『6』


 陽が【何か】を見つけ、誠達が昼食を楽しんでいるその時。

 そこは、黒い機械類とコードに囲まれた薄暗い空間だった。
 パソコン類のシーク音と、濃い液体がごぽごぽと揺れる不快な音が、その空間を満たし
ている。
 そこに、黒い人影がいくつも見え隠れしていた。

「どうだね、首尾の方は。私達の期待に沿うようなものは出来上がってきているかね」

 そう答えたのは、グレーのスーツに身を包んだ、紳士然とした男だった。
 いかにも、政治屋か企業屋といった感じの、どこか人を見下した横柄さがその態度に見
え隠れする。
 その後ろには、これまた同じようにスーツに身を包んだ男達が数人、控えるように立っ
ていた。

「我々も、君達には並み並みならぬ支援をしてきた。それに見合う仕事をしてもらわねば
 ならんのだよ。でなければ、我々の立場も、危ういものになってしまうからな」

 グレーのスーツの男はそう言い、懐から煙草を取り出して火をつけようとした。
 それを、見た一人の男が、グレーのスーツの男の口元に手をやって制止した。

「ここにいる者達は、煙草の煙やニコチンに弱いのです。お控え願えませんかね、村岡先
 生」

 その穏やかな口調ながら、どこか勢いのある言い方に、村岡と呼ばれた男は、ちっ、と
舌打ちをすると、煙草を懐にしまった。

「ところで、天水村に、器使いが現われたそうじゃないかね。しかも、日本の鬼切役だけ
 ではなく、あのいわく付きの乱暴集団の新選組、はてはシヴァリースのようなロボット
 連中まで出て来る始末。君の素性が、もはやばれてしまう、などと言う事はないのかね」
「ご心配なく。向こうは、私については何も気付いておりません。今日もご丁寧に、村を
 去る、と連絡までしてくれました。なかなか律儀で、良い青年達ではありませんか」

 そう言って、村岡と対する男はふふ、と含み笑いをする。

「そんな悠長な事を言っとる場合かね! 木乃花 咲耶を、奴らに連れ去れれてしまった
 ではないか!君の実験には、あの女がどうしても必要ではなかったのかね!? これで
 は、何のために君の経歴を詐称したのか分からんではないか!」

 そう言ったのは、村岡の後ろにいた初老の男である。
 やけに痩せていて、スーツはまるで合っていない。
 どこかカカシのような印象がある。

「私達にはもう後がないんだ! 君に頑張ってもらわなければ、私達もどうなるか分から
 んのだぞ! 落ち着いている場合かね! 聞いておるのか!」

 息切れして咳き込むそのかかし男に答える声には、どこか呆れたような感覚があった。

「……心配せずとも、ちゃんと戻ってきますよ。いや、戻って来ざるを得ないのです。彼
 女はね。」
「な……何を言っておるのかね、君は!!」

 ツバを飛ばして、男に言い寄るカカシ男を制して、村岡が言葉を続ける。

「……どうなのかね。その〜……木乃花という女は、君の実験にどう役に立つのかね。」
「あの者は、鬼と人との間に生まれた存在です」

 その答えに、そこに居合わせた村岡を始めとするスーツの男達の間にざわめきが起こる。

「しかも、それであるがゆえに、特殊な能力を持っております。鬼との間に生まれた者は、
 何かしら、能力に目覚めるようです。そしてそれは、全て人知を超えた摩訶不思議なも
 のばかりです。これらを生物学的に解明すれば、人類社会に、大いなる進展をもたらす
 でしょう。」
「私達の目的も、達成できる、という訳だな」
「ええ。ここで寝ている者達が、真の『目覚め』に移るにも、あの者の体に宿る血液が必
 要ですからね。……ここにいるのはまだ只のヒトです。しかし、鬼の体液では濃すぎる。
 しかし、ある程度中和されたあの者の体液であれば覚醒の良いきっかけを作ってくれる
 でしょう」
 
 無言で、男は村岡に向かって頷く。
 そして、彼等を取り巻くようにしてあるガラスケース……その中で浮かんでいる『存在』
を見遣り、村岡が口を開く。

 「あの「御方」のご命令で、私達はこのような「存在」を作っているが、……これが、
 生体系の未来を本当に担えるものなのか、私は今だに疑問があるよ。」
「歪曲場発生装置を作らせて頂けるように、【御方】にご進言くださった村岡先生には、
 心から感謝しておりますよ。あのおかげで、村の人間を、効率よく「集め」られました
 からね。それに、何もご心配には及びません。この者達が目覚めれば、器使いは須く無
 力化される事でしょう。鬼に通用する器も、ハーフには通用しない様子。そうすれば、
 もはや人類には『御方』に対抗する力を全て失い、この世界は、私達の思うがまま……
 そう、あなた方の『願い』も……」
「そううまくいくものかな。人が生きている限りそこには思いもよらぬ事が起きるものだ。」
「……『奇跡』、ですか。ふふ。大丈夫でしょう。全て、『御方』におまかせすれば良い
 のです。武力の面においても、芹沢さんを始めとして、皆さん頑張っておられます」

 村岡は、少し渋い顔をして頷いた。

「そして、あの者の持つ力は、なかなかなものですよ」
「ほう、何かね?」
「植物を操る力です」
「なんだと?」
「植物を、自在に操るのです。あの者自体は、その力をまだまだ使いこなせていませんが、
 その力を限界まで引きだせば、それこそ地上を制圧するほどのものになるでしょう」
「ええい!勿体ぶっていないで、さっさと話さんかね!!」

 カカシ男が、ツバを撒き散らして身を乗り出す。

「……その力とは、世界中の制御……言い替えれば、森の支配です。」
「……森の……支配……?」
「植物は太陽の光りを浴びて、光合成を行い、それにより酸素を生みだしている事は皆さ
 んもご存じだと思います。そして、その大部分が、赤道付近の大森林によってもたらさ
 れている事も。あの者……木乃花 咲耶の力を持ってすれば、その光合成をも自在に操
 る事が可能なのです。しかも、植物は、お互いに何かしらの連鎖反応を示す事が判明し
 ています。私の計算では、ユーラシア大陸に及ぶほどのものだという事が分かりました」

 村岡は、頬に冷や汗が流れるのを感じた。凄まじくスケールの大きい話である。
 ユーラシア大陸全土に及ぶ、植物の支配を行えるのだ。
 と、いう事は、それをタテにして、大陸の利権、支配を思うがままにできるかもしれな
い……。

「その力を……あの『御方』は求めているというのか……」
「さあ、私には分かりかねます。が、その力があれば、人類の英知なぞ屑ゴミのごとく墜
 とされる事でしょう」
「そして、その鍵となるのが……」
「紅桜、という訳ですよ」
「……恐ろしい方だ、御方は」

 男は、ふ、と唇の端をつり上げて笑う。
 村岡は、男の話に圧倒されて視線を落したが、そこで、思いついたように目を見張る。

「その腕の包帯は、どうしたのかね?」

 男は左腕に巻かれた包帯をふと見て、苦笑しながら話し始める。

「いやいや、ちょっと暴漢に斬りつけられましてね。木の上にまでまさか飛び上がってく
 るとは、思いもよりませんでした」
「……まあ、大した事がなくて何よりだ。君には、もっと頑張ってもらわねばならんから
 な。私達に協力する事こそが、天下太平に繋がる。尽忠報国と言う訳だ。期待している
 ぞ……一生くん」

 村岡から労いの言葉をかけられた男……一生 正臣は、にやりと笑うと、深々と頭を下
げた。
 村岡はハンカチで汗を拭い、男を一瞥して踵を返した。
 そして、スーツの男を引きつれながら、男の前から去ろうとしたが、ふと振り返り頭を
下げたままの一生を見やる。

「ふん、何も知らずに。……使い捨てが、よういきがりおるわ。せいぜい妄想に取りつか
 れて実験に励むがよい。不老不死は、儂らのものだ」
「まったくですな、村岡先生。年金も道路財源も税金も思いのまま、今度は若さも思いの
 ままという訳ですかな」
「こらこら、めったな事を言うもんじゃないよ。これはあくまで、日本国の国益のためだ
 よ、国益」
「わはは、そうでしたな。いやあ、私は金はあるのですが、いかんせんアチラの方はとん
 とごぶさたで……」

 村岡は達そんな事を語りながらその場を後にした。
 そんな男達を頭を下げて見送る一生は、不敵な笑みを浮かべたまま微動もしない。

(……おめでたい奴らだ。お前達のような、低次元の望みなぞ、元々私は眼中にない。せ
 いぜい、『不死』と『支配』の夢に包まれて、妄想を抱いているがいい……)

 体を元に戻した一生は、不快なものを一瞥するかのような表情で語りだす。

「私が何故鬼切役を呼び寄せたと思っている。お前達を牽制してもらうためだよ。まさに
 予想通りの慌てぶりだな。傑作だ。奴らが咲耶を拉致しようとした事には驚いたが、ま
 あ、何とかなった。さすがは柊さんだ。新選組や騎士を殺し損ねたのは残念だが……。」

 人影がなくなったその「場」は、しかし相変わらず気味の悪いシーク音と液体の音を奏
でていた。
 一生は、一つだけ違う場所にあるガラスケースに包まれた実験体をうっとりと見やりな
がら、ふと呟く。

「もうすぐだ……。もうすぐだよ。お前をおとしめたこの世界への復讐と新世界の創造は
 ……。全てが終わったら、また一緒に暮らそうな……。それまで我慢してくれよ……愛
 しているよ……『真緒』……」

 彼らお互いの思惑を乗せた欲望と策謀は、暗黒に向かって、まるでブレーキの壊れた車
のごとく、暴走を続けているかのようだった。


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