『16』



 誠たちの頭上では、翼のある鬼が威嚇するように空を舞っている。
 こういった鬼が現われたのは、誠達がいる時代より、およそ二十年ほど前からだ。
 それまで、人は、光の速さを超えるほどの高速交通機関を持ち、それにより、文明は著
しく発展してきた。
 光速交通が実用化され、太陽系の他惑星への居住区画整備や、宇宙での交通整備、衛星
回収など、様々な分野で地球の回りの環境は人類にとって住みやすいものになっていった。
 それに伴い、工場などは、月や火星に移され、地球には大規模な緑化政策がとられるよ
うになった。
 それによって、地球の砂漠化は、かなり抑えられ、温暖化も収まりつつある。
 しかし、そんな順調と思われた人類の文明の発展も、歪みの発生により、陰りが生じて
きた。

 最初は、歪みが発見された時も、「宇宙の不思議」程度にしか認識されていなかった。
 その歪みの回りでは時間の概念も歪むため、交通機関の往来はご法度だったが、一部専
門家以外は、それに対して、それほど興味を持ってはいなかった。
 ただでさえ、人という生き物は、慣れやすいものだ。
 歪みが現われても、それ自体が自分に影響を及ぼさないと分かった時点で、人の心は歪
みから離れていった。

 しかし、そこから、「鬼」が現われた。
 彼等は、いきなり、何の前触れもなく現われたのだから、人類の恐怖はとてつもないも
のだった。
 そして、彼等「鬼」の狂暴性と破壊規模の大きさ、また、鬼が人間を食料とするという
事実に震え上がった。

 彼等は、何故か、地球の大気圏内にしか現われなかった。
 歪みは、太陽系のあらゆる所にできていたが、何故か、鬼は大気のある所でしか姿を見
せなかったのだ。
 それゆえに、「鬼」という存在は、人間と同じ、「呼吸をする」という事が推測できた。
 また、鬼の現われる前、歪みの周りには、異常な現象が現われる。虫の大量発生、空気
の淀み、悪臭。これらが、凶悪な鬼が現われる時の現象であり、実際に、誠は小真神社で
それを確認した。
 また、この「鬼」は、どうやら厳密に三つの種類に分けられるようである。
 「第一」は、浅黒い肌に、凶悪な表情、食欲と破壊欲と性欲しかない狂暴な存在。そし
て、その額には、一つから三つの角がある。
 「第二」は、鬼の角を持つ以外は、全く人と区別がつかない、という者。
 「第三」は、人間と外見が全く変わらない者。あったとしても、耳が大きい、という程
度だ。

 そして、鬼は人と遺伝子が酷似しており、第二と第三の鬼にいたっては、両者の間で子
供が作れるという事実も確認されていた。
 また、歪みから現われる時には、第二と第三の鬼には奇妙な現象が起きないのも特徴だ。

 さて、世界じゅうに発生していた歪みより、大量に鬼の出現が確認され、国際宇宙連合・
地球総本部で、その鬼の掃倒作戦が立てられ、世界各国から、選りすぐりのエリート部隊
が結成された。
 しかし…。
 鬼には、人類が使っていた、いかなる武器も通用しなかったのだ。
 銃火機は言うに及ばず、凝集レーザー砲、ミサイル、生物兵器、重力兵器、超音波兵器、
あげくには人を瞬時に即死させる毒ガスまで持ち出して鬼の掃倒にあたったが、それらは、
いずれも鬼の皮膚を貫通するものではなかった。
 生物兵器など、痒そうに皮膚をばりばり掻いて終わりだったし、毒ガスには、凄まじい
耐性をみせた。
 酸による攻撃も、目が痛いと感じる程度のものでしかなかった。
 この鬼の存在に、人は自らの存在に大きな危機感を覚えた。
 鬼になす術をなくした人は、ただ、鬼の侵攻を抑える事もやっとだった。

 そのような状況の中で、日本でたった二人、鬼に対抗する者が現われた。

 蒼真 武(そうまたける)、葛之葉 美姫(くずのはみき)

 それが、その二人の名前だ。二人が、どうやってその力を得たのかは不明だが、おそら
く第二・第三の鬼の協力があっての事だろうと言われている。
 彼等は、たった二人で、鬼に対抗し、日本中を旅して、仲間を集めた。
その中には、「第二」や「第三」の鬼が含まれていたという。
 そうやって集まった、【たった八人】で、歪みを封印していった。
 そして、防衛庁が彼等に協力する事で、特殊部隊が生まれ、器の開発が始まり、そこか
ら、鬼切役や新選組が生まれたのだ。
 ……そして、誠や水波がいる。

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 誠たちは、自分の役割を果たすべく、鬼と対峙していた。
 しかし、誠達は、いままで出会った事のない鬼の形態に、少し戸惑っていた。

「空……飛んでる……」

 水波が、目を丸くしてそう呟いた。
 誠や水波のみならず、新選組の面々も、そんな鬼に出会った事がない。
 富士決戦においても、狂暴な「第一」の鬼は、全て、地上を歩いていた。
 しかし、誠の上空を舞う鬼は、しっかりと翼を背に持ち、空を旋回していた。
 鬼の特徴は、黒に近い肌に、顔の側面前方から後ろに流れた二本の角、体毛はなく、そ
の顔は、トカゲのように目が大きく、口はくちばしのように尖っていた。

「あれは……ガーゴイル」

 同じく上空を見上げていたガウェインが、そう呟いた。
 誠も、名前だけは聞いた事があった。

 ガーゴイル。
 西洋の建築などには、よくこのガーゴイルが、門の両脇に石像としておかれている時が
ある。
 これは、魔除けの意味合いもあり、不審人物が邪な目的でそのガーゴイルのいる門の前
を通ると、ガーゴイルは石の状態から生き物に変化し、侵入者を攻撃すると言われている。
 日本における、神社の狛犬、沖縄のシーサーに似たようなものだ。
 だが、誠達の前に現われた鬼は、狛犬やシーサーのような愛敬は一切ない、
 凶悪な目つきでこちらを睨み、鳥のような甲高い叫び声をあげた。
 そして、水波や咲耶の方に向かって、方向を定めて下降を始めた。
 「第一種」の鬼は、基本的に、男性よりも女性を好んで襲う。
 それは、女性は男性よりも脂肪が多いという事と、鬼が、凄まじい性欲を持っているか
らでもあった。「第一」の鬼は、基本的に男性型であるのだ。
 しかし、そんなものを素直に受け入れる女性など、この場に一人とていはしない。
 水波が構えをとったのは、本当に反射的なものであった。
 顔の高さまで右手を上げて、星の形に印を刻むと、水波の周りに、護符が鉄板のように
ぴんと何枚も張りめぐらされた。
 それを見たガーゴイルだったが、降下の勢いは、なかなか止められない。
体勢を整えるべく、バランスを崩したガーゴイルに向かって、水波が叫ぶ。

「バン・ウン・タラク・キリク・アク!!」

 その声と同時に、一体のガーゴイルを、護符が高速で周りを取り囲んだ。
 そして、そのまま白い光を発すると、ガーゴイルを囲うかのように光は大きく広がり、
大爆発を起こした。
 まともに衝撃を受けたガーゴイルは、生気を失って、地上に墜落する。
 それを確認し、水波がまた叫ぶ。

「鬼神封印!!」

 また、星の形に印を刻むと、鬼を囲んでいた護符が再び光りだし、鬼とともに現われた
歪みの中へと消えていった。

「おっし!いっちょうあがりぃ!」

 ガッツポーズをとる水波。
 その明るさに後押しされるかのように、そこにいた者たちがいきりたった。
 その場にいた器使い達の武器が白く光始める。
 トラックに飛び乗った誠が行なったのと、同じ現象である。
 そして、その武器の光を見たガーゴイル達は、当然のごとく、無力であるはずの、もう
一人の女性……咲耶に目標を定めた。
 しかし、ガーゴイルが咲耶に襲いかかろうと方向を変えると同時に、咲耶は昨晩と同じ
ように、右手を静かにガーゴイルに向かって伸ばした。
 それを誘いとでも勘違いしたのか、また甲高い叫び声をあげたガーゴイルが咲耶に向か
って降下する。
 そして、ガーゴイルが咲耶に肉薄した時、咲耶はつぶやくように言う。

「おいでなさい」

 そうすると、咲耶の立っている下の地面がうねり始め、そこから、白い光に包まれた「木
の根」が、轟音と共に、飛び出し、ガーゴイルをしたたかに打ちつけた。
 いきなりの根の出現に、ガーゴイルたちは、また上空に退避する。

「な……なんじゃこりゃあ!!」

 近くにいた陽が、驚いて声を上げる。
 咲耶の周りには、木の根がまるで大蛇のように、しかし、物凄い速さでうねりながら咲
耶の周りを、まるで鎧のように取り囲んだ。

 ガーゴイルたちは、明らかに動揺していた。
 なので、上空に退避して、様子を見ようとする。
 しかし、そこには、水波の護符が、ぶんぶんと飛び回る。

「こらぁ! 逃げるな!」

 と、半分苛立ちながら水波が叫ぶ。
 が、どうもうまくガーゴイルを捕えられない。
 そんな水波を見ながら、誠も、新選組も、ガウェインも、ただ見ている事しかできなか
った。
 が、ふと誠は、咲耶の周りに漂う根を見て、ある事を思いついた。
 咲耶の方に駆け出しながら、誠が叫ぶ。

「咲耶さん!俺の下に根を出して、放り投げてくれ!!」

 咲耶の放も、ぴんときたらしく、ひとつ頷くと、すっと横に手を振った。
 すると、誠の下から根がいくつも飛び出し、誠がその根の上に乗る。
 すると、木の根はそのままガーゴイルの方へと、バネの要領で誠を投げ飛ばした。
 まるで銃弾のように高速で上空を突っ切っていく誠。
 その周りには、幾重にも、木の根が付き添い、まるで鎧のようである。
 いきなり近づいてきた人間に、ガーゴイルは、急いで回避を試みる。
 しかし、木の根が、想像以上に上空まで伸びてきて、それを妨げた。
 そのまま、ガーゴイルに肉薄した誠は、一緒に付いて来た木の根を駆け、鞘から思いき
り刀を抜いて、高速でガーゴイルを切り裂いた。
 ガーゴイルは腹のあたりを切り裂かれ、体液を撒き散らしながら落ちていく。
 そして、まだ生きているそれに、斎藤が近づいてきて、いとも簡単に、左手だけでその
首をはねた。

「なるほど……その手がありましたか。」

 斉藤がポン、と手をうつ。
 器使いは、人間の何倍もの力を持つがゆえに、十数メートル程度の高い所からなら、安
全に着地する事が可能だ。

「咲耶さん、私もお願いしますよ」

 そうにこやかに斎藤がひらひらと手を振ると、にこりと微笑んで、咲耶がなにやら手を
動かした。
 すると、斎藤の下の地面がゆらめき、そこから現われた木の根が、斎藤を天高く舞上げ
る。
 斎藤は、左手に淡く光る刀を持ち、そのままガーゴイルを一突きにする。
 鬼から流れ出した体液が、斎藤の顔を打つ。

「鬼が人間と体内組織が似ている事くらい、私も知ってますよ」

 そう言うと、思いきり刀を引き抜く。そして、地面に向かって蹴る。
 胸のあたりを突かれたガーゴイルは、苦しみながら落ちていく。
 それを見て、水波が封印の印を刻んで、歪みの奥へと飛ばしていく。

「あ……あいつ、一体何者なんだ!?」

 いままで傍観者だった永倉が、素頓狂な声をあげた。

「まあ、あの人もただ者ではなかった、という所じゃないですかね」

 と、和やかに沖田。

「……お前……こんな時もマイペースなんだな」
「いちいち驚いていたら、器使いなんて勤まりませんよ」
「そうだぞ、永倉さん。我々は、人知を超えた者を、相手にしているのだからな」
「……へえへえ。まったく、お前ら感覚がマヒしすぎだわ……」

 芹沢は、咲耶を見て「化け物」と言った。だが、ここにいる者達は、
「まあ、いいんじゃないの?」
 という位にしか感じていないようだ。
 ばりばりと頭を掻いた永倉は、咲耶に向かって手を上げる。
 すると、永倉も空中へと飛び出した。
 沖田、藤堂、ガウェインも、ロケットの様に空中に飛び出していく。

 今ここに、「ガーゴイル」対「器使い」の空中戦が、幕を開けた。


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