『22』


『天水村で自殺したと思われる一生正臣容疑者の自宅から、一通の遺書が見つかり、その
 遺書より、数多くのバラバラにされた遺体が、一生容疑者の自宅庭先から見つかりまし
 た。遺体の一部しか見つかっていない事より、周辺の捜索を地元警察が懸命に行ってお
 ります。県警では、一生容疑者を、被疑者死亡のまま書類送検し、背後に大掛かりな組
 織があるものとして追求をしていく構えです。……では、天水村の大島さん、大島さん』

「あのタヌキが、そう簡単にアシを残していくものかよ」

 渋い表情でテレビのコントローラーをテレビに投げ、転がるそれをそのままに、陽はベ
ッドに横たわった。

「それに、いくら探しても残りの遺体は見つからねえよ…………あの時……俺が……」

 陽は、昨夜に、『タケミカヅチ』で吹き飛ばした鬼らしきものを思い出し、小さく呟く。

「……俺が殺したんだからよ……」

 柊 誠は俺が倒す

 今朝自分が言った言葉を思い出し、そして、何とも言えない、複雑な感情を頭を二度振
って思考の奥へと追いやる。
 そんな陽の隣には、奈々美が、相変わらずのボケ眼で、テレビをじっと見つめながら、
拾い上げたリモコンで、何を見るでもなくテレビのチャンネルを代えている。
 
 奈々美は一生正臣の操り人形……

 それを陽は、昨夜思い知らされている。
 自分の言葉など全く届かず、ただ一生に言われるがまま、陽を殺そうとした奈々美。
 その奈々美自身は、一生を父と呼びながらも、破棄されるという恐怖に支配され、作ら
れた自分として、己自身を乾いた目でしか見る事ができない。
 操られている時には、その記憶すら封じられる。

 俺は、誠と戦って、果たしてこいつを救えるのか……?

 答えの見つからない問いを自分にしてしまった事を悔やみながら再び奈々美を見つめる
と、彼女が語りかけてきた。

「お父さん、いつ死んだの?」

 テレビに写っている、まるで免許証の顔写真のような一生の写真を見ながら、小さい声
で呟く。

「死んでねえよ。……ありゃあ、クローンだ」
「クローン?」
「……自分の細胞の一部を培養して、もうひとりの自分を作り出してしまう技術の事だ。
 ……あのクソオヤジの事だ、そんな事、朝飯前だろうよ」

 ぼぉっと陽を見つめながら聞いていた奈々美が、ちょこん、と首をかしげて、再び質問
を返す。

「……なんで、そんな事したの?」
「なんで、って……そりゃぁ、おまえ……」

 陽は、またさっきよりも渋い表情で奈々美から目をそらした。

「……自分を守るために決まってるだろ……そのためにあのクソオヤジは、生まれたばか
 りの命を……」

 培養液から出たばかりの自分の分身を、マインドコントロールして自殺させ、哀れな屍
体に変ぼうさせて平気な顔をしている一生を思い出し、背筋に悪寒が走る。陽は、一生
の顔を思い出すのも嫌になった。

「あんた……なんでそこまでやるんだよ……」

 陽は、一生の事が全く理解できなかった。
 そして、その一生にいいように操られて動かされている今の自分を考え、何とも言えな
い空しさに陽は襲われるのだった。


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「……まったく! あのクソこ生意気な小僧、なんなのだ!! ええ!? なんとか言っ
 たらどうだ、一生先生!!」

 芹沢 鴨が、妙に赤く太い唇を震わせて、つばを飛ばしながら一生に言い寄る。

「……まあまあ、芹沢先生ともあろうお方が、何をそう興奮しておられるのです? 若い
 頃は、誰もが背伸びして強くなった気になっていたいものです。ここはひとつ、先生の
 その広いお心で、許してやってはくださいませんか。……あれでも、なかなか優秀な、
 私のコマなのですから。先生も、日本屈指の剣客ではありませんか。」

 芹沢は、自分が誉められて満足でもしたのか、表情を落ち着かせて、一生に勧められる
まま、近くの椅子に腰をおろす。
 その横には、新見 錦が、一生を睨み付けるように、黙ったままで立っている。
 そこは、まるで病因の一室を思わせるような場所で、あたりには独特の消毒用アルコー
ルと薬品の臭いが充満している。

「……まあよいわ……それで、例のモノは、用意できているのだろうな、先生」
「……もちろん、用意してありますよ……これです」

 一生は、試験管に入った、赤い溶液を芹沢に見せる。

「この薬品は、人間の身体能力を、器使いなみに引き上げる、画期的な薬品です。これを
 純度の高い状態でさらに精製し、器使いがさらにその身体能力を引き上げられるように
 改良してあります。これを使えば、並みの器使いを遥かに上回る攻撃が可能になります。
 ……この製品の特徴は、脳神経のシナプスの伝達能力と神経枝を大幅に増加させ、遺伝
 子レベルで……」
「ああ! もうよい!! 早く、早くそれをよこさんか!!!」

 芹沢が、イライラしながら一生の持つ試験管に手を伸ばす。
 だが一生は、ひらりとそれを躱すと、一つの箱を、芹沢に差し出した。
 芹沢と新見が覗き込むと、中には注射器と、四本の試験管に入った薬品が見て取れた。

「この注射器に試験管の薬品を入れ、首筋に垂直に打ち込んでください。できれば、動脈
 のそばがよろしいでしょう。」

 芹沢が、満面の笑みでそれを受け取る。

「……これで……これでワシは、近藤や土方を見返せるのか!」

 くぐもった微笑をする芹沢に、一生が注意する。

「濃度を少し高めに設定してあります。……くれぐれも、連続してご使用なさいませんよ
 うに」
「わ、分かっておる!!」

 芹沢は、椅子から立ち上がると、いそいそとその場を後にしようとする。

「芹沢先生、どちらに?」
「決まっておる!! 我らを侮辱し、だまし討ちにした奴等に、この芹沢 鴨自らが制裁
 を加えに行くのだ!!」

 大声で笑いながら、大きな足音をたてて歩いていく芹沢を、新見が小走りに追い掛ける。

「見ておれよ! 近藤! 土方! ……沖田! このワシを殺そうとした罪、その身をも
 って味わってもらうぞ!!」

 芹沢の大きな声が耳障りなのか、眉間にしわを寄せながらそれを見つめる一生だったが、
ふと唇の端を歪ませる。

「単純な男だ……ふふ……生ける屍には、相応しい最期かもしれんな……よくもまあ、今
 まで朽ち果てずにその体が残ったものだ。……まあそれも、あの男の悪運かもしれんな。
 ……だが、その悪運も……」

 一生は立ち上がると、部屋の片隅にある、目立たないパネルに手を当てる。

「……そう長くもつものでもあるまい……」

 すると、壁が横滑りし、地下への階段が現れる。
 一生は、そこにためらいもなく入っていくと、階段を下りながら呟いた。

「……まるで……夢を見ているみたいだよ……まさに……私のこの十年は……夢だったか
 もしれない」

 階段を降り立ったその一生の見つめる先には、培養液とも見える巨大なカプセルの中に、
全裸の女性が、まるで泳ぐかのように、液体の中に浮かんでいた。

「真緒……お前がいないこの世の中など……所詮夢……早く、夢から目覚めたい……そし
 て、お前と現実を過ごしたい……だが……」

 一生の表情が一変する。

「……そのためには、全てを壊さねば!! 渾沌より生まれ来る新たな秩序なくしては、
 鬼が人と共存する事などできんのだ!!」

 一生は、巨大なカプセルに額を当てて、さらに声をあげる。

「私は壊す! この世にある、偽りの秩序を!!……そのために……もう少しだけ、私に
 夢を見させてくれ…………真緒……」

 一生は、何かを思いつめたような表情で、カプセルの中の女性を見つめ続けた。

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「なるほど……シヴァリースは、アーサー王を含め、側近がニ人なのだな、ケイ殿」
「は、間違いございません。ですから、奴等めの始末は、このケイにお任せ頂きとうござ
 います、紅葉様」

 朝というのに、闇に閉ざされたそこに、紅葉とケイはいた。
 能楽堂を思わせるその場所では、白い西洋鎧のケイは非常に浮いている。
 だが、そんな事はお構い無しなのか、余裕のある笑みをたたえ、ケイは紅葉に言い寄っ
ていた。

「……そなた、随分ときゃつらめに恨みがあるようじゃな」

 紅葉は、優雅な仕種で、唇に手をあてて微笑む。

「あの者達を殺すのは、私めでなくてはならないのです。……国を追われ、地位も名誉も
 失った、この私しか!」

 ケイの目が血走っているのが、紅葉にも見て取れた。

「私こそが、貴族の王として相応しかったのです! それを、あの平民の小僧めが、王位
 を簒奪し、我ら選ばれた民を貶めた! ……その罪を、償わせてやらねばなりません。
 本当に王として相応しいのは、この私だと分からせてやらねばならんのです!」

 息を荒げて叫ぶケイを冷ややかに見ながら、紅葉はケイの横を通り過ぎていく。
 白いニ本の角に付けた防具に、その飾りがあたって、涼やかな音色を奏でる。

「よかろう……妾の邪魔をする、あの忌々しい白き騎士ども……そなたの力で、見事撃退
 してみせよ。我らは、これより天水村を血の海と化し、あの紅桜を目覚めさせ、妾の元
 へと取り戻す……そのために、お主の力を貸しておくれ……」

 それを聞いたケイが、笑みを浮かべて紅葉に頭を下げる。

「は……ははあぁっ!! 必ずや、御期待に答えてみせまする!!……ですので……事が
 成就した暁には……」
「……分かっておる……そなたを王として認め、決して手出しはせん……安心せよ」
「ありがたきお言葉!!」

 ケイは、きびすを返して、紅葉の側から離れていった。
 それを見ながら、紅葉は、冷ややかに言い放った。

「……王たるものの地位は己のみが妄信して手に入るものではない。……それに付き従う
 者の承認と委ねる心なくしては、王には成りえんのだ……それがわからぬお主には、王
 の資格なぞないわ……そうお思いになりませぬか、大嶽丸様……」

 ケイには、その紅葉の言葉は聞こえただろうか。
 彼は、芹沢が一生より受け取ったのと同じ箱を小脇に抱え、意気揚々と歩いていく。

「見ておれよ……ミハイル……弟の分際で……平民の分際で、この私を差し置いて王にな
 るなど絶対に許さん!」

 その足取りは、自身に満ちあふれていた……。

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『第二班、準備完了致しました!』
『第一班、あとニ分で燃料の充填が完了します!』
『よし、隊員を所定の位置に集合させ待機だ。号令をかけるまで持ち場を離れるな。それ
 と、各部隊へ、FAVの配置がどうなっているか確認を急げ』
『はっ! 了解致しました!!』

 敬礼をして、その場を離れていく人陰。
 その体は迷彩色で覆われ、サイレンサー付きの短機関銃、MP5A3が装備されている。

 「もうすぐ……か」

 村岡より命令を受けた間宮一佐は、忙しく強襲の準備を進めていた。
 部隊人数は四十〜五十人に及ぶ。
 テロ対策部隊の装備を遥かに超えた装備をした者達が、物々しい雰囲気を発散させて機
敏な動作で動いている。
 そして、全ての部隊より準備完了の報告をもらうと、間宮は部隊長を集めて大きな通る
声で語りかけた。

「今回の作戦は、第二、第三種の鬼と密約し、この日本国に危害を加えようとする者達の
 せん滅が最終目標となる。場所は天水村。私の情報によると、ここには、数多くの第三
 種の鬼が潜伏している模様だ。よって、天水村の早期制圧、そして、地下組織を破壊す
 る事を最優先事項とする。刃向かう者に対しては、全ての行為が政府より容認される。
 不審な動きを行う者は、全て射殺命令が出ている。諸君らの日本国への献身を望み、そ
 して、良き結果を期待する。以上! 解散!!」

 特殊部隊の部隊長が、ばらばらと持ち場へと散っていく。
 それを見届けて、間宮はにやりと微笑む。

「村岡先生には、よい『玩具』を頂けたものだ。これがあれば、たとえ天水村が森と海に
 囲まれていようが、全く関係がないな……いいテストができそうだ……」

 そう呟く間宮の後ろには、巨大な戦艦と揚陸艦が浮かんでいる。
 搬入口が大きく開いており、そこには明らかに人を模したと思われる機械兵器が何機も
釣り下げられていた。

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「動き出しました……ね」
「だとしても、今の私達には、成す術はないのよ、鼎(かなえ)」

 藤堂本社ビルの屋上、目も眩むような高さに、二人の男女がいる。
 一人は、少し華奢な印象のある、Tシャツにジーンズのラフな格好の少年のような男、
そして、もう一人は、スーツとタイトスカートに身を包んだ、二十歳中ごろの女性だった。

「まあ、それは分かっているんですけどね、麗子先輩……」
「まあ、あんたの気持ちも分からないではないけどね。でも、翼をもがれた鳥は、もう飛
 び立つ事はできないのよ」
「……もう一度、十番機まで揃う事はないんでしょうかね……」
「今すぐに動かせるのは、結城の[ウィンダム]、香奈恵の[シエル]だけ……ダメージ
 の大きかった壬生隊長の[エンブレム]は今だ藤堂本社ビル地下で修理中、そして、御
 月の[ミストラル]は行方不明……それが、私達、《日輪機甲兵団》……『アーマーコ
 ア《リングス》』の現実、よ、鼎」
「……どこ行ってしまったんですかねえ、陽さん……」
「人の事をほっぽらかして行ってしまうヤツなんて、どこでのたれ死のうが、私の知った
 事じゃないわよ……」
「……なんだか、恐いですよ、麗子先輩……やっぱり置いて行かれてかなり怒っ……」

 げすっ

「はぐぁっ」
「……何か言った?」
「いえいえ……ははは……でも、探偵や用心棒まがいの事を、あのマジメな陽さんがやっ
 ているなんて、ちょっと信じられませんね」
「……もう知らないって言ってるでしょ……あんな、薄情者の事なんか……さ」
「やっぱり無理し……」
「何か言った?」
「いえいえいえいえ」

 二人のいる場所は、かなりの強風が吹いている。
 のも関わらず、彼等はそんな台風のような風にびくともしない。

「天水村、これから大変な事態になるわね。たとえ器使いといえど、特殊部隊を相手に戦
 うとなると、勝手が違うでしょう。鬼も出てくるだろうし……」
「……どうせいますよ、あの村に、陽さんが」
「そうかしら……もう、陰陽寮の安倍総監督には連絡した?」
「ばっちり。何かあったら、鬼切経由で知らせてくれるって言ってます。……陽さんの[ミ
 ストラル]があれば、カップ麺作ってる間に、空母が沈みますから、すぐに分かります
 よ」
「分かっても行かない」
「……素直じゃないなあ……誰かに、陽さん取られちゃいますよ」
「……余計なお世話よ!!」

 麗子に凄まれて縮こまる鼎。
 そんな彼等には、強い風が、天水村から吹き付けてくる。

 ……その風は、少し鉄と血の臭いが混じっているような気がした。

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