『2』


「この人知りませんか」

 そう書かれた顔写真が、何枚も、街灯や外壁に貼られている。今回の失踪事件において、
行方不明になった人達だ。
 しかし、なんだか、粗末な扱われ方をされているようで、手作りなものまで貼られてい
る。
 その紙面の幼稚さが、まるで

「うちのポチ探してください。特徴は……」

 と書かれたはり紙に似ているようで、誠は何だか気の毒になった。

『特異家出人』

 そう警察で呼称される人間がいる。
 行方不明になった者の中で、事件に巻き込まれたり、事故を起こしてしまった可能性の
ある者の事だ。
 そのまま出てくればそれでよし。
 しかし、もし死亡していたりした場合は、警察による捜査が始まる。
 では、「鬼」が関わっていた場合はどうなるのか。
 いきなり、全権が、鬼切役に委任されるか、というとそうではない。鬼の存在が、確実
に確認されるまでは、失踪人の探索は警察、鬼の探索は鬼切役、という役割分担でお互い
に情報を交換しあいながら、事の真実を説き明かしていく。
 お互いに立場上言えない事柄も増える為、捜査は非常にややこしいものになる。
 『特異家出人』が発見された場合、鬼切役は、速やかに警察に引き渡す事に
なっている。
 また、警察も、鬼の出現には、速やかに退避を行い、鬼切役への通報、協力が義務づけ
られている。

 そして今回、その鬼が、天水村で確認された。
 鬼の規模は、かなり小さいものではあったが、その存在は、村の住民にとっては脅威で
あった。
 しかし、その出来事と、失踪事件の関連をを決定づけるものは、何も発見されていない。
 しかも、この事件については、警察はおろか、防衛庁までさじを投げている事も、忘れ
てはならない事だった。
 手作りのはり紙が出ているのも、警察が干渉を避けている証拠とも言えた。
 民間レベルの捜索しか行われていないのだ。
 これは、天水村のおまわりさん達にとっては、結構なストレスとなっている事も確かだ
った。
 自分の村の人間が、ひどいめにあわされているのに、上の一方的な決定で、失踪事件の
捜査打ち切りを決められてしまったのだ。
 地元おまわりさんも、誠達に対しては、平身低頭するばかりであった。
 与えられる情報がないのだから、誠達も、ため息をつく以外にする事がない。

 つまり、誠たちは、この事件に対して彼等だけで対応せねばならず、また警察の協力は
どうも得られそうに無いのである。

「申し訳ありませんが、そういう事なんです。ま、引き下がるのが早すぎるので、上の連
 中も何か含む所があるに違いないとは思いますけどね」

 と言ったのは、藤田巡査庁……斎藤 一である。
 斎藤の名は、「新選組のスパイ」として、誠達の記憶にある。
 かなり優秀である事は、今回、誠達が全く彼の事が分からなかった事でも明らかである。
 その斎藤が興味を持っている、という事は、つまるところ、『新選組』が動き始めた、
という事だ。

 新選組。
 鬼切役が結成された時に、彼等とは戦いに対しての考え方が違うとして、鬼切役とはま
た別に新しく結成された、器使いの戦闘集団。
 鬼切役と新選組は、元々自衛隊の一部隊であった。
 それが4年前に、器使いとしてどの省庁にも属さずに編成され直した時に、鬼切達と袂
を分かったのである。
 彼等は、単純戦闘力では鬼切役と互角に渡り合えるだけの力を有している。
 しかし、どこか一匹狼的な活動により孤立化する事が多く、そう目だった活役はできて
いなかった。
 鬼はただ倒すだけではなく、歪みの向こうの世界に帰す必要がある。そうしないと、こ
の世界に本来はあってはならないものが、この世界にどんな影響を及ぼすか分からないか
らだ。
 新選組は、そういった事がまるで考えられないらしく、鬼は可能な限り殺して生かして
返すようなことは一切しない。
 彼等にとっては、戦う事が全てだ。
 戦う事でしか、自分の存在を示せない、それが新選組だった。
 そういった所が、鬼切になった者の反発を生んだ事もあった。
 まあ、何にせよ、警察にはどうも頼れそうに無いが、新選組の腕利きスパイの斎藤がい
るというだけで、かなりの情報は得られる期待は持てた。

 さて、多くの人間の前で、いかにも『器使い』的な態度をとってしまった斎藤であるが、
その正体は、警察、天水村の人間に知られてしまったのか。
 実は、そんな事は全然なかった。
 斎藤は、誠達の正体を明かしてそちらに住民の注目を集めさせ、彼等を隠れみのにして
自分の事をあやふやにしてしまったのだ。

「いや〜、彼等がいてくれたおかげで、私は死なずに済んだんですよ」

 と、いけしゃあしゃあと斎藤は述べたものだ。
 こういった態度こそが、斎藤が新選組において、山崎と並んで「腕効きスパイ」として
重宝される由縁であった。

 彼と供にいた、もう一人の男、山崎 丞(やまざきすすむ)は、新選組の副長助勤、諸
士取調役兼監察という地位にある。
 つまり新選組の密偵のリーダーだ。
 また、「香取流棒術」の達人としても知られ、いざという時は、得意の棒術で相手を圧
倒する。
 彼は、様々に変装したり、陰に隠れたりしながら情報を集め、後から組を援護している。
 それに対して斎藤は、「自分を偽る事」で、堂々とスパイ行為を働く。
 仕事を行う時には、平気で自分の信念すら裏切る発言ができる男なのだ。
 ここでも、自分を弱い人間として錯覚させる発言をべらべらと並べたて、「勇気のある
おまわりさん」としての地位を確立してしまった。
部下に持って来させた布にくるまれた日本刀も、いつの間にか特殊警棒に変身してしまっ
ていた。

「すみませんね。まあ、情報はお渡ししますから。……しかし、せっかく楽しみにしてい
 たのに、私が階段を上がり終わった時には、もうすでに全て終わってしまっていたとは。
 いやいや、つまらないものですねえ」

 とおだやかに微笑み、一礼すると、斎藤は誠達の前から去っていった。
 この「つまらない」は、誠の戦いぶりを観戦できなかった事に対しての不満である。
 まるで、戦いを楽しむかのような言動は、まさしく新選組の一員である事を誠達に印象
づけた。

「不思議な方ですわね」
「うわっ! さ……咲耶さん!」

 いつの間にか後ろに立たれて、誠は驚いてその場を飛び退く。
 誠にぴったりくっついて離れようとしないので、今朝から水波の機嫌がすこぶる悪い。
 歩く度に、どしどしと足音も凄い。相当御機嫌ななめのようである。
 昨夜、水波が神社の撚光にこれまでのいきさつを書いたメールを送った所、

『重要参考人って形で、とりあえず、その人にくっついててくれる?』

 という、なんともいいかげんな返信が返ってきたのだ。
 水波は言葉で的確に相手に用件を伝えるのがどうも苦手であるため、携帯端末からの専
用線のメールで、撚光と連絡をとっている。

 これを咲耶に伝えた誠に対して、

「あら、おもしろそう」

 と、喜んで咲耶が逆にくっついてきてしまったから、水波はあらどうしよう、である。
 誠にしてみれば、「重要参考人」が積極的にくっついていてくれれば、歪みや鬼と、失
踪事件、紅桜に関して情報を得る機会が多くなるので願ったりなのだが、

「誠、昨日の夜、ナニがあったの? べたべたしちゃってさ。ぷんぷん」

 と、水波は、ぶりぶりと怒りまくっている。

 誠自信、彼女が何者なのか、今回の事件にどれくらい関わっているのか殆ど分かってい
ない。
 絶対に失踪事件と関わりがある、という確信は誠も感じているが、今の所彼女から話を
しよう、という気持ちはなさそうだ。
 無理に聞き出そうとしても、おそらく無駄足になるだろうから、この際誠は相手と仲良
くする事で情報をうまく向こうから喋らせてやろうと考えていた。
 まあ、懐柔策、といった所だろうか。
 撚光も、どうも何か隠しているという事が、うすうすと感じられた。
 しかし、こう自分の周りが様々な謎に包まれていると、どうも落ち着かない。
 何にしても、新選組の協力も得られそうな事と、咲耶が近くにいてくれそうだ、という
事だけでも、これからのせめてものなぐさみであった。

 そんな事を考えながら、誠は、昨夜……いや、厳密には今日の深夜の出来事について、
思いを巡らせ始めた。

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