『24』


「おい! 奈々美!」
「無駄だ、と言っている」

 一生は、にやりと微笑み、奈々美に視線を移し、手首を前に振る。
 奈々美は、今までのボケっぷりからは考えられないようなスピードで陽に迫ると、長い
足を巧みに使い、蹴り技中心で、陽に襲い掛かってきた。
 風をきって陽に迫る奈々美の足。

(まるでムエタイかカポエラだな!)

 舞うように足技を駆使し、陽を追い詰める奈々美。
 陽は、応戦する事もできない。

 システム・タケミカヅチ。

 陽が、アーマー・コアに入る時に受けた、様々な対鬼戦闘システムプログラム。
 陽の意志ひとつで、ナノマシンが陽の体を活性化させ、常人をはるかに凌ぐ力と攻撃手
段を与えてくれる。
 その力の一つを解放した状態でまともに殴り合えば、奈々美の体が間違い無く壊れる。
 勝つ事はできる。だが、奈々美を殺す訳にはいかない。

「こらあっ! 奈々美! 目を覚ませ!」

 ひょうひょうと、奈々美の足を避けながら、陽は呼び掛ける。

「またハンバーガー食わせてやるぞ!」

 ぴくり。
 奈々美の体に反応があった。

「……マジかよ」

 奈々美にとっては、初めて口にした、食べ物。体に刻まれた、『楽しい食事』の感覚は、
催眠状態でも消えないようだ。

「目を覚ませ! 俺達がやりあってどうすんだ!」

 奈々美の瞳に精気が戻り始める。だが。

「奈々美、『私が父親だ』。私の意志に従いなさい」

 びくっ!!!
 また、奈々美の体が硬直する。

「そうだ。陽を拘束しろ」
「てめえ! もうやめろ! 奈々美は関係ねえだろう!」
「お前が従えば、やめてやろう。息子よ」
「……俺を息子って呼ぶんじゃ…ねえっっ!!!」

 陽は、奈々美を羽交い締めにする。
 だが、奈々美は、凄い力で、それを振り解こうとする。そして、それによって自由にな
った片腕で、陽の首を締めた。

「ぐあっ!」

 きりきりと締めあげられる陽の首。
 陽の体は、凄まじい力で、持ち上げられた。百八十センチ近い陽は、今、百五十センチ
そこそこの奈々美に締め上げられ、意識を失おうとしていた。

「奈々美! 殺してはいかん」

 その一生の言葉にはっとし、奈々美は手を弛めた。
 どさり、と崩れ落ちる陽。それを呆然と見つめる奈々美。

「よくやった、奈々美。陽を、例の空き部屋へ連れていけ」

 奈々美は正気に戻ったか、気を失った陽の前にぺたんとしゃがみ込むと、その頬を優し
くなでた。

「……ひなた」
「まったく、手のかかる息子だな。さあ、連れて行け、奈々美」

 奈々美は、一生の言われるがまま、陽を担いで消えた。
 陽を担ぐ時、奈々美は、一生に聞こえないように、呟いた。

……ごめんね。

                   $

 何かが聞こえる。
 仲間の声だ。

「システムが安定しません!」
「馬鹿な! システムが目を覚まさない!」
「来ます! 今までにない数です!」
「始まったか。百鬼夜行だ……」
「団長、どうする! ここままじゃ全滅だぜ!」
「悪路王が出て来たぞ! マジやべえ!!」
「……やむを得ん……天の磐戸を開く!」
「……マジかよ……」
「がたがた言ってられないわよ! 時間もないんだからね! 円陣組むよ!」
「ああ、分かってるよ! くそったれ!」
「日輪を最高速で回転させろ!」
『ひなた〜〜、やばいよ〜〜』
「うるさいぞカレン! やるだけの事やっとかないと、死ぬに死ねんだろが!」
『やだあ、死ぬなんて言わないでよ〜!』
「がたがた言うな!! タダでさえ、空中での磐戸解放は安定しないんだ! ほれ、集中
 だ集中!」

ピピピピ……

『システム承認。ロード開始……マイクロ・ブラックホール……開口シマス……』

「……! 待て! 何だあの少年は!」
「馬鹿な! 百鬼夜行に向かって行く!」
「……自殺行為よ……」
「……おい! 女の子を抱えてる!」
「何ぃ!?」
「眩しい! 何だ! この光は!」
「何かが飛んでくる!」

『悩めし心を持つ小さき者よ。何よりも幸を願う者よ』

「………百鬼夜行の前列が……消滅した……」
「何だあいつは………」

視界が、白黒反転し、次の瞬間、陽はあるカプセルの中にいた。

「お父様、これは誰?」
「これはね、咲耶、お前の弟だよ」
「おとうと?」
「ああ、先天的な機能障害があってね……今までこんな状態だったが、それももうすぐ良
 くなるよ。お父さんが、直してあげた」
「うわあ、お父様、すごい!」
「私も、お母さんも、陽が助かる事を心から望んでいた。陽が目を覚ましたら、お母さん
 と四人でピクニックに行こう。親子、水入らずで……」
「わあい、さんせ〜い!!」
「こらこら……女の子がはしたないぞ。ははは……」

                   $

 また、白黒が反転し、今度は、陽の視界に、木造の天井が広がった。
 陽はある一室のベッドに寝かされていた。
 その傍らでは、奈々美が、相変わらずのぼけ眼で、陽の頭を撫でていた。

「何やってる」
「あたま、なでてるの」
「それは知ってる。俺はお前に運ばれて、ここにいるんだな?」
「うん。」
「何で、そのまま逃げなかった」
「できなかったから」

 それを聞いて、ふう、とため息をつく。
 確かに、あの奈々美のありようでは、一生から単独で逃げ出すのは不可能だ。

「奈々美」
「ん?」
「お前、一生に命令されて、あんな足技使った事が、今までにあるのか?」
「あるよ」
「いつだ?」
「今日」
「いや、それは知ってる」
「陽にじゃないよ。私、咲耶って人を連れてこようとして邪魔されたの。だから、戦って
 ……負けちゃった」
「……誰にだ」
「まこと……って言ってた」
「……やれやれ……」

 誠にとって、こいつは憎き敵って訳か…。

「お父さんが言ってた。ここは、ひなたに植え込んだマシンの一部を無効化させる効力が
 あるから、出て行こうとすると、体がケイレンする、って」
「……あのクソオヤジ……」

 陽が寝かされた所は、いたって普通の部屋だった。牢獄くさい所は一切なく、窓もあり、
そこから桜並木が見える。窓は、開けようと思えばおそらく開くだろう。それが、陽にと
っては、かなりイヤミに感じた。

「だからね、私が看病してるの」
「奈々美」
「ん?」
「もういいから、お前も寝ろ。もう遅いだろ、時間」
「ん」

 奈々美を追い出して、陽はこれからの事を考えた。
 だが、いい手段が思い付かない。
 幾度か脱出を試みるが、その度に体が痙攣し動かなくなってしまい、陽は渋々脱出をあ
きらめてしまう。

「一生……あんたは一体、何を求めてる。何で、こんな事をしてる……」

 陽は、そのままうとうととし、そのまま、微睡みの中で意識を失った。
 そして……淡い光に気付き、再び目を開けた。
 ふと、窓から外を見遣ると、あの神社が見えた、そして、そこにある紅桜が、淡い光を
発し、花を咲かせていた。

(まるで、器が発する光みたいだな……って……まさか……まさかな)

 陽は、そのまま、ベッドに再びもぐり込むと、すぐに睡魔に襲われ、眠りについた。

 そして数時間後……奈々美が入って来た。
 ネグリジェに身を包んで、ぼけっと陽の前に立ったかと思うと、そのまま陽の布団の中
にごそごそと潜り込んで、そのまま眠ってしまった。
 ……翌朝、ネグリジェがめくれあがったあられもない奈々美を見て、陽は驚いて飛び起
き、窓枠の角に頭をぶつけて気を失ってしまう。
 奈々美は、相変わらずぼーっとしたまま、ネグリジェを直そうともせずに、気を失った
陽の頭をなで続けた。


                   $

「鷲王」

 鷲王は、暗い社の廊下を歩いている。そこに、鬼武が声をかけた。

「何だ、鬼武」
「アーサー・ペンドラゴンを仕留め損なったらしいな」
「鬼や蟲どもの動きが良くなかった。おそらく、あの場所に、陰陽師が退魔の術を施して
 いたのだろう。……よほど腕がたつか、潜在能力の高い者が行ったらしい。出てきた瞬
 間に、鬼と蟲が動かなくなった」
「それは言い訳か鷲王」
「何だと?」

 振り返った鷲王に、一瞬にして抜刀した鬼武が、その切っ先を鷲王に向ける。
 その切っ先は、鷲王の眉間に数センチの所で止まっている。
 鬼武と鷲王の瞳が、薄明かりに映えて妖しく輝く。
 鬼武は、鷲王を睨み付けたまま言葉を続ける。

「俺は貴様を信用していない」
「俺もお前を信用などしていない」

 鷲王は、指先で自分に向けられた切っ先を横にどかすと、そのまま鬼武を一瞥して去っ
て行った。

「このままでよろしいですか、紅葉様」

 そう声を掛けたのは、紅葉4人の側近の一人、熊武である。

「構わん。あれくらい猛々しい方が、使いがいがあるわ」
「……は」
「それより、伊賀瀬は、今どうしておる?」
「は。万事予定通り、京都の宇治に入りましてございます」
「……そうか……もうすぐじゃ……。騎士も、武士も……みな踊っておるわ。葛之葉よ、
 蒼真よ、見ておるがよい。我が悲願は…………、そう……もうすぐじゃ……」

 小さい炎の薄明かりの元、紅葉は、妖しく、そして美しく微笑んだ。


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