『26』


 土蜘蛛。
 その存在は、様々な文献や唄にも登場する、物の怪の中でもかなり有名な部類に入るも
のである。
 出自には、「源平盛衰記」や、「平家物語」、謡曲や長唄の中にもその存在は語られて
いる。
 この土蜘蛛、平安の時代に阿倍清明と同じく鬼退治の専門科として名をはせた源頼光と
渡辺綱ら四天王とも戦っている。
 その正体は天皇統治の際に従わなかった有力者であるとされ、迫害された彼等を、時の
支配者は「土蜘蛛」として賎しんだとされる。
 敗北した有力者は、山奥などの人の少ない所に隠れ住むしかなく、そういった生活がま
るで蜘蛛のようだとしてそう呼ばれるようになったのだ。
 「日本書紀」や「豊後国風土記」では、それぞれ名のある蜘蛛が天皇の差し向けた軍隊
によって滅ぼされている。
 源頼光を襲ったとされる土蜘蛛は、数にして六度も頼光を襲っているが、それは、迫害
された者達の怨みが、それほどまでに深かった証拠かもしれない。

 さて、時代は進んで西暦三千年のこの時代であるが、ここに現れた土蜘蛛は、そういっ
た人間味のあるものでは少しも無かった。
 体が硬い甲羅で覆われており、まるで八本足のカブトムシ、といった感じである。
 そして、その甲羅にはいたる所に突起があり、これで刺されれば車でも大穴が開くだろ
う。
 そして、本来複眼のある所からは人の女性の上半身の様なものが突き出ており、両手は
なく、黒い頭には四つの丸い目が、赤く怪しく光っていた。
 まるで機械の駆動音ように、動く度に甲羅が擦れて音をたてる。
 方向転換時には、その八本の足を巧みに動かし、高速移動する。
 文献によると、土蜘蛛の大きさは四尺……約一メートル二十センチとされているが、こ
の時現れた土蜘蛛は、直径約五メートル、体高約三メートルと、ケタ違いに大きなものだ
った。
 その土蜘蛛は、人のいる方角に導かれるがごとく、商店街の方へと向かって行く。

「撃ち方用意!! ……てえっ!!」

 と、商店街の入り口に陣取った警官隊によって一斉射撃がなされ、乾いた射撃音が響き
渡る。
 だが、警官隊の持つ銃程度では、その硬い殻に、穴一つ開ける事ができない。
 人……食料を見つけて気が高ぶったか、土蜘蛛がその八本の足を、機械的な音で動かし
ながら、凄まじい速さで警官隊の方へと向かって来る。
 警官隊も必死に応戦するが、いくら撃っても、土蜘蛛の突進は止まらない。
 堪り兼ねて警官隊の一人が退散を命じると、まるで蜘蛛の子を散らすように警官隊達は
散り散りになって退却する。
 その中の不幸な一人に、土蜘蛛が猛スピードで迫る。
 土蜘蛛は今夜の食事を、この人間に決めたようだった。
 土蜘蛛の足は、その先が鋭利な針のようになっており、それに獲物を突き刺して絶命さ
せた後に、骨までその硬い顎で噛み砕いて食べてしまう。
 逃げ場を失ったその警官が、悲鳴をあげて銃を撃ちまくる。
 撃ち止めでハンマーが空しく音をたてても、それでも引き金を引き続けた。
 弾は全て弾かれ、逆に興味をひいてしまった形になった彼は、もはや叫ぶ気力も失って
その場に腰から崩れ落ちた。
 土蜘蛛が高速でその警官の側まで駆け寄り、その鋭い足を振り上げる。
 警官は、自分の最期を悟って、固く目を閉じ、悲鳴と共に体を丸めた。
 そして、まさか自分がこんな死に方をするのか、と不運を呪った。
 土蜘蛛の足が、ごう音と共に振り降ろされたその瞬間、何処からとも無く風を切る音が
聞こえてきた。
 そして、金色の円盤が土蜘蛛と警官との間を通り過ぎたかと思うと、金属を一瞬で切断
する音、そして重量感のある何かが大きな音をたてて落下した音が立続けに響いた。
 土埃とともに、土蜘蛛の前足が切断されて地面に叩き付けられたのだ。
 蜘蛛は声を発しない。この土蜘蛛にも、その生えた上半身と思しき
ものには口もなく、ただ赤い目だけが光っている。
 声もなく、足を切断され狼狽しながらも、土蜘蛛は、目の前の獲物も忘れて、自分の足
を切断した「もの」のある方を、その赤い目で探し始めた。
 そして、その気配を感知して上を見上げた時、土蜘蛛は、自分の目よりもさらに赤いコ
ートに身を包んだ人間の男が浮いているのを目撃した。
 この天水村に新選組が来ていると言う情報を警官は情報として得ていたが、彼はどう考
えても新選組の一員には見えなかった。
 何者だろう、この男は。
 土蜘蛛は、何故かこの男にはまるで食欲を感じなかった。
 その足下には黄色い円盤が浮いており、その上に赤いコートの男がいる。
 おそらくはそれで浮かんでいるのだろう。
 その体の両側には、刃物を付けた赤い物体が浮遊している。
 空に浮いている男が左手を軽く掲げると、そこに自分の足を切断したのであろう小さな
黄色い光を放つ円盤が、主の元に帰ってきたかのごとく、赤いコートの男の手の側でぴた
りと止まった。
 そのコートの男は、その体の殆どをそのコートで包み、顔も上半分しか出していない。
 その髪の毛も燃えるように赤く、左目は、機械仕掛けにでもなっているのか、不思議な
機械音をたてて、せわしなく動いていた。

 赤いコートの男が、ゆっくりと、腰を抜かした警官の前に降りてくる。
 警官は、魂を抜かれたかのように口を開けて呆然としていたが、男がちらりと目を向け
ると、はっと我に返った。

「ソノママ南西のホウガクヘ」

 そう言いながらその首が動くと、駆動音のようなものが聞こえてきた。
 警官は、何度もぶんぶんと首を縦に振ると、四つん這いでばたばたと逃げ出していく。
 それを追おうとして土蜘蛛が目線を警察官に向けた瞬間、無造作に赤いコートの男が蹴
りを入れた。

 ずどおおおん!

 土蜘蛛は、まるでサッカーボールのように蹴り上げられ、横腹から地面に叩き付けられ
た。
 土蜘蛛は、怒りによるものか、その赤い目をぎらぎらと光らせながら、男に向き合った。

「コウゲキモクヒョウ・カクニン。掃討レベル5…アンゼンソウチ・レベル2カイジョ…
 …ロード……OK」

 男の足下から土埃が舞い上がり、再び金色の円盤が出てきたかと思うと、男の体はふわ
りと浮き上がった。
 コートに隠れた腕や足の辺りから、何かが外れる金属音がする。
 土蜘蛛が、その男に向かって、こちらも金属音のような音をたてて突進してくる。
 それを確認して男はただ一言、

「ミッション・スタート」

 とだけ言った。

                   $

 風を切る音がする。
 鬼の出現を知らせるサイレンが鳴り響き、家から非難所へと向かおうとする人々でごっ
た返す中を、風を切る音が響く。
 人々がその方角に顔を向けた時には、その風は通り過ぎた後だ。
 体を低く構えたままで通り過ぎる風の一つが、もう一つの風に声をかける。

「総司、今のが見えたか」
「はい。あれは、入り口の方角ですね」
「行くぞ!」

 商店街の一角から、凄まじい速さで駆けてきた沖田と永倉は、そのまま大通りに出ると、
刀を抜いてその足をさらに早めた。
 月明かりに刀が白銀に輝く。
 彼等が商店街入り口の、『天水村にようこそ』の看板の下まで来た時、沖田が何かに気
が付いて声をあげた。

「永倉さん! 待って! ストップ!」
「何だ、総司!」

 そう言って永倉が立ち止まり、振り返った瞬間。
 間一髪であった。
 商店街一角の建物に、永倉の背中を翳めて何かが激突した。

「……な……何だ!」

 目を丸くして驚く永倉。
 彼が瓦礫と化した建物に目を凝らすと、八本足の、いや、厳密には六本まで減った足を
がしゃがしゃとばたつかせた土蜘蛛が姿を現した。

「永倉さん、いましたね」
「おう! それじゃ、さっさと片づけて……」

 と永倉が土蜘蛛に体を向けたその時、永倉は頭の上に気配を感じて、再び振り向く。
 そこには、赤いコートの男がふわふわと浮かんでいた。
 その左目の周囲は機械がむき出しになっており、その瞳は薄い緑色に素早く点滅しなが
ら光っている。

「……何だ?こいつ……」
「……永倉さん……もしかしたら…ナタクです、彼」
「な……ナタク?……あの中国の崑崙山で作られたっていう戦闘マシーンか!?」
「ええ。僕は、以前自衛隊員が崑崙山に訪問した時に付いて行った事があるんですが、そ
 こで見たのが、彼です。その時は配線を背中にいくつも刺して安らかに寝てましたが」
「……で、起きて早々、獲物に噛み付いてる、って訳か」

 と、永倉がナタクを見上げた時に、ナタクと視線が合う。

「ココハ・キケンデス。避難シテクダサイ」

 機械音声でそう言われて、沖田と永倉は、目線を合わせる。

「あのなあ。俺らは、鬼退治に来たんだ。俺らの事、知らねえか?」
「…………ロード開始……検索中」
「……どうしたんだ?」

 ナタクは、沖田と永倉を交互に見ながら、奇妙な機械音を奏で始めた。
 その間にも土蜘蛛は、再びバランスを取り戻しつつある。

「……確認……日本在住。新選組。ピピ。オキタ・ソウジ、ナガクラ・シンパチ」
「おう! そうだそうだ」

永倉は、ナタクに向かってふりふりと手を振ってみせた。

「危険デス。サガッテクダサイ。」

 永倉の挨拶を無視して、ナタクは永倉に向かって突っ込んできた。

「うわっ……おい! ちょっと待っ……」

 ナタクの体の周りを一対の刃物が飛んでおり、そこから棒が飛び出して繋がったかと思
うと、それは1本の槍になった。
 そして、それを永倉に向かって突き出す。

「こ……壊れたか!?」

 永倉が刀を構えた瞬間、槍の刃先は永倉をかすめて、その後ろにあるものを突き刺した。
 彼の背中で金属が何かを貫く不快な音が聞こえ、永倉が振り向くと、悶えながら後ずさ
りする土蜘蛛が見えた。
 それは、気配を消しながら、永倉を狙っていたのだ。

「……ありがとよ」
「礼ニハ・オヨビマ・セン」

 ふいいん、と首を横に振りながら、ナタクはそれに答える。

「まあ、そう言うな。お礼の代わりといっては何だが、鬼退治の手伝いをしてやろう」

 永倉はそういうと、刀を構え直して、土蜘蛛に対峙する。

「いくぞ総司! ……ってあれ?」

 沖田の姿はそこには無い。
 すると、上から何かが振ってきた。沖田である。
 彼は、土蜘蛛を確認するとすぐさま宙へと飛んだのだ。
 そして、ナタクが土蜘蛛を牽制し隙を作ったのと同時に抜刀、そのまま空中から土蜘蛛
の頭、と思しき、体から突き出た上半身を落ちる勢いそのままに、自分の愛刀で串刺しに
した。
 がきん!!!
 硬いものを叩き割るような音がして、土蜘蛛の上半身と思しき部分に、沖田の刀が食い
込んで行く。
 沖田が刀を抜くと、そこからは、おびただしい量の青黒い体液がまき散らされた。
 沖田は、その体液を体に浴びぬよう、大きく飛び退る。
 土蜘蛛の体液がどういう成分か分からない以上、無闇にそれを体に付着させるのは得策
ではなかった。

「お前……いつの間に」
「ついさっきです」

 にこりと微笑む沖田に、永倉も苦笑いする他はない。
 一体いつの間に姿を消したのか。
 土蜘蛛は、自分の体の一部をぐったりと垂れさせながら、それでも元気な様子で、再び
三人に向き直る。

「……ちっ、あの頭はカムフラージュか」
「……くそ、弱点はどこだ?」
「サーチ・開始……体液ノ循環ヲ検索」
「うおぉっ!」

 いきなり横合いで喋り出したナタクに驚いて飛び退く永倉。
 そして、忙しく左目を動かしていたナタクが、槍の刃先を土蜘蛛の腹の方に向けた。

「心臓ヲ・突ケバ死ニマス。鬼デモ・体ノ構造ハ・オナジ。脳・ニアタル部分ハ・体ノ後
 ロ。一番後ロノ・足ト足・ノ間」

 土蜘蛛の突き出た上半身の横から、大きな赤い目玉がぎょろり、と現れた。
 そして、ぐったりと垂れ下がったカムフラージュの体部分を残った足で引きちぎると、
そこから巨大なカニと同じような口が、左右に開けた。
 どうやら、この目と口が本物らしい。
 沖田と永倉は頷き合い、一斉に動き出した。
 ナタクは、静かに空中へと浮かび上がる。

 がしゅがしゅがしゅ!

 金属にも似た擦音をたてて、沖田と永倉に土蜘蛛が突進してくる。
 そして、その鋭い足が、まずは自分を傷つけた沖田を狙い、猛スピードで突き出された。
 沖田は居合と共に刀を傾けていなすと、刀と硬い甲羅が擦れ合い火花が散る。
 その沖田に、土蜘蛛は何度もその足を使い突きをくり出す。
 しかし、それを完全にいなし続ける沖田。
 体格と力の差か、沖田は土蜘蛛に押されて後退を始める。土蜘蛛は四本の足で体を支え、
ニ本の鋭い足で攻撃を加えてくる。
 その二本の足を刀で受け止めて沖田の足が止まる。
 そして土蜘蛛の【本体】の目が、怪しく光った。
 残った足で、沖田を串刺しにしようとした瞬間、後ろから声がした。

「脳みそは、たしか後ろ足の間、だったよな」

 土蜘蛛の背後に立った永倉が自分の愛刀を肩に担いでにやりと微笑する。
 沖田は囮という訳である。

「食らいやがれ!」

 永倉はそう叫ぶと、刀を大上段に構え、そのまま大きく振り下ろす。


 土蜘蛛の意識が永倉に向いたほんの一瞬、沖田が刀を振り上げる。

 ぱきいん!!

 沖田を留まらせていたはずの前足二本が、いともあっさりと切り飛ばされた。
 足を四本まで減らされた土蜘蛛は今度は沖田の方に向き直ろうとするが、土蜘蛛の胴体
の後ろ部分が、永倉の刃先の立った一撃により、一刀両断され動きを止められる。
 声もなく悶える土蜘蛛。そんな土蜘蛛に、沖田が正面から見据えて言う。

「成仏しろ!」

 言うが早いか、沖田の突きが、土蜘蛛の両目の間に突き刺さる。
 突きが一回にしか見えないかと思う程の、沖田必殺の高速三段突きである。

 どおおおん!!

 土蜘蛛の体は、目の光を失って崩れ落ちた。
 だが、その体は、まだ鈍いながらも動き続け、新選組の二人を狙っている。
 沖田と永倉が、土蜘蛛から距離をおいた瞬間、土蜘蛛は最後の力を振り絞り、沖田と永
倉に襲い掛かった。
 二人が刀を構え直した瞬間、ナタクが上から落ちてきた。
 そして、その手に持った長剣を思いきり振り降ろすと、完全に土蜘蛛の体をまっ二つに
してしまった。
 土蜘蛛の体は、四方に千切れて飛散した。
 完全に生命活動を停止した土蜘蛛を見ても、表情すらないナタク。
 ひゅっ、と剣についた体液を払うと、背負った鞘に刀を納め、一言こう言った。

「ミッッション・コンプリート」

 沖田と永倉は、そのパワーに唖然とする他はなかった。
 と、その時、商店街入り口の一角から、火があがった。先ほど土蜘蛛が激突した家であ
る。
 油かガスかが洩れ出し、それに引火したらしかった。
 爆発音が轟き炎が舞い上がる。

「……ちくしょう! 総司、とりあえず、建物を壊して延焼を抑えるぞ!」
「はい!」

 沖田と永倉が、燃え出した建物に近寄ろうとした瞬間、地面が揺れた。
 そして、数多くの木の根と思わしきものが、燃え出した家屋に巻き付き始めた。

「……何だこれは……」

 沖田がそれを見、目を見開いて呟く。
 その根は、淡い白い光を放ちながら完全に建物を覆い尽くし、完全に外気を遮断してし
まった。
 何故か、その根が炎に巻かれる事はなかった。
 そして、沖田、永倉、ナタクが見つめる中、その根が再び地面に隠れた時、火は完全に
消え去っていた。

「……何なんだ……この村は……」

 沖田と永倉は、無表情のナタクを忘れて、鎮火した家屋を、ただ見つめていた。

 ……とその時、かさかさかさ……という音が聞こえたかと思うと、死んだ土蜘蛛の体か
ら、無数の小さな蜘蛛がはい出した。

「しまった! 子蜘蛛を忘れていた!」
「まずい! 散らばる前に全て片付けろ!」

 沖田と永倉は、慌てて蜘蛛に近寄ると、次々に斬り始めた。
 土蜘蛛は、腹の中に子蜘蛛を抱えている事が多い。親が死んでも、子供が親に代わって
その場を蹂躙するのだ。
 その大きさは、30センチほど。小さい上に素早いので、なかなか全てを始末しきれな
い。
 しかし、もし一匹でも逃がせば、村に大きな損害を与える。
 ナタクも、それを理解しているのか、無数の円盤を出現させると、それを使って蜘蛛を
なぎ倒し始めた。
 しかし、数が多い。沖田らが悪戦苦闘しているうちに、数匹の蜘蛛が商店街へと入り込
んだ。

「しまった! 沖田、追うぞ!」

 それに無言で頷くと、沖田は、商店街に入り込んだ数匹の蜘蛛を追い始めた。
 しかし、予想以上にすばしっこい。
 なかなか全てを捕らえ切れないでいると、沖田の背中で、いきなり爆発音がした。
 驚いて沖田がその方角を見据えると、

「ぎゃはははははははははははははははは♪」

 という、何とも脳天紀な声が聞こえてきた。

「……ほ、穂乃香ちゃん!?」

 沖田が呆れていると、穂乃香は、へらへらと笑いながら、次々とその辺りにある石を投
げ始めた。

「あくろ〜〜たい〜さ〜〜ん! ぎゃはははははははは♪」
「うお! こら! やめろ! 危ない! こらー斎藤! 何で連れてきたあーっ!」
「すみません……暴れ出したもので……つい」

 斎藤は、苦笑いしながら、頭をぽりぽりと掻いている。
 その間にも、ひょい、ひょいと石を避ける永倉。
 その石は、淡く白い光を帯び、次々と蜘蛛を潰していった。
 穂乃香が石を持つ度に、石が白い光で包まれる。
 短時間ながら、普通の物体を器化できる。穂乃香には、こんな秘めた能力があった。
 そんな穂乃香に、子蜘蛛が迫る。が、穂乃香は気付いていない。
 蜘蛛が、後少しで穂乃香に飛び移ろうとした時……

 どぱあん!!

 沙耶香の蹴りが見事にヒットした。
 沙耶香の能力は、自分の生身に器の霊力を宿らせられる所にある。

「……白か」

 永倉がにやにやしているのに気付いて、沙耶香は顔を赤くして、スカートの裾を引っ張
った。

「も〜! 永倉さん!!」

 沙耶香に睨まれて永倉が逃げ出す。
 そして穂乃香が石を叫びながら投げまくる。
 子蜘蛛が辺りを走り回る。
 もう無茶苦茶である。

「うりゃ〜!」

 がん。

「あ」

 穂乃香の投げた石の一つが、ナタクの顔面を直撃した。
 顔だけ仰け反って固まるナタク。それを見て青ざめる辺りの面々。
 ナタクは、そのまま、ぎぎぎぎ、と顔を元に戻すと、

「アルコール・ノ摂取・ハ・ホドホド・ニ・シテクダサイ」

 と言った。

「あ、す、すみません、ほ……ほら、穂乃香もあやまって!」

 沙耶香が穂乃香を揺する。だが。
 穂乃香の目は、完全に据わっている。

「うっさいわね〜うい〜……あたしの宴席を邪魔したのは〜……お前か〜!!」
「ほ…穂乃香さん! それ私のバイク!」

 バイクを持ち上げた穂乃香を見て血の気がひく斎藤。
 バイクが、みるみる内に青白く輝く始める。そして、その輝きが最高になったその瞬間。

 ぶん。

「うわーー!! 私のバイクがーー!!」

 斎藤の悲鳴と共に投げられた斎藤のバイクは、土蜘蛛の死体の辺りに落ち、そして霊力
をまとったまま、炎に包まれた。
 炎はどんどん威力を増し、その炎に子蜘蛛が巻き込まれ、全て焼かれていく。

「うにゃははははははははははははははは〜みーたーか〜♪」
「そんな……三台め……」

 勝ちどきをあげる穂乃香と項垂れる斉藤という、とても対称的な二人を見ながら、沖田
や永倉らは、唖然とするしかなかった。
 そんな穂乃香や沙耶香を、ナタクは見つめ、そして……

「ハーフ……」

 とだけ呟いた。

                   $


「殿下。こちらは全て片付きました」

 白いマスクに、白いマントで体を覆った者が、一人の男に近寄った。
 その男は、ライダース・ジャケットのような白い服に、下は白いズボン、顔にはこれま
た白いマスクをつけている。

「うん、お疲れさま。パージヴァルは?」
「は。ここに」
「……どうやら、この村も、今までの平穏とはお別れする時が近付いているようだね」

 そう言って、殿下と呼ばれた男が、周りを見渡した。
 そこには、無数の鬼の死骸が転がっていた。
 それが、みるみるうちに土くれと化して、霧のように消えていく。

「どうやらこれからは、敵も本腰で向かってくる様子。いかがいたしますか。このまま乗
 り込んでも構わないのですが」
「そういう訳にもいかない……。一生 正臣は死んでしまった。その事実は誤魔化しよう
 が無い。……今は……木乃花嬢と鬼切役がこの場に再び現れるのを待つとしよう」
「……は。殿下の御心のままに」

 二人の白いマントに身を包んだ男達が、剣を持った右手を胸にあてて、軽く頭を下げる。
 そんな二人と、周りの消えていく鬼の死骸を見ながら、殿下と呼ばれた男は思った。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

(誠さん、水波さん……できれば、もう一度お話がしたいものです……どうかそれまで御
 健在でいてください)

 月は、その明るさを、鬼の出現とともに増したようだった。
 本来ならば春の涼風に花びらが舞う静かで落ち着いた夜の村も、鬼の出現に合わせるか
のごとく、不気味に静まり返っていた。


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