『4』


 桜。

 その名称の起原は、はるか昔、古事記の時代に遡る。そこに登場する、コノハナサクヤ
ヒメが桜の名称の元となったとされている。
 だが、このコノハナサクヤヒメ、その姉妹となる対の女性が非常に醜かったとされてい
る。コノハナサクヤヒメを嫁に娶ったニニギノミコトは、対となる一人の姉妹も一緒にも
らいうけたのだが、その一方の姉妹を見て絶句する。
 ニニギノミコトは醜い姉妹の方を嫌い、実家に送り返してしまった。
 そのおかげで、本来ニニギノミコトが受けるべきであった幸せは、半分のものになって
しまったという。これが、現在の天皇家が短命である事の原因として今に伝説として残っ
ているのだ。
 また桜には、神秘の美しさ象徴として扱う国もあれば、欧米では、不誠実の象徴とされ
る事もある。
 桜とは、ただ美しいだけではなく、その美しさの裏には、悲しい影を落とす事もある花
なのである。



「さっくっら〜、さっくっら〜……ええと、続きって何だっけ?」

 とまあ、そんな話はどうも彼女にはどうでもいいようだ。
 途中で歌詞が分からなくなって適当に誤摩化してしまう所が水波らしいと誠は思う。
 何故かうきうきと旅路を急ぐ彼女は、どうもこれからの彼らの「仕事」の事を考える
と、いささか場違いともいえた。
 誠と水波は、撚光に言われた天水村へ、昼食後すぐに赴く事になったのだ。

「……なあ、水波……、お前、ナニがそんなに嬉しいんだ?」
「だって、まこと、旅行だよ、旅行♪ お花見ができて、しかも旅費はぜんぶあっちも
 ち。それに桜見物もできちゃう。何だか、凄く特した気分になんない?」
「ならんならん。一応、俺達は「仕事」で行くんだからな。もし、「鬼」がいたら、身
 体をはって、命がけで戦わなくちゃいけないかもしれない」
「いれば、だよねーー」

 そういって、水波は誠を振り返り、にふふ、と笑う。
 そのまま水波は、誠の方に駆け寄り、

「ねえ、まこと、「鬼」って、一体何なのかなーー」

 そう言った。

「水波も知ってるだろ?空間の狭間……「境界」から現れて、俺達を餌として食らおうと
 していろ存在……それが鬼だ」
「うん、それは分かってるんだけどぉ……でもぉ……それだけじゃない気がするんだよね」
「何が言いたいんだ?」
「だってぇ、鬼っていってもぉ、そいつらをやっつける手段をくれたのも、その「鬼」な
 んでしょ?」
「うん、確かに、彼らも「鬼」になるのかな……」
「じゃあじゃあ、その人たちも、ニンゲンを食べちゃうの?」

 この辺りは、誠も非常に疑問に思う所だった。
 確かに、「鬼」とされる者たちは、人を食らう。
 だが、自分たちを助けようと手を貸してくれた者たちは、善良で、大変に礼儀正しかっ
たらしい。まるで、人間のようだった、という。
 「鬼」とひとくくりにされてはいるが、向こうの世界も、こちらの世界同様、色々な種
類の生物がいて、いろいろな勢力があるらしい。
 「鬼」と呼ばれる彼等も、決して一枚岩ではない、という事か。
 彼らが、こちら側で何をしたいのかは分からないが、必ずしも悪、というものではない、
と、誠は敵とは思いながらもそう思う。
 自分たちが「鬼」とひとまとめにしているものも、実はとてもあいまいなものなのだ。
 水波は、それを言いたいのだろう。

「たぶん、喰わないんじゃないかな。彼等は、俺達が倒すべき存在とは違う気がする」
「ふうん。それじゃあ、次の質問!」

 どうやら水波という女の子は、黙っているとか、じっとしているとか、そういった類い
の行為がどうも嫌いな性格らしい。
 こんな調子で、敵のど真ん中に「きゃー♪」とか言って突っ込んだりしないでくれよ、
と、心の中で思いながら、誠は、水波の言葉に耳を傾ける。

「『鬼切役』って、どれくらいの組織なの?」
「日本で、器を武器として使える者は、本当に数が少ないんだ。鬼切役トップの「天竜八
 部衆」が八人、それを頂点として幹部クラスが十人、俺達下っ端が全国で約五十人くら
 い、別勢力である「新選組」を含めると、そうだな、せいぜい百人いればいい所じゃな
 いかな」
「ええ〜、なにそれ!零細団体もいいとこじゃない!」

 すっとんきょうな声を上げて、水波が声を上げる。

「な〜んだぁ、おっきなビルがあって、部下百人くらいが、『いらっしゃいませ!』とか
 頭下げるとこを出勤するよ〜なような、でっかい団体かと思ってたのにぃ」
「お前、俺達は世界規模のコンツェルンの重役じゃないんだぞ」
「私たちだって、世界規模だもん」

 腕を前で組んで、ぷう、と頬を膨らませる。何に怒っているんだか。
 
「世界じゅうの器使いを合わせても、一万人いくかいかないかだぞ」
「はあ・・・、そんなんで、よく富士山の戦いに勝てたわねえ」
「結構大きい戦いのように言われているけど、あの戦いは、鬼自体の規模はそんなに大き
 いものじゃないんだよ」
「うそ〜、私、あの時すごく怖かったんだからね!」
「でも、お前のいた所は、「狭間」のすぐ近くだったからな」
「ん〜、まあ、そうかも」
「それに、あんなに事が大きくなったのも、自衛隊と、特にアメリカ軍が必要以上にでし
 ゃばりすぎたのが原因なんだよ」

 「富士山麓決戦」では、狭間の大きさは、これまでに無く大きなものだった。
 だが、それに反して、「鬼」の存在は少ないものだった。
 「鬼」に対してまったく有効的な対策がとれずにプライドが崩壊しかけていたアメリカ
は、名誉挽回の良い機会として強固に軍による攻撃を主張したのだ。
 最後には、核兵器まで持ち出して狭間に打ち込み、その結果、知能を持った「鬼」たち
の逆鱗にふれてしまった。

「まあ、簡単に言うと、スズメバチの巣をつついて、逆襲された、って所かな。米軍はボ
 コボコに叩きのめされたよ。そのとばっちりを俺達は食ったとも言える。俺達だって、
 いきなり「向こう」から核ミサイルが何発も飛んできたら怒るぞ、おそらく」

 「鬼」に対しては、通常兵器は一切通用しない。
 自分達の傲慢さに気がついた時には、アメリカ軍は我を失い、恐怖に支配され、パニッ
ク状態に陥っていた。
 無意味に武器を乱射し、流れ弾や誤射で、多くの人が犠牲になった。直接攻撃が、「鬼」
には今の所一番有効であるため、器使いは、接近戦で多くの死者を出したが、軍にかなり
足を引っぱられたのも確かだ。
 流れ弾や誤射で死んだ器使いも、結構な数になるという。そんな最悪の自体に直面して、
誠も我を失った。

「あの時は、様子を見て、味方をしてくれている「鬼」達の情報を、じっと待っているべ
 きだったんだ。あの一戦で、かなり味方を減らしたんじゃないかな、俺達人類は。まあ、
 その分、この戦いの後、米軍は目に見えておとなしくなったけどね」
「それで、今、全体でも一万人くらいなんだ」
「日本では御子神 典膳、中国ではの茨 鈴明、EUではウィザードのリンス。また、俺の
 友人や、優秀な器使いが数多く亡くなったのもあの戦いだな。まあ、この際、名前はど
 うでもいいか。俺達が悲しんでも、彼等が蘇る訳じゃない」
「そうね。さしあたっては、あと1時間後のおやつが一番重要ね!」

 あと少しで、天水村に到着する。その時、何事もなく「おやつ」にありつければいいが、
もしかするとそれどころではなくなるかもしれない。だが、まだまだ分析するには情報が
全く不足している。どんなに有能なプログラマーであっても、打ち込むデータなくしては
キーボードすら叩けないのだ。
 さて、向こうで見つかるのは、データか、それとも壊れたパソコンか。
 傍らに、水波というまた別の問題を抱えながら、誠は、そんな表現しきれない不安を抱
きながら、天水村へと足を速めたのだった。

 


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