『13』 誠達がワゴンに向かい、ミハイルが鷲王と戦っているまさにその時。 「ああああ〜っ! 着いた着いたあ」 左之助が、小さな椅子に固定されて固まってしまっていた体を回したり捻ったりしてス トレッチしている。 「ついたね〜〜。あ〜ん、ここまで来るのって、各駅停車の鈍行しかないんだもん。腰が 痛くなっちゃった。」 穂野香が、大きく伸びをしながら言う。 後ろで荷物を置いてふう、とため息をついたのは沙耶香。 「やっと着きましたね〜」 沙耶香は、疲れ目をこしこしとこすりながら後ろを振り向く。 沙耶香の後ろから、現われた大きな幅の体を持つのは、新選組局長、近藤 勇。 「いやいや、まいったな。もうすっかり昼過ぎじゃないか。出て来たのが早朝だったのに、 こんなに時間がかかるとはな。だが、ここからまだタクシーに乗って、三十分だ。もう 少しの我慢だぞ」 それを聞いて、一男二女は、はあ……と、大きくため息をつく。 駅を出た彼等の耳に、バイクのエンジン音が響いた。その音は、近藤達の方に向かって 近づいてくる。 近づいてきたバイクにまたがった男は、白いシャツに、紺のズボンを履いている。その 男が、近藤達の前までヘルメットをとった。 「お、君は……」 「斎藤さんじゃねえか!いや〜、久しぶりだなあ〜」 「あ、斉藤さんだぁ」 「お久しぶりです、斉藤さん」 出迎えた面々に向かって、斎藤はにっこりと微笑んでみせた。 「どうも。いやいや、大変だったでしょう。タクシーは既に呼んでありますのでご安心を。 旅館は、ここにメモをしてあるので、この住所へ行ってください。」 斎藤はそう言って、1枚の紙切れを近藤に渡した。 「相変わらず根回しがいいな。感謝しているよ、斎藤君。それで……歳の馬鹿はどうして いる?」 馬鹿、と聞いて、くすり、と斎藤が微笑する。 「土方さんなら、そのメモの一番下の住所のホテルに滞在していますよ。……ですが、入 る時間帯を、よく考えて行ってくださいね。でないと、聞きたくない声を聞くハメにな るかもしれませんよ」 それを聞いて、近藤達は、四者四様の表情を見せる。 「まあ、それはそれとして、だ。君は、これからどうするんだ?」 「私は、まあ、ちょっと私用がありまして。少し村外れまで行くつもりです」 「村外れ?またどうして。鬼が出て来たのか?しかし、そんな気配はなかったが」 「鬼ではありませんよ。人間です。二手に別れてくるそうですよ。一方は、山崎君が張り 付いてますが、もう一方は、スキだらけのはずですので、ちょっと行って『注意』して きます」 何故かとても楽しそうに話す斎藤を見て、近藤はやれやれ、といった表情で微笑する。 「別に行っても構わんが、君は一応警官なんだ。その職務に反するような行為だけは、控 えてくれたまえよ」 「分かっていますよ。私も巡査長です。国民の盾となり、犯罪者から守ってみせましょう」 そう言って敬礼したが、どこかおどけているような感じがする。 「ま、頑張ってきてくれや、斎藤さん。あんたがいなくても、この俺が来たんだ。鬼だろ うが何だろうが、ぼこぼこにしたあとスマキにして、谷底にロープなしでバンジーさせ てやる」 「物騒な事言わないでよね。それバンジーって言わないわよ、もう」 「さてさて、まずは駅弁だ駅弁」 「も〜。食い気と態度だけは大きいんだから」 「なんだよ。腹が減っては戦はできんだろが」 「お腹いっぱいになると、返って集中力減って動けなくなるって知ってる? 左之助さん」 「あ〜、はいはい、ウルサイからやめようね。二人とも」 沙耶香があきれ顔で二人を諭す。。 そんなやり取りの間に、斎藤はヘルメットを冠り直して、バイクで走り去っていた。 「何を焦ってんだか。なあ、近藤さん」 そう言う左之助だったが、近藤の顔は笑う事はなかった。 $ ワゴンは森の中を疾走する。 その上を、木々の枝を渡りながら、ひとつの影が追い掛けていた。少女である。 風が顔を圧迫する。舞う木の葉、突き出た枝が顔に打ちつけられる。 だがそれでも、少女はそれに不満を感じるでもなく、無表情のまま、視界に捕らえたワ ゴン車を追い続けていた。 走る車が、道幅が狭くなった所に差し掛かった時、少女は木の枝を蹴って、ワゴンに向 かって飛び出した。 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ 「でもお疲れだったわねえ、誠ちゃん、水波ちゃん。たった1泊だったけど、いろいろと あったようね。今夜は、私がいろいろと御馳走してあげるわ。ちょうどお客さんが来て てね。それで、沢山お料理を作る予定なの」 と、まあ、こういう言葉を聞くだけなら、優しいお姉さんが気をきかしているように聞 こえるが、言葉を発する口には、剃り残したヒゲがある。 でも、うきうきしながら、ワゴンを運転している撚光は、やっぱりどこかお姉さん的な 雰囲気がある。 まあ、誠にとっては、こんな『お姉さん』など欲しくはないのだが。 「そうそう、水波ちゃん、あなたに預けておいたあの刀、あとで返してもらうからね」 「うん。ちゃんと忘れずに持って帰ってるよ」 そう言って、水波が白鞘の刀を、狭い車の中で、ぶん、と振りまわした。 ごん。がん。 と、いたる所に鞘があたる。ぼけっとしていた咲耶の鼻先を鞘がかすめる。 「こら、振り回すな!大人しくしてなさい!」 「うにゅにゅにゅ」 誠に羽交い締めにされて、じゃれている猫のようにばたばたと手足を振る。 「こら、危ない!面白がるな!!」 「相変わらずねえ、水波ちゃん。おほほほ」 「本当、楽しいですわ。おほほほ」 「あら〜、分かってるのね。おほほ」 「それはもう、水波ちゃんって可愛いですから。おほほ」 「「おほほほほほほほほほ」」 「二人とも笑ってないで助けてくださいよ!!」 一人苦労を背負い込んだような誠を後目に、三人の女性(?)達は、とても楽しそうに ドライブを楽しんでいるかのようだった。 しかし、そんあ和やかな雰囲気は、ワゴン車の天井に起こった衝撃でかき消された。 撚光の表情がさっと引き締まり、目の色が変わる。 「やっぱり来たわね。みんな! しっかり掴まっててね!!」 撚光は急激に車のスピードを上げる。 水波のちょうど上あたりの天井から、どすん、ばたん、と、バランスを崩してよろめく ような音が聞こえてきた。 そして、水波が、ふと後ろを振り返ると、黒に赤ラインのつなぎに身を包んだ女の子が 振り落とされて地面をバウンドしていた。 「よよよよよ撚光さんっ! おお女の子、女の子!!」 指差した手を上下にぶんぶん振りながら水波が叫ぶ。しかし、撚光は平然と言い放つ。 「大丈夫。あの程度で死んだりするような娘じゃないわ!!」 撚光がさらにスピードを上げると、水波が車の壁に頭をぶつけてうめく。 「うぎゅう……」 「あらあら、何だか大変な事になりましたわね。……ん、でもどうしてあの女の子、車の 天井なんかに乗ったのかしら?ああ、新種のいたずらか何かかしら?ほほ。」 あんたが目当てに決まってんでしょう、とは言わずに、誠は後ろを振り向いた。 そこには、とても非常識な光景があった。 少女がぐっ、と腰を屈めたかと思うと、鬼切役をも驚くような高速で車に肉薄してきた のだ。 「……! な……何だ、あの娘!」 誠は一瞬色を失った。 撚光の車は、鋪装の悪い道路を、百キロ近いスピードで飛ばしているにも関わらず、そ れに『自分の足』で追い付こうとしているのだ。 「うわ〜、あの娘、誠みたい。あ、誠は空飛んでたんだっけ」 「あの娘は、普通の人間じゃないわ!しかも、感情が無く知性がある分、鬼よりもやっか いよ!!」 少女は百キロ近いスピードでジャンプすると、再び木々の中に飛び込んだ。 そして、一瞬の間をおいて、再び車の上に着地した。 「嘘! 信じられない! なんて娘なの!!」 車の天井に生じた衝撃に、撚光は歯噛みした。 どかん!! 車の天井がひしゃげる。少女が、おそらく靴のかかとで思いきり天井を蹴ったのだ。 再び撚光がハンドルを左右に切り、スピードを一旦緩め、再び上げる。 また少女が地面に叩き付けられて、再び何ごとも無く立ち上がって走り出す。 これではキリがない。森を抜けられれば何とかなるかもしれないが、それまで車が撚光 と少女のイジメに耐えてくれるか怪しい所だ。誠は撚光に向かって叫ぶ。 「撚光さん! 車を停めてください!」 「!誠ちゃん! 本気!?」 「このままじゃ、車がもちませんよ!」 「……そうね……じゃあ、停めるわよ!」 撚光が車を急停止させる。 少女が、停まった車から少し距離をとって立ち止まる。あれだけ激しく体を酷使したに も関わらず、全く息が乱れていない。 ワゴン車の後部扉が開く。そして、誠が愛刀正宗を左手に持ち、少女と対峙する。 誠の後ろから、恐る恐る水波がぴょこっ、と顔を出す。咲耶は、乱れた髪の毛を、帯に 挟んであった串で直しながら、どこかぼけ、っとしている。 少女は、そんな誠達を見てもまるで表情を変える事なく、ただ前を凝視している。 綺麗なブルーの髪、黒く、くりくりとした大きな瞳。鍛えられているのか、つなぎで見 える体のラインは、均整がとれていて、とても綺麗だ。 しかし誠は、どこかマネキンと向かい合っているような気がした。その理由は、たぶん、 あの何処をみているか分からない、ぼうっとした視線にあるのかもしれない。 「……その女のひと……渡して」 少女が誠に向かって話し掛けた。まるで表情を変えずに。そんな少女に、水波は誠の後 ろに隠れながら、それでも大声で叫ぶ。 「なによ!!人にモノを頼むんだったら、レイギってもんがあるでしょ!あなた、名前く らい名乗って、挨拶くらいしなさいよねっ!!」 誠の背中に隠れて顔だけ出しているので、まるで迫力は無いが、それでも言葉は聞こえ たようだ。 少女が、水波に向かって、ちょこん、と首をかしげて、ぺこり、と頭をさげた。 「……こんにちは。はじめまして。奈々美です」 どて。 水波がコケた。挑発したつもりが、素直に従われて、ちょっとペースが崩れる。 「あ、ども。楠 水波です」 頭をポリポリかきながら何故か挨拶を返してしまう水波。 「名前のわりに小さいのね」 「ぬわんですってぇー!?」 きしゃー 水波は怒って、袖をばたばたと振る。 そんな水波を見てため息をつくと、誠は、奈々美、と名乗った少女に語りかけた。 「用があるなら、ここで言ってくれ。俺達は、これから用事があってここを離れないとい けない。無論、咲耶さんもだ。君の用事が大切なようなら、ここで聞いておく。余裕が ある事であるなら、ここは諦めて帰ってくれ」 しかし、少女は、ふるふると首を横に振ると、真直ぐに誠を見る。 「だめ。絶対連れていかないといけないって言われてるの。言ったひとはどうでもいいけ ど、わたしがいる理由がなくなっちゃうから、きちんと仕事をして、わたしの事、みん なに見てもらわないといけないの。……だから」 突風が吹いた。 奈々美が、凄まじいスピードで、誠……いや、正確には、その後ろのワゴンに突進して きたのだ。 誠の正面で攻撃……をするフリをして、上にジャンプする。車に乗り込むつもりだ。 だが、誠もただ者ではない。奈々美がジャンプした事に反応して、自分も上に飛ぶ。 あっという間に奈々美と同等の目線に飛び上がる。奈々美が少し驚いて目を丸くする。 「邪魔……しないで。」 誠の横腹に、奈々美の長い足が振るわれる。 誠は予想以上に強い衝撃を受けて、近くの木々に激突し、折れて倒れた木々と共に、埃 の中に消えた。 |
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