰り返す。 「あ、撚光さん、お帰り。あー、腹減ったよ。下ごしらえは一応やっておいたから、さっ さと作っちまおうぜ晩メシ」 驚いている水波の視線の反対側から、少年の快活な声が響く。 水波は、その声の方角にぎぎぎ、と顔を向けて、またまた固まってしまった。 少年は、中学生くらい、背も水波と同じくらい。だが、その髪の毛は、まるで燃えるか のように赤く輝き、その額には、純白に輝く2本の角が、天を突き刺すかのように、生え ていたのだ。 「うお……あかおに……?」 水波は混乱したまま、その場に完全に固まってしまっていた。 ←『18』に戻る。 『20』に進む。→ 小説のトップに戻る。↑ |