『6』


 シヴァリース。
 誠たち、「器使い」の中でも、中国の崑崙(クンロン)山の宝貝(ほうばい)集団に並
んで、【最強】と目される、ヨーロッパ全土を仕切る戦闘集団である。
 富士決戦においては、鬼切や他国の器使い達が犠牲者を出す中で、ただ一団、シヴァリ
ースだけが、無敵無敗を誇った。
 良くいえばクール、悪く言えば冷徹に徹するその様は、ある時は頼もしく、ある時は恐
ろしく見えたという。
 そんなシヴァリースの、最強中の最強である幹部…「ナンバーズ」が訪れたという事は、
理由は一つしかない。
 ……鬼の出現が、未だあるかもしれないという事だ。
 それも、昨日の鬼など比べ物にならないものが。

「おお!! これは撮らねば!」

と、そういって駆け出したのはミハイルである。

「……あ……ちょ……」

 と、誠がそう言ったのも遅く、ミハイルは、だだだ、とシヴァリースに近寄り無遠慮に
数枚、写真を撮る。
 その時、色々な角度から変化をつけるのは、相手を挑発でもしているのかと、誠はちょ
っとひやりとしてしまった。
 そんな嬉々として写真を撮るミハイルであったが、シヴァリースに顔を向けられてぴゅ
ーーっと、と誠の後ろに隠れてしまった。
 おそらくは、マスクの隙間から、睨んだ目でも見たのかもしれない。

 そんなミハイルを、当然のように無視して、シヴァリースの二人は、ある方向に歩き出
した。
 その方向は、やはり、小真神社である。
 彼らが乗って来たであろう車は、そのまま走り去ってしまう。
 どうやら、彼らは、今日からここに滞在するらしい。

「あれがシヴァリースかあ。僕、初めて見ましたよ。凄い迫力ですよねえ……変な格好だ
けど」

 誠の背中に隠れながら、丸眼鏡をくいくいと直し、ミハイルはそう呟く。

「全く、俺は昔見た事はあるけどよ、何だか、相変わらずイカレタ格好だよな。あの姿で
 喫茶店入って、『オレンジュース』、とか言ったら、ウエイトレスさん、驚いて腰抜か
 したまま、天井まで切りもみ状態で飛び上がるぞ」

 と、陽が、無茶な事を言う。

「でもあの二人、物凄い力を感じますわ……格好は……変ですけど」

 そう言って、咲耶が、誠を見る。

「うん、私も感じた。どうやら、あの人たちって、力を抑えようとしないみたいだね。よ
 く疲れないなあ。凄いよ、……変だけど」

 そう言ったのは、水波である。
 まあ、どちらにせよ、誠軍団の全員に言える事は、『変人集団』、という事である。
 シヴァリースの面々には、あまり聞かせたくないものではあるが、まあ、本心であるの
だから、仕方がない。

 そんな無駄話をしながらも、誠は、昨日の夜の事を、水波と陽に一応の説明をした。
 途中、咲耶が混ぜ返して妙に水波が荒れたりしたが、まあ、何とか今日の事については
全員に意志の疎通は出来たようだった。
 ミハイルには、やはり危険、という事で、誠達の前からは、お引き取り願う事にした。

「まあ、それなら、仕方ないですね……。でも、どうです? 最後に、みんなで記念写真
 撮りませんか?」

 と言うミハイルの言葉に、みんな快く従った。
 仲良く腕を組んだりしながら、写真を、村の人に撮ってもらう。
 そのカメラを大事そうに抱えながら、ミハイルは、小走りに、誠達の前から姿を消した。

「なあ、誠、俺は帰らなくてもいいのか?一応一般人だけど」

 と陽が誠に問いかける。

「お前さんが一般人な訳ないだろう。昨日の騒ぎを経験しておいて、一体何を言ってんだ
 か。そもそも、何者で、どこに住んでいるんだ?」
「ん? 俺か? まあ、事件が一段落ついたら、教えてやるよ。ちょっと、家もこの村か
 ら離れてるんだ」

 と、陽は、自分の住所についての返答を避けた。
 遠方にあるのであれば、わざわざ案内するのもめんどくさいのだろう、と、誠は深く考
えるのをやめた。

 さて、今日からの誠の行動基準は、「鬼切役」である事を最大限利用する事である。
 斎藤の宣伝効果もあったのか、昨日から打って変わって、情報が飛び込み始めた。
 鬼が出現していない時には、事を荒立てないためにも、必要以上に目立つ事は避ける必
要がある。
 が、鬼の脅威が住民の間近に現われた今、一番すべき事は住民の心を落ち着けさせ、必
要以上の行動を起こされたり、パニックに陥る事を避ける事だ。
 それには、住民を安心させるような、強い力の『シンボル』を見せつければよい。それ
には、『鬼切役』は、良いシンボルといえた。
 シヴァリースが現われた事も、誠には、とても心強い事だった。
 ……もしかすると、あの格好も、そんなパフォーマンスが含まれているのか。
 そんな事を考えながら、誠達は、集められた情報を吟味し始めた。


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「結局の所、住民情報の中にはこれといった特別なものはなかったぜ」

 メモをぱらぱらとめくりながら、陽がそうつぶやく。

「統一しているのが、失踪したのが夕方から夜にかけての時間帯であるという事と、場所
 があの社一帯に集中しているって事か」

 誠は、咲耶の方をちらりと見たが、彼女はいつのまにか、水波とならんで
ミルクアイスを頬ばりながら、売店をきょろきょろと見回していた。
 目があって、にっこりと微笑むが、一体何を考えているのか、誠にはまるで理解不能だ
った。
 彼女は味方なのか、敵なのか。
 鬼を撃退する力があるのは、鬼とのハーフである事が原因らしいが、ならば、両親はど
ういう関係で、この村にいたのか。
 そして、紅桜とその伝承は、彼女と関係があるのか。
 彼女は、まだ語る気がなさそうだ。
 俺が知らなければならない事……。それが分かった時に彼女は女神となるか、般若とな
るのか。
 それに、彼女は、「防衛庁」の存在を確かに口にした。そして、それを操る者の存在。
 彼女を連れ歩く事で、そちらにも色々と動きがありそうだ。
 誰に心を許して、誰に心を許してはならないのか。それも、大いに考える必要がある。
 誠は、そんな事を考えながら、水波に近づいて声をかける。

「水波、どうだ?」
「う〜ん、だめ。歪みとか、鬼とか、そんな気配は一切ないよ」
「歪みはあの桜の社だけなのかな」
「咲耶さんに聞いてみたら?」

 と、言った瞬間、水波は、はっとした表情で口をつぐみ、私が聞く! と言って腕を羽
のように振りながら、とてとてと駆けていった。
 そして、数分後、再びとてとてと駆け戻ってきて、両腕で×印を作った。

「ない、って言ってるよ」
「う〜ん……」
「信じていいと思うか、水波?」
「今のトコはいいんじゃないかな。実際ないし。それに、鬼が出て来て攫っていったのな
 ら、あの社がクロ、ってとこで今の所いいと思うよ」
「ふ〜む……」
「まこと〜? 何か私にかくしてない?」
「ん? ああ、まあな」
「あ〜、やっぱり! ぱーとなーに隠し事はダメだよう」
「確信が持てたら、ちゃんと話すよ。今の所、鬼騒動で動いていた方が動きやすい」
「私にヒミツを教えてくれれば、もっと動きやすくなるかもよ♪」
「あ〜、お前はダメ」
「なんでよう」
「顔に出るから」
「ぶう」

 と、いつものように無駄話をしてしまっていたが、どうも鬼が現れた事で、村の商店街
も、昨日よりはいくぶん慌ただしさを増したようだった。
 しかし、積極的な警察の見回りに、訪問、それに加えて鬼切役と、シヴァリースが村に
滞在しているという事で、かなり村の人間は落ち着いていた。
 歪みがあった場所も、今では水波の結界が効力を発揮して、縮小を始めていた。
 しかし、誠は、シヴァリーズがこの村に現れたのは、ただのパフォーマンスではない事
を、何となく直感で感じていた。

 まだ何かある。

 そう思わせるものを、感じずにはいられなかったのだ。
 鬼は消えて、歪みが消失しそうな今、あえて来るには当然それなりの理由がある。
 それに咲耶が漏らした、防衛庁の関与の事実。これからは、この方面に重点をおいて行
動をたてるべきだろう。
 そして、彼らの行動の裏がとれた時、彼女は俺達の本当の味方になってくれるのかもし
れない。
 誠は、そう考えていた。

 そうやって、作戦会議半分無駄話半分に行動をしていると、向こうから一生が駆けて来
た。

「柊さ〜ん、楠さ〜ん」

 腕を振りながら走るその顔は、いくぶん緊張しこわばっているようにも見えた。

「ああ、一生さん、どうされました?」
「ああ、ふう、ふう、…お疲れさまです。……いやじつは、あなた方が保護しているそち
 らの女性についてなのですが……」
「あら、私?」

 咲耶は、何の事か分からない様子で、きょとんとしている。

「え?ああ、咲耶さんの事ですか、それがどうかしました?」
「先ほど、撚光様という方からお電話を頂きまして、そちらの女性を、神社の方で保護し
 たい、との事でした。」
「撚光さんから……?」

 誠は、水波をひじでこ突いて、携帯端末にアクセスするように言う。
 この携帯端末は、不正アクセスがほぼ100%不可能な、高性能セキュリティ付きだ。
 すぐに返答が返ってきたが、いや〜ん、とか、おほほほ、とか無駄な文字が多い。誠は、
 幾分げっそりしながらも、その文面をたどる。まあ、かいつまんで言うと、内容な次の
 通りだ。

「咲耶という女性が、この事件に関与しているのは事実のよう。だが、加害者か犠牲者か
 は不明。よって、社と桜から一旦離し、村で起こるあらゆるもののリアクションを探る
 事にした。誠は、そのままそちらで目立ってくれて結構。絶対に何かが動き出す……わ
 よお、おほほほほほほほほほ」

 というものだった。
 いやな予感を少し感じながらも、撚光からの連絡である事のウラがとれて幾分安心した
のか、分かりました、と、一生に言う。

「俺達はこのまま見回りと情報集めをし、その後小真神社に向かいますので、使いの者が
 来たら、俺の携帯に連絡をお願いします。」
「分りました、では、私は、少し私用がありすので、申し訳ありませんが、これで」

 そういうと、一生はまた小走りにその場を後にしていった。

「撚光さんの方も、何か掴むものがあったみたいだな」
「え? そうなの?」
「ああ」
「ふうん」
「……おい。今のでちゃんと通じたのか、おめーら……」
「私、顔に出るから、ダメなんだって」
「……は?」
「うふふ、いいじゃありませんの。私、その神社、見てみたいですわ。小真神社とは比べ
 物にならないくらい、大きいのでしょうね」
「うん、すっごく大きいよ。出雲大社くらいはあると思うよ」
「そんなに大きいもんが、良く目立たずにあるもんだな」
「まあ、凄い山奥だからな。途中数キロは、全てのルートが歩きと石段。疲れて普通の人
 間は近寄らないよ。しかも、至る所に結界がはり巡らされていて、行こうとすればする
 ほど、堂々回りにされてしまう」
「はあ〜〜……」

 そんな会話を交わしながら、村を歩いていた誠の携帯が鳴った。
 一台の車が到着した、との一生からの連絡であった。


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