『14』 「神とミカエル及び聖ジョージの御名において、我、汝を騎士となす。雄々しく、礼儀正 しく、かつ誠実なれ」 これが、騎士となる者が、キング・アーサーから与えられる言葉である。 騎士になる者は、戦で功績をあげるだけではなく、その志も気高いものでなくてはなら ない。 まず騎士となりたい者は、十二〜三歳くらいから修行を始め、騎士としての教養を学び 体を作り上げる。 そして十五〜十八歳くらいで剣の師というべき人に出会い、騎士としての性根を叩き直 される。 そして、その師が戦に出る時は、『従騎士(エクスワイヤー)』として盾や剣を持ちそ の師に付き従い、戦での戦い方を覚えていく。 そして、戦で功績をあげ、師から実力を認められた時、始めて騎士になる「資格」を得 るのだ。 騎士候補生となった者の中には、そのままエクスワイヤーにとどまる者もいる。騎士に なるには、資金面において厳しい、と考える者もいるからだ。 これは、結婚式や葬式に多額のお金がかかる事と同じと考えればよい。セレモニーには、 それ相応の準備金が必要なのだ。 騎士となりたいと思う候補生の場合は、必要な者をそろえ、叙任式へと赴く事になる。 その前に断食を行い、その間、自分の剣を教会の祭壇に捧げておく。 そして叙任式の当日になったら、白装束に着飾り、首から祭壇にあった剣を下げる。 そして、君主の前にひざまずき、自ら「誓文」を述べ、その間に付き添いの騎士や貴婦 人が、鎧と、かかとに拍車をつける。 そして、式場で、多くの騎士が立ち並ぶ中、君主より、騎士として認めるという儀式… …「礼刀」をうけるのだ。 主君、もしくは年配の騎士が、剣を新しい騎士の肩に置き、前述の言葉を述べる。 こうして、めでたく候補生は騎士となる。 そうして騎士となった者は、主君と、正義と、愛すべき家族と恋人のために剣を振るう 事になるのだが……。 この時誠達が出会った、ケイという男は、その気高さを微塵も感じない男であった。 人を見下し、自分に陶酔するありさまは、見に着けた白い鎧が非常に不釣り合いで、本 来美しく見えるはずの出で立ちは、逆に誠には醜く見えた。 そのケイは、荷台の上から誠達を見下ろしたまま、唇の端をつり上げてにやにやと笑い ながら、言葉を吐き出す。 「ふん、なんとみすぼらしい。泥にまみれて汗臭く剣を振るうなど、なんと気品もな男達 ではないか」 左手に持った槍を振り回して肩に担ぐ。 お前には気品があるのか? と、誠は言いたくなったが、まずは相手の出方を伺う。 「私は、騎士としての叙任を受け、主君より、気品と気高さを保証されているのだ。その 私が……」 そこで、芹沢と新見にちらりと目をやり、 「なぜこのようなみすぼらしいブタどもの面倒など見なければならんのだ。ふん。ガレス やパーシヴァルの面倒を見たときも背筋に悪寒が走ったものだが、この者達はさらにそ の下だな……全く、あのお方は何を考えておられるのか」 「ずいぶんと仲間を酷く言うものなのだな」 そこで割り込んできたのが、新選組の八番隊を束ねる、藤堂 平助である。 藤堂は、ケイを正面から見据えて言葉を続ける。 「どんな理由であれ、お前はこの者達を助けにきたのだろう?ならば、労いの言葉の一つ でもかけてやったらどうだ?」 「……気に入らん小僧だな。人の話しのコシを折るとは。私が話している時は、ただ何も 考えず、私の言う言葉の一つ一つを、神託のごとく頷きながら聞くものだ」 「神託……か。ふん、自己陶酔に陥った者は、とかく自らを「神」に見立てたがるが、お 前は、まさにその典型だな」 「黙れ、下賤者が。見よ。私のこの気品を。一流の鎧と衣を身にまとい、私の家系は、ヨ ーロッパ、いや、世界に名だたる王の家系。金も権力も気品も、お前ごとき下等生物が 及ぶ所ではないわ」 「くだらん。あまりにもステロタイプで、面白さのかけらも感じられん。勘違いした愚か 者は、どこにいても同じ様なもの、といった所か。人の気高さや人を導く事は、決して 身を飾る事でできるものではない。よく覚えておけ、必要以上に着飾る人間は、自らの 愚かさと下品さに無意識に気付き、それを隠そうとしているに過ぎないのだ」 それを聞いたケイの顔が、醜く歪む。 一つ言えば百を返すような藤堂の言い回しにケイも舌を巻く。 このケイという男は、なんと愚かしいもだろう。 誠は、そう考え、眉間にしわを寄せた。 この男が自慢しているのは、藤堂の言うように自分の身の回りにあるもの。自分が着飾 っているもの。 この男自身の気高さや思想や生き方などは、まるで語られていない。 誠も、この男がきらびやかな衣に、醜い自分を隠しているとしか思えなかった。 そんな誠の目前で見物していた永倉が、ぼそりとつぶやく。 「……・あの野郎……藤堂グループの御曹司に向かって、下等生物ときやがった」 藤堂グループ。 世界じゅうにネットワークを張る、巨大複合企業体。 「ゆりかごから墓場まで」 という言葉があるが、まさにその言葉が似合うような、ベビー用品から墓石、兵器まで 売っている、巨大な団体で、その力は、政界にも及んでいる。 また、「器」の研究開発においても資金面で大きな功績を上げている企業でもある。 藤堂は、その複合企業の、いずれはトップに立つべき男だと、永倉は言うのである。 最初から誠が感じていた、どこか超然とした所は、上に立つべく帝王学を学んだ結果か もしれない。 しかし、その男が、新選組では、人の下に甘んじているのも、面白い所だった。 「人のなりというものは、いつでも誰かに見られているものだ。誰も見ていないと思って ふと気の緩んだ下品な所を見せると、必ずそれは自分の評価として跳ね返ってくる。… …お前はそれを自覚した事はないのか?」 「黙れ小僧! もはやお前の戯言など聞きたくもないわ。……芹沢殿! 新見殿! さあ 私の元へさっさと来られよ。計画は失敗だ。これを御方に報告に向かわねばならん」 そういって、芹沢に向かい槍を向ける。 新見も、じりじりと斎藤から後退りながら、逃げる体制を整えていく。 藤堂がケイとやりあっている間も、こちらはずっと臨戦体制だったという訳である。 「……ふざけんなよ。お前らをこのまま逃がしてやるほど、新選組がお人好しだと思って いるのか?」 永倉が、刀をすらりと抜いてケイに向かって構える。 しかし、大型トラックに道路は寸断され、ケイがこちらに降りてこない限り、まともに 戦えそうにない。 「……やっぱりやりすぎたかな……」 山崎が言うが、起こってしまったものは仕方がない。 そんな新選組の態度に、余裕でも取り戻したか、芹沢がへこへことトラックの荷台に登 り、下にいる者を見下ろした。 「わはははは! 形勢逆転だな馬鹿者どもが! 器使いの恐怖を、思い知らせてやるぞ!」 今まで存分に【器使いの恐怖】を味わった自分の事を遠い棚の上に放り投げて言うと、 芹沢は、自らの刀をすらりと抜き、まるで念を込めるかのように力み始める。刀がぼうっ と光り始め、その光が強くなっていく。 「水波、陽、咲耶さん、下がってろ」 誠は、3人を自分の後ろに下がらせる。 それと同時に、芹沢がかっと目を見開き、刀を思いきり振り下ろした。 大きな衝撃波が誠達を襲った。 爆音と共に道路の土がめくれあがり、おおきな土誇りが舞い上がり、辺りの視界が遮断 される。 「わはははは! どうだ! これがワシの力よ! 下衆どもが思い知れ!」 「お前がな」 高笑いする芹沢の目の前に現われたのは誠だった。 水波と咲耶は、陽が両脇に抱えて、後ろに飛び退って無事だ。 土誇りをいたずらに舞い上げたおかげで、芹沢達は、自分の視界をも逆に封じてしまっ たのだ。 誠は、新見にもケイにも悟られる事なく芹沢に向かって跳躍し、遠心力にまかせて思い きり鞘を芹沢の顔面に叩きつけた。 「グエ」 と、奇妙な叫び声をあげて、砕けた鼻から無様に血を垂れ流しながら、芹沢は荷台を二 度、三度と転がった。 「ほう。やるな。」 そうつぶやいたのは、荷台のすぐ側にいた藤堂だった。 そして、藤堂も軽く跳躍し、荷台に登る。 下に取り残された新見は、斎藤と永倉に囲まれて、苦い顔をしている。 藤堂は、荷台の上でケイと一瞬睨みあうと、一瞬の内にケイの懐に飛び込んで剣撃を食 らわせる。 ケイは体の前で槍を回してそれを弾くと藤堂の二撃めを体を回転させながら躱し、遠心 力の効いた槍の一撃を、藤堂に食らわせようとする。 藤堂はその横薙ぎの一撃を弾くが、勢いが押さえられず、荷台の下に降ろされてしまう。 そんな藤堂を、ケイはにやりと笑ったが、すぐに顔が引きつり上を見上げる。 「上か!!」 ケイの上空から、誠が降ってきたのだ。 誠は思いきり上段から降り下ろす。 ケイが顔を横に傾けると、誠の剣撃はケイの肩鎧と打ちあって、乾いた音をたててそれ を砕いた。 ケイは衝撃に耐えられず、思いも寄らずうめき声が出る。 「おのれ! ザコどもが!」 それでもそう言いながら、ケイは動きを止める事なく槍を振り回して誠を威嚇する。 「……あの白いやつ、口だけの芹沢にくらべて、かなり強いかもしれないな」 沖田 総司はそうつぶやくと、荷台の方に駆け寄った。 それを見たケイは、何かいいものを見つけたかのように、にやりと笑った。 「油断したな、馬鹿どもが! お前達が守りたがっていた者達がスキだらけになっている ぞ!」 そう言って、槍を上に降り上げる。 それを見た誠は、その槍と、ケイの視線の先を見て、背筋が凍る。 「……っ! しまった!」 誠と沖田が、同時にそう口走る。 その表情を見て、ケイが満足そうに笑い、槍を水波の方に向け直した。 「まずは、あのガキの小娘からだ!!」 「……え?」 水波はいきなり名指しされて表情が消える。 ケイは、思いきり槍を投げた。 水波は死刑宣告を受けた受刑者のごとく青ざめて、体を固くして動かない。 いきなり顔前に迫った恐怖に、体が動かないのだ。 側にいた咲耶が、植物を操って壁を作ろうとするが間に合わない。 薄く張った木の幹を突き破って、槍が水波に迫る。 水波が、死を覚悟したその時、何かが水波に覆いかぶさり、横に飛んだ。 誠が凄まじい早さで走りこんで、水波の盾になったのだ。 「……!!」 水波は、また違う意味で青ざめた。 槍は、壁になった誠の背中に向けてまっすぐに飛んでくる。 二人とも串刺しになる、と誰もが息を飲んだ。 そして、誠と水波がぎゅっと目をつぶったその時、乾いた音が響いた。 誠と水波は、もつれ合いながら地面を転がった。 水波は、すぐさま起き上がって、誠の体をさする。 「誠! だいじょうぶ!?なんともない!?」 泣きそうに誠の体をぺたぺたとさする水波を、誠は呆然と見つめていた。 あのタイミングでは、自分は絶対に助からなかったはずだ。 なら……何故? 槍は? 誠と水波を串刺しにしようとした槍は、あさっての方向に転がっていた。 その近くに陽がいて、陽は、槍ではなく、そのもっと上の方を、唖然と見つめていた。 誠がその方を見た時、そこには白いローブと、陽光に輝く白いマスクが輝いていた。 その右手には、銀色に輝く剣が握られている。 ナンバーを見て、誠は、これが何者か悟った。 それを代弁するかのように、ケイが、顔を悔しそうに歪めて言い放つ。 「お……おのれガウェイン!」 その言葉を聞きながら、シヴァリース・ナンバー3、ガウェインは、愛剣ガラディンを 手にただ悠然と佇んでいた。 |
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