『11』


 ミハイルは、その後、正式にペンドラゴン家の家督を相続した。
 王たる宿命を受け入れ魔物と戦うという事を自らに課す、という儀式的な意味あいもこ
の相続にはこめられていた。
 これでミハイルは国家をも動かす強権を手にした事になる。

 ミハイルは、新しく大公爵となった事を貴族にしらしめるお披露目を盛大にやる必要が
あった。
 自分の事を、まずはしっかりと印象づけておく必要があったからだ。
 このお披露目で、ミハイルは、表面的には友好的に受け入れられた。
 不満があっても、大公爵さまではうかつに変な事は言えないからである。
 しかし、どこにでも『例外』はある訳で、ミハイルは、ここでよく知った顔に出くわし
た。グネヴィアである。
 ミハイルは、緊張していた事もあってか、知った顔を見て表情を綻ばせた。そして、

「やあ、グネヴィア、ひさしぶりー」

 と言って、片手を軽く挙げようとしたその時に、

「ふん!」

 ばきっ!!

「ふげあっ!」

 思いきり鉄拳を食らった。
 ミハイルは、この時、『やあ、グネ』までしか言わせてもらえずに宙に舞った。

「うー、はなぢがー」
「あんた……黙ってたでしょ。あたし、あんたをフツーの男の子だと思って付き合ってき
 たのに! 何!? 公爵さまだったの!? ふざけんじゃないわよ!! このこのこの
 この嘘つき嘘つき嘘つきーー」

げしっげしっ

「あうっ! あうー! ごめんなさいーー、嘘ついてたのは謝りますーー許してーー!」

 踏まれる大公爵さま。踏んづける……見た目は……綺麗に着飾ったレディのお嬢様。
 あちこちで、『うーん……』とか『ああ……』とか言いながら、紳士淑女がばたばたと
泡をふいて倒れる。

「で、でも……君だって黙ってたじゃないかー」
「あんたバカ!? あたしがそんなの必要な女だと思ってたの? んなもんいらないから、
 何のへんてつもないその辺のくだらない普通の男とつきあってきたはずだったのにー!」

 酷い言い種である。

「それが! なんで今までより階級上がっちゃってんのよ私! どーいう事よ説明してよ! 
 これ以上階級なんて上がったら窮屈でたまんないわよ! 好きなパンプキンプリン食べ
 るのにも、食べ方だけで体裁だとか面子だとかほんとに煩くてウザかったってのに!!」

 みしみしみしみし

 グネヴィアはミハイルの首を締め上げる。

「あれーー、いやーー、おたすけーー」
「ちょ……ちょっとやめないか、グネヴィア! この兄さまの言う事を聞いておく……」
「うっさいクソ兄貴!」

ばき!

「はうあ!!」

 はなぢを吹いて倒れるランスロット。完全に「素」に戻ってるミハイル。
 後ろで、『神様……』とか言いながら、彼女達の父親が気を失う。
 茫然自失で事を見守るウーサー、モリガン、そして小さなヴィヴィアン。
 この時、ランスロットとグネヴィアの家……ギルナス家は侯爵位。そうそう立ち入って
止める、という訳にはいかない。
 グネヴィアが「すっきり」するまで、これから約三十分を要してしまった。
 この後、彼女は、『ダイナマイト・グネヴィア』とか、『削岩機グネヴィア』だ
とか、凄まじいあだ名を付けられてしまう……が。
 本人はいたって冷静。どちらかというと気に入ってしまったようで、ミハイルの体制改
革では、その竜巻きのような行動力で、組織全てを破壊、もとい、再構築させていく。

 だが、これをよしとしない者達も大勢いた。
 それは、ケイたちのような思想を持つ者や、門閥によって財をなしてきたような者達だ。
 彼等は、ミハイルというリーダーを認めようとせず、群れなして反旗を翻した。
 ……だが、その反乱も、あっという間に鎮火させられてしまう。
 『器』を扱える者達が目覚め、どんどんミハイルの周りに集まってきていたからである。
 その中には、有力貴族も多数含まれ、流れは、確実にミハイルの方に傾いていった。
 この反乱の時に、ケイは行方をくらましている。
 後、彼は円卓の騎士となったモルドレットという男をたぶらかし裏切らせ、日輪機を破
壊したあげくに、モルドレット自身は殺されるという、不幸な事態を彼はひき起こす事に
なる。

 ミハイルは、器を使える者達を集め、組織する事に、全てを費やした。
 今まで身分の違いなどで認められなかった者達を多数登用し、有能な人材を使い『器』
と呼ばれるものを研究する機関も、凄い速さで組織としての体裁を整えさせていった。
 これが形となるのに、時間はかからなかった。

 ミハイルが行った改革と同じものが日本の『宝暦御建て直し』だ。

 これは、一七三八年に阿波藩十代目藩主となった、蜂須賀重喜が行った改革の事だ。
 彼は、秋田藩から養子で招き入れられたのだが、しかし、彼が藩主となった時には既に、
家老家や門閥が全てを取り仕切り、借金だらけで藩政はどん詰まりであった。
 ここで、たった十七歳だった重喜は、大改革に着手する。
 どんなに身分が低かろうが、有能であれば、あつく取り立てて、人事を一新していった
のだ。
 だが、やはり当然、今までのポストを奪われた者達…家老家など門閥は反発を強める。
「代々のやりかたを無理やりねじ曲げるのは、先祖に対して敬う心がないからだ」
 というのが、まあ、公の理由である。本音はムカついているだけだろう。
 だが、重喜はそんな圧力にもめげずに改革を強固に押し進め、抵抗すれば切腹を申し付
けるほどの強行手段にもでた。
 ……だが、十年あまりで、やっとこの体制が完成し、動き始めた時、彼は幕府より隠居
を命じられ、政治の世界から、無理やり手を引かされる事となる。
 彼の急激な改革が、「士農工商」を基本とする幕藩体制を脅かすと危惧されたからだ、
との説が有力だ。
 あまりにも急激な改革は、周りに不安を呼び起こす事も確かにある。
 だが、病的、慢性的に悪化していく体制を元の健全なものに戻すためには、時には極端
かつ大胆にメスを入れていく必要もあるのかもしれない。
 たとえ、それで自分達が不評を被る事になっても……。

 ミハイルは、この時同じような事を行ったといえる。
 下級貴族であったギルナス家を登用し、ランスロットを引き抜いて、騎士団作りの中核
を担わせた。
 ガウェインは、そのランスロットが引き抜いた元軍人である。
 そのガウェインに共鳴したのが、トリスタン。有名貴族でありながら有能な軍人でもあ
った彼は、器使いとしての力をガウェインに見い出されて後、円卓に席を設けられ幹部と
なる。
 パーシヴァル、ガレス、という二人は後にその力を認められるが、彼等にやる気を出さ
せたのは、実はケイである。
 彼は、二人を『みすぼらしい』だの『ガキが』だの、とにかくコキ下ろして虐めていた。
しかし、そこで反骨精神を燃え上がらせた二人は、猛トレーニングと剣の修行を行い、一
年後には、誰もが認める、逞しい体を作って帰って来た。
 事実、彼等二人は、ランスロットやガウェイン達に、実力は勝るとも劣らない。
 ケイの言動が、皮肉にも彼等を騎士にしてしまったのだ。
 騎士団は、円卓を囲む幹部達と、通常騎士団とに分けられる。
 通常騎士団は、『フィアナ騎士団』、幹部騎士は『円卓の騎士』として器使い集団が発
足。のちに、騎士である体裁を嫌い、ゲリラ戦や諜報活動をよしとする傭兵団体、エイン
ヘリアルができあがり、体制はより強固なものとなる。
 これは鬼切役よりも五年も早い結成である。その一年後、富士山麓決戦が始まる。
 また、『魔女』の体質を持つ者の選択も行われ、数は少ないながらも、組織として運営
できるまでになった。
 ここから、開発機関『ティル・ナ・ノグ』が発足する。
 シヴァリースという名で、騎士達が呼ばれるようになったのは、富士決戦の後の事だ。
 これは、自分達で言い出したのではなく、そこにいた器使いや、周りの者達が、どこか
で言い始めた、俗語である。

                   $

 ミハイルは、そんな昔の出来事を、懐かしく思い出していた。

「元気でやっているだろうか……」

 そんな独り言を呟いたその時、ミハイルの携帯が鳴った。
 この時代の携帯は、画像をリアルタイムで、立体表示できる。
 ミハイルは、携帯の通話スイッチをオンにしてベッド横のテーブルに寝かせ、自分はベ
ッドに座り込んで、相手が表示されるのを待つ。
 すると。

「おはよー」
「のわっ!」

 がん。

「いだっ!」

 いきなり立体映像の拳が飛んで来て、ミハイルは仰け反って、後ろの壁に頭をぶつけて
しまう。

「……んな……」
「やっほ、元気かしら。あたしー」

 タンクトップに半ズボン、ボブカット、という、かなりラフなスタイルの女の子が、立
体画面でひらひらと手を振っている。

「……グ……グネヴィア? どうしたんだよ、こんな時間に」
「やーっと繋がったわよ。だって、お兄様、全然あんたの携帯番号、教えてくださらない
 んだもん」
「……そりゃ……」
「……そりゃ……何よ?」

 言う訳ないだろ、とは言えずに、あははと笑ってしまうミハイル。

「もう、いきなり旅に出ます、なんて、どういう了見よっ。行くなら行くで、私にも言っ
 てくれればいいのに。まさか、あたしから逃げた、なんて理由だったりしないわよね」
「……そりゃ……」
「そりゃ……何よ?」

 当然逃げて来たんですよ、とは言えず、ミハイルはまたあはは、である。

「ちょっと待ってよ。こっちは、仕事できてるんですよ?」
「いいじゃない。ハネムーンの下見って事で」
「な……ハネムーンって…よくないよくない。何考えてるんだよ、全く」
「お兄様も何だか最近ぴりぴりしてるし……ねえ、そっち、大丈夫?」
「……あ……うん、まあ、なんとか。多分、明後日までには、なんとか帰れるんじゃない
 かな、なんて思ってる」
「あ、そうなんだ。じゃあ、私がそっちに行っても、充分時間とれそーね♪」
「……は?」
「いや、だ・か・ら。あたしも、そっちに行くって話してるのよ」
「だめ」
「えー? なんでー?」
「ランスロットがなんて言うか……」
「いいよ、行って来ても」

 どた。
 いきなりランスロットの声がして、コケるミハイル。

「お久しぶりです、殿下。こちらは、今ちょっと忙しいのですよ。もう、不眠不休です」
「……ランスロット?……そこ一体何処から通話してるの?」
「ああ、ティンターゼル城……シヴァリースの拠点です。エルサレムに発生した歪みは相
 変わらず多いですが、小康状態になったようですので、装備充実のために一度帰ってき
 たのです」
「あ、それであたしは、そっちに行く準備を……」
「だから。危ないかもしれないから、だめだってば」
「何よー。あたしだって、魔女なのよ!」
「どうせなら、ランスロットに来てもらった方が……」
「あー、たぶん、だめだわ、それ」
「なんで?」
「それは殿下。私にはこれから色々と予定がありまして、メリッサとジュンヌとミリーと
 ブレンダとマリアとセリーヌとミレニアとジョディとリリーとメイリンとアレッサとマ
 ーガレットとイレーヌとジョアンナが、私を今か今かと待ち構えて……おや……どうし
 ました、殿下」
「……不眠不休って……そゆことなのね……頑張ってね……」
「ああ、もちろんですとも、わははは……おわっ!」
「仕事で不眠不休せんか、貴様は!」

 うなだれて話すミハイルの耳に、もう一人会話に加わってきた。蹴飛ばされて倒れるラ
ンスロット立体画像の端に、綺麗な金髪が見える。

「殿下、申し訳ございません。このトリスタンが付いておりながら、こやつめの生活の乱
 れを、なかなか正す事ができずに……」
「ああ、いいんだ、君も頑張っているからね……。奥さんは、元気?」
「あ、ああ、お心づかい、ありがたく思います。ほら、そこにおります。」

 画面の向こう側に、メイド姿でぺこりとお辞儀する黒髪の女性が見える。

「ランスロット、貴様、どうしても行けぬのか? 妹君をお一人で行かせるつもりではな
 かろうな?」
「彼女なら、しっかりしてるから大丈夫さ。何せ、私の妹だから」
「それが一番心配の種だ。お前も付いていけ」

 すでにグネヴィアが来るという前提で話が進んでいる。

「そうはいかん。人のつながりは、信頼からなるものだ。私を待っているメリッサとジュ
 ンヌとミリーとブレンダとマリアとセリーヌとミレニアとジョディとリリーとメイリン
 とアレッサとシーラとマーガレットとイレーヌとルルとジョアンナとシンシアが私を待
 って……」
「増えとるではないか馬鹿もの!」

 げしっ
 トリスタンのケリで、ランスロットが吹っ飛んで画面から消える。

「ぐはっ、蹴るな! この私の顔を何だと……」
「知れた事、二枚目の仮面をかぶった十枚目だ」
「……あはは……なんでマスク外すとこうなのよ、ウチってば……」
「……あー、とりあえず、そっちに行くのはケッテーだから。ちゃんとお迎えしてね。あ、
 たぶん、お兄様はムリだろうから、騎士さまを誰か一人随行させるね。じゃ、そゆこと
 でー。ばいばーい」

 ぶつっ。

 一方的にかけてきて、一方的に切れてしまった。
 まさに、『ダイナマイト・グネヴィア』である。いや、『削岩機グネヴィア』だっただ
ろうか。
 どちらにしても、魔女のグネヴィアは戦力になる。それは確かだ。
 しかし、それでも、ミハイルには、一つ不安な要素があった。ここがしっかりクリアで
きていないと、彼女は、ミハイルの元にたどり着けない。

「グネヴィアって……筋金入りの方向オンチなんだよなあ……」

 そう、これが、何よりも一番心配な事であった。
 東と西を間違えるなんて、ザラである。
 そんなくだらない事を考えているミハイルであったが、そんな彼等にも、『魔の足音』
は確実に近付いているのだった。





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