<鬼切役奇譚第二章>〜社の桜と鬼切りと〜


『1』


 天水村は、人口がおよそ七百人の小さな村だ。だが、その分、各々の家が、有効的な
付き合いがあり、一つの村で、一つの家族のような面持ちもある、穏やかな農村だ。
 お盆や、年末年始にはささやかであるが宴が催され、春にはたくさんの桜の木が、互い
に競うかのように咲き乱れ、なかなかどうして、たくさんの観光客でにぎわいを見せる。
 そんな桜の名所である、この天水村でも、一番有名なのが、小真(こま)神社であった。
 そこは、小高い丘の上にある小さな神社であるが、そこに続くまでの、丘の階段には、
まるで階段を覆うかのように、桜が花のトンネルを作る。
 誠達が訪れた時にも、そこは、桜がトンネルを作り、それを見た水波は、子犬のように
大はしゃぎで駆け出していった。

「あ! こら!……全く、この辺で失踪事件が起ってるってのに。おおい、こら、戻って
 こい!」

 これから首に縄でも付けとくか?
 などと、くだらない事を考えながら、誠は水波を追いはじめる。
 そんな誠の視界の端に、涼やかな表情をした一人の初老の男が立っていた。男は、誠と
目があうと、深々とお辞儀をした。
 誠もそれに礼を返し、撚光から渡された手紙の中の名前と写真を思い出す。

 一生 正臣。

 この人がそうなのか?
 そう思っていると、男が向こうから近寄ってきた。

「ええと……すみません、あなたがたが、その……「鬼切役」の方々でしょうか?」

 いきなり「鬼切」の名を出されて、この人が一生だと、誠は直感した。
 だが、あくまで相手が名乗るまで自己紹介はしない。。

「……あなたは?」

「ああ、これは申し訳ありません、自己紹介が遅れましたね。私、一生 正臣と申します」
「はじめまして、柊 誠、と申します」 
「柊さん、ですか。この度は、お疲れさまです」

 そういうと、穏やかな笑みを見せた。

「おお〜い! 奇麗だよ〜!! って、あれ? その人だれ?」

 桜のトンネルに出たり入ったりしていた水波は、だあっ、と誠の方に駆け寄ってきた。
その勢いに押されたのか、一生は、少し水波から後ずさった。

「ああ、この方が、一生 正臣さん。今回、鬼切役にお手紙をくださった方だよ。水波も
 ちゃんと自己紹介して」
「あ、ええと」

 一通りきょろきょろと目線を移動させてから、水波は一生に自己紹介した。

「どうもはじめまして、おじさま。楠 水波です。」

 良家の子女ぶって、水波が挨拶をしたが、お辞儀がまるで水飲み鳥の置き物のように速
かったので、全てがだいなしになってしまった。

「元気なお嬢さんだ。いやいや、最近では、若い者は、全て町に下りていってしまいまし
 てな。あなた方のような若々しい方がいらっしゃると、それだけで気分がすっきりとし
 ますな」

 そう笑いながら、一生は誠達を促して、小真神社へと歩き出す。
 小真神社へ続く道にも、隙間なく桜の木々が植えられ、花のトンネルと化したその道は、
さすが桜で観光地になっただけはある。風が吹くと、花びらが飛び、さらに春らしい風情
をかもしだす。

「本当に綺麗ですね。ここまで桜の木々が育つには、さぞ苦労もおありだったでしょう」

 そう誠が言うと、一生は、少し苦笑して、誠に語りかける。

「ここも、十数年前までは、ここまで桜で溢れた所ではなかったのです。過疎化が進み、
 若者はどんどんいなくなり、学校は多くが廃校に追い込まれました。……そんなさびれ
 ていく町がどうも我慢できませんでね。それで、私を含めた数人で、桜を植えようと思
 い立った訳です。それが、今では観光地。最初は寂しい自分達を誤摩化すために植えた
 ものだったのですが……それで、村に再びにぎわいを取り戻せるとは」

 そこまで言うと、一生は、ふう、と肩を落とし、社の桜を見ながら再び語り始める。

「ですが、まさか、今になって、あの「伝承」が復活するとは……。確かに、お手紙に書
 きました通り、失踪事件が起こっている事は確かですが、それが何も「伝承」に基づく
 とは限らんでしょうに」
「その伝承というものは、どういうものなのですか?」

 誠の問いかけに、一生は歌うように語り始める。

『紅桜は魔性の桜
 紅桜は血吸いの桜。
 魔性の色は人を呼び、魔性の匂いは妖(あやかし)を呼ぶ。
 妖の流したる人の血が
 桜の花の糧となり、紅桜の花ひらく。
 紅桜は魔性の桜。
 紅桜は魔性の森の道標(みちしるべ)。
 踏み込むものを魔性に誘い、桜は血色に花ひらく…。』

「くれないざくら…?」

 誠の疑問に、一生は何も言わずに、社の上を指差してみせる。

 その指先の向こうには、かなりの樹齢を重ねたかのような大きな桜の木が、社の傍らに
静かに鎮座していた。
 しかし、誠には、特に他の桜の木と何も変わらないように思われた。唯一、花が咲いて
いない事を除いては。

「ねえねえ、あの桜だけ、なんで、花が咲いてないの?」

誠と一生の話を、退屈そうに聞いていた水波が、口を差し挟む。

「ここに来られた皆さん全てが、そう口にされますよ。ですが、あの桜だけは、何故か、
 季節を無視して、幾度も花を付けるのです。まるで朱をまぜたような赤い花に、村の者
 は、「くれないざくら」と呼んでおります。昔から、あの桜に花が咲く時には、必ず神
 隠しがある、という言い伝えがありまして。まあ、そんなものは、今までになかった事
 より、只の迷信と、誰もが思っていたのですが……」
「それが、最近、起こってしまった……。」
「そうです。桜の花が咲くと、一人、また一人、と、どこかへ消えてしまったのです。中
 には、観光で来られた方もいらっしゃいます。やっと、村が活気をとりもどした今です
 ので、なんとしても、行方不明の方をさがし出したいのです。このままでは、あの「伝
 承」を恐れて、観光客は遠退くかもしれません。オカルトに興味のある物好きは寄って
 来るかもしれませんが、私は、今までの穏やかな村の活気が好きなのです」

 そういう一生の横顔を見ながら、誠は、この人の村に対する気持ちを理解したような気
がした。この人は、本当に、この村が好きなのだ。そう思うと同時に、誠は撚光の言葉を
思い出し、一生の証言と照らし合わせてみる。

 空間が歪む、という事は、同じく、時間の概念や法則も歪む。桜が不定期に咲くのも、
歪みのせいかもしれず、行方不明者は、もしかしたら、その空間の歪みにはまり込んで、
向こう側に消えてしまったのかもしれない。

 そして、一生の話してくれた、「伝承」の話…。
 あの社一体は、昔から、空間の歪みがあったのではないか…。
 今より、千数百年の昔には、鬼や、魔物が存在し、それらを倒す者が実在していた。
 その頃の歪みは、時とともに消えていったが、もしかして、それが未だに残っているの
かもしれない。

 そう誠は考えながら、再び、「紅桜」を眺めやってみる。
 石段のすぐ下に来て、上を見上げると、その木の枝はしが、まるで誘うかのように石段
と空の合間に突き出していた。

 まだまだ、そう考えるのは早計かもしれない……。
 そう誠は考えると、石段を登り始める。
 桜の花びらが踊るように散ると、水波が、感嘆の声をあげる。その様子に魅入っている
と、一生が下から声をかける。

「ちょっと先に行っててください。私は、村役場の方に、お二方がお着きした事を知らせ
 てまいります」

 そういう一生に、誠と水波は一礼し、再び石段を登り始めた。

「ねえ、まこと、どうなの? 鬼くさい?」
「妙な言い方をしないように。……でも、そうだな、鬼がいるかは別にして、もしかする
 と、空間の歪みはあるかもしれない」
「そうか〜。歪んでるかもしれないんだ。鬼がいたら、やっつけてね、誠。歪みへの結界
 なら、私が張る事ができるから」
「そんな事ができるのか?」

 水波は胸を張り、えっへん。
 彼女は伊達に巫女の格好をしている訳ではない。
 陰陽師としての能力が開花しているらしく、そこそこ強い破魔の力と、結界作成能力を
有している。
 十メートル程度のものであれば、水波は結界を張り、空間の自己修復を促す事ができる
のだ。
 また、この結界は鬼に対しても非常に有効で、その動きと攻撃力を封じ、そのまま結界
内に放り込む事も可能なのだ。
 直接攻撃のみが頼りの鬼切役にとって、水波のような存在は、大変貴重といえた。

「なるほどね、それは心強い」

 水波の説明に、誠が頷くと、水波は、えっへん、と腰に手をあてて胸を反らした。
 そして、そのまま階段を転げ落ちそうになり、慌てて誠の差し出した手に捕まる。
 誠は、前言を撤回しようか、と少しだけ悩んでしまった。


 二人が石段を登り終え、鳥居をくぐると、そこには寂れているが、丹念に掃除されてい
るのが分かる神社と、桜の古木があった。
 周りの空気が澄んでいる事は、二人にも分かった。確かに、桜の花は咲いていない。

 だが、だからといって、禍々しい瘴気が充満している、といったものでもなかった。
 鬼の不在に安心したのか、水波は桜に背を向けて石段に腰を下ろし、石段を囲む桜の花
の美しさに魅入っていた。

 誠は、紅桜に近寄り、周りを調べてはみるものの、そこになにがあるという訳でもなか
った。

防衛庁が、からんでいる。

 そう撚光から聞かされていた誠にとって、これほどの静寂と穏やかさは逆に不気味なも
のに感じられた。
 何もない訳がない。
 そう誠は思うものの、何も感じられないこの社の周辺からは、得るものがないようにも
思われた。
 桜はあくまでカムフラージュなのか?
 だが、それくらいは、警察や、それ以上の機関が動いたのだから当然考えられていた事
柄だろう。
 村のイメージダウンを避けたければ、金品を用意しろ……とか。
 しかし、伝承を利用した誘拐で、今に身の代金の要求か何かがあるだろう、と踏んでい
たものの、何も音沙汰もなく、犯行声明もなし、行方不明者の手がかりも一切なし、とい
う状況に追い込まれて、空間の歪みというもののせいにして、責任逃れを図ったのかもし
れない……。

となると、これは歪みなどではなく、責任の擦り合いか?

と、誠はそこまで考えて、少しだけ疲れてしまった。

(これはやはり、ちょっとここに留まらないといけないかもしれないな……)

そう思い、誠は水波と少し会話を交わし、戻ってきた一生を、石段の上に迎え入れた所で、
三人は、あるはずのない光景を目にしてしまった。

桜が、もの凄いスピードで咲き乱れ、そして、その傍らには、確かに空間の歪みがあった
のだ。

 


←第一章『4』に戻る。 『2』に進む→
↑小説のトップに戻る。