『13』


「初めまして……と言えばいいのかな、柊さん。厳密には、富士決戦の時に、同じ部隊だ
 ったんだけど、新選組としてお会いするのは、始めてですね。では、改めて……初めま
 して。沖田 聡司といいます。これからも、どうぞよろしく」

 そういって、沖田は、にっこりと微笑んだ。
 虫も殺せないようなその笑顔からは、彼が新選組の一番隊の旗頭とは到底思えない。
 しかし、彼の実力は誠もよく知る所だった。
 誠は、一度だけ彼の戦いを見た事がある。
 まるで、遊んでいるかのように簡単に鬼を突き殺す速さは、誠の目にも留まらないほど
だった。
 彼の得意な三段突き……果たして躱せるのか誠にも自信がない。

「まあ、鬼切と新選組の違いはあるが、よろしくやろうや。俺は永倉 新八。二番隊の頭
 をやってる」

 そう言って、永倉は、誠に握手を求めてきた。
 咲耶と共にトラックの荷台を下りた誠は、それに答える。

「お初にお目にかかる。私は、藤堂 平助、と申します。ご高名は、よく聞き及んでおり
 ます」

 折り目正しく答えた彼は、肩まで伸びた髪の毛がさらさらと風に靡き、鼻筋の通ったま
さに美男子、といった風ぼうだった。

「まこと〜」

 水波が、たぱたぱとペンギンのように誠の方に駆けてくる。
 その表情は、誠の無事に喜んでいる……というのもではなかった。

「ちょっと! 二人でソファに寝そべって、一体ナニしてたのよう!」

 誠の襟首をぐい、とひっぱって、誠の顔を、正面からまじまじと見つめる。

「おお、こりゃちっちゃいなあ。」

 そう言って、永倉が、ぽんぽん、と、水波の頭をたたいたり、押さえたりする。

「ちょっと、あたし、ネコじゃないんだからっ! こら、頭押すな!」

 と、水波は、ばたばたと暴れる。
 新選組の3人は、まるで面白いものでも見るような表情で、水波と遊んでいる。
 そんな水波を見ながら、陽が、誠に声をかけてきた。

「全く無茶しやがる。でもまあ、無事でよかったよ。助手席を壊した事は、今回に限り、
 許してやらあ。……その代わり、しっかり弁償代は「鬼切役」に請求するからな」

 そう言って、陽は、にっ、と微笑んでみせる。

 新選組と誠達が自己紹介を行う間、斎藤は、芹沢と新見の二人と対峙していた。

「芹沢さん……一体、あなたのバックには、何がついているんですか?」
「……ふん。貴様などに答える義務などないわ」
「ほほう、ずいぶんと忠誠心を持たれているようですね。あなたのような俗人が、ちょっ
 と信じがたい事ですが……」

 斉藤は不敵に微笑する。

「あの臆病者の、「仲間を売って逃げ出した」あなた方からは、想像もできない台詞です
 よ。あまり強情だと、私の愛刀の鯉口がゆるんでしまう事がありますよ。芹沢さん」

 そこで、気分を落ち着けるかのように、懐から一本たばこを取り出すとライターに火を
付け一口吸う。
 そして、気持ちよさそうにふう〜〜、と吐き出す。


 漂う煙の向こうに斉藤を見ながら、芹沢と新見は、自分の攻め込むタイミングを慎重に
測っていた。
 油断しているかのような斎藤の態度には、全くスキがなかった。
 彼も簡単に逃がすつもりはない、という事だ。

「そろそろ観念して、全て吐いたらどうです? そうすれば、情状酌量の余地はあると思
 いますよ、おふたりさん」

 そう言ったのは、斎藤ではなく、車を事故らせた張本人、山崎であった。
 山崎の両腕には運転手の男と、誠達をトラックまで誘導した男が気を失ったまま担がれ
ていた。
 重そうに芹沢の前までそれを運んでくると、どさどさと荷物を置くかのように放り投げ
る。
 それを見て、芹沢が、ちっ、と舌打ちをする。

「おやおや、斎藤さんは、早速事情聴取を始めたようだ。……でも、令状もなしに、任意
 でどこまで証言を引き出せるものですかね。……どう思われます? 柊さん」

 沖田は、何だかとても楽しそうに言う。

「あの二人って、今まで自分達の役割も忘れて、やりたい放題でしたからねえ。器使いと
 いうのが、昔もてはやされた時代がありましたよね。奇妙な特権意識を持ったやつらが、
 数多く犯罪を犯したのもその時代です」

誠は頷いて、沖田に続きを促す。

「その時から、あの二人は、目に余る所が数多くあったのですよ」

そこで、永倉が割り込んでくる。

「金のムシンに、女を奪う事にまで器を辺り構わず使いやがってな。あげくに、金を貸し
 てくれない、というだけで、金貸し屋に火ぃつけて、惚れた女を奪うために、大切な刀
 で無力なダンナと子供をぶち殺して無理やり関係を迫って、あげくにその女を自殺に追
 い込んだ。新見は新見で、そんな芹沢のおこぼれに預かっている蛭のようなヤツだ。そ
 れで、調べてみたら、四年前の裏切り者だと分かった。裏切って俺達の前から消えてお
 きながら、のうのうと器使いとして活動してたわけだ。まったく……体のスミからスミ
 まで、悪で染まりきったクズだよ」

 陽が、忌ま忌ましそうに、芹沢と新見を見て言う。

「最低なヤロウなんだな。よくもまあ、咲耶さんが無事だったもんだ」
「ギリギリ何とか間に合ったといった感じではあったが……」

 と、藤堂がここで、話に加わる。

「器使いといっても、元は人間。善人が覚醒するとは限らないのだ。芹沢のような者ども
 を一掃するために、器使いの掟が生まれ、それに従い、私達新選組は、芹沢、新見両名
 を始末した……はずだったのだが……」
「しかし……生きていやがった……!野郎、一体どんな手品を使いやがった。死体が生き
 返る事などありうるのか?」

 永倉が右拳を左手の平に打ち付けながら言う。

「まあ、それは、聞いてみれば良いだろう、我らは、そのためにここにいるのでもあるか
 らな。山崎君の報せを聞いても半信半疑だったが、まさか、本当に乗り込んでいたとは
 な」

 そう言って、藤堂が、斎藤と、山崎の方に向かって歩き始めた。

「まあ、そういうことだな」

 永倉もそれに続く。

「柊さん、彼等の処遇については、私達新選組に一任して頂けないものでしょうか。彼等も、
 元新選組ではあるのです。芹沢を局長にしてしまい、新選組の評判を落としたのも私達の
 責任。彼等の証言は、しっかりと鬼切役にご報告します」

 彼等に任せる、という事は、芹沢と新見の処刑を彼等に任せる、という事だ。
 そんな会話を続けている間にも、斎藤は尋問……いや、職務質問を続けている。

「あなたがたも、落ちぶれたものですね。裏切りの次が人攫いですか。そんな雑用に使われ
 るような者が、重要な役割を担わされる訳がないじゃないですか。しょせん、切り捨てら
 れる運命だ。ならば、私達に委ねて頂ければ、悪いようにはしませんよ、【元】局長」
「だ……だまれ! ワシはあのお方から、この計画を任されたのだ! ワシは信用されてい
 る! ワシは、必ず最強の男として、この世に君臨するのだ!!」
「妄想癖も、ここまでくれば天晴れですね……」

 斎藤は、やれやれ、といった感じで両腕を左右に広げて肩を竦める。

「いつまでんなヨタ話を信じてるんだ?このドアホウが」

 永倉が、ずかずかと芹沢と新見に近寄り、芹沢の襟首を掴んで殴り掛かる。
 その瞬間、「風」が吹いた。
 どこからともなく、銃弾が飛び込んできて、芹沢と永倉に距離を置かせた。
 永倉は、あわてて飛び退り、銃弾の飛んできた位置を確認しようと目と耳をこらす。

「……!? 何だ!!」

 誠が、斎藤達に近付こうとした瞬間、またその足下がリズミカルに弾ける。
 誠達と新選組は、突然降ってきた銃弾によって、完全に分断されてしまった。
 そして、斎藤がその銃弾に気をとられた一瞬、新見が動いた。

「斉藤ぉっ」

 咆哮しながら、新見は斎藤に襲い掛かった。
 斎藤は、不意をつかれ、新見に間合いを許してしまう。
 煙草をくわえたまま、斉藤は瞬時に抜刀、斉藤の動いたその軌跡を辿るかのように紫煙
が帯を作り、彼等二人を覆う。
 ちぃん!!
 と、刀がぶつかる乾いた音がする。

「ちっ」

 と舌打ちをして、新見は、体を丸めて後ろに飛び退る。
 そして、芹沢も、荷台の後ろ……運転席側に逃げ込もうとしていた。

「待て!」

 藤堂が、茶色がかった髪の毛をゆらして、それを追う。
 そこに、再び銃弾が飛び交うが、まるで見切ったかのようにそれらを躱すと、あっという
間に、芹沢に迫って行く。

「さすが『魁先生』と門下生に言われるだけはあるな、藤堂のヤツは」

 永倉が呟く。
 藤堂という男は、どんな時でも、一番槍を狙い、まっ先に飛び込んで功を掴む、そんな男
であるようだ。

「掟によりて成敗する! 覚悟!」

 芹沢に肉迫した藤堂がそう叫んで、刀を降り下ろす。
 もはや、襲われた事で、尋問する気も失せたようだ。
 逃げようとしていた芹沢は、藤堂を背にしていたので、抜刀が間に合わない。
 無理矢理刀を抜こうとしてできず、ついには尻餅をついたままでじたばたと暴れ、そして
叫ぶ。

「ぎゃあああ! 新見!」

 芹沢は叫び声をあげて、新見に助けを呼ぶ。だが、新見は斎藤の間合いに金縛りにあい、
まるで動く事ができない。

「せ……芹沢さん!」

 そう叫ぶのが精一杯である。
 しかし、藤堂の刀が、芹沢を捕らえようとした瞬間またしても新選組に邪魔が入った。
 一本の鉄光りする槍が、藤堂の刀を払ったのだ。

「くっ……何物だ!?」

 そう言って、藤堂が荷台の上を仰ぐと、一人の男が、荷台の上に立っていた。
 白いマントに白い鎧。

「シヴァリース!?」

 誠はそう思ったが、何かが違う。
 そうだ、マスクを付けていない。トラックの荷台の上から、槍を差し出して藤堂の邪魔
をした男の顔には、シヴァリース特有のマスクをしていなかったのだ。

「シヴァリースか……懐かしいフレーズだ……しかし、こんな所で腰を抜かしているのか。
 不様だな、芹沢殿」

 白い鎧の男は、そう言うと、芹沢を蔑むように見下した。

「おお!  ケイ卿! 来て頂けたのか!」

 芹沢は、カサカサとゴキブリのようにトラックの荷台に近寄ると、すがるようにケイ、と
呼ばれた男を見上げる。

「別に貴殿など助けたい訳ではない。あのお方のお達しがあったからこそ、やむを得ず来て
 しまっただけだ」

 と、ここまでであれば、敵側にもマトモな価値観の持ち主がいるのかと誠達も思ったであ
ろうが、その後がいけなかった。

「そもそも、私のような高貴な出身の物が、貴様ら地べたをはいずる虫ケラと同じ空気を吸
 っているだけでも、身の毛がよだつ。クズはクズらしく、高貴な私の言う事に従い、この
 場で骸を並べてネズミのように死ね」

 そう言って、ケイ、と呼ばれた男は、痩せこけた頬を歪めて、誠達を見下しながら笑った。
 そこにいる全ての者達が、その言い様に目を丸くした。
 選民思想主義者。
 このケイ、という男は、その思想に凝り固まっているらしい。
 しかし、誠達に、そんな彼の命令に従う義務もない。
 刀を構え、もしくは身構える者達を下に見ながら、ケイは、下品な笑みを、いつまでも絶
やす事はなかった。


←『12』に戻る。 『14』に進む。→
↑小説のトップに戻る。