『2』


「さ……真田さん!!!」

 誠は真田に駆け寄った。

「誠……俺は……もう……ダメみたい……だ。あそこに置きっぱなしのバイクの……移動
 ……たのむわ……。このカギで……ああ……また乗りたいなあ、お前を後ろに乗せて…
 …なん……で……こんな……こ……と……に……」

 真田はそこまで言って、事切れた。

「真田さん……真田さん!!」

 うち震えながらヘリの操縦席を見た誠は凍りついた。
 笑っていたのだ。操縦桿を握ったまま、笑いながら、辺りに銃を乱射し続けていた。
 それは、そのヘリだけではなく、他の米軍ヘリ、戦車の一部までもが同じような状況に
なっていた。
 その状況に器使い達は戸惑いを見せた。そして、まるで違う方角に向けて発射された
 砲弾によって、何人かの器使いが即死し、また、その負傷者が鬼に取り囲まれて食い殺
されていた。

「く……狂ってる……」
「誠……! こっち!!」

 美月の声が聞こえ、誠は必死でその場を離れた。
 大きなビルの瓦礫の陰に隠れて、誠と美月は、息を潜めた。

「……真田さんは……?」

 誠はゆっくりと首を振った。

「そう……武市さんも……足を撃たれてて……そのまま鬼の群れの中に……。
 これ……最期に笑って……これを投げてよこしたの……。」

 美月の手には、小さな銀色の指輪。結婚指輪である事は、一目で分かった。

「自分を犠牲にしてあたしを逃がすなんて……信じらんない! 他人の形見を渡すなんて
 ……したく……ない……」

 美月は少し震えているようだった。

「なんで……味方が邪魔するのよ……なんで……」
「大丈夫だ……何とかなるよ」

 誠が、美月の手をとった。美月も、うん、と頷く。
 が、その時。

 ヘリのチェーンガンの音が響き、自分達の周りが、衝撃に包まれた。
 見ると、二機のヘリが、誠達を捕らえていた。
 そして、誠は、見てしまった。英語で喋る、その口の動きを。

『……コロス……コロス!』

 誠は戦慄した。狂っていた。彼等は鬼の恐怖に耐えられなかったのだ。
 そして、恐怖の鉾先を、殺せない鬼より殺せる自分達に向けたのだ。

 誠達の周りの壁がチェーンガンによって破壊され、誠達は逃げ出さざるを得なくなった。
 まさか、人間に器を使う訳にもいかない。
 誠は、何度か説得したものの、狂った者にその声は届かなかった。
 そして……銃弾が美月の足を捕らえた。

「美月!!」

 誠は、倒れた美月を庇おうと、美月とヘリの間に割り込んだ。
 誠の表情がこわばる。…そして、チェーンガンが発射されたその時……
 美月の体が誠の体を突き飛ばし、目前で弾けた。
 口から大量に血を吐いて倒れる美月。
 ……呆然とする誠。

「み……み……つき。」
「ま……こ……と。ごめん……ね。約束……守れなく……な……」
「いいんだ。そんなの明日じゃなくてもいい!」

 血で服が汚れるのも構わず、誠は美月を抱きしめた。

「あ……あたし……ね……ずっと……いいた……かった事があるの……」
「……え?」
「あ……あのね……誠……あたし……ずっと………………」
「……何? 何だよ、美月! ずっと……ずっと何なんだよ!!」
「…………」
「みつき……喋ってくれよ……お願いだから……何か…………言えよ……」

 誠は、美月の体を抱きしめたまま泣いていた。初めて実感した、幾つもの…『人の死』。
 それに耐え切れず、涙が止まらなくなった。
 そこに、ヘリの音と、そしてはっきり聞き取れる笑い声が聞こえてきた。
 誠は、そっと美月を地面に横たえると、胸のネックレスを美月から外して、そのままヘ
リにゆっくりと向き直った。
 そんな誠に、チェーンガンがゆっくりと構えられる。そして、それが火を吹こうとした
その時。

 ガキン!!

 ヘリの操縦士が、笑ったまま、ヘリとともにまっ二つにされて空中で爆散した。

「うあああああああああああっ!」

 誠は泣きながらもう一方のヘリに向かって走り出した。
 ヘリが銃を撃つも、全く誠に中らない。
 全て誠は避けてしまっていた。
 怒りで我を忘れたからか、器の持つ力なのか、誠の身体能力は常軌を逸していた。
 ……そして宙に舞う誠。その目の輝きに、狂ったパイロットの表情が引き攣る。

「そんなに簡単に人を殺すなあ!」

 またもまっ二つ。
 ヘリは二機とも、誠に一撃で沈められてしまった。
 墜落し、炎上するヘリコプター。
 自分の行いと矛盾する叫び。だが、誠の心は、怒りと憎しみで支配されつつあった。
 誠の体の周りの砂埃が、ふわり、と舞い上がったかと思うと、それはある形をとり始め
た。
 砂埃と炎を纏い、それは凄まじい形相をとなっていく。

 そして、それを遠くから眺めていた土方が、思わず呟く。

「竜だと……」

 誠の体は、得体の知れない「モノ」に覆われ、不気味な気を発していた。
 土方は、その光景に、思わず戦慄を覚えた。

一方、蒼真達のいる戦場も、やはり混乱を極めていた。

「何だ、一体何が起こってる!」

 その時その場にいた器使い達は、全てそう考えていた。
 本来鬼を狙うはずの自衛隊や米軍の兵器の幾つかが、自分達を狙っているのだ。

「渡辺、お前は向こうのヘリを無効化させろ。急げ!!」
「あ……ああ、かまわへんけど……武、お前はどうするつもりや」
「……暴れ竜を……鎮めにいく」
「あ……おい! 武! たけるーっ!」

 その時、後八部衆となる彼等もまた、軍隊の理不尽な攻撃に手を焼いていた。
 狂っているとは分かっても、命まで奪う訳にはいかない。同じ人間なのだから。
 だが、武が向かった先では、容赦なく戦車やヘリが爆発していた。
 そこに、日本刀のきらめきが見え、器使い達は唖然とした表情になった。
 誠の攻撃は止む事を知らなかった。
 自分に攻撃してくるものは、全て斬り払った。
 ヘリが、空中で爆散し、戦車は砲管をいとも簡単に断ち切られて暴発し、そこを一刀両
断されて爆発する。
 向かってくる鬼は、その全てを首をはねて、体を切り裂いた。
 そんな誠を見、武は戦慄を覚えた。
 誠の体の周りには、まるで竜と思しきオーラのようなものが、複数漂っていたのだ。
 そんな誠に恐れをなした一部の戦車やヘリが、またもや誠に銃砲を浴びせかけるも、竜
が、ぎろり、と目を向けると、銃弾はぴたり、とその動きを止め、自分達に戻り発射され
た戦車そのものを燃やした。
 辺りに爆発が起こる中、誠の周りにとりまく巨大な竜は、四匹になっていた。
 涙と血で頬を濡らしながら、それでも、その瞳は鬼以上に恐ろしく輝いている。
 そして、自分に襲い掛かる全てを斬り伏せ、なぎ倒した。
 器使い達は、その炎と血と鬼の死骸を纏いながら戦うその姿に息を飲んだ。
 そして……誰かが青い顔で呟いた。

「……鬼切り……」

 武が誠に、もう少しで近付こうという時だった。
 富士山に現れた歪みが今まで以上に大きく口を開けて、中から数多くの鬼が、呻き声を
あげながらもの凄い速さで溢れ出てきた。

「……百鬼夜行!!」

 武は思わず唸った。
 非常にまずいタイミングだった。
 百鬼夜行は、陸海空を問わず、そこにある怨念や鬼、悪魔を取込みながら地球を一周す
る、鬼の謎の行軍である。
 地球を一周した頃には、出てきた当初の数万倍に鬼の数は膨れ上がるとされ、出てきた
場合、なんとしてもそこで食い止めるしかなかった。
 しかし、軍隊は隊列を乱し、器使いは、予期せぬ攻撃に戸惑っている。
 誠は、竜を従えてまるで正気のさたではない。

 まずい。

そう思った時、上空が暗くなった。武の上を、十体の二足歩行兵器と思しきものが背に二
枚の輪と光る翼を背負って、百鬼夜行に向かっていくのが見えた。

「あれは……日輪機! まさか……動けたのか!」

 日輪機は、百鬼夜行の鬼の群れのはるか上空で円陣を組むと、二枚の輪を回転させはじ
める。そして、五体づつで上下に星の形を二つ作り上げる。
 その時、誠があらぬ方角に駆け出した。
 駆け出した先にあるのは……緋色の袴に白い着物の、小さい少女。
 竜を従えて来た誠に、心底驚いているのが手に取るように武には分かった。
 誠が、少女と何か言い合っている。そして、その直後。
 誠は少女を小脇に抱えて、百鬼夜行に向けて走り出した。
 武はさすがに背筋が凍った。まったく予期できない行動だ。
 だが、百鬼夜行に誠が少女と共に飲み込まれそうになった時。
 四匹の竜が、形を明らかにし始めた。
 青い竜、赤い竜、白い竜、黒い竜。
 四匹の巨大な竜が、まるで誠に手助けをするかのように舞い始め、それぞれが火を吹き、
風を呼び、地を震わせ、雷を落とした。
 そして、誠が百鬼夜行を見据えた瞬間、はるか空の彼方から、何かが飛んできた。

「……あれは……鬼切刀!!」

 それは、白鞘の刀だった。
 その鞘が、ひとりでにするりと抜ける。
 それには刀身がなく、真っ白な気体のようなもので満たされていた。
 誠はその柄を掴み……

「うおおおおおああああああっ!」

 思いきり横になぎ払った。
 それに呼応するかのように、四匹の竜が咆哮をあげ、百鬼夜行は、その四分の一が消し
飛んだ。
 炎と冷気と磁場と超音波と重力波と真空刃と落雷…全てが「そこ」に集まったような、
すさまじい爆音が辺りに響き渡る。
 その時、武の頭の中に、『何か』が響いた。

「光……? 闇……? 幸を願う者だと……?? 一体……何だ?」

 一瞬、目を開き固まった武であったが、このままこうしている訳にもいかない。
 日輪機が、『天の磐戸』を開くのが分かったのだ。

「『マイクロ・ブラックホール』を展開する気か……こうしてはいられん!」

 武は、誠の方に向き直った。
 誠は、少女と共に気を失っていた。先ほどの衝撃に、自分も耐えられなかったのだろう。
四匹の竜も、全て消えてしまっていた。
 武は、全力で駆け出した。器使いの走力は、常人をはるかに凌ぐ。
 その早さで、誠と少女の元に駆け寄った武は、二人を抱え上げると、間一髪、その場か
ら抜け出した。
 そこに、何かが炸裂するような大きな音とともに突風が吹き抜け、何もない空間が円形
に裂ける。
 音や光すらも飲み込む闇が、小さく口を開け、そこに鬼の群れが引き裂かれながら悲鳴
と共に吸い込まれていった。
 土方が、何か叫びながら、誠のいる方角に駆けて行こうとする。
 それを、後ろから数人ががりで捕まえる。
 武は、誠と少女を抱えて、眉間に皺を寄せながら、必死で地面に掴まり、
 暗闇の魔の手の誘惑に耐えた。

 武が振り返ると、そこには、巨大なクレータが残るだけであり、鬼は全て消え去ってい
た。
 日輪機が、がくん、と力を失ったかのように地上にゆっくりと落ちてくる。

 武は、その衝撃の凄まじさに驚くと共に、なんとか自分達が無事である事に安堵のため
息を漏らした。

 ……誠はその後、袴の少女と共に何日も眠り続けた。
 そして、決戦の記憶と共に、大きな傷を誠の心に残した……。

『……誠……あたし……ずっと……』

 自分が好きだった少女の台詞だけが、眠り続ける誠の心で木霊していた……。


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