鬼切役奇譚 第五章 〜ココロの揺らぎと鬼切と〜


『1』


 まるでステレオ音声のように、上下前後左右で爆音が響く。
 その爆音と同時に、化け物の悲鳴と思しきものと人間の叫び声が重なり、その場は異様
な空気に満たされていた。
 自衛隊主力戦車部隊が、キャタピラを軋ませながら突き進み、不規則なリズムを奏でな
がら戦車砲を放つ。
 その上には、米軍戦術ヘリが一糸乱れぬ隊列を組んで、戦車部隊を掩護する。
 器を兵器として改良した銃火器が、容赦なく火を吹いた。
 前方にいる黒い『陰』に、幾重もの白い火の玉が直撃し、爆煙をあげる。

 だが。

 その爆煙の中から怪しい光がぽつぽつと現れたかと思うと、それは鬼の目となり、煙を
かき分けて鬼の牙と爪が姿を現した。
 鬼は、あるものは空を舞い、あるものは地を跳ね駆けながら、物凄い早さで戦車隊やヘ
リ戦隊に覆い被さった。
 戦車部隊は前身をやめ後退を始めながら、それでも砲撃をやめず、絶えず撃ち続ける。
 しかし、その砲撃の全てが、全て鬼の皮膚に弾かれていた。
 ミサイルも、マシンガンも、戦車程度なら軽く突き抜ける事ができる対戦車砲に匹敵す
る器砲も、その全てが、鬼の前では無力であった。
 鬼に弾が着弾する前に、器の力が失われてしまうのだ。
 空を覆い尽くすがごとき鬼の群れは、戦車部隊の前列を、ついには覆い尽くした。
 前列の戦車部隊のあった辺りから、黒い鬼の陰に覆われて明らかに人間の悲鳴と思しき
ものと、何かを砕く音、その後に何か濡れた咀嚼音が辺りに響き渡る。
 空を舞うヘリ部隊も、空を舞う鬼にまるで対抗できず、コクピットに飛び乗られ、フロ
ントガラスを血で染めながら、人間の悲鳴を伴奏に空中で爆散する。

 『人間の圧倒的不利』

 富士山麓での「決戦」と称されたこの戦いは、そう結論づけても全くおかしくないもの
であった。
 自衛隊、米軍は、記者会見や惑星連合安保会議の席上でも熱弁をふるい、鬼に対して圧
倒的有利を語り続けてきた。
 そして、その状況判断の甘さゆえ、一切の情報統制もせず、自分達の惨敗を不様に世界
中に知らしめさせる結果になってしまった。
 もはや、ここ富士山麓一体は、鬼の勢力に完全に支配されてしまっていた。
 見渡す限り、鬼に食い殺される人間しか見えなかった。

 ……一部地域を除いては。

「一佐、もうこのラインは維持できません。自衛隊、米軍ともに撤退を開始しています。
 部隊に退却命令を」
「……いや。まだだ」
「……は?」
「まだ、俺達の『コレ』が残っている」

 一佐と呼ばれた男は、自らが座っている椅子の横に掛けてあった、細い、布に包まれた
ものを取り出して不敵に笑った。

「……な……何をお考えですか! 見たでしょう! 戦車隊も、米軍ですら戦線を放棄し
 たんですよ!」
「まだ、俺のこの体と、そして、この刀が残っている」
「一佐……あなたは、まだあんなよた話を信じているんですか? ゴーストバスターなど、
 そんな都合のいい人間がいる訳ないでしょう。 自己犠牲も結構ですが、部隊の存続と、
 生き残りに、今は集中してください!」

 自衛隊でも上官は絶対の存在である。
 だが、今の状況が状況だけに、一佐と相対する自衛官も引き下がろうとしない。
 そんな自衛官に、一佐は穏やかに微笑みかけた。

「浜田一尉。君は「普通の人間」だったな。これからは君が俺の部隊を指揮し、部隊を後
 方に逃がせ。俺達は前線に向かう」
「……妄想に取り付かれてはなりません! 兵士は……決して英雄にはなれません!」

 本来ならば、上官の命令は軍隊では絶対だ。だが、抗うに等しい何かが浜田一尉を食い
下がらせた。
 一佐のおおらかで懐の大きな性格が、抗うのに抵抗をなくさせていたのかもしれない。

「……英雄か。それがいるとしたら、君のその石頭も少しは柔らかくなるかもしれないな。
 ……外を。二時の方角だ。」

 浜田一尉がプレハブ小屋から駆け出て、その方角を見ると、ビルの屋上に何か白いもの
が見えた。前身を白いマントやローブで覆い、顔を白いマスクで隠した、異様な集団だ。
 その集団の中の一人が、何かコードの付いた、5メートルはあろうかとい
う巨大な槍を肩に担ぐようにして構える。
 すると、その白いマントの男の体からも、螢の光のような淡い輝きが産まれ、槍は白い
輝きを放ち、辺りを眩しく照らしだす。

「な……なんだ……あれは……」
「来たな…円卓の騎士『シヴァリース』」

 光で槍が満たされたその時、槍に付いていた無数のコードが外れ重たい金属音を奏でな
がら落ち、何か気体が漏れる音と共に、蒸気のようなものが槍から溢れ出る。
 そして、それは重そうな音と共に白いマントの男の足下に転がった。
 白いマントの男は、槍を担いだ腕に力を込め、少し振りかぶったかと思うと、それを思
いきり前方に投げ付けた。

「うおおっ!!」

 浜田一尉が、凄まじい衝撃破に叫び声をあげる。
 プレハブ小屋にまで届く、風圧と砂埃とともに、白い『針』と化した槍は、地面すれす
れまで高度を下げると、そこから加速して、白い光を尾を引きながら、鬼の黒い群れに向
かって直進する。そして上空の鬼めがけて、再び上昇した。

 GYAAAAAAAAA!!

 鬼の悲鳴が轟いたかと思うと、その白い光は、鬼の群れが作る黒い壁を一瞬にして突き
破り、その陰に大きな穴を穿った。
 そして、そこから、鬼のバラバラになった肢体がゴミのように崩れ落ちていく。
 白い槍は、白いマントの男が手首を軽く振ると、そこから方向を変え、高速回転しなが
ら鬼の群れを蹂躙した。為す術もなく悲鳴をあげて倒れる鬼の群れ。
 一通り鬼の中で暴れ回った槍は、満足げに元の持ち主の手の中に、正確に納まった。

「な……何だ……何だあれは!!」
「神槍ロンギヌス……あんなものまで持ち出してきたのか。よくヴァチカンが許可を出し
 たな」
「……ロン……ギヌス……??」
「浜田一尉。この世の中には、知らされていない真実が沢山あるもんだよ」

 一佐が刀を抜くと、それは、先ほどの槍と同じ光によって満たされていた。

「こ……これは……」

 半分呆然としながら、浜田一尉は、その刀を見つめ続けた。
 その時、シヴァリースとは違う方向から、爆音が轟いた。そこを浜田が見ると、今まで
見た事もないような武器を持った者達が、多くの配下を引き連れて進軍を始めていた。

「崑崙山の道士達か」
「く……崑崙山??」

 もはや浜田一尉の思考回路は正常ではなくなっていた。
 それはそうである。
 コスプレ同然の格好をした集団が鬼をなぎ倒しているのだ。
 もちろん、浜田一尉もアニメくらいは見た事があるが、まさかそれが現実世界で起こり、
そして軍隊よりも強いなど、信じられない事態だった。
 そんな彼を一佐は苦笑いしながら見つめ、そして言う。

「一尉、隊の指揮権は君に預ける。無事に隊員を、脱出させてくれ」
「……分かりました。もう、私の常識ではどうしようも無い事態になっているようですね。
 土方さん、どうかご無事で」


 浜田の敬礼に、土方は答える。
 そして、浜田が情報端末を片手に大声で叫びながら出ていったと同時に、プレハブ別室
にいた者達に声をかけた。

「出番だぞ!」

 その言葉に、迷彩服ではない、特殊な制服に身を包んだ者達が、それぞれの武器を手に
その場から立ち上がった。

「誠。行くぞ!」
「……はい!」

 柊誠。この時17歳。
 人の死などまだ見た事もない、無垢なただの少年であった。





「使えないなあ……」
「うわーーーーーー!!!!」

 ぽい、とロンギヌスを放り出すのを見た周りの者達が慌てて投げ出された白い槍を大切
そうに受け取る。

「で……殿下! 何をお考えですか!法皇からまた叱られたいのですか!?」
「いや……そうじゃないけど。でも、毎回毎回エナジー充填が必要で、なおかつ一度使う
 と丸一日使い物にならなくなる。確かに、器の力とは、人の体を離れると徐々に薄まる
 から、これを補う充填は必要だけど……これじゃポンコツと同じだよ」
「それでも重要な兵器です! いや違う、重要文化財です!お願いですからぞんざいな扱
 いだけは控えられますよう……」
「分かってるよ、トリスタン。相変わらず頭がカタイなあ」

 あっはっは、と気の抜けた笑いを発する殿下と呼ばれた男に、周りの者達が一斉にため
息をつく。

「……ミハイル様、ほれ、見てみなさい。日本のホ−プ達が、続々と出て行きますぞ」

 白い長鬚の老人の指差す先に、特殊な制服を着た者達が、凄まじい早さで鬼の群れに向
かっていく姿が見えた。
 突出していた鬼の何匹かは、触れた瞬間に片付けられ、五十人にも満たない器使い達は、
鬼の群れの中でも、まるで水を得た魚のごとく戦った。

刀、槍、鉄甲。
様々な武器を手にした者達が、所せましと暴れ回る。

 銃火器ではまるで手に負えない鬼達が、豆腐を切るかのごとく、彼等の
刀槍で倒されていく。
 彼等の戦いを見、ミハイルは微笑する。

「日本という国は、世界最強の「カタナ」という武器を使い、それぞれの洗練された流派
 によって、鬼神がごとき戦いをすると聞いた事がある。我々も負けてはいられないな」

 それを聞いた周りの白いマントの者達が、自らの剣を右手に持ったまま乾いた音を奏で
させ、左胸に刃先を上にして構える。

「蒼真様も、動かれたようです」

 一人の騎士の言葉にミハイルは頷いて言う。

「行くぞ」

 ミハイルの言葉と共に、白いマントの者達は、まるで精密機械のごとき性格かつ統制の
とれた動きで地面に飛び下りると、そのまま駆け出した。
 マントに隠れて体の動きが見えにくいため、人形が滑っていいるように見え、少し異様
である。
 まるで言葉も発せず、黙々と鬼を殺し、動く度に鎧がこすれて機械のような音をたてる。
表情はマスクに覆われてまるで分からない。
 シヴァリースがサイボーグのようだ、と言われる所以である。

「殿下、崑崙から流れる《氣》の流れが異様な位置がありますぞ」
「どこだ、マーリン」

 マーリンと呼ばれた老人に向かって、ミハイルが語りかける。
 マーリンは不思議な金色の円盤のようなものを睨みながら応える。

「富士の西ですな。山に流れ込むはずの《氣》の流れがせき止められております。あのま
 までは、龍脈そのものにまで影響を及ぼしますな……おそらく、そこに歪みを開けるつ
 もりかと」
「鬼か……第三種だな。よし、そこへ進軍する。ここは、日本と崑崙に任せるぞ」
「ははっ」

 白い騎士の軍勢は、ミハイルを筆頭に風のごとく移動し、その場から消えてしまった。

 彼等の戦いによって、戦況は、大きく変わり始めた。
 後に「鬼切役」「新選組」となる者達の戦いによって、鬼の群れが一気に押し返され始
めたためだ。
 そこに崑崙山の道士達が入り込み、鬼は面白いように蹂躙された。
 それを見た自衛隊や米軍は混乱しながらもいきり立ち、再び戦線に参加した。
 効かないまでも、その弾幕のかく乱が手伝って、戦況は人間に有利に傾き始めた。

「誠! 美月! お前達は真田と武市を連れて、先に行け!」
「了解!!」
「分かりましたぁ!」

 誠と美月は、自衛隊の特殊チームに編成されて以来、仲の良い事で知られていた。
 美月は女子でありながら、重く長い鞭を器用に扱い、接近戦で戦う誠を上手くフォロー
していた。
 大きく三つ編みにされた長い髪の毛を揺らしながら、美月は、誠に喋りかけた。

「ねえ、誠、これが終ったら、ちょっと……いい?」
「……え? ああ、何」
「ふふん、それは後のお楽しみ。着替えたら、いつもの喫茶店にゴーよ」
「分かった」

 少し頬を赤らめて言い終わった美月は、誠と並んで走り出した。
 そして、その直後。

「ぐあああっ!!」

 誠とともに後ろを走っていた真田が悲鳴をあげた。
 誠は信じられないといった表情で、真田に駆け寄った。真田は、自分の剣の稽古もして
くれたほどの剣の使い手だ。まさか、鬼に接近戦で負けるなど考えられなかった。

「さ……真田さん!」
「ま……誠か……くそ……やられた。裏切り者だ!」
「……え??」

 真田の腰の辺りからは、明らかに狙撃されたものと分かる銃痕があった。
 そこから、血がとめどなく流れ落ちる。
 その血を嗅ぎ付けて、鬼が何体も引き寄せられてきた。
 誠と美月は、真田を守るめく、必死に応戦した。だが守りながらの戦いとなると、とて
もではないが数が多すぎる。
 そこに、米軍のヘリが通りがかった。誠は、とりあえずそれに安全な所まで運ばせよう
と、合図を送った。
 ヘリがそれに応じて降りてくる。そして、誠がほっとしてその手を降ろしたその時。
 誠のすぐ側を、突風が通り抜けた。
 ヘリに搭載されたチェーンガンが、何故か誠達人間に向かって火を吹いたのだ。
 真田は、その銃弾を体じゅうに浴びた。

「……え?……な……なん……で……」

 誠は、凍り付いたように、その場に立ち尽くした。


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