『6』

「お前ら物凄く強いな。……ちょっと感心しちまった」

 そう言って、若者は、けたけたと笑った。

「買い被りだよ、あいつらが弱かったんだろう」
「ふふん、謙遜するねえ」

 そう言うと、若者は、にやり、と笑う。

「あんたら、ただの観光客じゃないな。あんたの強さはケタはずれだし、そこの女の子は
 ……どうも陰陽師らしい。もしかしてと思ったが「鬼切」か?」

 そう、誠達に質問する若者の顔には、質問に対する答を求める表情が浮かんでいた。
 さて、どう説明すべきだろうか?
 自分達の事から、ここまでのいきさつを話すには、少し時間がかかる。だがこのままで
は帰してくれそうにない。

 誠は、返答に窮している時に、けたたましく、パトカーのサイレンが鳴り響いた。

 ばん、ばん、と、階段下から、車の扉を閉める音がすると、数人の人間が社に上がって
きた。

「柊さん! 楠さん!」

 その声は、一生のものだった。

「一体、何があったのですか!?
 夕食に御招待しようと思ってお部屋を訪ねたのですが、一向にお帰りになられる様子が
 なかったので、不安に感じていた所です」

 そこまで言うと、ふうふう、と息を整える。

「そこに、この大騒ぎ。通報してくれた方がいらっしゃらないと、どうなった事か」

 そこで、一生は、辺りを見渡して、ぎょっとしたように目を見開き、呟くように言う。

「しかし……すさまじいですな……。
 まさか、これを、あなた方だけで……?」
「おう、俺達三人で片付けたんだぜ。なあ。」

 そういって、若者は、銃を巧みに隠しながら、誠達を見て、にっ、と笑う。

「……おや? 君は……」

 一生は、見知っている二人以外が話し掛けてきた事に対してか、眉間に皺を顰めて若者
を見る。
 そう、しごくもっともな態度に、誠も水波も、はっとする。
 そういえば誰なのだろう、この男は。
 銃の扱いや戦い方など、おそらく素人ではない。
『器使い』なのか?しかし、鬼切役に、こんな男はいなかったはずだ。

「俺? ああ、俺は、御月 陽(みづき ひなた)って言うんだ。まあ、よろしく」

 そういって、人なつっこく笑うと、一生に対して、すっと右手を伸ばす。
 おずおずと手を出した一生の手のひらを、がしっと握ると、ぶんぶんと振る。
 その勢いに圧されて、一生の身体のバランスが崩れて、倒れそうになる。
 そんな一生を愉快そうに見、御月は、誠達の方を振り返る。

「そういや、あんた達の名前を、まだ聞いてなかったな」
「ああ・・・そうだな。俺は、柊 誠。こっちは、楠 水波」
「へえ、誠に、水波ちゃんか。ようこそ、天水村へ、ってか? 歓迎するぜ。まあ、今
 日は、こんな事になっちまって災難だったけど、明日は、綺麗な桜が見られると思う
 ぜ。天気もいいだろうし、今日以上にな」

 そういうと、御月は、二人と交互に握手を交わした。
 そんなやり取りを交わす4人の横を、警官隊達が、わらわらと通り過ぎ、暴漢達を取
り押さえる。
 全く無傷の誠達に対して、暴漢達は、それは哀れなありさまだった。
 これから彼らは、警察で、徹夜の尋問を受ける事になる。
 白状すれば尋問の苦しみからは逃れられるが、クライアントから地獄の制裁が待って
いる。
 白状しなければ、それこそ警察内で地獄の尋問を何日も受け続ける。
「鬼切」の名がでている以上、警察も暴漢達をタダで返す事は絶対にない。
 鬼切役とは、警視庁や公安にも深い繋がりがある。へたに無視すれば、県警上層部の
首が丸ごといくつか飛びかねない。
 彼らの地獄の日々は、今始まったばかりだった。

「すみません、少しよろしいですか?」

 と、安堵の表情で、話をする誠達4人の所に、一人の警官が寄ってきた。

「この度は、まことに大変な事態になってしまいましたね。あ、私、天水村駐在所で、
 現在巡査長を勤めております、藤田 五郎、と申します」

 藤田、と呼ばれた男は、そう言って四人に頭を下げる。かなりの長身で、面長な、一
見すると寡黙そうな男である。

「いえ、こちらは、何も被害がありませんでしたし、あの者達の処置をよろしくお願い
します」

 そう誠は言うと、藤田に対して、一礼した。

「分かっております。私どもも、誠心誠意、犯罪を防ぐために努力する所存です。少し
 ばかり、お話を伺いたいので、これより、少しお時間を頂けますか?」
「分りました。じゃあ、そういう事だから、行こうか。水波、御月さん」
「うん、そだね〜」
「ま、仕方ないな。あ、そうそう、俺の事は、陽でいいよ」
 藤田巡査長は、部下に一言二言ことばを交わすと、そのまま4人を促して、
パトカーの方に誘導しようとした。

 ……が、その時。

 紅の桜が、はらはらと散り始めた。
 ただ散るのではない。まるで、震えるように、がさがさと枝を揺らしながら、まるで何
かを注意しろとでも言わんばかりである。

「……まさか……また……!!」

 そういって、一生は顔面蒼白になる。
 そんな一生の不安が、新たな変化を呼びでもしたのか、空間が急激に歪み始めた。

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