『3』


「うわぁ〜〜〜〜〜〜!」

 そう水波は叫ぶと、二人にあてがわれた部屋に転がり込んだ。

「わ〜、ひろ〜〜い」

 と言いながら、畳の上をごろごろごろ〜、と転がり出す。
 ここは、天水村の商店街にある旅館、『峰桜』。
 誠達二人は、失踪事件の調査のために、数日、ここにとどまるよう勧められたのだ。


「まったく……、子どもだな、って、まだ子どもか、あいつの場合」
「はっはっは、元気がいいですなあ」

 そう言って、一生は、ぐた〜っとうつむけで突き立ての餅のように転がっている水波を
見ながら微笑む。

「柊さんはこちらを。楠さんは、襖を隔てた向こうをお使いください」

 そういって、一生は襖を開けて、もう一つの部屋を差し示す。

「んにゃ? 誠と一緒の部屋じゃないの?」

 うつむけで寝転んだまま、顔だけ上げて、水波が言う。

「嫁入り前の女の子が、何色気出しとる」
「いいじゃない、遅かれ早かれそうなるんだから」
「いつ嫁にもらうって言った。人の人生設計を勝手に作り替えるんじゃない」
「一人より、二人の方が、人生設計も立てやすいじゃん」
「悪いね、俺の将来は、気ままに一人旅、って決まってるんだ」
「何かつまんな〜い。こう、ぱぁ〜っと、輝かしい未来を作りたいとは思わない?」
「お前と一緒だと、何かが輝かしいのか?」
「それはもう、とっても……」
「頭が?」
「あのね。この神々しい存在感、分かんない?」
「潰れたトマトみたいに寝転んで言われても説得力がないな。それに一人旅もぱ〜っとし
 ているぞ。行くところ次第だけど」
「インドでダンスでも踊るの?」
「いや、ラスベガスで遊びまくってるかもな」
「ああ、全財産がぱぁ〜〜っとね。にゃはは」

 と、馬鹿馬鹿しくも不毛な会話を続けていた二人だが、一生をほったらかしにしている
事に気付き、会話を一旦終わらせた。

「あ、すみません、一生さん。これからの数日、お世話になります」
「いえいえ、こちらこそ。どうぞ、よろしくお願いします」

 そう言ってお互いに会釈をし、一生はその場を後にする。まるで、先程の出来事がまる
で無かったかのような、ほのぼのとしたやり取りに、誠達は、本当は何もないのではない
か、という錯覚すら覚えてしまう。
 しかし、たしかに、あの丘の上には、歪みがあった。そして、おそらくはあの「紅桜」
が関係しているのであろう、という事は推測できる。
 だが、失踪事件と、歪みや鬼が関連性があるのかは、まだまだ情報不足だ。
 人間が起した事件、という事もありえるからだ。
 ここで、お茶菓子を頂いたら、また再び聞き回るのがいいのかもしれない。
 誠はそう考えていた。

(まるで、犯罪捜査で聞き込みにまわる刑事みたいだな)

 と、鬼切役の仕事とは違うという違和感を感じながら、それでも誠はこの事件に何かを
感じていた。
 それは、長く「鬼」と関わってきた人間に分かる、勘、のようなものだった。

「あっ、ようかん、ようかん〜」

 水波は、3時のおやつにありつけて、ごきげんのようである。
 つまようじに刺すと、遠慮なく口に運ぶ。

「腹が減っては、戦はできぬ、ってね」

そういうと、おいしそうにかぶりついた。

「ねえ、誠〜、なんで、ようかんって、漢字で書くと、『羊羹』、なの?」

 水波は、ようかんをお茶で流し込みながら、誠に質問する。

「ん? なんだって?」
「だから〜、何でひつじが出てくるの?」

 そういうと、また再び、まぐまぐとようかんを頬ばる。

 ようかんというのは、古くは中国にあった菓子である。
中国の遊牧民族は、羊を主に食し、残った汁や油分が固まると、それを短冊型に切って食
べたという。それを、僧侶も同じように食そうとしたが、僧侶は、動物の肉を食う事がで
きない。故に、肉の代わりに、小豆を使い、羊油の代わりに寒天を使って菓子を作って食
べた。これが、ようかんのはじまりである。
 もとは羊の肉をまねたものであるから、「羊」の漢字が使われているのだ。

 と、ここまで説明した誠に向かって、水波は、

「ふ〜ん、何か、無駄な事知っているのね、誠って」
「お前が質問してきたんでしょうが」
「知っているとは思わなかったな〜〜」
「一体どんな回答を期待してたんだか」

 基本的に、誠と水波は、波長が合うようである。性格は全く違うが、基本的な価値基準、
というものは同じなのかもしれない。彼等二人を組ませた撚光の判断は、あながち間違って
はいないようだ。

「さて、一休みしたら、もう一度でるぞ、水波」
「ん? どこ行くの?」
「とりあえず、村の人にいろいろと訊ねてみようと思う。
 俺達は、事件の事を、よく知らないしな」
「うん、そだね」

 一通りようかんを食して、お茶を二杯ばかりおかわり。
 その後二人は、再び桜の花咲く村へと、足を踏み出していく。

 ……そんな二人に対して、暴力的な視線を送る一団がいた。

「いいんですか? 相手は、ただの若僧と子娘ですが」

 大きな体をした男の一人が、おそらくは依頼者か、もしくはリーダーと思しき男に語り
かける。

「かまわん。少し痛めつけてやれ。男は殺さない程度に痛めつけておけ。障害が多少
 残っても構わん」
「子娘の方はいかがしましょうか」
「お前達が好みなら、好きにしろ。ただし、メッセンジャーとして使えるだけの体力は残
 しておけよ」

 その言葉を聞いた瞬間、何人かの男が、下品な笑い声をたてる。
 弄んでやろう、という魂胆が表に醜い表情とともに現われていた。

「ここではまずい。夜か、もしくは社の近くに差し掛かったらかかれ」
「分かりました」

そこまで言葉を交すと、男達は、観光客で賑わう商店街に散っていった。

「ふん、『鬼切役』だと? 気取りやがって。所詮は、「器」が強力なだけでそれ以外は
 俺達と変わらない、ただの人だ。「専門家」に、現実の怖さを教えてもらうがいい。お
 前達にあの方々の邪魔はさせん。早急にお引き取り願おうか」

 そう呟くと、男は口のはしを下品につり上げて、笑った。
 彼の想像の中では、誠と水波は暴力をふるわれ、弄ばれていた。
 しかし、そんな彼等の気配は、全て誠には筒抜けだった事を「専門家」達は気がついて
いなかった。
 そもそも、器使いと一般人の能力差を根本的に間違っているのだ。
 それが、彼等の人生設計を大きく狂わせる。
 彼等は、悪い意味で、「ぱぁっと」した人生を送るハメになってしまうのだ。

 そんな事も分かるはずもない彼等は、これからの事を考えて、年甲斐もなく頬を緩めな
がら、誠達二人を付けるのであった。
 

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