『15』



 シヴァリース。
 その騎士団の元となった言葉は、英語で言う所の『Chivalry(シヴァルリー)』……騎
士道という言葉からきている。
 この言葉は円卓の騎士が結成させたその時に受け継がれ、シヴァリース…『騎士の誉れ
を受ける者』の誇り高き名称となっている。

 その騎士道を冠する者が、今、誠達の前に再び姿を現した。

 現れた騎士……ガウェインは、無言のままケイに近付くと、マスクを付けたまま見上げ
る。

「裏切りの次は人攫いか。落ちる所まで落ちたか、ケイ」

 と、初めて誠達の前で声を発した。
 以外と澄んだ、しかし男らしい重い声に、意外そうにそこにいた者が顔を向ける。
 斎藤は、自分と同じ台詞をガウェインが発した事に少々驚きながらも、面白そうに見学
している。

「黙れ、ガウェイン! またしても、お前は私の前に立ちふさがるのか! お前といい、
 パーシヴァルといい、ガレスといい、ランスロットといい!」

 そこでケイは握り拳を固めて、それを震わせながら、ガウェインを睨み付ける。

「何故、お前達なのだ! 私の方が高貴なはずなのに! 私は、奴の義兄にあたる男なの
 に! なぜガレスやパーシヴァルのような下賤な輩が私よりも高貴な者として優遇され
 ているのだ! 私こそが、騎士を束ねるに相応しい器を持っているというのに!」

 咲耶は、それを聞いていて、この男は芹沢と同じだ、と思った。
 自分しか理解できないような歪んだ自信と傲慢さが肥大し、それを認めてもらえずさら
に歪んでしまったのだ。
 そして、同じ価値観を持つ芹沢と…ケイは嫌いながらも同調し、自分の本来の目的すら
忘れて、欲望を達成させる事を優先させてしまったのだ。
 咲耶は、誠と同じく、彼等を哀れだと思った。
 そして、そんな彼等の本質を見抜き、道具として利用している者がいる……。
 もしかしたら自分も、既にその者に踊らされているのかもしれない。
 咲耶は、少し胸が苦しくなった。

 芹沢は、いきなり現れた騎士にあっけに取られて、顔を右に、左に向けている。

 ガウェインは、激しく感情をむき出しにして睨み付けるケイの台詞を半ば無視して、さ
らに歩みを進めた。
 そして、ケイのすぐ側で歩みを止めると、再び語りかける。

「お前の力ごときで、フィアナ騎士団やエインヘリアル傭兵団が動くものか」

 静かだが、重みのあるその言葉に、ケイは口籠って何も言えなくなってしまう。
 誠達には分からない話だが、ケイには十分通用する内容らしかった。

「あの内紛で、フィンや、クー・フーリン、ファーディアが何故お前に従わず、ランスロ
 ットやトリスタンに従ったと思っている。何故殿下の元に自然と人が集まると思ってい
 る」
「そんな事は決まっている! 奴らは、私が妬ましかったのだ! だから私を貶めようと
 しただけだ!」
「妬ましく思っているのは貴様だろう」
「何!?」
「お前は、誰かを守るためではなく、自分の保身と手柄を優先した。お前の指図で、多く
 の戦友が死ぬ事になるというのに。だから、騎士は、お前に味方せずフィンもお前に反
 発したのだ」

 そこで、ガウェインは、自らが愛用している白銀の剣、ガラディンを高々と頭上に掲げ
てさらに言葉を繋ぐ。

「騎士の誇りというものは、何もひけらかして自慢すべきものではない。その気高さと誇
 りは、自らが知っていれば良いものだ。その者が真に気高ければ、必ず信じて支えてく
 れる者が現れる。そして正義とは、我が主君、アーサーと、クルタナ紋の御旗の元にあ
 る。決して自分の保身と我がままにあるのではない。そんな事も分らずに、いたずらに
 他者を蔑み、見下すお前の有り様は……」

 一瞬ケイがたじろく。

「お前が見下してきた者達よりも、さらに見窄らしい」

 ケイの顔が、再び歪んだ。
 これが騎士という者か。誠はシヴァリ−スに対しての認識を改めていた。
 彼にとって、戦いの場以外で見る騎士とは初めてであった。
 シヴァリースは、何も喋らない「機械」のような者と思っていただけに、ここまで堂々
 としている様は、誠の印象を大きく変えるには十分すぎるほどだった。

 わなわなと震えるケイに、芹沢が声をかける。

「何をしておるのですかケイ卿! この者どもを打ち倒して、御方にご報告に伺わねばな
 らないのですぞ!!」
「貴様に言われずとも分かっている!」

 ケイは芹沢に怒鳴り付けると、はっと我に返る。

「……そうだったな……ガウェイン! 今日こそ貴様と決着をつけてやる! 勝負しろ! 
 どちらが騎士の中の騎士に相応しいか、ここで決めようではないか!」
「ふっ……。パーシヴァルに馬上試合で叩きのめされて、ガレスに貴婦人の注目を奪われ
 て何より殿下に遠く及ばないカリスマで……それでもまだ自分が高貴で強いと思い込ん
 でいるのか?」
「う……ぐ……だ…だまれ! 今すぐに殺してやるぞ、ガウェイン!!」

 そう叫んだ後、ケイが荷台から地面に降りる。そして、腰の剣をずらっと抜く。
 それと同じく、ローブにくるまれて動作はまるで分からないが、ガウェインが微妙に位
置を変えて、戦闘体制に移っているようだ。
 ……と、そこに、藤堂が左手を差し込んで、両者の間に割って入った。

「……ガウェイン卿とか申されたか。ここは、私に権利を譲って頂きたい」

 ガウェインは、いぶかし気にマスクを傾けると、藤堂を見る。
 数秒見合った後、

「……良いだろう。正式に騎士の決闘を受けた訳ではない。私もあのような俗人のプライ
 ドには興味がない。身柄を渡して頂ければ、それで結構」

 そう言って、ガウェインは剣をひいた。

「逃げるのか!ガウェイン!」
「逃げるのでは無い。……もし、お前が騎士の心を取り戻したならば、私が相手をしてや
 ろう。しかし、お前はもう騎士ではない。殿下より、お前の騎士称号をはく奪するとい
 う話も出始めているぞ」
「馬鹿な! ……そんな事は……そんな事は、私が許さんぞ! 私は……騎士なのだ!」

 ケイは、半ば反狂乱でガウェインに飛び掛かった。
 そこに、一つの影が割り込んでくる。
 ガウェインにばかり心を奪われていたケイは、完璧にスキを相手に与えてしまった。
 ケイが、その影……藤堂を視界に捕らえた時には、もうすでに剣技に入った所だった。
 藤堂は舞うように刀を閃かせる。鞘から音も無く白刃が抜き出ていく。
 ケイには、まるで鳥が舞っているようにしか見えなかった。
 空中での一刀で剣をはたき落とされて、胴、背、そして面へと立て続けに食らわされ
て、ケイはもんどりうって地面に叩き付けられた。
 ケイは、頭から血を流しながら、呻いている。

「北辰一刀流……金翹鳥王剣。心配するな。お前など殺すにも値せん」

 そう言って、藤堂は刀を一振りすると、それを鞘にしまう。

「勝負あったか」

 ガウェインがきびすを返そうとしたその時、また再び銃声が辺りにこだました。

 乾いた激突音が複数回辺に響く。
 銃弾は、ガウェインの体を確実に捕らえていた。
 しかし、ガウェインは、銃弾をまともに体に受けたというのに、まるで傷ついた気配が
ない。
 からりと銃弾が地面に落ち、弾があたった場所を二〜三度払うと何ごともなかったかの
ように、辺りを見聞し始めた。

「霊糸甲冑……!」

 誠は思わず叫んでいた。
 霊糸甲冑とは、器に納められた霊力の固まりを糸状に物質化させ、それを編み上げて、
服、もしくは、鍛え上げた鉄の鎧にしたものだ。
 これは、古来『エクトプラズム』と言われていたものだが、それを実戦に使えるまでに
発展させたのは、藤堂グループと器使い達が初めてだった。
 そうして出来た霊糸甲冑は、すさまじい防御力を持ち、鬼爪をも防ぐ力を持つ。
 銃弾なら、言うに及ばずだろう。

 ガウェインは銃弾の飛んできた方角を見定めると、まるでロケットのように数メートル
を軽い屈伸運動で跳躍して、木の影に舞い降りる。
 そして、ガラディンを一振りするが、そこには、もう既に人の気配はなかった。

「……逃がした? この俺が……」

 ガウェインは、まるで信じられないという風に呟くと、木から舞い降りる。

 そこには、うめき声をあげるケイ、鼻を砕かれた芹沢が、新見に担がれて立ち去ろうと
していた。
 そこへ、新選組が立ちはだかる。

「年貢の納め時だな、覚悟しやがれ! 芹沢、新見!」
「ああ、ケイさんとか申されましたかね、あなたにも、署にご同行願いますよ。……超重
 要参考人としてね」

 永倉と斎藤が、彼等3人を挟む。
 誠は、まだ少し震えている水波の肩を抱いたまま、成りゆきを見守っている。
 そんな中、ケイは、くぐもった笑い声で回りを見渡すと、

「……どうやら、私もまだツキに見放されている訳ではなさそうだ……。」

 と言った。何かに気がついたようだ。
 そして、ケイがそう言い終わると同時に、辺りの空気が一変した。
 風が吹きすさび、凶悪な瘴気が、あたりに充満し始める。

「……! これは!まさか!!」

 沖田が辺りを見渡して叫ぶ。

「……! 歪み……だと!?」

 そこまで言った時に、大きく空間が歪み始めた。
 そして、今までにない大きな瘴気が辺りを包み込むと、芹沢やケイの回りが衝撃を受け
たかのように爆発を起こし、彼等3人の気配は消えてしまう。
 そして……その代わり、彼等3人とは比べ物にならない、強大な「気」が、辺りに満ち
始めた。

「な……なんだ、このとんでもない『力』は!?」

 誠達が、その力の出ずる方向に目をやると、そこには、芹沢ら三人を庇うように、一人
の男が佇んでいた。
 真紅の長い髪の毛に、涼やかな目。手には刀を持ち、誠達を静かに睨み付けていた。

「……行け。御方がお待ちだ」

 そう、赤い髪の毛の男が言うと、芹沢は、すがるように叫んだ。

「おお! 鷲王(わしおう)様! お待ちしておりましたぞ! さあ、きゃつらめを叩き
 のめして……」

 鷲王がそんな芹沢を一睨みする。
 すると、芹沢は畏縮して縮こまってしまう。
 そのままの表情で誠達に顔を向けると、静かに鷲王は語りかけた。

「お初にお目にかかる。俺の名は、鷲王。今回は、私の手の者が世話になった。これは、
 せめてものお礼だ。どうか受け取ってくれたまえ。……私達は、君達が、私の贈り物と
 遊んでいる間に、失礼させてもらう事にする」

 そう言って、芹沢ら三人を連れて、表情を一切変えず、歪みの中に消えていこうとする。

「待て!」

 そう駆け出した沖田たち新選組の前に、大きな影が、何体も舞い降りてきた。
 それらを見て、新選組はもちろん、誠達も言葉を失った。

……数多くの、羽を持った鬼が、誠達「器使い」の頭上を舞っていたのである。


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