『4』

 誠たち二人は、精力的に聞き込みを行っていた。建て前としては、「探偵」を装ったり、
知り合いをかたったりしながら、失踪した人間の事について質問をしていた。
 しかし、思った以上に、これといった収穫はなかった。
 それどころか、失踪事件に関しては、口を閉ざして語りたがらない人間もいる。
 中には、誠が肩に下げている太刀袋をさして、何が入っているか、武道でもやってるの
か、と、逆に問いかけられたりもしていた。
 そんなこんなで、あまり実りのある聞き込みという訳にはいかなかったようである。

「はあ〜〜〜〜、やっぱり、みんな伝承とか気にしてるのかなあ〜〜」
「そりゃそうさ。こういった、一つの村で、一家族、のようなコミュニティー的な所では
 一つの伝承で村の誰かが被害にあえば、次は自分か、と怯える事もある」
「だとしても、もっと協力的でもいいと思わない?聞いたとたんに手を振って断わられた
 んじゃ、私達がアヤシイみたいじゃない」
「部外者はいつでもあやしいもんさ」

 桜並木を歩きながら、水波は、ペンギンのように、両手をぱたぱたと振り回す。
 手に持った白鞘の刀も一緒に振り回すので、危なっかしい事はなはだしい。
 誠は巫女が持つには相応しく無いその日本刀を訝し気に見ながらも、その疑問は一時頭
の隅に追いやる事にした。

「それに「鬼退治に来ました」、なんて言ったら、それこそ村じゅうがパニックになって
 しまうだろ」
「でも一生さん、村役場に、私達のことを伝えてくる、って言ってたじゃない」
「たぶん、探偵かなにか、という事で、話を通しているはずだ。一生さんがどこで俺達を
 知り頼ろうとしたかは別にして、彼は商店街や人の多い所では、全く「鬼切役」を口に
 しなかっただろう?」
「……たんていが、巫女さん姿〜〜?」
「お前、自分で突っ込むか?」
「ねえ、鬼切役って、有名なんでしょ?あれだけ、大きな戦いがあった訳だし。私達の顔
 って、割れてないのかな?」
「だったら、お前、今の厚生労働副大臣の顔と名前、一発で言えるか?」
「うが」
「有名な巨大企業に、どんな重役がいて、社長がどんな人で、その家族構成は、どういっ
 たものか答えられるか?」
「あうー」
「な。名前は知っていても、所詮、一人一人は分からないもんさ。鬼切役が有名であって
 も、人の中に紛れ込んだり、こちらから明かさない限り、そうそう個人レベルでは分か
 ったもんじゃない。聞き込みをしていても俺達自体は、特別な目で見られなかっただろ
 う? 用心しすぎて警戒するのも、返って不自然な場合もある。自然体でいればいいん
 だよ」
「そんなもんなの?」
「そう、そんなもの」

 そんな、どうでもいいい会話を交しながら、二人は、再び、小真神社へと足を向けた。
 結界を張ってからのとりあえずの確認と、わずかに感じた、あの「気配」について、も
う一度、誠は調べたいと思ったのだ。また、応急処置的に作っただけの結界を、しっかり
としたものにしておく必要もあった。
 陰陽師の破魔の力は想像以上である。
 その昔、酒呑童子は、阿倍清明を事の他恐れていたという。
 頼光四天王をもってしても倒す事のできないと言われた鬼も、陰陽師の力と結界には、
かなりのアレルギーがあったようだ。そのはしくれである水波が、鬼の気配を察知し損な
ったとは思わないが、未知の存在がいないとも限らない。
 富士決戦では、陰陽師も数多く亡くなっているのだから……。

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 太陽はその役目を終えたかのごとく、山あいに、美しく空を焼きながら沈んでいこうと
していた。
 小真神社に誠たちが到着したのは、そんな日も暮れかけた夕方になってからだった。

 誠達が、階段を登り切ると、そこには、一人の若者が、神社で柏手を打ち鳴らしていた。
 若者は、誠達をふと一瞥したが、おそらく、観光客が多く訪れるこの場所には新参者は
珍しくないのか、そのまま気にもとめず、祈り始めた。

 誠と擦れ違いざま、若者は、彼に話しかけた。

「よお、あんたたち、観光客?」

 そう言われ、誠は少しだけ考えたが、首を縦に振って答える。
 若者は、少し茶色がかった髪の毛を肩まで伸ばしているが、なかなか清潔そうに見える。
 どこか人懐っこさを感じさせる成年の背は、誠よりも、少し高いくらいだろうか。

「このあたりは、日が暮れるのが以外と速いんだ。夕方だと思って気を抜いていると、あ
 っという間に暗くなっちまう。最近では、馬鹿馬鹿しい伝承がぶり返されている訳だし、
 早く宿に帰った方がいいぜ」

 そういうと、にっ、と笑い、じゃあな、と片手を上げて階段を降りようとた。
 が、若者は、器用にも後ろ歩きで階段を再び登ってきた。そして、誠達を首だけでくる
りと振り返ると、真顔でこう質問した。

「おい。あの変なオッサン達、あんたらの知り合いか?」

 そう言うと同時くらいに、誠達と、若者を囲むかのように、暴力的なオーラをまとった
十人ほどの集団が、三人を囲んだ。
 一見して、彼等が暴力を生業としているであろう事は理解できた。体格、身のこなし、
歩き方。そしてなにより、その狂暴な表情が、それを如実に物語っていた。

 誠は、すぐさま彼等が、ずっと後をつけてきていた一団だと分かった。
水波もその空気を察したらしく、すすっと誠の方へとよりそう。
 若者は、何が起ったか丸で分からない、といった感じで、きょろきょろと辺りを見渡す
だけだった。

 そんな3人を見ながら、男達は、下品に口の端をつり上げて、笑った。
 それは、いかにも、無力な者達への処刑宣告だ、といった感じだった。

 


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