『17』


「いくぞ!」

 男が、低い体制からダッシュする。
 そのスピードは、誠に勝るとも劣らない。しかし、動かない誠。
 まるで心を落ち着けるかのように抜刀体制のままでたたずんでいる。

「どうした!! 腰ぬかしでもしたか! それともちびったか!」

 言うと同時に男が下から刀を振り上げる。
 土埃と共に鋭い衝撃破が生まれ、誠に幾重も重なって、至近距離から刀の連斬りと同時
に襲い掛かった。
 誠の体が、衝撃破と斬撃に包まれる。
 目を覆う、水波と咲耶。
 だが、その衝撃破は、標的を捕らえる事なく通り過ぎ、何本か太い枝を斬り飛ばしてど
こかへと消えた。

「……何処へ消えた……うっ!」

 男の背後に、凄まじい殺気が襲い掛かる。
 誠は、男の横にいた。至近距離であるなら、気の刃が拡散する前に、全てまとめて避け
られる。それを利用して、そのまま男の側面に移動、そこから背に向けて抜刀したのだ。

「くそぉぉぉっ!!」

 男が、鞘を背中に回して背負い、その刃を交わす。

「下半身がガラ空きだ」

 誠はそう言うと、左手で鞘を振り、男の足をはらった。

「ちいっ!!」

 バランスを崩して転倒する男。その頭上から、誠の刃が襲い掛かる。

「くそ……! 冗談やないで!!」

 後転し、そこからバネを使って後方に飛んで、誠の下方突きを避ける。

(……なんや……こいつ、こんなに強いや聞いとらへんで。……しかも……何や、あの目
 ……まるで……虎……。剣術を志す者がしてええ目と違うで)

 誠は、まるで虎が獲物を追い詰めるかのように研ぎすまされた眼光を向けていた。

(ヤバい。あの目、確実にハマっとる。いかん、ちょっと言い過ぎたかなあ……。もしか
 して、ワイはめられたんか? あいつの話じゃ、そこそこ強い、程度の話やったのに……。
 どないすんねんどうせいちゅうねん。殺されるんだけは勘弁や……)

「ちょっと! 何の騒ぎ!」

 ごつい大きな声が、辺りに響き渡る。

「げげっ!! よ……撚光!!!」
「あ!! 綱(つな)! あんた何やってんの!」
「ワ……ワイか? いやあのその、それはやな……」
「馬鹿! 前見なさい!」
「え?……うおっ!」

 先ほどの再現である。またまた一瞬で綱、と呼ばれた男の懐に飛び込んだ誠が、再び抜
刀する。
 綱は、先ほどの経験から、刀で自分を防御しようとする。
 しかし誠の剣閃が、途中から方向を変え、綱の顔面を狙ってきた。

(あの斬撃の途中から方向転換やと! 嘘やろ!! 何て腕力や!!)

 仰け反ってその剣を躱し、綱は後方に飛び、そのまま枝に飛び移る。

「こうなったらヤケクソや! 正気に戻したる!
 …躱せるもんなら躱してみい!! 神刀巌流 羽矢凪ぎ!!」

 綱が刀を振り回すと、数多くの刃、衝撃破が生まれ、ごう音をあげて誠に集中した。
 幾度となく、誠に衝撃が降り注ぐ。その度に地面が揺れ動き、瓦礫が宙に舞う。

「ま……まこと!!」
「誠さま!!」
「どうや! 数多の鬼を倒したこの技! さすがのあんさんでも……」
「……そろそろ出てくるかしら……三……二……一……」

 撚光がカウントを終えると同時に綱のものとは違う衝撃破が生まれ、そこから誠が飛び
出してきた。
 まるでミサイルのように、綱に向かって飛んでくる。

「……ゼロ。はい、出てきた」
「う……嘘やろ! ……化けもんか! あいつ!!」

 綱に向かう誠。観念して刃を向ける綱。二人の刃が交差しようとしたその時。
 水波の横を、風が通り過ぎる。何者かが、誠と綱の間に割って入った。
 ちょうど二人の刃が交差した所に、もうひとつの刃が差し込まれて、
二人の刀はいとも簡単に弾かれる。
バランスを崩して倒れ込む誠と綱。そして、水波と咲耶が誠に駆け寄る。

「まこと!! 大丈夫!? ねえ!!」
「誠さま!」
「……あ、俺……」
「もう!! しっかりしてよねっ!」

 ばん!! と、水波が、誠の背中を叩く。誠は、それで完全に正気に返った。

「す……すまん」
「……でも、よかった。誠さま、いつもの調子に戻られましたわね」

 咲耶と水波に支えられて、誠が立ち上がった先には、綱、と呼ばれた男が、よろよろと
立ち上がった。
 誠や水波、咲耶の非難の視線が突き刺さる。

「……ワイには、美女の助けは無いねんな……」
「挑発しといて、ワガママ言ってんじゃないわよっ!!」

 水波が噛み付く。
 びくっ、と体を硬直させる綱。

「全く……一体何をやっておるのだ、お前は」

 撚光の後ろから、聞き慣れない女性の声がする。
 踵にかかるか、という位に長い黒い髪の毛をたなびかせ、帯の代わりに金色の金具を腰
に巻いた変わった形の着物を着て、女性が階段を降りてきた。

「綱。お前はまたやったのか。お前の趣味にどうこう言うつもりはないが、あまり私の前
 で暴れてくれるな。見よ。お前達が不用意に騒いだおかげで、森が泣いておるぞ」

 女性は、綱を一睨みする。
 小さくなる綱。

「……なんとか間に合ってよかったわぁ。ありがとね、武(たける)ちゃん。ナイスな飛
 び出しだったわよ」

 撚光は、武、と呼んだ男を見て微笑む。

(たける……?どこかで聞いた気が……)

 誠の視線の先には、誠と同じくらいの背丈をした、短い黒髪の男が、穏やかに撚光に微
笑みかける。
 誠は、武をまじまじと見る。
 そして、思い出した。彼が、自分を鬼切役幹部に推薦した人だという事を。
 まだ自衛隊の一部隊員だった頃から、この人だけは、特別な扱いを受けていた。
 まるで、彼に部隊が動かされているような……。

(蒼真 武(そうま たける)……)

 一瞬、誠は息を飲む。
 誠ならずとも、鬼切役、そして新選組の面々にとって、日本最強と目されている男だか
らである。
 誠の視線に気がついたその男は、温和そうな顔を誠に向けて、にこりと微笑み、手を振
った。

「よう、久しぶりだ。また強くなったみたいだな。……しかし、暴れたな、二人とも。こ
 れ、修理費用いくらかかるか分からないぞ。なあ、綱?」
「うっ……し……知らん! 知らへんで、ワイは」
「ははは……。ああ、誠くん、こいつは、渡辺 綱(わたなべのつな)って変人だ」
「誰がヘンジンやねん!!」
「で、どうだった? 鬼切役の八部衆をコテンパンに叩きのめした感想は」
「え?」
「誠ちゃん、この綱って変人はね、一応、八部衆の一人なのよ」
「……って事は、つまり……」
「そう、まだ器使いが、それと認識される前に、この武ちゃんが日本中を旅してかき集めた
 サムライの一人……まあ、勇者ってよりは、変人だけどね、綱に限っては」
「だ〜か〜ら〜変人言うなぁ!!」
「まったく、お前の大声は、いつ聞いても不快だな。森も動物も泣いておる。静かにせん
 か馬鹿もの」
「……な〜んか、美紀さん、あんたに言われると、ムショ〜にムカつくんやけど、なんで
 やろな武。」
「う〜ん、それは、お前にデリカシーがないからだよ」
「……少しはフォローしてくれ……」

 なんだか、今まで殺気だっていた空気が、あっという間に和んでしまい、誠達は、ちょ
っと不思議な感覚になる。
 もしかしたら、これが蒼真 武、という人間の人徳なのかもしれない。

「……若者。すまない。私の手の者が、いらぬ挑発をして、君を傷つけてしまったようだ。
 私の名は、葛之葉 美姫(くずのは みき)。重ね重ね、詫びを入れよう。どうか、こ
 の通りだ」
「……あ、いや、その」

 彼女は、蒼真 武と共に鬼切役を作り上げたという、器使いの中では最高に有名な人で
ある。
 神子としての力を有しており、水波や咲耶にとっては雲の上の人だ。
 そんな美姫に深々と殊勝に頭を下げられて、とまどう誠。

「ほら、綱!! お前も頭を下げんか!!」
「は……はいはい〜……ごめんなさい」

 こそこそと美紀と呼ばれた女性の側に綱が駆け寄り、頭を下げた。

「あの……いや……その。君が強い、言うから、えーと、ちょっとやりおうてみたかった
 っちゅうか。……しかし、武のアホンダラ、何が『そこそこ』やねん。ワイを殺す気か」
「……」

何だか思いきり力が抜けて、誠は少しよろける。

「なあ、撚光。春菜…違う、頼光のやつは、来とるんか?」
「ん? 来て無いわよ、あの子、東京だからね。ついでに、純……違う、金時(きんとき)
 も来て無いわ。今いるのは、ななちゃんと酒呑童子」
「なんや、あの食いしん坊、来とるんか」

 そこで、ぱん、と武が手をあわせる。

「さて、とりあえず、和解しよう……な、柊くん」
「え? ああ、はい……」
「……では、家に入ろう。食事前の運動としては、なかなかスリリングだったが、とりあ
 えず食事をとった後で、ゆっくりと話し合おう」

 微笑みながら辺りを見渡す武。
 そこにいた者達が、苦笑いしながらも、自然と頷く。

「……武、お前の顔には、何か細工でもしてあるのか?」
「何故だ? 美姫?」
「まるで催眠にでもかかったかのように、みんな頷いたぞ」
「そんなに見たいなら、見てていいよ」
「……この馬鹿者……そんな事を言いたいのではない」

 美姫は顔を近付けた武から目を反らして、頬を染めた。

「お。照れたのか?」
「……この……大馬鹿者!!」

 誠は、何だかこの不思議な空気に居心地の良さを感じていた。
 自分が挑発されてキレた事で、誠は再び「富士決戦」を思い出して嫌な気分になったが、
だが、それでも、何か進展がありそうな予感はした。
 まだ、自分はあの失踪事件の真実のかけらも掴んではいない。
 そう考え、心機一転、誠は神社の階段を登り始めた。
 空は、赤く燃え盛り、涼やかな空気を辺りに捲く。それは、あたかも今までの激闘を優
しく和らげているかのようだった。


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