『11』


 金属がこすれる音、そして、ガウェインが地に足をつけた瞬間、白い仮面が奇麗な断面
を作って二つに割れ、がららん、と、音をたてて落ちた。
 そして、その下からは、短い金髪に太い眉、鋭いスカイブルーの眼光の、精悍な素顔が
現われた。
 その右頬には、一筋の傷跡がある。

(……速い……何という剣速)

 ガウェインが眉をしかめる。その額からは、一筋の血流が眉間に向かって流れる。

「……所詮は、人の力に過ぎない。鬼と人とは違うのだよ。弱い心を捨てず、優しさや思
 いやりを敵にまで感じてしまうお前達がどんなに足掻いても、俺は絶対に倒せん」

 ガウェインは、その鋭いまなざしを決して緩める事なく、慎重に距離をとる。

「……ほう、それが、『ナイト・オブ・ナイツ』ガウェインの素顔か。甘ったるい瞳をし
 ている。やはりお前達は、現代の羅陵王(らりょうおう)だな」
「……何?」

 羅陵王は、6世紀中国北部、北斉の雄将である。
 しかし、その素顔は、男であり兵士であるにもかかわらず非常に優しく美しかったため、
兵の士気をそがないため、また敵に見くびられないように、恐ろしい仮面をつけて戦に望
んだと言われる。

「俺達が、その羅陵王だと言うのか」
「所詮、仮面をつけねば虫も殺せん愚か者どもだ。そんな自分をごまかした者どもが、一
 体何を正義に、何を信念に戦うというのだ」

 ここで、少し鷲王の表情が少し変化する。

「人など守るにも値せん。強いものにかしづいて、弱い者など、自分の身の安全が保証さ
 れなければ、簡単に犠牲にする。結局強さが一番なのだよ。強くあれば、誰も傷つけ合
 うこともない。鬼によって、管理され、強さを求める社会………素晴しいとは思わんか?」

 唇の端をつり上げで笑う。その顔は、どこか狂気じみたものを感じさせて、ミハイルら
をぞっとさせた。

「……シヴァリースの赤い三本剣の紋章の意味を……あなたはご存じか。」

 ミハイルが鷲王の正面に立つ。
 鷲王が、怪訝そうに眺める。

「侵略と、略奪と、殺戮……。戦争の根幹。戦争は、たとえどんなに大義名文を掲げよう
 と、どんなに正義を口にしようと、やっている事は、この三つでしかない。これが戦争
 の真実というもの。僕達は、その戦争の真実を忘れないために、いつもそれを認識する
 ために、この赤の三本剣を胸に刻んで戦う。僕達が仮面をつけるのは、戦う間は、けし
 て私情を挟まないという事の無言の誓いでもある。ただ侵略し、奪い、殺す。その戦争
 の根幹を担う者としての義務として、余計な情は戦闘中は挟まない。それが、シヴァリ
 ースが強い理由」

 ミハイルはそこで語るのを一旦やめ、鷲王を睨み付ける。

「僕達が、情を表に出さない代わりに、仮面が怒り、仮面が泣く。可笑しいと思うなら笑
 えばいい。軽蔑したなら見下せばいい。戦争に荷担した者は、「殺し屋」として蔑まれ
 るのは当然。だが……」

 ミハイルの周りの空気が歪む。そして、地面が、音をたてて割れ、瓦礫がミハイルの周
りに浮き、舞い始める。
 
「人の誇りすら失い、剣術は人殺しのためだと嘯き、そしてそれを楽しむ者……僕はそん
 な者を絶対に許さない」

 ミハイルの周りの空気が上空へと吹き上がり、桜の花びらが舞い上がる。
 そして、ミハイルの下の地面が、クレーターができたかのように窪み、砕かれた岩や砂
が、花びらと共に宙に飛び散る。
 ミハイルの体が、器と同じく霊気を発し始め、エクスカリバーが輝きを増す。

「柊さんや鬼切役が出刃るまでもない。あなたは……僕がここで倒す」
「……グ……グラビティ・ブレード! 殿下、手加減を! 周りのもの全てが消し飛んで
 しまいます!!」

 パーシヴァルがミハイルに向かって叫ぶ。
 ミハイルがエクスカリバーを振るうと、強力な重力場と真空地帯が発生し、あたりの空
間が爆発した。
 地面を荒削りしながら鷲王に向かって歪んだ真空地帯と、重力場が白い光を携えて飛ぶ。
 巻き込まれた鬼や、虫どもが、断末魔の悲鳴をあげながら、蒸発して消えていく。
 そんな中、鷲王が神経を集中させると、持っている刀が淡く光出す。

「……あれは……ば……馬鹿な! あえは器使いの光! お前はまさか……」

 ガウェインが驚きの声をあげた。
 鷲王が、重力場と真空が自分に接触する刹那、凄まじい速さで抜刀する。

「しゃあっ!!」

 重力場と、鷲王の放った剣閃がぶつかる。衝撃破が辺りに突風となって吹き抜ける。
 だが、物理的な力では、この力場は防ぎようがなかったようだ。
 鷲王の放った衝撃破は、ミハイルのグラビティ・ブレードに吸収されるかのように歪む
と、その力を拡散させて消えていった。

「無駄です」

 ミハイルがそう言うと同時に、鷲王の周りを真空が囲み、重力場が鷲王ごと辺りを押し
潰し始める。

「……ぐあっ」

 鷲王のうめき声と共に爆音が轟き、辺りに土埃が舞う。地面がえぐれ、辺りの空気が振
動する。
 そこにいた誰もが、鷲王をしとめた、と思った。……だが。
 そこに白い光が現われたかと思うと、その光に包まれて、鷲王が笑みを浮かべて現われ
た。
 彼の体の全面には、日本古来の直刀のような形をした剣が浮かんでいた。

「くっ……あれがイージスか!」

 ミハイルは歯がみして鷲王を睨みつける。

「はははは! まさか、ここまでのソードスキルを持っているとは思わなかった! なか
 なか楽しかったぞ!……だが……遊びもここまでにしようか。言っておくが、この大嶽
 丸様の五宝剣の一つ、天風切(あめのかぜきり)の作る壁……お前達の方ではイージス
 と呼ぶのだな……これは今のお前達では破れんぞ。」

 天風切が、鷲王の上空に停止すると、輝く光が、彼を覆った。

「無力な者をいたぶる趣味はないのだがな。だが、お前達は危険過ぎる。ここで死んでも
 らうぞ」

 そう言って鷲王が抜刀体勢をとったとき、地面から、太い木の根が何本も飛び出し鷲王
を取り囲んだ。

「……何」

 まるで蛇のようにうねりながら、イージスをすりぬけて鷲王を取り囲み、その腕や体に
巻きついていく。

「……そうか……『お前』は彼らに味方するのだな。それが、咲耶の『意思』か! ふふ、
 いいぞ。この桜は……しっかりと咲耶と同調しているようだ。」

 鷲王が刀を振るうと、根が切り裂かれる。
 それと同時に、紅桜が、がさりと震えた。

「ミハイル……いや、アーサー・ペンドラゴン!名残惜しいが、そろそろ帰らせてもらう
 事にする。【確認】もできたのでな。心配ない。お前達が俺達を追う以上、どこかで出
 会う機会もあろう。……さらばだ」

 鷲王の体が、歪みの中へと消える。
 それと同時に、その場に生き残っていた鬼が、歪みへと逃げ帰り、後にはえぐれた地面、
 舞う埃、倒れた木々が残された。
 静寂が戻ると同時に、その静寂は、ここで起こった戦いの凄まじさを改めて認識させた。

「……なんとか……神社と桜並木は無事ですな。もう少し場所を考慮すればよかったかも
 しれませんが。」
「心配ないよ、ここの修繕費用は、ぼくのポケットから出すから。しかし、倒せるかと思
 ったけど、やっぱり一筋縄ではいかないなあ」

 ミハイルはそう言って、困ったようにあっはっは〜、と笑った。
 戦闘モードが解除されたミハイルを見て、ガウェインとパーシヴァルは、苦笑いして安
心した表情をみせた。

 そして、この戦いが終わったその時、近藤、左之助、沙耶香・穂野香姉妹の新選組一行
が、天水村に到着した。

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「よし、車に乗り込んだようだな。おい、分かっているな、奈々美」
「……」
「分かったのか、と聞いとるんじゃ! 答えんか!」

 奈々美、と呼ばれた少女は、まるで無表情に、自分に命令を下している男……芹沢を見
る。
 そこには、敬愛の念など一切感じられない。
 いや、そもそも、「感情」自体が、この少女からは感じられなかった。
 彼女の身長は、150センチちょっとしかない。その小さな体を、バイクスーツのよう
な上下繋がった服に身を包んでいた。
 肩のあたりくらいでそろえられたボブカットに、大きな目、きゃしゃな体。
 どこから見ても、普通の少女である。

「分かっているな、お前の使命は、咲耶という、あの着物の女をワシの所に連れてくる事
 だ。できれば、一緒に乗っている奴らは殺しておけ。」
「何故……?」
「……は?」
「……何故、殺すの?」
「ワシは御方様から、咲耶を連れてくるように言われているんだぞ!」
「あなたは、私の上官じゃない……指図しないで」
「貴様はワシの言う事だけを聞いていればいいんじゃ! 余計な口だしはするな!」

 芹沢は顔を真っ赤にして怒り狂う。息が上がる。
 そんな芹沢をおそらくわざと無視して、無表情のまま、少女は、物凄い跳躍力で木々の
枝に飛び移ると、これまた凄まじい速さで、林の枝から枝へと飛び、消えてしまった。

「……ちっ! あの人形ふぜいが!」
「何者ですか、あの娘は」

 側に控えていた新見が、そう疑問を口にした。

「あれは……人形じゃ」
「人形?」
「ああ。一生先生が、唯一成功にこぎつけた被験体だそうだ」
「それでは……あの体は、さらった者達の……」

 新見がぶる、っと身震いした。

「いや、違う。あの人形自体は、ゼロから作り出されたものだ。誰が親だかも分からんが、
 精子と卵子を試験管受精させ、そこに遺伝子操作とナノマシンプログラムを組み込んで
 ある」
「ははあ……」
「ふん……所詮はナノマシンの群体。ワシも欲情すら起きんわ。くだらん機械人形め」

 芹沢は、そう言うときびすを返した。

「……お待ちにならないので?」

新見が尋ねる。

「そうゆっくりもしてられん。ワシらの敵は、鬼切役だけではないからのう。それに、ワ
 シらがいなくても、ちゃんと御方様の所に連れていくだろう。ワシらは、あのいまいま
 しい奴等を先に始末するのだ。……アレでな」

 歩きながらそう言う芹沢の表情には、明らかに恐れがあった。
 その脳裏には、近藤や、土方、沖田の鋭い眼光がきらめいていた。


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