『17』


 今回現れた鬼は、その後、「有翼1型」と称されるようになるものであった。
 空を自由に飛び回り、空中から、鷹や梟のように音なく舞い降り、人を襲う鬼である。
 今回も、おそらく「有翼1型」は、そのように、そこにいる「食料」を簡単に調達する
つもりであった。
 しかし、最高の獲物であるはずの若い女二人は奇妙な事をするし、男は、自分にとって
強大な力を持つ、霊気を纏ったものを持っていた。
 しかも、物凄い速さで、空中にいる自分に迫ってくる。
 逃げようにも、蛇みたいにうねる木の根が、自分達の邪魔をする。
 翼を持つものにとって、制空権を奪われる事は、敗北したに等しい。

 ガウェインにガーゴイルと呼ばれた鬼は、鷲王に召還されたものが十体であった。
 だが、誠に倒され、水波に爆散させられ、斎藤に突き殺され、ついで上がってきた新選
組が一体づつ、ガウェインが二体、合計八体が、あっと言う間に姿を消してしまっていた。
 凄まじかったのは、沖田の「突き」であった。
 沖田総司の得意技は、高速の三段突きである。
 胸と頭に、目に見えない速さで突き抜かれ、ガーゴイルは、痛みを感じる暇もなく肉片
と化した。
 永倉は、一度目の斬撃をかわされたものの、そのままガーゴイルの背に飛び乗って、力
任せに、その翼を引きちぎった。
 そして、かん高い悲鳴をあげて落ちて行くガーゴイルに、背中から一刀両断にしてしま
った。
 ガウェインは、咲耶の力で舞い上がりまず一体、そして、近くの木の枝に飛び移り、そ
こから再び跳躍してもう一体。
 咲耶にとって、植物は全て自分の味方。そして、ここは高い木々の生い茂る林の中。こ
れらを有効利用した、器使い、いや、誠の機転の勝利である。
 たった二体までに仲間を減らされて、怒りに狂ったガーゴイルではあったが、あまりに
も不利であった。

「このまま素直に歪みに消えてくれれば、こっちもラクなんだがな」

 そう永倉が言ったものの、ガーゴイルは、消えようとする意志はなさそうだった。
 と、そこに、男のかん高い悲鳴が、誠達に聞こえてきた。
 それは、誠達の目の前にあるトラックの荷台の影。
 トラックを運転していた者達が、目を覚ましたのだ。

「げ! あいつら目ぇ覚ましたのか!?」

 永倉が忌ま忌まし気に言う。
 そのまま気を失っていれば、ガーゴイル達も気付かなかったかもしれなかった。
 だが、もう遅い。
 ガーゴイル達は無抵抗な人間を見つけると、歓喜に似た叫び声をあげて、その方角に降
下していった。
 恐怖で腰を抜かしながらも、四つん這いでにげようとする、2人の男。
 だが、圧倒的に素早いガーゴイルは、あっという間に肉薄すると、その爪で背中を引き
裂こうとした。
 だが、そこに、上から強烈な力が襲いかかり、ガーゴイルの腕を叩き折った。
 山崎が、自らの持つ器、棍を使って、上から力任せに振り下ろしたのだ。
 腕を折られて、叫ぶガーゴイル。

「まったく、大の大人が情けない」

 そう言いながら山崎は、パニックに陥って狂乱している二人の男に鉄拳を食らわし、大
人しくさせた。
 だが、その行為が、身近に迫った鬼の存在を失念させた。
 気がついた時には、怒り狂った鬼の顔が、山崎の目の前にあったのだ。

「山崎!」

 そう叫ぶ声が、遠くから聞こえる。
 山崎は、一瞬自分の死を悟った。だがその悟りは、一瞬で消えてしまった。

「少しは俺に出番を残しておけよな」

 そう声が聞こえたかと思うと、鬼の首が、横から受けた衝撃で九十度曲がり、次の一
撃で、目から体液を垂れ流してのたうち始めた。
 そして、空薬莢が、地面にちりん、と音をたてて落ちる。

「なるほどな。超至近距離で、しかも目や粘膜とかなら、通常兵器も一応は通用する訳
 か」
 そう呟き、銃を構えたのは陽であった。
 陽は、ガーゴイル達が、水波や、咲耶、器使いに気をとられている間に、回りこんで
いたのだ。

「これは、どうも。助かりましたよ」
「貸しひとつ、だな」
「ええ、必ずいつかお返しします」

 そう山崎と陽はにこやかに会話を交わすと、立ち上がったガーゴイルの見えて
いた目に陽がもう一発お見舞いする。
 しかし、あっという間に、打ち抜かれたはずの眼球が回復し、弾丸が押し出される。

「……こりゃ確かに効率が悪いな。器に頼らざるを得ない訳だ」

 陽は自分の攻撃が殆ど効いていない事にいら立ちながら呟く。
 だが、陽の囮作戦が功を奏し、山崎の棍がガーゴイルの腹を突き破った。
そこに、水波の放った護符が取り巻き、歪みの奥へと、ガーゴイルを飛ばして行く。

「無理すんなー、ひなたーん」
「妙なアダナを付けるなー!」

 水波は相変わらずどこか抜けてる。
 誠はそんな水波と陽の至近距離でもう一匹の相手をしていた。
 抜刀の一閃でガーゴイルの腹を半分まで切り、そして、左手で刃を押して、完全にま
っ二つにして止めをさす。そして……

「さて、あと一匹」

 と、そう呟き、残った一匹を見上げる。
 それにつられるように、誠以外の人間の視線が、一斉に一匹の鬼に集中した。
 ガーゴイルは、さすがに戦意を失ったか、一匹で、歪みの方角に向かって逃げ出した。

「どうしますか? 柊さん」

 そう斎藤に言われて、誠は、当然といった表情で、言う。

「これ以上苦労する事もないだろう。放っとけばいいさ」
「そうですね、同感です」

 そう言う二人の声は、多分聞こえなかっただろう。
 ガーゴイルは、一匹となった今、ふらふらと戦意をなくして、歪みの方に飛んで行っ
た。
 しかし、ガーゴイルが歪みに入ろうとしたその時、その歪みの中から、巨大な「手」
が現れて、その頭をわしづかみにした。
 そして、まるで万力で締め上げるかのように、ついには握り潰してしまった。
 力なく、がくん、と体の力を抜いて、ガーゴイルは巨大な手にぶら下がるようにして
息絶え、土塊となって崩れ落ちた。
 そして、それを歪みに放り込むと、巨大な浅黒い肌をした「鬼」と思しき者が歪みか
ら姿を現した。
 髪の毛をかき乱し、その眼光は真っ赤に光っている。

「新手か」

 そう言って、まっ先に飛び出したのは、やはり藤堂であった。
 藤堂は、自分の腰に下げた刀をすらりと抜くと、歪みから這い出て、ふらふらと誠達
の方に向かってくる鬼に、一振り、胸の辺りに斬撃を食らわせた。
 だが、それを腕で受け止めると、腕から、赤い体液を流しながら、藤堂をもう一方の
腕で弾き飛ばした。
 藤堂は、近くの木に体を強打し、うめき声をあげる。

「……おのれ……!」

 それでも、そう言って立ち上がって刀を構える。
 そんな藤堂と鬼を見ながら、誠は、少し違和感を感じていた。
 何かおかしい。何か違う。
 そして、鬼と目が合った時、鬼に向かって飛び掛かる藤堂に向かって、誠が飛び出し
た。
 そして、藤堂の斬撃を、自分の刀で受け止める。
 きん。
 という、乾いた音がして、刀と刀が擦れ合う。
 それを見て、藤堂が、仰天して、誠を見た。

「……何をする柊さん! 気でも触れたか!」

 そう言う藤堂の視線を真正面から見ながら、誠は言う。

「あれは…………鬼なんかじゃない!」
「な……なにぃぃ!?」

 そう叫んだのは、陽と永倉だ。

「ちょっと誠! 何いってるの! あれのどこが鬼じゃないのよ!」

 そう言って、水波がぱたぱたと両手をペンギンみたいに振りながら鬼を指さす。
 そして鬼の方を見た時、彼女は、信じられないという表情で、ある一点を凝視した。
 鬼が……いや、鬼と思わしき者が、瞳から涙を流して呻いていたのである。
 そして、一言、こう言った。

「タ……タス……ケテ……。」

 その言葉は、そこにいた全ての者を凍りつかせた。
 そう、それはまさしく、「人間」の声だったからだ。
 その、人間と思えない、鬼のような「人」は、その一言を言い終えると、そのまま、
そこに倒れこんで、息をひきとってしまった。
 そして、体が、細胞の組成を保つ事ができないのか、ぐずぐずと崩れて、最後には
骨だけになってしまった。
 そして、その骨もまた、がらがらと崩れ落ち、最後には、何か分からない山の固ま
りになり、風に舞って霧散した。
 誠達は、目の前で起こった事が、まるで信じられないというかのような表情で、た
だそれを見つめていた。

 風が、少し鳴いた気がした。
 さっきまでとは一変して静かな空気の中、器使い達は、誰一人として動く事もでき
ず、ただ立ち尽くすだけだった。


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