『20』


 鬼切役。

 その名が器使い達の中から現われるまでには、様々な寄り道、紆余曲折を経る事になる。
 元々、この『鬼切』という名前は、柊 誠が、四年前の富士山麓決戦において凄まじい
戦果をあげた事で、その戦闘能力の凄さを形容して付けられた、誠個人に対する異名だっ
た。
 ここで、当時自衛隊特殊戦術部隊員だった誠は、鬼だけでなく、混乱する戦車部隊を一
個大隊全滅、止めに入った特殊部隊をも壊滅させ、前線で混乱して足手まといになった米
陸軍をたった一人で無力化させてしまった。
 百人を超えるプロの戦術家が、たった一人に完膚なきまでにやられたのだ。
 その間にも、何匹も鬼を斬り殺し、誠の辺り一帯は、炎と血で、赤く染まっていたとい
う。
 数十ミリの鉄板を重ねた重戦車も、低空戦術ヘリも、ことごとく切り刻まれて撃ち落と
された。
 誠はその時には正気を完全に失っていたのだが、刀を使った白兵戦だけではなく、火器
の使い方も非常に巧妙で、その戦いぶりは歴戦のベテランも舌を巻くものだった。そんな
彼等が「奴なら鬼も斬れて当然」と思った
 その畏怖が、誠に『鬼切』という異名を与えたのだった。
 公式には、柊 誠が米軍を壊滅させた、などという記録は残っていない。
 いや、絶対に残せないのだ。
 米軍にしても、鬼に恐怖して、我を忘れた陸軍兵士が同士撃ちを始めた、などと報告は
できなかったし、それを、たった一人の自衛隊員にせん滅させられたなど、絶対に公には
できなかった。
 日本は、誠の行動は器の暴走、という事で片付けていた。また、責任を逃れる意味から、
誠の暴走を、特殊戦術部隊の責任にして、すべてをうやむやにしてしまった。
 そして、特殊戦術部隊は、日輪機甲兵団『アーマーコア』とともに解散。
 ……すべては闇に葬られた。
 それが、誠の世間からの注目をそらす事になり、誠にとっては良かったのだが。
 八人の創始者達は、この誠の暴れっぷりを間近で見ており、新たにできる組織に、その
名前をつける事を決めたという訳である。

 彼等鬼切役の根幹の8人は、総じて『天竜八部集』と呼ばれる。
 『天竜八部集』とは、仏法を守護する、八種類の異類の事をさす。
 それぞれが、天、竜、夜叉、乾闥姿、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩喉羅迦と呼ばれ、竜
神八部、とも呼ばれる。
 天と竜は、八人の中でも極めて能力の高い者に仲間が与える称号であり、葛之葉 美姫
が『天』、蒼真 武が『竜』の称号を持っている。
 実質上、この二人が、鬼切役最強、と言える。
 またこの二人の右腕として、仲間として戦ってきたのが、頼光四天王、と呼ばれる、源
頼光(みなもとのらいこう)を頂点とする鬼退治のエキスパート達である。その中の一人
が、あの渡部 綱だ。
 彼等の称号は、その強力な力が、人を脅かす鬼に効果的であったため、当時の人間が、
その力に対する畏怖の念を込めて、そう呼んだのが始めである。
 鬼を倒す、という目的のために戦いながらも、彼等の力は強力すぎた。
 ゆえに、畏怖されても、尊敬される事は、ほとんどない、と言って良かった。
 鬼切役の創始者達は、自分達の人数がちょうど八人であった事もあり、その異名を、そ
のまま鬼切役となった今でも、その創始者たる責任を担う意味も含めて、『称号』として
使っている。
 誠は、この八人のすぐ下、創始者、蒼真 武の側近とも言える位置に、新に加わる予定
であった。
 だが、誠は、何故自分が評価されているのか、さっぱり分からなかったのだ。
 大きな戦果をあげたようだが、自分の記憶は全くなく、ある記憶といえば水波を小脇に
抱えて、鬼の群れを突っ切った事だけである。
 誠としては、戦場で我を失った気恥ずかしさが何よりも大きかった。
 何故、我を失ったか、その直前までの記憶はあるが、他人に言えるようなものではない。
 本来、強さ、と言うものは、怒りや憎しみから生まれるものではなく、我を忘れ、ただ
怒りに任せてものを壊した行為を、誠は【強さ】だとは思いたくはなかった。そして、そ
んな破壊衝動に身も心も委ねた自分を、誠は心から恥じた。だが、それを表だって言うの
もためらわれたのか、誠は、
「上で命令するだけにはなりたくない」
 と断わった。
 創始者達にしても、彼が拒んでいるという事で無理じいはできず、結局、誠の出世話は
お流れになったのである。
 さて、現在、器使い達は、歪みの向こうから与えられた『器』と呼ばれる霊的なエネル
ギーを物質化させて、武器として、鬼と戦っている。
 だが、器が器、という名前で認識される前までは、それは神聖なものとして、神社や寺、
その他神聖な聖域に奉じられてきた。
 草薙剣や、布都御魂(ふつのみたま)なども、そうである。
 レプリカが飾られた遥か奥深くに、本物の神器は眠っていたのだ。
 鬼が現われた時に、それらを武器として扱えるようにその形式を整えたのが現在の鬼切
役の根幹を担っている八人の鬼切達だ。
 彼等は、人間を食らう鬼を倒すという目的の元、人種や価値基準を超えて数年を経て集
まった。
 偶然器をまとった武器を手にして戦うハメになった者や、先祖代々受け継がれた血筋を
受け継ぐ者。敵同士だった者、そして【人ではない者】……。
 そもそも、武と美姫は、味方同士でもなければ仲が良い訳でもなかった。
 敵同士として、殺しあっていたのである。
 それが、どんな経緯を経て、分かり合い、愛し合い、結婚まで至ったのかは八人の創始
者しか分からないが、今までに至るまでには、数多くの苦難があったと言われている。
 でなければ、【人ではない者】……すなわち【鬼】を、仲間に引き入れる事などできな
いからだ……。

 ……と言う事で、という訳ではないが、ここ光基神社には、その人ならざる者がうろう
ろと歩きまわっていた。

「え? え? え?」

 水波が、そんな彼等を見ながら、いろんな所を指差して、一人で混乱している。
 獣の耳をした少女がお払いをする度に「あうう〜」、少年の顔を見ては「あうう〜」。
 どうも、明らかに鬼である者や、人間でない者が近くにいきなり現れて、しかも開口一
番、「メシ食おう」である。
 彼女の思考が混乱してしまったようだ。

「……何だ、あれ……」

 角の少年が、訝しげに水波を見る。
 そこに、どすうん、という何かが落ちたような大きな音がし、数分後に、渡辺が疲れた
顔で階段を登ってきた。

「あら、綱、もう解いてきたのね。以外と早かったわね」
「……何ぬかしとんねんコラ。全く助けに来ようともせえへんで全く」

 渡辺は、肩と首を交互にぐるぐると回している。

「苦労したで。あの蔓か根か知らへんけど、物凄くキツく縛ってあって、本気出して、こ
 の時間や。あの咲耶って娘、何者やねん……」
「まあまあ。でも、自業自得じゃない。誠ちゃんを挑発して、水波ちゃんや、咲耶ちゃん
 を怒らせるような事言ったんでしょ?」
「……う、まあ、ああ言わな、柊くんワイとまともにやり合おうとは思わへんやろと思っ
 たしな」
「で、誠ちゃん、どうだった?」
「……あれではあかん。昔、何があったか知らへんけど、簡単に挑発に乗り過ぎやな。た
 ぶん、本人もよう分かっとるはずやで。自分の感情を、コントロールでけへんようにな
 っとる。『戦う』という事において、誠くん、よほど苦い思い出でもあるんやろな。そ
 れが、何となくよう分かるで……。しかし、そんなんでは、鬼切役幹部へは、推薦でき
 ん。武や、撚光の気持ちも、分からんではないんやけど、ワイは反対やな」
「誠ちゃん、ずっとキレてたの?」
「いや。本格的にキレたんは、ワイが羽矢凪ぎを撃った直後からやな。……信じられへん
 けど……驚くなよ。あの時、あの柊くん、音速出しとったで。生身でや。マジでビビっ
 たわ。『危機感』が、リミッター外したんやろ。……危険な戦い方やで。もしかしたら、
 いや、間違い無くこのままいったら自爆するで、撚光」
「ねえ、綱」
「なんや、撚光」
「あなた、よっぽどヒドイ事言ったのねえ……」
「あ……あのな」

 撚光と綱の漫才を見ながら、角の少年が話し掛ける。

「なあ、撚光さん、はやく晩メシにしようぜ。もうハラ減ってさあ」
「はう!」

 またまた水波が腕をぱたぱたと振りながら混乱した。
 またかと無視を決め込む角の少年。

「お前はちょっと静かにしてろ」

 誠が水波の両脇を抱えて違う方を向かせる。が、そこには獣耳の少女がいて、また、ば
たばたと混乱する。

「あ〜、柊くん、こういう時はな、こうすんねん」

 綱が、水波の正面にやってきて、その頬を、思いきり、横に引っ張った。
 みょ〜〜ん……
 水波の顔が横に伸びる。

「わはははははは!」

 それを見て、指差して笑う角の少年。

「なにすんのよ、この!!」

 ぽかぺきぽかぽこぱきぽき

「あんぎゃーー」「何で俺までーー!」

 渡辺と角の少年がまとめて水波のねこぱんちのエジキになる。

「あ……元に戻ったわね……」
「冷静に言わないでくださいよ、撚光さん……」

 いつもよりも騒がしい神社で、ちょっと気分が変わって調子が出ない誠。
 そんな誠の袖を、くいくい、と何かが引っ張った。
 ふと、その方向を見下ろすと、猫のような耳をした少女が、じっと誠を見つめている。

「……? あれ? この子は……」

誠が尋ねると、少女は、撚光の後ろにささっと隠れてしまう。

「あら、気に入られたようね、誠ちゃん」
「この子は、何なんですか?撚光さん」
「この子は、ななちゃん。『猫将軍』の幼体よ」
「……ね……猫将軍??」
「中国に伝わる道教(タオ)の神様の1種よ。成体は、あらゆる事象の『予知』が可能と
 され、鬼の出現位置をしっかりと正確に割り出せる力を持っているの。まあ、生きた歪
 み発生センサーみたいなものね。可愛いでしょ猫みみ」

 そこに、水波が現われて、猫みみ少女を、つんつん、と突ついた。
 びくっ、と見を縮めて驚くなな。

「か……かわい〜!!」

 水波に抱きつかれて、「んにゃ〜〜!!!」と、じたばたと暴れる猫みみ少女ななちゃ
ん。

「でも、何で幼体なんですか?」
「さあ……。式神として呼び出したまでは良かったんだけど、何故か、強力な成体じゃな
 く、この小さい子が引っ掛かったのよね。私としては、しっかりとした知識と教養を持
 った、シャムネコのような者を呼んだはずだったんだけど…。残念だわ、ダンディなお
 じさまじゃなくて」

 ……そのななちゃんは、水波に抱き着かれてじたばたと暴れている。
 予知の天才でも、自分に降り掛かった災いは予知できなかったようだ。

「ところで……ななちゃん、って言うのは……」
「ああ、あれ? 私が勝手に付けたの。この子、言葉すらまともに話せなかったからね。
 自分の名前なんて、もともとなかったんじゃないかしら」

 撚光は、ななちゃんを、水波の腕の中から、ひょいっ、と持ち上げる。
 ぶらん、となされるがままのなな。

「名前がない……?」
「向こうの世界が、どう繋がってるかは分からないけど、召還に応じた者は、召還者の命
 令を忠実に守る、という【決まりごと】があるらしいわね。でも、そんな決まりごとを
 作っているにも関わらず、名前は、自分で付けない者もいるのよ。何故か、召還者任せ。
 今召還されている式神のうち、自分で自分の名前を付けてる式神なんて、数えるほどし
 かいないんじゃないかしら」
「……う〜ん、よく分からないな」
「それでいのよ。これは、特殊な召還士や巫女の仕事だからね。召還専門学なんて学ばな
 い方が良いわよ。召還される世界が次元を超えてたくさんあるし、それらを繋ぐ門につ
 いての知識も必要だし、同時間軸世界、並列世界について勉強するなんて、並みの努力
 じゃ無理だから。水波ちゃんや咲耶ちゃん、これからタイヘンね、おほほ。キビシイわ
 よ、美姫ちゃんって。」

 そんな会話を交わしていると、角の少年が、埃まみれで、よろよろとやってきた。

「ああ……何かエラいメにあった………ん?」

 少年は、誠の顔を見ると、襟を正して自己紹介を始めた。

「あ、柊 誠さんだよね。 俺、知ってますよ。撚光さんから、耳タコなくらい聞かされ
 てるから。俺の名前は、酒呑童子(しゅてんどうじ)って呼ばれてる。誠さんたちが、
 いつも戦ってる鬼の仲間だったりするんだけど。あはは。……実際近くで見ると、そん
 なに大きくないなあ。百七十くらい?」

 誠より背が低い酒呑童子は、誠と自分の背を右手を上下させて比べている。

「俺って背丈があんまりないから、あんまりノッポだったら蹴飛ばしてやろうかと思って
 たんだけど、なんだ、あんまり変わらないじゃん。あ、料理って好き? 俺って、向こ
 うでロクなもん食ってなかったから、こっちの食いもんがウマくて……」

 ぺらぺらと喋りながら、にっと人なつっこく笑う酒呑童子。

「誠ちゃん、最初に断っておくけど、この子は仲間よ。それも、武や、美姫、綱達とずっ
 と一緒にいた、鬼切役の古株なの。種族は第二種鬼、戦力は鬼レベルで言うとS。すぐに
 は信じられないかもしれないけど、ヘタに喧嘩売らないでねん。」
「柊くん、こいつの名前、どこかで聞いた事あるやろ。昔、うちのご先祖様が首飛ばした
 鬼の名前や。……昔は敵だったやつらが、何千年も経って生まれ変わったら、何故か仲
 間になっとる。運命も、おもろい事する」
「俺って、あの酒呑童子の生まれ変わりなのかなあ。親はずっと酒呑って名乗ってなかっ
 たから、俺も信じられないけどな。角が生えてきて、そして髪の毛が赤くなって……そ
 れが、酒呑童子の証だと知って……ま、どうでもいいか、そんなの。それより、俺がこ
 んなやつの祖先に負けたっていうのが、どどっちかというとヤだなあ。」
「言うたな、このクソガキ。」

 渡辺が酒呑童子を小突き回す。

「俺、どっちかって言うと、この世界が好きなんだ。特に食べ物が美味しい。こっちは、
 旨い料理がいっぱいあるから。こんないい世界を、奴等のいいようにされちゃ、たまら
 ないよな。」
「素直じゃないわねえ」
「な……何だよ」

 ふふふん、と、撚光が意地悪い目つきで酒呑童子を見つめる。

「好きな娘がいるんでしょ?」
「だーっ! うるさいな! 黙ってろよ撚光さん!」
「お〜っほっほっほっほっほ! やっぱりまだまだコ・ド・モ。名前の割にはお酒だって、
 ま〜だ全然飲めないくせにね。嘘がヘタクソね〜うほほほほほほほほほほほほほほ。」
「……何かムカつく。もういい。俺は、先に料理作ってるから」

 そう言って立ち上がった時、咲耶とぶつかってしまう。

「きゃっ……あら、可愛らしい。撚光さま、この子は?」
「この子は、酒天童子っていうの、童子って名前の通り、コドモなの〜」
「あ〜っ、うるさい!」
「まあまあ、そう怒らないで。仲良く致しましょう」
「ああ〜っ、オレは晩ご飯が食べたいんだ〜〜! ちょっとそこどいてよ、おばさん!」
「……おばっ……」

 きらりん、と咲耶の目が光る。
 しゅるしゅると咲耶の周りから木の蔓や根が飛び出して、渡辺の時と同様、酒天童子の
体をぐるぐる巻きにする。

「あ? お? え?」

 そして、そのまま持ち上げて、どすん、びたん、と叩き付け始めた。
 唖然とする誠と水波。

「うお! あおう! ひゃあ!! いやあ!! やめて!!」
「おほほほほほほ」

 おばさんと言われて恐らくキレたであろう咲耶は、そのまま酒天童子を振り回す。

「もう言いません! お姉さん! お姉様ぁ!」

 咲耶は、その言葉を聞いた瞬間……

 どすっ。

 木の幹に、酒天童子の角をほぼ垂直に突き刺した。

「げっ、と……取れない! だ……誰か助けてー!」

 木の幹に角を刺したままでじたばたともがく酒呑童子。

「……こっちでは刺さっとるのか。全く、綱といいお前といい……」

 美姫は完全に呆れ返っている。武は隣で……

「あっはっはっはっはっはっはっ」

 ……大笑いしていた。

「……渡辺さまと同様、しばらく反省なさいませ」

 すたすたと去って行く咲耶。
 その時、咲耶だけは怒らせないように、「お姉様」と呼ぶようにしようと酒天と渡辺は
固く心に誓った。

「まずは、ご飯ね。誠ちゃんと、水波ちゃん、咲耶ちゃんは後で個別に話があるから、食
 べた後にちょっと私の部屋に寄ってね」
「……って、おい! 俺はこのまんまかい!!」
「同情するで、わっぱ。相手が悪かったなあ。まあ、飽きたら降りてこいや。」
「同情してんなら降ろせコラー!」

 黄昏時の光基神社には、酒天童子の喚き声が、夜が更けるまで快活に響き渡った。

                   $

 食事は、神社の裏手の、撚光の家で行われた。
 長い机を囲んで、座布団に腰をおろして、大勢の人間が、同じおかずを摘んでいた。
 なんとか角を抜いてきた酒天童子は、咲耶の後ろをびくびくしながら通り抜け、お目当
てのご飯にありつくと、凄い勢いで頬張りはじめた。
 育ち盛りかくあるべし、と言うような、良い食べっぷりである。
 誠は、ここで、ほんの少しだけ、自分達の仕事について話した。

「う〜ん、その、柊くんがアヤシイと思とる、一生と御月って、どんなヤツ?」

 渡辺が、誠の向かいに座り、おかずを摘みながら誠に声をかける。

「一生さんは……ただの俺のカンかな……。何か色々とひっかかる所があるな、という思
 いがいつもあって、それで調べてもらおうと思ったんだ。陽の方は……絶対に何か隠し
 ているような気がする。暴漢に襲われた時の戦い方といい、翼の生えた鬼との戦いでの
 落ち着きぶりといい、ただ者じゃない事は、よく分かる。しかし、二人とも、調査には
 協力的だったし、悪意は全く感じなかったんだけど……」
「柊君。人というものは、外見だけで判断できるものではないぞ。どんなに笑顔の仮面を
 被っていても、その内面に、ドス黒い何かを隠して無いなどとは、誰にも断言はできん」
「美姫はん、あんたいっつもカッタイなあ。そんなに疑ってかかっても、な〜にも得はせ
 えへんで。」
「私は得がしたい訳ではない。ただ、一日仲良くなったからといって、その人間の全てが
 分かった気になるのは危険だ、と言っているのだ」
「でも、二人とも、すっごく良い人達だったよ?悪い人には見えなかったよ。ねえ、まこ
 と。」
「ん? ああ、そうだな。感じの良い二人だったよな」
「ま、何にせよ、明日には彼等の調査結果がある程度出てくるわ。それまで待ちましょ」

 作戦会議のようにも見えるが、皆して一生懸命箸を動かしているので、やはりどこか真
面目さには欠けてしまう。
 鬼切役の実質的にリーダー格である武は、静かに聞き、そして頷くだけだった。

「……あの……咲耶お姉様、美味しいですか? 俺の作った煮物……」
「ええ、とっても美味しいですわよ。……でも、ダシの取り方がイマイちですわね」
「が〜〜ん」
「精進なさいませ。ほほほ」
「あたしは美味しいよ、むぐむぐ」

 完全に酒天は圧倒されている。もう当分は、借りてきた猫のように、咲耶の前では大人
しくなるだろう。
 ここに集った者達は、朗らかに語り合っているが、その正体は、鬼切役の最強の天と竜
の称号を持つ者や、幹部、強力な力を持つ鬼、予知能力を持つ異世界の猫神、鬼と人との
ハーフ、陰陽師としての潜在能力を持つ者、そして……たった一人で、米陸軍一個大隊と
鬼の群れをせん滅させた男。
 冷静に考えれば、凄い人物が揃っている。まるでお化け屋敷だ。たぶん、彼等だけで軍
隊を軽く潰せるだろう。
 だが、そんな事を感じさせないのは、彼等のおおらかさがあるのかもしれない。
 だが、この平穏がいつまでも続く等とは、誰も思っていなかった。
 それを証明するかのように、翌日、光基神社には、鬼切役諜報員より天水村の凶報を聞
く事になるのだ……。


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