『21』


「こらっ」

 びすっ。
 撚光のチョップが、水波の頭に飛んできた。


「……うにゅ?」
「うにゅ?……じゃないでしょ。もう。勉強始めてたった5分で寝ないの」
「……眠い……」
「眠い、じゃありません。さあさ、教科書開いて」
「うにゅ……」

 がさごそ。ぱらぱらぱら。
 ここは、撚光の家の一室。宣言通り、撚光が水波に勉強を教えているのだ。

「さ、さっきの続きからよ。ここは、教科書にある通り、Whatにかかる所だから……」

 こくりこくり

「こら。言ったそばから寝ないの!」
「うにゅ?」
「開いてるページが違うわよ」
「ぐー」
「寝ない!」

 びすっ

「うー?」

 撚光は、はあ、とひとつため息をつくと、水波を呆れたように見る。

「……しょうがないわね〜。もう、勉強の時は、まるで睡眠薬でもあおったかのように静
 かになるんだから」
「……だって〜」
「ちょっと空気を入れ替えましょうか。水波ちゃん、あなた、外の空気を吸って、顔でも
 洗ってきなさい」
「はあ〜〜い」

 とてとてと、水波が和室を出て行く。
 そこに、入れ違いで、咲耶が通り掛かった。

「あら? もうお勉強、終りましたの?」
「まさか。始めて即寝るから、顔を洗いに出て行かせたの」

 咲耶は、あらあら、と呆れた顔で微笑む。

「咲耶ちゃん、どうせだから、少しお話しましょう。聞きたい事があるしね」
「ええ、いいですわよ」

 咲耶は、しずしずと和室に入り、水波が座っていた所に畏まる。

「私はね、咲耶ちゃん。だいたいの事情は分かっているつもり。あなたの体の事も、あの
 桜の事も、そして、あなたのお父さんについてもね……」

 咲耶の表情が、少しだけ硬くなる。

「あなたの体の事は、あなた自身の問題ね。でも、あなたのお父さんの事、桜の事だけは、
 黙認しておく訳にはいかないわ。……誠ちゃんには、まだ事の真相は話していないわね」
「ええ。……私が表立って動けば、父や、その周りにいる者を、いたずらに刺激してしま
 います。それに、私が言う事をきかない、と言う事が分かれば、私を誘き寄せるために
 も存在している父は、用済みとして、処分されかねません……。
 おそらくは、実験成果だけを横取りして、父ら関係者を処分するでしょう。……昔父が
 藤堂グループの研究仲間にやったように……」

 咲耶は心を落ち着かせるように一息つくと、目を伏せて再び語り出す。

「父は……とても優しい人でした……。私は、今も、父は昔の心を持ち続けていると信じ
 ています……。だから……父を救うためにも、あまり派手に動けなかったのです」
「……だから……誠ちゃんが、自分から真相に近付くように促した」
「はい。誠さまが派手に動いてくださったおかげで、私は、父達の目から外れました。私
 は、あくまで保護されるべき存在、何も知らない女性として、自分を偽る事ができた」
「それで、咲耶ちゃん、あなたの目的は何?」
「父の恐ろしい実験を止めてもらいたいのです。でも私だけではどうしようもない。だか
 ら、信頼できる仲間が欲しかった」
「……あなたのお父さん、昔藤堂グループにいたわね……。そこで、あるプロジェクトに
 関わっていた……。今、その実験をもとに、不気味な実験を行っている。……咲耶ちゃ
 ん、できれば、私にだけでもほんとの事、教えてくれない?」
「さすがは、撚光様。お見通しですのね」

 咲耶は、少しだけ俯いて考え込むと、ゆっくりと頷いた。

「父が行っているのは、ナノマシンと遺伝子工学を使って、人と、それ以外の動植物を融
 合させる実験です……。研究名は、『ナノマシ・フュージョン・プロジェクト』。本来
 は、特定の動物の長所を、ナノマシンを使って人間の体に常駐させる事が主な目的でし
 た。人間にとって有害な病原菌に抗体を持つ動植物と融合する事で、病気を無効化させ
 たり。そういった、人にとって有利になるような実験を行うものでした。………でも。
 おそらく、父が目標にしているのは、人間と鬼との融合です。そして、その融合体を使
 う事で、器の持つ力を、ある程度無効化しようとしています」

 撚光は、鋭い視線を咲耶に向けながら、その話を聞いている。

「……そして、その実験結果を応用して……母を……」

咲耶の表情が、少し歪んだ。

「母を……蘇生させる気なのです……」

 撚光は、大きく息をひとつついた。

「……それは、『鬼の再生』ってことになるわね」
「……そういう……事になりますわね。母は、鬼でしたから」
「器に対して、何の抵抗も持たない鬼の側にとっては、涎が出る程欲しい技術でしょうね。
 ……でも、もしかすると……」
「何ですの?」
「咲耶ちゃん……あなたのお父さんの実験、もしかするととんでもないものかも……人間
 世界を、無茶苦茶にできるような……」
「どういう事ですの?」
「この日本だけではなく、世界には、破滅をもたらすような魔王の伝承がいくつも残って
 いるわ。この日本にもね。ここ日本では、『大嶽丸』や『悪路王』(あくろおう)が有
 名ね。……もし、そういった、強大な魔王を蘇らせたりしたら……」

 咲耶が、目線を上げる。

「……凄まじい事になるわ。四年前でも、人間と鬼の戦力差は大きかった。………これ以
 上その差が広がったら、本当にとんでもない事になる。そして咲耶ちゃん、あの桜が敵
 の手に移るのも、もっと頂けないわね」
「……くれない……ざくら、ですね」
「咲耶ちゃん、単刀直入に言うわ。あの桜………『器』ね。しかも、『オリジナル』。
 しかも、その『根』は、かなり広範囲に広がっている。あなたがその気になれば、少な
 くともアジア全域の植物を自在に枯らしたり、再生させたりできるわ」
「……ご存じでしたのね」
「すぐに分かったわ。武ちゃんの「草薙剣」が反応したのよ。それで、すぐに理解できた
 わ。オリジナル同士が、共鳴していたからね。……あれ、いつから使いこなせるように
 なったの? 紅桜は、数少ない【意志を持つオリジナル】よ。あれを使いこなすには、
 長い時間と経験がいるわ」
「あの桜は、生まれた頃から、私のそばにありました……いえ……あれは、元々、母の所
 有物であったのです……」
「なるほどね……『器』は、鬼の世界からもたらされた、ある意味『オーバーテクノロジ
 ー』……。あなたのお母さんが持っていたのであれば、何の不思議もないわね」

 撚光が座ぶとんに座り直し、咲耶を見つめる。
 咲耶はそんな撚光を見つめ、静かに呟く。

「……母を知っているのですね」
「ええ……。真緒……数千年前に、紅葉のナンバー2として、鬼武、熊武、鷲王、伊賀瀬
 と共に人間世界を震え上がらせた女性」
「……その通りです。母は、植物を自在に操り、森を動かし、川の流れを変え、道を造り、
 紅葉の軍勢に大きく貢献しました」
「……でも、ある時、真緒は気がついたのね。自然の雄大さを。そして、その美しさを。
 そこに住まう、人の優しさと愛情を……」
「母は、紅桜の苗木を盗み出して、紅葉の居城から脱走しました。そして、歪みを通り抜
 け、数千年を経た今の世界で隠れるように過ごし……私の父……一生 正臣と出会った
 のです。……父は、母と愛し合い、私が生まれました……。でも、父のいるこの世代に
 なると、もう、その空気と自然の少なさは、母がまともに生きていけるレベルを、遥か
 に下回っていたのです」
「そして、あなたとあなたのお父さん……一生を残して、亡くなった。紅桜は、植物の形
 をとってこちらの世界に順応し、その力は、あなたに受け継がれた」
「私は、できるなら、このまま静かに暮らしていきたかった。母に比べて、自然の空気の
 薄い所でもある程度は生きていけますが……でも、それでも私には、安らぎと自然が必
 要なのです」

 撚光は、肩を、とんとん、と叩くと、座布団から立ち上がる。
 そして、お茶を煎れて、咲耶の前に出した。

「……大変な事件に巻き込まれたわね、誠ちゃんも」
「……すみません」
「何言ってるの。あなたが悪い訳じゃないわ。あなたが誠ちゃんを頼ったのは、間違いじ
 ゃないわ。今のまま、黙って頼って甘えてなさい」
「……はい……ありがとうございます」

咲耶は、優しく微笑むと、少しだけ苦い緑茶を、口に含んだ。

                   $

「うふわあぁぁぁぁぁ〜〜……ふにゅにゅ……」

 水波は、目覚ましに、夜も更けた神社の周りを、うろうろと散歩していた。
 と、その視線の端に、人の気配を感じた。
 何気なくそちらの方に向くと、そこには、武と美姫…鬼切役の2トップが、仲良く寄り
添っていた。

(おおっ、こりわっ)

 今までの眠気は何処へやら、水波は、がさささっ、と近付いて、聞き耳を立てていた。
 神社の薄明かりの向こうで、武と美姫が何やら話している。
 水波は、そっと耳をそばだてた。

「……いいのか、武? このまま柊 誠に任せておいて。これは、今のあの男には、荷が
 重い仕事だぞ」
「……そうだな」
「分かっているのであれば、何故、やらせようとする。お前と私が行けば、少なくとも犠
 牲は柊 誠が行くよりは減る」
「……あの鷲王を元に戻せるのは、同じ苦しみを背負った、誠君しかいないんだよ」
「……何?」
「鷲王は、人間だ。それも、つい最近、本物の鷲王と入れ代わっている。本物を倒して」
「……なんだと?」
「人間を信じられなくなる程に悲しい出来事があったんだよ。今の鷲王には、人を助ける
 ような心は、一切持っていない。……それに」
「……それに?」
「彼は、俺や誠君と同じ、夢想神伝流の使い手だ」
「……それは本当か!?」
「……彼でなくてはだめなんだ…同じく、人を救うための剣を使う者として……。それを、
 明日、じっくりと話すつもりだ」
「……武……お前が何を思っているかはあえて聞かん。だが、どんな時でも、これだけは
 忘れないで欲しい。……私は、お前が傷ついたら、傷つけた者を、絶対に許さない……
 おそらく、地の奥底、天の頂点、地平線の果てまで追い掛け、追いつめて殺す」
「……物騒な事を言うなよ……」

武は、少し苦笑いする。

「それほどに、お前の存在は、私の中では大きくなってしまった。お前が、こんな心があ
 る事を教えてくれたのだ。空虚だった私に……。今回、お前が柊 誠を行かせようとす
 るのは、何か理由があっての事だろう。だが、もし、お前が、柊と共に死地に赴くつも
 りであるのなら……」
「……大丈夫だ。その時は、お前も一緒だよ。」
「武……」
「それに、俺は死なない。誰かが俺が死んで悲しむ限り、俺は自ら死を選んだりはしない。
 それだけは、絶対に誓おう。だから、俺を信じてくれ」

 水波は、そっとその場を離れた。
 誠が、もしかすると、またあの村に行くかもしれない。いや、絶対に行くだろう。
 その時は、絶対に咲耶も一緒だ。
 じゃあ、自分は……? 自分は、誠に付いて行っていいのだろうか……?

 水波は、俯いたまま、神社の外れ、そこにある小さな池まで来ていた。
 どうやって来たのかは、よく分かっていない。彼女の頭にあったのは、一つの事だけだ。

 自分を、誠は必要としてくれるのだろうか?

 水波は、池に自分の顔を写してみた。
 その顔の上に、もうひとつ顔が現れて、水波は、びっくりして顔をひっこめた。
 その後頭部が、布地にあたって、水波は、

「うっひゃああああ!!」

 と、頭を抱えてばたばたともがいた。

「何をしてらっしゃいますの?」
「……ほえ? さ……咲耶さん??」

 きょとん、と咲耶を見つめる水波。それに優しく微笑み返す咲耶。

「こんな所まで来て…。お勉強、まだ途中でしたわよね?」
「あう……」
「さあ、戻りましょう。撚光様が、心配してましたわよ。遅い、って。」

 咲耶は、水波に手を差し伸べる。水波は、その手をぎゅ、と握って、咲耶に話し掛ける。

「咲耶さん、誠と、昔からの知り合いなの?」

 咲耶は、少し目を丸くしたが、微笑んで言った。

「ええ。そうですわ。……誠さまが覚えていれば、の話ですけど……」
「誠、覚えて無いの?」
「ええ、困った事に。……私ね、昔、あの村に越してきた時も、どこからかの噂がもとで、
 鬼だなんだといじめられた事がありましたの」

 咲耶は、水波に、昔話を始めた。

 咲耶は、まだ九歳か十歳くらいだっただろうか。その頃の咲耶は、まだ力にも目覚めて
いない、普通の少女だった。だがそんな咲耶に対して、同じ世代の子供は、いじめの対象
としてしか咲耶を見ていなかった。
 もしかすると、鬼が活発に行動し始め、不穏になりかけた時期だけに、何かやつあたり
する対象が欲しかったのかもしれない。
 咲耶は、そんな対象にされる程に無力だった。
 子供ならではの残虐さと陰険さは、日に日に度を増して、咲耶はある時、大きな傷を負
う程にいじめられた。
 頭を殴られ、腹を蹴られ、それでも周りの子供は楽しそうにしていた。
「鬼をやっつけた」
 そういって笑っていた。
 咲耶は、激痛と悔しさで泣き腫らしていた。そんな咲耶に対して、再び蹴りを入れよう
と一人の子供が足を振り上げた時……

「ぎゃあっ!」

 子供が、頭を抱えてごろごろともがきながら転がった。

「弱いものいじめなんかするな!」

 太い棒を持った、同じ位の男の子が、睨みをきかせながら、複数の子供から咲耶をかば
って立ちふさがった。
 そして、咲耶をいじめていた子供たちを、かたっぱしから殴り倒していった。
 子供たちは、顔を押さえ、腹を押さえて、うめき、泣きながら、四つん這いで逃げて行
った。
 男の子は、泣き止まない咲耶をおんぶして、自分の家、と思しき所まで連れて行った。
 そこで待っていたのは、男の子の父親の、げんこつだった。
 そして、その後不敵に笑って、こう言った。

「武芸を嗜む者が、それを人を傷つける事に使ってはいかん、とあれほど言っただろう。
 ……だが、よくやった、誠。お前が、この娘を無視して立ち去っていたなら、げんこつ
 くらいでは済まさなかった」

 その後、誠の父は、自分の子供を傷つけられた、と文句を言いに来た親を、片っ端から
喝を入れて追い返した。
 その時に文句を言いに来た親達の情けない顔とは対称的に、その少年の父親は大きく、
威厳に溢れているように感じた。
 その親子の姿は、小さい咲耶には、本物のヒーローに見えた……。

「その時の傷が……これですわ。」

 咲耶が、髪の毛をそっとかきあげると、そこには消えかかってはいるものの、
大きな傷跡があった。

「昨日誠さまが現れた時、すぐに分かりましたわ。だって、昔とまるで変わっていないん
 ですもの……」

 そう言って微笑む咲耶を見、水波は視線を落とした。

「ねえ、咲耶さん、わたしって、誠に必要とされてるのかなあ……」
「どうしたんですの?いきなり。いつもらしくわりませんわよ」
「だって、まことったら、私の事も、まるで覚えてないんだもん。私だって、まことに助
 けられたのにさ」

 水波は、4年前の富士決戦に、陰陽師見習いとしてその場にいた。
 だが、この時代、陰陽師の数はそれほど多く無く、水波は数多く仲間がやられる中で、
いつの間にか鬼に囲まれて一人孤立してしまっていた。
 他の仲間は、「助けられない」と判断したのか、まるで無視して撤退を始めてしまった。
 この頃の水波は、陰陽の力など殆ど持っていなかった。鬼の咆哮に腰を抜かして、顔に
流れる涙も分からなくなり、死を覚悟した時、誠が現れたのだ。
 あっという間だった。赤や青、白、黒に彩られた衝撃が次々と鬼を飲み込み、なぎ倒し
蹴散らした。
 水波の周りは、只の焦土と化し、鬼の気配は瞬きする間に消え去った。
 そして、そこに現れたのが誠である。
 実際には、誠だけではなく、土方など後に新選組の中核を担う者や、シヴァリース直属
の傭兵部隊、『エインヘリアル』もいたのだが、誠は気付いていない。
 それは当然で、誠は、半分正気を失った状態だったからだ。
 行くぞ、と腕を引っ張られても、水波は泣きじゃくりながら、その場から動けなかった。

「もうダメだよう。いくら頑張ってもダメだよう。こんなんで勝てたら奇跡だよぉ」

 その時、誠が言った。

「奇跡ってやつは、起こらない事に使うものじゃない。起こったから奇跡って呼ぶんだ。
 奇跡は、俺達が起こすものなんだ!」
「そんなのヘ理屈だよう。」
「ヘ理屈でもなんでも、もう俺はこんなのたくさんだ!」

 そう言って、誠は水波を担ぎ上げた。

「もう、誰も殺させない! 絶対にだ! 奇跡なら、俺が起こしてやる!」

 誠は、鬼の群れに突っ込んでいった。
 この行為が、周りの者を奮起させたのかは分からない。だが、この後、器使いや、機甲
兵団の動きが格段に良くなり、人間達は、なんとか鬼を食い止める事に成功した……。

「それなのに、まことったら、久しぶりに会ったのに『この子だれ?』なリアクション。
 も〜、すっごいムカつく」

 水波は、体育座りで膝を抱えこむ。

「まことにまた会える、ってだけで、私嬉しかったのに。あの時のお礼を言おう、でも、
 何って言ったらいいんだろう……って、そんな事ばかり考えていたのに。『この娘は?』
 はないわよ……もう!』

 水波は、はあ〜、とひとつため息をつく。

「もしかしたら、すぐに忘れられるくらいに、私ってどうでもいいのかな……」

 そんな水波を、背中から咲耶が、ぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫。いずれ、必ず思い出してくれますわ。だって、水波さんは、何も悪いことをし
 てませんもの……。……ねえ、水波さん、私と水波さんって、似たもの同士ね」
「……え?」
「誠さまが、好きなんでしょう?」
「……う」

 水波の顔が赤くなる。

「私もですわ。……でもね、誠さまは、まるでそんな事分かっていない……」
「咲耶さん……」
「私……水波さんの事も、大好きですわ。だから、これっきり、なんて言うのはやっぱり
 嫌」

 水波は、自分を抱えている咲耶の腕を、ぎゅ、と握る。

「だから……これからも、お友達でいましょう。どんな事があっても、ずっと親友でいま
 しょう。何かあったら、私を頼ってくださって結構ですわ。だから、私も、水波さんを
 頼ってもいいですわよね?」
「う……うん! ……ずっと、友達でいようね」
「約束」
「うん、約束……」

 水波は、出された小指に、自分の小指を絡めると、ぶんぶんっ、と降った。
 ……そんな二人の後方数メートルの草影に、二つの大柄な体格の影があった。

「へえ、そんな事があったんやな……」
「……誠ちゃん、本当に覚えて無いのね……。全く、女泣かせなんだから」
「あれ、撚光さんに、渡辺さん……。何やってるんですかこんな所で」

 いきなり後ろから声をかけられて、撚光と渡辺が飛び上がる。

「うわっ、誠君! いつからそこにっ」
「ちょっと夜の見回りに……で、何かあったんですかここに」

 彼等の目線を追ってみると、咲耶と水波の姿が見える。

「盗み聞きでもしてたんですか?」
「いや〜、ええ話やったなあ。わい、泣きそうになったで……それにしても人聞き悪いな
 誠君。それを言うなら、ここにいる撚光も同罪やで」
「……うるさいわね! 出て行く機会を逸しただけよ!」
「ふうん、まあええけどなー」
「……何だかムカつくわね、こいつ」
「……何だかよく分かりませんけど……、さっさと戻りましょう、撚光さん、渡辺さん」
「そうね。帰りましょうか。さあ! あんたも戻るのよ!」

 撚光は、綱の耳をむんず、と掴むと、そのまま引っ張って行く。

「あいだだだだだ! 痛い! 痛いっすよ! 撚光さん!!」
「静かにしなさい! 夜なんだから!」
「何やってるんだか……。」

 そんな三人に気付く事なく、水波と咲耶もまた、仲良く池を後にした。


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