『29』



「僕が……臆病?」
「そうだね、ガラハド、あんたは憶病者よ」

 そう言いながら、ずかずかと道場に上がり込んで、たまに滑りかけていきなりその右手
を振り上げた。

 ばこーーーーん!

「!?!?」

 ガラハドは、何が起こったか分からず、いきなり自分の頭にきた衝撃に目を丸くする。
 よく見てみると、グネヴィアの右手には、丸い盆が握られていた。
 グネヴィアがお茶を出された時に、そのお茶とお菓子が乗っていた盆である。
 ガラハドの頭に叩き付けられたのはこれだった。

「な……何をする! 姫!!」
「何をする、じゃないわよ。一体何ごと、これは。あんた、お客なんだから、ちょろちょ
 ろ動き回ってないで、ちったあ落ち着いて座ってなさいよ。まったく、ほんとにロクな
 事しないわね、あんたは!」
「…………」

 お盆をくるくる回しながら一気にまくしたてられて、全く反論もできずに黙り込んでし
まうガラハド。
 そんなガラハドから視線を隊士達の方へ移し、グネヴィアはにこりと微笑んだ。

「……ほんとにごめんなさい。ウチのバカが、大変しつれいしましたぁ」

 そう言って、水飲み鳥のように、ぺこりとおじぎをしてみせた。

「あ……ああ、いや、分かって頂ければ、別に……」

 馬越を始めとする隊士達は、何も言えずに黙り込んでしまった。

「えっと、ウチのガラハド懲らしめたの、あなたですか? ……えっと」
「む? 私、井上 源三郎が懲らしめたのだが?」

 井上はそう言って、今までと変わらない様子で微笑んでみせる。

「ありがとうございました。いっつも、ああなんですよ。盾で守られているから、いざと
 なるとそれを頼るばっかで、全く剣のウデ、上達しないんですよねー」
「ふむ、それは私も今さっき確認した所だ」

 二人して容赦がない。

「で、どうでした? 鍛えてみてのご感想は」
「うむ、そんなに剣筋は悪く無いな。ただ、攻撃パターンが単調ですぐに読まれてしまう。
 気合に負けたあげくに、びびって体を下げるきらいがある。そのあたりを、もっと頑張
 らねばならんなあ」

 知った風に講釈を垂れ始める井上に、ガラハドが言い寄る。

「待ってくれ! 僕はここに教えを請いにきた訳ではないぞ。僕の任務は姫をお守りする
 ことであって……」
「では、私に倒された今の君に、確実に姫様をお守りする事ができるのかな? 私が刺客
 であったら、どうしたのかね」
「……それは……」

 井上に完膚なきまでに叩きのめされたせいか、歯切れの悪いガラハド。

「今の君は、シヴァリースとして認められているものの、世界の器使い全体からみれば、
 その実力は平均以下、だろう」
「……! 僕が、平均以下?」
「まー、そうだろうねー、あの盾を手にしてから、ガラハド剣のお稽古サボってるように
 しか見えなかったもん」
「いや、僕は……」

 そこに、参謀の伊藤が声をかけてくる。

「ガラハド君、あの盾は、その昔、十三番目の円卓の騎士ガラハドが手にしたと言われる、
 聖人の血がついているという、あの奇跡の盾か?」
「……ああ、その通りだ」

 ガラハドは、少しバツの悪そうな表情になると、視線を下げて言った。

「わー、すごい、伊藤さん、物知りー」

 何故かご機嫌の姫様。

「あの、アリマタヤのヨセフの盾が、再び表れるとはな。その盾は、全ての呪詛を防ぎ呪
 いを無効にすると言われているが……本当かい?」
「ああ、この盾は、ガラハド卿の血筋である僕が僧院へと赴き、礼拝を終えると、主イエ
 スの十字架の御前にいきなり表れて、僕の中へ消えたんだ」
「中へ……?」
「ああ、まるで、僕に溶け込むように。」

 そこで言葉を区切り、井上に向き直るガラハド。

「……井上さん。僕は思い上がっていたのかもしれないな。確かに、この盾の事を詳しく
 知ってから、僕は剣の鍛練をおろそかにしていたのかもしれない。……いずれは、この
 盾が守ってくれる、と」

 井上は、黙って聞いていたが、ふいに思い付いたように、ガラハドに語りかけた。

「《石の剣》は抜けたのかね?」
「……それは……」

 ガラハドは答えに詰まる。この態度から、抜けたかどうかは明らかだった。

「あの剣は、本来、ヨセフの盾が表れる時には、抜けていなければいけないはずだ。そう
 だったな、伊藤さん」

 伊藤は頷き、言葉を繋ぐ。

「剣が抜けないのは、君の剣がまだ完成されていない証拠だな」

 ガラハドは、井上に訪ねる。

「僕は、今以上に強くなれるのか……先祖の誇りを汚さないほどの強さを、僕は身につけ
 られるのだろうか」

 井上は、ガラハドが必要以上に強さと勝負にこだわる理由が、何となくだが理解できた。
 彼は、ガラハドに微笑しながら言う。

「大丈夫だ。自らの剣を信じ、盾に使われる事がなくなれば、まだ君は強くなれるだろう」
「……本当か!?」
「ああ、……それに、今この時期に封魔の盾があり、そして魔女である姫様がいるのも、
 何かの導きかもしれんしな」

 その言葉に、訝し気に視線を合わす、姫とガラハド。

「まあ、いずれ分かるさ、そう遠く無い未来にな」

 井上はそう言うと、またガラハドに対して微笑んでみせた。


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「わーーい、こうそく、こうそくーーー」

 意味不明に喜ぶ水波の横で、咲耶が優しそうに微笑んでいる。
 誠は運転する武の横に座り、苦笑いしながら言う。

「あまりはしゃぐな、水波。そんなに珍しい事はないだろう」
「ん〜〜、でもー、みんなとオハナシできるじゃない?」

 そう言って、ごそごそと何かを懐から取り出してみせる。

「じゃーん、お茶ー」

 そう言って出てきたのは、意外に大きな魔法瓶。
 一体今までどこに隠していたのかは、この際誰も気にしない事にした。
 
「でも、いいよね、高速道路って。武さんも、休憩できるし」

 そう言って、水波が微笑む。
 この時代、高速道路は、完全に車をコントロールするシステムができあがっている。
 高速へは、自動料金システムが働き、インターチェンジで停まらなくてもいいだけでは
なく、走行そのものも、完全に高速道路管理システムによって管理されている。
 高速に入ると、まずは車が所定の位置で自動的に停車させられる。
 その後、数センチ車が浮き、高速本線へと運ばれる。
 これは磁石の反発を電気によってつくり出したもので、リニアモーターカーの応用だ。
 全ての車は、一定の磁力によって浮き、動かす事ができるようになっているのだ。
 そして、そこからは、設定したインターチェンジまで、百キロのスピードを保ったまま、
完全自動で発進していく。
 なので、この時代の高速道路では、規則正しく並んで車が走るために、追いこし、スピ
ード超過、過激なレースゲームなどは一切起こらない。
 二十三世紀に実用化された時は大規模な事故が相次ぎ、システム停止寸前まで追い込ま
れたが、今では安心できる安全性を保っている。

「やれやれ、まずは一段落だな」

 武はそう言って、ひとつ伸びをする。

「椅子を回転させて、こちらに向くといい。水波がせっかく、お茶を作ってきたことだし」

 美姫の言葉に武と誠は従い、運転席と助手席をくるりと反転させて女性陣と向き合った。

「はいー、お茶いれるねー」

 水波がうきうきとお茶をついでいく。
 
「しかし、誠君、よくそこまで直ったね。驚きだよ」

 水波に紙コップを差出しながら、武が言う。
 誠は、あいまいに頷くと、自分の手を数回握ったり開いたりしてみる。

(今の時代でなかったら、確実に死んでいたかも……な。)

 誠はそう心の中で呟くと、ふっと微笑んでみせる。
 そんな誠を見つめていた咲耶が語りかける。

「まあ、何はともあれ、誠さまがご無事でよかったですわ。さ、お茶にしましょ。……あ、
 これ何だか不思議な香りが致しますわね……」

 そう言って、一口含んだ瞬間。

 ぴきっ。

 咲耶が石みたいに固まってしまった。
 ……白目をむいているような気がする……

「わー、咲耶さーーん!」

 水波が慌てて咲耶を支える。
 ……一体ナニを作った、水波。
 一同そう思い、少しだけ臭いをかいでみる。
 見た目は、コーヒーのようなのだが……

「……なんでレモンの香りがするのだ……?」
 
 美姫が、眉間にシワを寄せて言う。

「……なんかトロみがあるような……」

 武も眉間にシワをよせる。

「一体なんだこれは。色々混ざってないか? 何作ってきた」

 誠が水波に訪ねる。
 水波は、きょとん、と誠を見たあと、語りだした。
 
「ほえ? んとねー、誠が寝てる間にね、出かけるみたいな事武さんとかが言ってたから、
 あたしお茶作ろーとしたの」
「お茶? これが? ……それで……?」
「でね、やかんにお湯入れてー、沸騰してきたんで、レモンいっこ入れたの」

 待て。……何故そこでレモン。しかも一個。

「で、あるていど煮立ってきたからー、そこにティーパックをどぼん」
「レモン取らずにティーパック入れたのか!」

 誠が呆れたように言う。

「でもねー、いいにおいがしてきた時にねー、撚光さんが来て、言ったの」
「何て?」
「『あら? 美姫ちゃん、コーヒーの方が好きみたいよ』って」

 ……なんて事を言ってくれるんですか、撚光さん。

「あ、なんだー、と思ってね」
「……思って?」

 イヤな予感がして、誠は水波を見つめた。

「そこに粉コーヒーを、どばーーーーーーーーって」
「「「入れるなぁーーーーーっ!」」」

 三人して、見事にハモる。

「ど……どっちにしろ、コーヒーから香しいレモンのにおいがするのは、どうしても許せ
 ん気が……」
「……そのままコーヒー入れなければ、タダのレモン果肉いり紅茶で済んでたのに……」

 夫婦そろってうなだれる武と美姫。
 どっちにしろ、もう飲める代物ではない事が分かった誠は、固く蓋を閉め、
その謎の物体を、見えない所に封印した。

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 「あーー、ひまや……」

 そう言って、頼光四天王のひとり渡辺は、ぶらぶらと天水村へと歩いて向かっていた。
 誠達と同じように高速を使えばそう遠く無いので、短時間で村へついてしまう。
 もう、日は高く上がっており、そろそろ昼時である。

「……あいつら、今頃茶ぁ飲んで寛いどるんやろなー。あー、むかつく」

 彼は誠達が車内で体験した出来事をまだ知らない。

「くそ、こうなったら、壬生狼に出会ったら、メシのひとつでもオゴらせたろ」

 そう言いながらほくそ笑む渡辺。
 とそこに、若い女性の声がかかる。

「ちょっとそこのヘンな人」
「……ヘンちゅうのはオレか」

 渡辺は、変と言われて、ちょっとムっとして振り返る。
 と、そこには、スーツにしっかりと身を包んで、腕組みして仁王立ちしている一人の女
性と、荷物持ちのように後ろに控える情けない顔の青年が立っていた。

「お聞きしたいのだけど、天水村ってこっちでいいのかしら?」

 ……何故かとってもエラそうに感じるのは気のせいか、そう思いながら渡辺は答える。

「ああ、オレも今から行くトコや。そや、一緒に行かへんか?」

 その言葉に、女性は微笑すると頷いた。

「いいわよ、荷物持ちくらいにはなりそうだし。さ、行くわよ、トンズラー、そしてボヤ
 ッキー」
「ちょっと待てコラ」
「あら、何かしら」
「名前も分からん奴にボヤッキー呼ばわりされる覚えないわい!一体何やねん、あんた」
「あたし? あたしは、御津御 麗子(みつみれいこ) 。そして、こっちは
 鼎 純(かなえじゅん)。トンズラーで結構よ」
「おう、よろしくな、ドロンジョ。そしてトンズラー」
「あら、なかなかノリがいいわね。気に入ったわ、ねえ、トンズラー」
「……もう……どうにでもしてください……」

 鼎、今にも泣きそう。

「いいじゃない、陽がいたら代わるの許可してあげるから」

 ああ、陽先輩、早くこの性悪女のお守を代わってください。
 ……そう呟いたように見えたのは、渡辺の気のせいだろうか。
 何だか奇妙な巡り合わせだと思いながらも、渡辺は、不釣り合いな男女と
一緒に、天水村へと歩き出した。

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 そして、それから数時間後、誠は生家に帰ってきた。
 そこでは、誠の父と母が、優しそうな笑顔で迎えてくれた。

「おかえり、誠」

 それが、父、柊 清一郎が誠に発した、第一声だった。



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