『6』


 誠たちが早朝の清々しい空気を吸っているその時。
 東京のとあるビルの最上階。
 薄暗い円卓を囲んで、複数の男達が、紫煙の舞う中、声を落として何か話し合っている。
 その表情は明るく無いその部屋のせいでよく読み取れないが、そこ精神状態が、必ずし
もよくないであろう事は、その話声から容易にs想像できた。

「……まさか……一生が自殺を図るとはな……」
「トラックでの木乃花誘拐が失敗した後、器使いの狙撃にも失敗していたな。あ〜、確か、
 ガウェインとかいう者に、木の上で斬られた、という事を言っていたが……その傷が元
 で死んだのではないのか?」
「……いや、その時のあの男は、落ち着いていて元気だった。それは、私があの村で確認
 をしている」
「……本当だろうな、村岡くん」
「……私が嘘などつくはずがなかろう!」
「……君は、私達と、一生を繋ぐパイプの役目を果たしていたはずだ。それが……一体ど
 うしたら、このような事になってしまうのだ?」
「……私に聞かれても困る! 私はあの男に、不老不死と、紅桜について尋ねただけだ!」
「……不老不死……本当なのだろうな? そのために、鬼と人間のサンプルを、いくつも
 揃えさせたのだぞ。……君の部下も、幾人か携わっていたはずだな。……よもや、洩れ
 たりはせんだろな、元防衛庁長官殿? ふふふ。」
「……防衛庁の幹部には口止めをしてある。実際に動く者達も、私が育てた懐刀だ。決し
 て裏切ったりはせん。……その証拠に、かなりの良いサンプルが集まっただろう?」
「……その割には、君の部下は器使いに叩きのめされたあげく、雇っていた御月とかいう
 者にも裏切られたそうじゃないかね」
「……ぐ……それは……」

 その薄暗い場所の一部から失笑が聞こえてくる。

「しかし、一生が死んでしまった以上、研究はどうするのだ?『あのお方』が、このまま
 満足されるはずがない」
「それに……最近、藤堂グループが騒がしい。あの妾の息子が、あちこちで身内をかきま
 わしているらしいからだが……そろそろ、我らに矛先が及ばんとも限らん。器使いの武
 器の元締が本格的に器使いと連動する前に、こちらもやるべき事をやっておかねば……」
「……まったく……芹沢と新見め……一体何をしているのだ? よもや、新選組の影に今
 更ながら怯えている訳でもあるまいな」
「……それが、昨日はその新選組に居場所を突き止められ、鬼を放って、その騒ぎに乗じ
 て逃げたというぞ」
「……あの土蜘蛛か。……とんだ腰抜けだな」
「まあ、これであの男も、後が無くなった。……ケイ同様、今日、明日が正念場だろう。
 お手並み拝見、といこうではないか」
「……そうだな……我々の楽園建設のためにも……ふふふ……」
「ああ……『あれ』は高く売れるぞ。欲しいと申し出てくる国は、幾らでもある。世界中
 の同志も……いずれこの日本に集う。……その時こそが…不老不死となった我らを中心
 とした、新たな世界への変革の時だ! ……鬼なぞ……敵ではなくなるわ!!」

 そうして、男達が含み笑いの後、紫煙が宙を舞ったその時……

 ふわっ……

 風が吹いた気がした。
 そして、その後、禍々しい、という言葉では足りない程の強烈な殺気が辺りを包み込み、
男達は、一瞬で青ざめた。
 ……そして、今まで偉そうにふんぞり返っていた彼等は、一斉に床に平伏した。
 その平伏した男達の頭の延長線上に、一つの影が現れた。

『……貴様ら……面白い話をしておるな……一生が死んだそうだが?』

 その影は、平伏し、震える男達に向かって、そう言った。
 美しい女性の声だが、それには、慈愛や優しさなどは、一切感じられない。

「……こ……これは……紅葉さま!!! ……一生が何故死んだかど、私どもなどには、
 全く預かり知らない事でございます!」
「……実験の方は、既に最終段階に達しているはずでございますので、今日中にでも使い
 を出し、その成果を、回収してまいりま……」
『黙れ』
「は……はは……!!」
『お前達の融資が無ければ、私も目的が達せられる事もなかったであろう……それは感謝
 しているぞ……』
「……ははー! お褒めに預かり、光栄の極み!……それで……私どもの計画が達成させ
 たあかつきには、是非とも、不可侵条約を……」
『いつ妾がそのような約束を交わす、と言った?』
「……は?」
『貴様らは、良い「駒」であった。これほど踊ってくれた「駒」は、いままで一つもなか
 ったぞ。……御苦労であった。もはや、貴様らは用済だ……。静かに人間として余生を
 送るがよいぞ……』
「……な……」
『それに、回収のめどは既についておる……。お前達にこれ以上うろうろと蠢動されるの
 も苛立つ。妾の言う事を守り、この件からは手を引く事だ……』

 その時、わなわなと震えていた一人の小太りの、体格のいい男が立ち上がった。

「ふ……ふざけるな!! ……私は、この計画のために、議員としての半生を費やしてき
 たんだぞ!! それを……美味しい所だけをさらっていくつもりか!……私は……私は
 許さんぞ!! 『あれ』は、私達の物だ!!!」

 そうして、「影」につかみ掛かろうと、その男は、走り出した。
 ……だが、その影に、もう少しで触れようとした、その時。

 ぱん

 まるで、風船が破裂するような鈍い音とともに、男の頭が、潰れたトマトのように、跡
形もなく吹き飛んだ。
 紅葉が手を翳しただけで、頭が吹き飛んだのだ。
 頭をなくした体が、ニ、三歩進んで、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

「ひいいいいいいいいい!!!」

 平伏していた男達が、一斉に悲鳴をあげる。

「え……SPだ!! SPを呼べ! 鬼だ! 鬼だぁ!」
「『あれ」は我々のものだ!! お前なぞに……渡してたまるか!!」

 仲間……かもしれない同志の一人を瞬殺されて、錯乱した男達は、一斉に叫び出した。
 彼等の声に、SPがわらわらとやってくる。
 彼等の腕には、器を模した、対鬼用の銃器が装備されていた。
 本来、器使い以外は、鬼を殺傷するだけの力を持っていない。下手に器を常人が使うと、
体じゅうのエネルギーがあっという間に消耗されつくしてしまい、動けなくなるか、気絶
してしまう。
 だが、彼等は、ナノマシンで細胞を活性化させ、その消耗を極力押さえられるようにし
てあるのだ。
 しかし、この程度の武器で鬼は殺せない。この場に器使いがいないのは計画の漏えいを
恐れたためだが、それが裏目に出た。

「う……撃てええっ! 殺せ! 殺してしまえ!」

 その錯乱状態の男達の言葉に反応して部屋に駆け込んできたSPが、サブマシンガンのよ
うな銃器を、一斉に撃ちだした。
 器の光が、銃弾をまとって「影」に飛んでいく。
 器の光は、人間の体を離れていくにつれて薄まる。
 ロンギヌスの槍など、超兵器のような例外はあるが、彼等の銃器は、充分その例にあて
はまった。
 サブカシンガンの弾は、全て黒光りしながら影に向かい……そして弾かれて落ちた。

「ば……馬鹿な……!!」

 SP達はいろめきたつ。
 そして、夢中で撃ち続ける。だが、一向に影は倒れない。そして倒れるどころか、その
ままSP達の方に向かって近付いてきた。
 影が、その姿を現す。

 絶世の美女。

 そう評するに値するような美しい女性が、SP達の前に現れた。
 一瞬、息を飲む男達。……だが、その額に、金色の装飾品のついた純白の角を見つけ、
SP達は再び銃を乱射した。
 しかし……

『……愚かな……人は……ここまで愚かか……』

 紅葉がそう呟くのが早かったか、そうではなかったか。
 ふわり、と風が吹いたかと思うと、まるで寒天をざく切りにしたかのように、一斉にSP
達が肉片に変わった。

「ぎゃあああああああああ!!!!」

 男達が、またもや情けなく悲鳴をあげる。

『……分かったな……? 今までの働きに免じて、命だけは助けてやろう……。無駄な事
 はせず、おとなしくしている事だ……』

 紅葉はそう言うと、再び「影」となり、その場から姿を消した。

 後には、腰を抜かして、血の海にへたり込んでいる男達が残された……。

 そこに、騒ぎを聞き付けた、彼等の側近達が駆け込んで来、そして彼等も同じように腰
を抜かす。
 村岡と呼ばれた男の側近が、それでも吐き気を抑えながら、彼に近付く。

「せ……先生……大丈夫ですか……?」
「……を……出せ……」
「は?」

 村岡が、ぶつぶつと何かを言い出した。

「装機を……装甲機動兵団を出せ!!
 ……天水村を、……装機の二足歩行兵器で丸焼きにしてやる!」
「……そ……装甲機動兵団を!?」
「……そうだ……もう、私はおしまいだ……いずれ、器使いが……いや、奴等の息のかか
 った公安が私に近付く……そうなる前に……器使いごと、あの村を焦土にしてやる!!
 そうだ……日輪機甲兵団などのポンコツなどとは違う、プロの兵団だ! これで器使い
 も! 鬼も! 全て皆殺しだ!!」
「……そ……そんな……そんな理由で動くと、自衛隊が動きだしますが……」
「大丈夫だ……ふふふ………私の懐刀がいる……ふふふ…さあ!! 行け!! 間宮一佐
 に私の名で言え! 『天水村で花火があがる』とな! ふはははは!!」

 それを聞いた側近が、慌てて立ち上がろうとした時、そこに、再び何かが現れた。
 それは、凄まじい存在感を持ち、村岡の側で立ち止まった。

「お……鬼武(おにたけ)……さま……!!」

村岡が、血に濡れた体を硬直させて顎だけを震わせた。

 鬼武。
 紅葉四天王の一人、鷲王と同格の鬼である。
 姿は人間そのものであるが、その衣装は、戦国時代の将兵のような服で覆われている。
 その髪の毛は青黒く輝き、その額には、30センチはあろうかという二本の角が、銀の
飾りを付けて、美しく天を突き刺していた。

「ほう……装甲機動兵団か……」

 鬼武が、にやりと笑った。

「……ふん……しょせん人間か……。我らの心遣いも分からぬか。紅葉様のおっしゃる通
 りのようだな……。残念だ……村岡殿……」

 瞬間、村岡は、氷像のように硬直した。
 鬼武は静かに村岡に歩み寄ると、硬直した彼に、冷たい視線で言った

「貴様……間宮一佐とやらに、連絡を入れろ……今すぐにだ」

 目前に死が迫った村岡に選択肢などなく、震える手で携帯電話を握りしめ、連絡を入れ
る。
 
≪はい……間宮ですが……村岡先生ですか?≫
≪う……うむ、村岡だ。間宮、時が来たぞ。準備はいいか? ……天水村での花火は、今
 日雨天でも決行される。明日の夜だ。どうだ、君も一緒に行かないか≫
≪……! ……分かりました。準備は滞りなくできております。明日の花火、楽しみにし
 ております≫

 電話が切れる音を確かめて、鬼武は微笑む。
 世界を手にする、と大口をたたおておた男達は、まるで蜘蛛の子を散らすようにその場
を転げ回りながら逃げ出していった。
 そして、そのうちの誰かの叫び声が轟き、濡れた咀嚼音が聞こえてきた。
 その声に、村岡は声にならない悲鳴をあげ、失禁してへたり込んでしまった。
 そんな村岡を不快に一瞥すると、静かに鬼武は呟いた。

「……貴殿の役目は終わりだ。」

 しゃっ!!

 鬼武が、居合一閃。そして、何か重いものが、村岡の首から落ちた。
 崩れ落ちる村岡の体。
 そして振り返ると、そこには、坂上の側近が、がたがたと身を震わせてへたりこんでい
た。
 血の海の中で、鬼武はまるでその場にいるのを楽しむかのように、辺りを見回す。

「……花火か……せいぜい、派手にあげてもらおう。紅桜は、血を吸って覚醒する。そし
 て、此乃花 咲耶の支配から解放され……血吸いの桜に戻るのだ……。そうすれば、ま
 たあの村に注目が集まる。……それこそ、紅葉様の思うつぼだ……。」

 まさに地獄絵図と化したその部屋で、鬼武は、ただ微笑むだけだった。


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