『23』 「やれやれ、着いたか……さあ、どうすんだ、奈々美……ってあれ、どこ行った、奈々美?」 白い家に着いたまでは良かったが、奈々美は、いつの間にか消えてしまっていた。 「こっち」 白い家の角から、ひょこ、っと顔を出した奈々美は、裏手に陽を呼ぶ。 陽は、白い家と奈々美とを、交互に見比べながら、奈々美の言われるままに白い家を後 にした。 「……あそこって、もう誰も住んでいないのか?」 陽が、疑問だった事を尋ねる。 「うん。もう、使われなくなって十年以上になる、って、お父さんが言ってた。」 「……お父さん、ねえ。しかも、使われなくなって、か」 『住む』と言わず『使う』と言った奈々美を見やり、あの白い家を想像して、陽はその 言葉に納得した。そして、陽は思案する。 そのお父さん、って奴が、おそらくクライアントだろう。もうすぐ拝めるって訳だ。 陽はそう思い、黙ったまま、奈々美の後を付いて行った。 奈々美は、白い家の後ろに広がる林の中に入って行く。そして、小さな丘まで辿り着い た。 「ここ」 そして、奈々美が指差した所を見て、陽は言葉を失った。 「おい……。墓場じゃねえか……」 「うん。おはか」 「うん、おはか、じゃねえだろ。一体ここの何処に家があるってんだ」 「あるよ」 そんな疑問を気にする様子もなく、奈々美はとことこと、墓地の中に入って行く。 そして、一際大きな一つの墓の前で立ち止まった。 その墓は、丘の一部を刳り貫き、周りをコンクリートで整地した大きな敷地の中にあり、 その面積は、他を圧倒していた。 その墓には、『一生家代々之墓』と掘られ、横には、『一生 真緒』と小さく掘られた 文字があった。 (一生……? ……真緒……??) 「ひなた、行こう」 そう言って、奈々見は、陽を呼び、そして、刳り貫かれ、コンクリートで固められた墓 の角に向かい、ある壁部分を押した。 『シモン……ショウゴウ・シマシタ』 そう声が聞こえ、陽は少し肝を抜かれた。 「おい、何だ、今の声」 「入れるよ」 奈々美がそう言うと、墓の壁の一部がずれ、自動ドアのように横に開いた。 「……墓にこういうもん作るか? 普通……」 陽は半分あきれ顔でその戸を見つめていた陽だったが、奈々美が腕を引っ張るまま、そ の中に入って行く。 中は鉄筋で覆われており、『家』としてのぬくもりは一切感じられない。 途中、幾度か指紋、もしくは光彩の称号があり、奈々美は黙々とそれに従って手や目を 壁にくっつけていた。 虹彩を調べる度に奈々美が額をぶつけて痛がる。ドアが開く。エレベータが下がる。 そして、それを何度が繰り返した時、陽の視界が一気に開けた。 「……マジかよ………」 陽が目を向けたそこは、広大な施設だった。 天井がおそろしく高い事から、陽は、かなり下に降りてきたのだと悟った。 下方に目を向けると、広大な敷地に数多くの透明な円筒のガラスケースがあり、そこに 幾人もの白衣の人間が、紙とペンを手に、何か言い合っている。 陽が出てきたそこは、床以外をガラスで覆われ、白衣の者達が忙しく動く所からは、か なり高い位置にあった。 何か行っている事が、上から丸見えである。 「何者だこいつら……何してる……」 陽が下方を凝視している間、奈々美はきょろきょろと辺を見渡している。 「え……と」 奈々美が、壁の幾つものスイッチの一つを押すと、床が駆動音と共に動き始めた。 そこに、奈々美、そして陽が続いて乗る。 (参ったな、こりゃあ……。クライアントはタダもんじゃねえぞ。少なくとも、これだけ の施設を造り、そこに働く人間を雇用できる……それに加えて……) 陽がガラスケースに目を凝らす。ナノマシンにより強化された視神系は、視力八近くま でその視界を広げる。脳にいたる視神系の情報を、ナノマシンが補完するためだ。 陽はあるガラスケースを見て硬直する。 その円筒のガラスケースの中には、異形のものが静かに眠っていた。 まだ、内蔵のようなものだけが浮いている円筒もある。内蔵だけ、または体の一部と思 わしきものだけが別々に保管されたケースもある。 その側では、白衣の男女が、黙々と、あるいは騒々しく、何か書いたり、薬品の調合を 行ったり、機材に手を入れて何かをいじっていた。 (……何だよ、ここは……) 陽は、黙って奈々美に付き従っていたが、妙な感覚に襲われて、正直帰りたくなった。 まずい。これはまずい。本当に本気でまずい。 そんな気持ちが、動く床の先にある扉を見る度に呼び起こされ、陽の頬からはいつの間 にか冷や汗が滲んでくる。 「どうしたの?」 「……何でもねえよ。ワクワクしてるだけさ、心配すんなって」 奈々美にそう答えたものの、嫌な気分は、全然拭えなかった。 ふと、奈々美を見ると、彼女も、気のせいか、少し緊張しているようにも思える。 動く床が、その動きを止めた。奈々美は、その先にとことこと歩いて行く。 そして、行き止まりの壁に突き当たる。 「……お……おい」 「ひなた、ここ。お父さんのとこ」 陽の方に顔を向けたままで、壁の一部に奈々美が手を当てると、電子音がし、そして縦 に、横に、幾重にも重なった鉄の板が、高速で何枚も連続で開いて行く。 そして、丸く開かれたその穴の向こう側に、また通路、その突き当たりはT字に別れ、 一つの普通の扉がその突き当たりにあった。 (……もう、行くっきゃねえか) 陽は、ふう、とひとつ深呼吸すると、その扉に向かって、ずかずか歩いていく。 奈々美は、その後ろを、とことこと付いてくる。 そして……。 「ごめんくださーい!」 そう言って、思いきり、目の前にある扉を開いた。 そして、陽は目を見開いたまま固まった。 「あ……あんた、一生さんじゃねえか……!」 そこには、一生がいた。 誠に仕事の依頼をし、夜、一緒に鍋を囲んだ、あの一生がだ。 「おや、これはこれは、珍しいお客さんだ。……ん、おお、帰ったか、奈々美。」 一生が目線を奈々美に向けると、奈々美が、びくっ、と肩を竦める。 「咲耶奪取には……失敗したようだな」 「……ごめんなさい……」 「……言っただろう……? お父さんの言い付けが守れなければ……廃棄する……と」 「ハイキ……? 何言ってんだよ、一生さん。あんた、ここで何やってんだ! あの奇妙 な物体は何なんだ!」 「あれかね。あれは、人類の夢と進化を司るものだよ……御月君」 そう言って陽に向き合った一生の表情は、あの穏やかさをまるで欠いた、病的な視線を 持った顔だった。 「まあ、コーヒーでもどうかね。私はこれでも豆にはうるさくてね。自前のコーヒーメー カーまでここに持ち込んでいるんだよ。」 「…………」 「ふふ、どうやら怪んでいるようだね……。奈々美」 「……はい」 「美味しくできたか、味見してあげなさい」 奈々美は、言われた通りに、一生が煎れたコーヒーを一口含んで、カップを陽に差し出 した。 「……何やってんだよ」 「ほほう、食べ物を口に入れる事にためらいがなくなったな。御月君、君がこの子に何か ごちそうしてくれたのかね?」 「ああ」 「いやいや、礼を言うよ。彼女には、ろくなものを食べさせてなかったからねえ」 「……あんたの娘、だろ……」 一生の態度が、あまりになれなれしく、それを不気味に感じた陽は、一生から距離を置 こうとする。 「一生さん、あんた、何者だ」 「おや?君なら、とっくに調べていると思ったよ。『インヴァイダー』」 「ふん。『村役人』だろ?あんたの経歴は、どこをとっても普通すぎだ。付け入る隙がさ っぱり無くて、それが帰って気味悪かったぜ」 「ふふ、気味が悪い、かね」 「臓器売買に手を染める男だ。経歴詐称くらい、なんて事ないんだろうな」 それを聞いた一生の表情が、愉快そうに歪む。 「臓器売買…?? ふ……ふふふ……ふふふ……ふはははは!」 「……何がおかしい!!」 「はははは! 臓器売買か! その程度の事しか考えられなかったとはな!」 「じゃなきゃあ、何だってんだ!」 「言っただろう。これは、人類の未来と、進化のためなのだ」 「未来? 進化だあ!?」 「そうとも。そのために、私は、有能な人材と、材料を集めた……」 「材料?……ま……まさか……あんた!」 「私が過去培った、遺伝子医療、細菌学、ナノマシン技術を応用すれば、無能な一般人も 未来を担う者に産まれかわれるのだよ」 一生の表情は、とても、あの穏やかで気弱な一生と同一人物とは思えなかった。 「そのために……そのために何の罪もない人間をさらって……殺したのか?」 「殺した? 人聞きの悪い。私はね、生まれ変わらせてあげただけだよ……」 「ふざけんじゃねえ! あんたの歪んだ思想やエゴのために、尊い人間の命を粗末にする んじゃねえ!」 「やれやれ……、分からない若者だ。」 「……この事が公になれば、あんたの身は破滅だな」 「……御月くん」 一生が、陽の方に向き直る。その目は、不気味に輝いている。 「まあ、コーヒーでもどうかね。奈々美が可哀相だ」 奈々美は、コーヒーカップを持ったまま、陽をじっと見つめている。 陽はカップを奈々美から受け取ると、コーヒーを一気にあおり、そのまま一生に向き直 る。 「ここから出させてもらうぜ。奈々美も連れていく」 「その娘を……どうする気だね?」 「あんたの所なんかにいさせられるか!」 「そう言うな。……お前の、義理の妹でもあるのだぞ、陽君」 「何……言ってやがんだ」 陽の脳裏には、白い家で見た、あのガラスケースが思い起こされた。 『陽 推定年齢八歳』 「何が言いたい」 「私が、お前の、父親だ……という事だよ、陽」 「……嘘だ!!」 「嘘なものか。お前は、私と真緒との間に生まれた、正真正銘、血の繋がった息子だ。… …そして………咲耶の弟だ……」 「……! ……そん……な……馬鹿な話があるか!」 陽はよろめきながらも叫ぶ。 「お前に依頼をしたのも、血の繋がった弟ならば、無意識のうちに、咲耶が心を開くかと 思ったからだ。……だが……、やはり、柊さんの方に、心が動いたか」 「誠が、何だってんだ?」 「あの娘にとっては、白馬の騎士だからな。……まあ、そんな事はどうでもいい。いずれ は咲耶も、我が元に帰ってくるのだからな」 「一体何を企んでいる」 「何度も言わせるな、息子よ。未来のためだ」 「俺を息子と呼ぶな! あんたがどんな未来を望んでいるかはしらねえ! だがな。俺は 罪のない人間の命を奪った罪を背負った未来なんぞごめんだね」 陽は、奈々美の腕をとって、元来た道を戻ろうとする。 「無駄だ。お前がここに来たのは偶然だが、それもしっかりと利用させてもらう事にしよ う。ここに居てもらうぞ、陽」 「あんた、俺が何者か、知らない訳でもないだろう。俺は止められないぜ」 「知っているさ。お前にナノマシン処理を施したのは、この私だからな」 「……なに……?」 「お前が日輪機甲兵団として、ナノマシン手術が円滑に行われた理由を考えた事はあるか? 普通、人間の体は、異物が入ると拒否反応を示す。お前には、ナノマシンが体内に入っ た後も、何の拒否反応もなかったはずだ。……それが……ただ単に、体質だとでも思っ ていたのかね?」 「……!」 「お前の手の内は、全て知り尽くしている。息子だからな」 一生は、勝ち誇ったように、にやり、と笑った。 それと同時に、一生の横にある壁が、幾度かに分けて開かれる。 そして、そこから、異形のものが現れた。 「……なっ!」 いきなり現れた【それ】に、陽は数歩後ずさる。 「見るがいい……私の……最高傑作を!!」 それを見た陽は、胸が締め付けられるような思いがした。 誠と戦った時にみたものと同じ存在が、再び陽の前に姿を現したのだ。 元々は人間だとは思えないようなその巨大な体は、どす黒く逞しい筋肉に覆われている。 その目は、まるで命が宿っていないかのようだ。 そして、異形が吼えた。 その咆哮は、陽には鳴いているように思えた。 その咆哮を聞いた陽は、奈々美の腕から手を離し、その異形と向き合った。 「どうした? 逃げないのかね」 「逃げられなくなったんでな」 「ほう、もう諦めたかな?」 「まさか。この可哀相な【人間】を、眠らせてあげるのさ」 「できるものか。お前にそんな力はないはずだ。柊さんや水波さんのような力を、お前は 持っていないはずだぞ。」 「……なめるなよ、クソ野郎」 「ふ。……さあ、行け」 異形が、再び咆哮をあげた。 一生の声に呼応するかのように身を踊らせる。 その強じんな両腕の一撃が、陽にあっという間に目前まで迫って来た。 そして、陽は、その腕にとらわれ、締め付けられた。 「あっ!」 奈々美が声をあげる。 陽の体は、異形の大きな手と腕に囲まれている。体は、ぴくりとも動かない。 「やれやれ……陽には療養が必要なようだ。奈々美、運ぶから手伝いなさい」 そう一生が言った瞬間。 『しすてむver.3.1.2【タケミカヅチ】起動。うぇぽんすしすてむ【ヒノカグツチ】ろーど 開始。………………完了。帯電物質こんとろーるぱねるヲなのましんニろーどシマス』 「……何だ?」 一生が訝しんで陽を見上げたその時、異形の腕の中の陽が、淡く光り始めた。 そして。 どぉぉぉぉぉん!!!! 爆音と共に、異形の腕が吹き飛ばされた。 異形は叫び声をあげて陽を放り投げて後ろに下がる。 「……馬鹿な!」 一生が信じられないといった表情で陽を見つめている。 陽の体が、帯電したかのように電を帯びている。 「タケミカヅチ……だと?」 日本神話の雷の神の名を冠したそのシステムが、陽にどんな影響を与えたのか、一生に は詳しい事は分らなかったが、陽は、もう一生の知る者ではなくなっていた。 「……今、楽にしてやるからな」 そして陽が、自分の愛銃を、異形に向けた。 すると、今度は、銃口が赤く輝き出す。 『ウェポンロード……雷電剣……エネルギー充填85……90……95……』 再び、どこからか機械音声が聞こえてくる。 「いかん!! 退却しろ!!」 「もう遅い」 陽がそう言った瞬間、赤い炎のような光線が異形に向かって照射された。 異形は、叫び声を発する間もなく蒸発し、その炎は、一生の部屋の壁をぶち破り大きな 穴をうがつ。 そして穴を通って、空に向かって消えていった。 「何だあれは! 一体、何が起こっているんだ!?」 この赤い光線は、パーシヴァルにも見えた。 パーシヴァルは気を引き締めると、光線の方角に向かって駆け出した。 「……まさか……鬼切役め……藤堂とは違うルートで機甲兵団を……」 一生は、陽を睨みながら、呟く。 陽は、まだ帯電させたままの体を一生に向けて睨む。 「さあ、今度はあんたの番だぜ。力ずくでも、あんたを表に引きずり出してやるからな」 「引きずりだす? それは不可能だよ」 一生が、反対方向にあったために被害を免れたテレビモニタのスイッチを入れる。 そこには、あるニュースが報道されていた。 『失踪事件の重要人物と目されていた、一生 正臣さんが、明朝、自宅にて遺体で発見さ れました。身体に外傷もなく、司法解剖の結果から、自殺と断定され……』 「……ウソだろ……」 「私の遺伝子科学をもってすれば、自分のクローンなど、簡単に作れるものだ。警察は何 もできないだろうね。何せ、死んだのは、この私なのだから。ふふふ」 一生が、微笑し、その表情を見た陽は背筋に悪寒を感じて表情が引きつる。 ニュースを写し出した画面で、陽は歯噛みした。まさか、ここまで考えていたとは。 「さて……陽。お前は少々危険な所があるようだ。息子にこんな事はしたくなかったが、 ふむ、やむを得んな」 そう言って、一生は、奈々美に向き合った。 「奈々美、陽を拘束しなさい。『私が父親だよ』。私の命令には従えるな?」 『私が父親』 その言葉を聞いた瞬間、びくっ、と奈々美の体が硬直し、瞳から精気がなくなる。 そして、奈々美の長い足が、いきなり陽に飛んできた。咄嗟に受け流す陽。 「うぉっ! ……ど……どうしたってんだ奈々美!」 「無駄だ。今のこの娘は、私の言う事しか聞かないよ」 「何をしやがった!」 「なに、ちょっとした催眠だよ。私のあるキーワードで、この娘は私の忠実な下僕と化す のだよ。……ふふふ、便利だろう?」 「てめえ……今度は……奈々美まで……。おいコラ! 目え覚ませ! 奈々美!」 「……無駄だ。大人しく私の言う事を聞けば奈々美は解放してやろう」 「くっ……野郎……!」 奈々美は全く精気の無い顔で陽に向かい合うと、今まで陽に見せた事もないような冷た い視線で、陽と対峙した。 |
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