『10』



「……ん?」
「どうしたの? まこと?」

 誠は、ふと思いついたように後ろを振り返る。
s それを見て、水波がきょとん、と首をかしげる。

「……何かありました? 誠さま?」
「ん……いや、何でもない」
「ふうん。変なの」

 何事もなかったかのように再び歩き出す三人だったが、その異様な気分は、彼ら全てが
感じているものであった。
 彼らが、その話題に対してそれ以上追及しなかったのは、感じた「もの」が、異様な重
苦しい空気を含んでいたからだったのかもしれない。

                   $

 風が、そこに集った者達をその場から引き離そうとするかのように、激しく吹き始めて
いた。
 それに伴って、地面に散り落ちた桜の花が、その場を彩るように空へと舞い上がる。
 その桜の舞いの中に輝く、幾つもの白銀の光。そしてその空間は、舞う花びらを全て切
り裂くような、鋭い殺気によって満たされていた。
 そして飛び交う花びらに混じって、臭気を放ちながら、浅黒い肌の奇怪な生き物が蠢く。

「孤高の傭兵団<エインヘリアル>か、せめてフィアナ騎士団ぐらいは連れてくるべきだ
 ったな、シヴァリース。たった3人で、俺と俺の配下の鬼どもと戦うとなると、只では
 済まんぞ」
「別に忘れていた訳じゃありません。あなた程度にエインヘリアルを連れてきたら、彼ら
 のプライドに申し訳がないですよ。クーフリンが泣きます。それに、フィアナ騎士団と
 戦うなんて、1億年早いんじゃないですか? 少し「分」をわきまえられた方がいかが
 です、鷲王さん。それに、面白い戦いにしてあげたんだから、少しはお礼を言って欲し
 いものですね」

 異様な叫び声をあげる鬼達の殺気に、全く臆する事なく、ミハイルは鷲王に向かってに
っこりと微笑んでみせた。
 そんなミハイルの台詞を挑発と見抜いたかどうかは分からないが、鷲王はにやりと楽し
そうに微笑むと、すっと、右手を上げた。
 それを合図として、数匹の鬼や虫が、三人の騎士に向かって飛びかかっていく。
 鬼達は、その鋭い爪と牙で、お目当ての獲物に飛びかかり、その腹を裂いて、うまいご
馳走にありつくはずであった。
 しかし、腹を貫かれ、切り裂かれたのは、その鬼達の方である。
 ミハイルの脇から、ガウェインが突風がごとき凄まじい早さで飛び出して、フェンシン
グの要領で鬼に向かって剣を突き立てたのだ。
 ミハイルに飛びかかってきた鬼数匹が、ガウェインの大剣ガラディンに串挿しにされ、
そのまま持ち上げられる。
 ガウェインは、もがく鬼を見ても、さほど面白くもなさそうにふん、と一瞥すると、思
いきり剣を振り回した。
 串挿しにされていた鬼数匹が、まとまって吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドして土
埃を巻上げながら、近くの木々に激突する。
 人間の2倍はあるかという長身と体重を持つ鬼が、軽々と投げ飛ばされたのだ。そして、
そのまま生気を失ったかと思うと、まるで土くれのようにぼろぼろと崩れ落ちた。
 この世にあらざるも「もの」が、この世に留まる意思をなくした時、彼らの存在も、こ
の世界に否定されて、土に返るのだ。

「俺達はザコの相手をしにきた訳ではない。いらぬ時間稼ぎで生き存えようとするのはや
 めておけ。無様に醜態をさらすだけだぞ鷲王」

 ガウェインは、ひゅっ、と剣を一振りすると、仮面の隙間から、鋭い視線を向け、鷲王
にそう口を開いた。

「ふ……お前達騎士団というものは、相当減らず口が得意のようだな。いいだろう。お前
 達を最初に挑発して、ここに誘き寄せたのは、俺の方だ。しっかりと相手をしてやらな
 ければ、失礼にあたるというものだな」

 鷲王は刀を持った右手をだらりと下げると、気を落ち着かせるかのように息を一つ吐き
出す。
 そして。

「行くぞ」

 次の瞬間、鷲王の体は、風をまといながら、凄まじい早さでミハイルに迫ってきた。彼
らの間隔は、少なくとも十数メートルはあったはずだ。
 それを、鷲王は、一秒を待たずして、自分の間合いにまで狭めてきたのだ。

「しっ!!」

 気合いと共に、鷲王は下段からミハイルの胴に向かって剣閃を走らせる。
 ミハイルはそのままの体制で動じる事もなく凄まじい早さでエクスカリバーを振るうと、
鷲王の刀とエクスカリバーが大きな澄んだ音をたてて火花を散らした。
 そして彼らの刃が交わったと確認された瞬間には、両者は大きくバックステップを踏ん
で、後ろに飛びすさる。
 そして地面に足が付くやいなや、彼らはお互いに向かって、また風を切りながら突撃し
ていく。
 ミハイルは剣を思いきり突き出す。それを紙一重で避けた鷲王が横凪に刀を振るう。
 それをしゃがんで避けたミハイルは、そのままの前傾姿勢で鷲王の足を狙う。
 鷲王はそれを飛んで避けると、そのまま上方から強烈な一撃を叩き込んだ。
 ミハイルはそれを振り上げたエクスカリバーで受け止める。
 二人の刃が交わった時、辺りに器の霊力が拡散されて、地面が割れくぼみ、あたりを衝
撃破が襲った。
 上からの振り降ろしと鷲王のパワーに押されて、ミハイルの膝が少し落ちる。
 が。

「うおおおおお!!」

 気合い一閃。
 エクスカリバーは鷲王の刀を弾き、そして鷲王の体に吸い込まれていく。
 そして、鷲王の体を一刀両断にしたと思った瞬間、切られた体がふっ、と消える。
 そして、ミハイルの後ろに突風が吹いたかと思うと、ミハイルの後ろに鷲王が現われる。

(……パラレルアタックだと!)

 ミハイルは背筋を凍らせた。
 直ぐさま体をひねり、遠心力の効いた一撃を繰り出そうとする。
 だが、鷲王の剣撃の方がわずかに早い。その眼光が鋭さを増す。

「……逝け」

 鷲王がそう言ったと同時に、ミハイルの体に刀が吸い込まれる。
 間一髪エクスカリバーで受け止めるも、その衝撃を完全に抑えられない。
 そのまま飛ばされると思った瞬間、鷲王の側面に一つの影が現われた。
 その白い影は、鷲王の側面に剣を思いきり打ちつけると、鷲王の体は赤毛を振り乱しな
がら思いきり吹き飛んだ。
 ミハイルも、同時に力を受け止め切れずに、鷲王と逆方向に吹き飛ばされる。
 お互いの体は巻き込まれた不幸な木々を数本巻添えにしながら、土埃とともに林に消え、
まるで悲鳴を上げるかのように、木々が何本も奇妙な音をたてて倒れる。

「殿下! 大丈夫ですか!」

 両者に飛び込んで行ったのは、ガウェインと共に天水村に来ていたもう一人の騎士、パ
ーシヴァルである。

「殿下!」

 パーシヴァルはミハイルを下敷きにしている木々を凄まじいパワーと剣撃で退かせると、
その下から、鋭い眼光を輝かせる彼の姿があった。
 決して誠や水波には見せないであろう視線。
 それは、自分の正面、倒れた木々に注がれていた。
 ミハイルが視線を注ぐ先が、いきなり巨大な爆音を響かせ、人の胴ほどもある木々が軽
々と吹き飛んで行く。
 そして、そこから、不敵な笑顔を浮かべた鷲王が現われた。

「……ば……馬鹿な! 無傷だと! しっかりと捕えたはずだ!」

 パーシヴァルが動揺して声をあらげる。

「パーシヴァル。お前は殿下と虫どもを頼む。鷲王、今度は、俺が相手をしてやる」

 そう言ったガウェインの周りに、大きな蜘蛛のような虫と、鬼の群れが向かっていく。
 パーシヴァルはそれを確認すると、剣をゆっくりと振りかぶり、コンマ数秒気合いを入
れた。
 すると、辺りの空気が歪んでいく。
 そのまま、まるで軽く素振りするかのように静かに剣を横に薙ぐと、歪んだ空気が爆音
を立て、衝撃破と化して鬼に襲いかかった。
 襲われた鬼や虫は、器の霊力をまとった真空の刃に体を切り刻まれてのたうちまわる。

「ソニックスライサーか……」

 鷲王が、また楽しそうに顔を歪める。そんな鷲王に、ガウエインが真正面から対峙する。
 ガウェインが、柄を持ったままの両手を胸の辺りに付ける。
 鎧と鉄甲ががしゃり、と音をたてる。
 そして、そのまま腰のあたりまで腕を下ろし、腰を落としながら鷲王に向かって剣先を
向ける。
 そして鷲王と同等の速さで鷲王に肉薄した。
 重い鎧を身につけているとは思えない軽やかな動作で突きと薙ぎを繰り返す。
 パワーはガウェインが上か、徐々に鷲王が押され始める。

「ちっ」

 鷲王がガウェインの視界から消える。
 そして、残像を残してガウェインの後ろに回り込む。
 しかし、その鷲王の視界に写ったガウェインの体が、ブン、と空気の揺れる音と共に幾
つにも分かれる。

「何?」

 鷲王はいったんバックステップを踏んで、後ろに飛ぶ。
 ガウェインはそのまま幾つにも自分の体を分身させながら鷲王に突撃する。
 爆音と砂埃を纏いながら、一瞬にして幾人ものガウェインが鷲王を包む。
 ……コンマ何秒の沈黙。その後、数多くの剣撃が鷲王を前後左右から襲った。
 何かを叩き付け斬り付ける音が幾つも重なりあい、鷲王の体が切り揉み状態で吹っ飛ぶ。
 そして土埃を巻上げて倒れる。

「……まさか、俺と同じ『パラレルスキル』を使える者が、この日本にいたとは思わなか
 ったぞ、鷲王」

 鷲王は、まるで何事もなかったかのように、その場にすくっと立ち上がる。

「ちっ……、またか」

 ガウェインは舌打ちをする。
 そんなガウェインを楽しげに見ながら、鷲王は唇の端をつり上げた。

「さすがに強いな。恐れ入ったよ、シヴァリース。
 伊達に4年前に、器使い集団で唯一無敵無敗を誇っただけはある。……だが」

 一瞬。

 気がついた時には、抜刀体勢の鷲王が、ガウェインのすぐ側にあった。

「!」

 ガウェインが、あっという間に詰められた間合いに驚きながら、それでも反
射的にバックスッテップする。
 そのガウェインの顔面を、鷲王の抜刀が走った。


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