『23』


 再び、御月 陽。

「……そういえば、《捜査》って何だ?……確か、一生正臣の捜索は内々では打ち切られ
 た事になっていたはずだ……妙だな」

 陽は、ふと疑問に思い、再びテレビの方へ目をやる。
 その視界の端には、奈々美が相変わらず、ぼけっとテレビを見つめている。
 陽が消したのを、再び奈々美がつけたのだ。
 観ているのか、それとも見ているだけなのか、なんとも分からない表情だ。

「……警察の捜査……警察庁自体がさじ下げてるって話は、すでに俺の方でも掴んでいる。
 ……だとすると、今、一生を確保しようとしている組織は何だ。内調か……それとも公
 安か。……だが、公安も投げただどうだという話もあるから、あそこで動いているのは
 内調か」

 陽の目が、少々厳しくなる。

「……内務省調査室……か。日本国内専門の公的スパイ組織がおでましとなると、一生の
 クソオヤジのやってる事もなかなかにヘビーそうだな」
「なにぶつぶつ言ってるの?」

 奈々美が顔だけ陽の方に向けて問いかける。

「いや、別に」
「……仲間はずれ」
「そうじゃないって」
「……じゃあおしえて」
「分からねえよ、たぶん」
「……やっぱり仲間はずれ」
「分かった分かった、後で、内部構造から運営まで、事細かに全部教えてやるから」
「……わかった……あとでね」
「……やれやれ……」

 陽は項垂れながらも、再び頭を忙しく回転させる。

「……確か、内調は、鬼切のトップクラスとコネクションがあったな。だとすると、公安
 や警視庁がさじ投げてる話は鬼切の方にも伝わっているはずだ。それで、動かされたか、
 あるいは動いたかで、器使いを送ってきた……目的は、木乃花 咲耶の確保だろう……」

 陽はベッドに腰掛けて頬杖をつく。

「公安か警察かは知らんが、鬼切を利用しようとした事は確かだな。鬼と手ぇ組んで、よ
 からぬ事を考える族は今でも後をたたねえ。そいつらを捕まえられれば、そしてそれが
 政界や財界と繋がっているものだとすれば、警察や公安組織は、一気にそっち方面へ鉾
 先を向けるいい材料になるはずだ……そして、鬼切役もまた、そこで何かしらの役割を
 果たしておけば、政治、治安の面での発言力が増す……おそらくは鬼切の知恵袋、水無
 月 撚光あたりの入れ知恵か。……そして、誠が木乃花 咲耶と出会い、鬼切役に確保
 された」

 テレビでは、相変わらず凄惨なバラバラ殺人のニュースで持ち切りだ。


『残忍! バラバラ殺人!! 一生 正臣のプロフィール』

 とか、ワイドショー独特の、お昼の暇な主婦をあおり立てるようなタイトルで、精神分
析の権威とやらが、真面目そうに何かまくしたてている。

「内調が動いたのも、おそらく水無月 撚光が上の連中に圧力でもかけたからだろう。ク
 ソオヤジのテクノロジーは、全世界の権力者にとっては宝の山だろうからな。売ればな
 かなかの値段になる。国に御奉仕する内調にとっては、どうしても確保したいという思
 惑も働いたんだろうな」
 陽は、ふと、そのクソオヤジの余裕たっぷりの表情を思い出した。

「あのクソオヤジは、俺に代理を遣わせて、とんでもない好条件で俺を雇った……たぶん、
 鬼切役と接触させるために……」

 奈々美は相変わらず、ぼけっとテレビを見ている。
 コマージャルに変わってから、なんとなく表情が弛んでいるようにも感じる。

「鬼と人間が手ぇ組んでよからぬ事をやらかすっていうのはザラだが、もしかするとオヤ
 ジは、木乃花 咲耶を、鬼切役に確保させたかったのかもしれないな。オヤジは木乃花
 咲耶が必要だ……だが、オヤジの手に届く前に他の奴等に余計な手を出して欲しくなか
 った。だから、鬼切役に木乃花 咲耶が接触するのを許した……。たぶん、俺等にまと
 わり付いて来た黒服どもは単なるイレギュラーだろうが……それでカンに触った俺は、
 この家に乗り込んで…………捕まった。」

 はっと陽は目を大きくする。

「……わざとか……何もかも……俺に鬼切役のホットラインを読ませたのも、あの暴漢ど
 もにイラついて、俺がここに乗り込むのも……全てお見通しで仕組んでたってのか? 
 ……バカな」

 陽は、少し自虐的に微笑む。

「水無月 撚光も、一生 正臣も、それぞれの思惑で、上手くコマを動かしてたって訳か。
 ホットラインを読ませた事で敵が動き出し、そのおかげで、鬼切役は、木乃花 咲耶を
 確保する理由付けができた……そして、オヤジは俺を手に入れ、……おそらく、鬼と手
 を組んでた奴は、……既に片付けられているはず……」

 陽は、窓から外を見る。
 そこには、紅桜が、いつもと変わらず、赤い花を咲かせている。

「……そして……鬼切役は帰ってくる。それが分かっているからこそ、オヤジは、俺に鬼
 切役を叩くように言ったんだろう……奈々美を人質にして……」

 奈々美の方を振り返ると、いきなり奈々美がテレビを見ながら、ばっ! と手を振り上
げた。

「うおっ!」
「♪さんじのおやつはこんぺいと〜♪」

 どっ
 脱力してコケる陽。
 奈々美は、テレビを見ながら、ふりふりと手を振っている。踊りがどこか無気味だ。

「……何だそりゃ……」
「ん、いまテレビでやってたの」

 テレビには、有名和菓子店のコマーシャルが流れており、ボリュームを変えていないの
にもかかわらず、大きく聞こえる音質で、綺麗な振袖姿の女性が金平糖を片手に踊ってい
た。

「……真似してんのかよ」
「ん。面白い」
「やめなさいって」
「ん」

 ぱたっ、と振り回していた腕を膝の上に落として、奈々美は陽に問いかけた。

「……ひなた、《こんぺいとー》って……なに?」
「……」
「どうしたの?」
「……あきれてんだよ」
「ふうん」

 陽はひとつため息をつくと、奈々美の方を向いて投げやりに話し掛けた。

「……後で、材料から制作行程まで含めて、事細かに全部教えてやるから」
「……ん、あとでね」

 陽は、ごちゃごちゃになってしまいそうな思考を、必死でまとめあげていた。
 ……奈々美の方を見ないようにして。
 ……と、その時、ぴんぽんぱんぽーん、というチャイムと共に、再び部屋に一生の声が
聞こえてきた。

『陽、話したい事がある。ちょっと来てくれ』

 その声と共に、部屋の鍵が自動的に外される。

「へいへい、なんだよ、学校放送じゃないんだぞ」

 渋々ベッドから立ち上がった陽だったが、 思いがけず袖を引っぱられる。

「……奈々美? どうしたんだ」
「……ん」
 
 奈々美は一生を恐れている。
 合言葉ひとつで、身の自由や記憶まで消されてしまう事に、無表情ながら怯えている事
は、陽にもよく分かった。
 奈々美の拳は固く握られている。

「お前はここにいろ」

 陽は奈々美の頭をわしわしと撫でると、ドアを思いきり開いて一生の元へと向かって行
った。

                   $

「いただきま〜〜〜〜〜っす!」
「お……おう……」

 ここは天水村の新選組の宿泊するとあるホテル。
 左之助の横で、まるで馬車馬のごとく朝食をかき込む少女の姿があった。
 
 がつがつむしゃむしゃばくばくごきゅごきゅばりばりもりもり

「…………」
「……んぐんぐんぐんぐ……おかわりぃ」
「自分でよそえ」

 ぶう、と言いながら、少女は大きな丼いっぱいにごはんをよそう。
 そして、小柄な体に似合わず、大量の料理を口へと運び続ける。

「……本当によく食うよな、穂乃香ちゃんよ……」

 左之助には、小さな口がまるでブラックホールのように見える。
 
「ふむ? ほひゃはひゃへへあぁひひゅひゃはへひひゃひょひゃ」
「ええい、食うか喋るがどっちかにしろ」

 穂乃香が喋る度に、口からご飯が飛ぶ飛ぶ。

「ふむう…………ほひゃひゃへひゃは」
「前言撤回。食え」
「ふむう」

 つまんない、と言った表情で、もくもくとご飯を口に運ぶ穂乃香。
 その穂乃香の座った後の壁掛けには、《前川 雅美御一行様》と書かれていた。
 前川 雅美とは、彼等《新選組》が居候をしている『前川邸』の女将さんの名前である。
 まさか、新選組である、と言う訳にはいかない。
 鬼切役が自分を偽ったように、新選組も自分達を偽らないと、鬼が出たかと村が大騒ぎ
になる。
 ……まあ、本当に鬼が出て来て、大騒ぎは彼等の身分が判明する前に起ってしまったが。
 しかも、自殺にバラバラ殺人ときて、天水村は警察から週間紙記者まで混じって、喧騒
の最中にある。

「雅美ちゃーん、ごはんよそってー」
「もう、こんな時まで雅美ちゃん、なんて言わないでよ、穂乃香」

 穂乃香の隣、左之助の反対側に座しているのは、穂乃香の姉、沙耶香である。
 沙耶香は女将さんの名前を借りて、この天水村に来ていた。
 まあ、どちらかというと、戦う以外ではあまり頼りにならない彼等だから、生活で一番
頼れるのは沙耶香という事になるのだろうか。

「ところで、副長はどこにいったか知らねえか、沙耶香ちゃん」

 ふと思い出したように、永倉 新八が尋ねる。

「さあ……近藤さん、ご存じですか?」
「ああ、歳なら、自分が泊まっているホテルへ帰ったぞ。向こうで朝メシを食うそうだ」
「いいなあ、カノジョがいる人は……沙耶香ちゃーん、俺様と付き合わない?」
「絶対に地球が裏返っても遠慮します」

 局長近藤の答えにうなだれた永倉の誘いを、即答して断わる沙耶香。
 
「総司もいねえな、トイレか?」
「違いますよ、永倉さん」
「ぬわっ」

 沖田がいつの間にか永倉の後に立っている。

「……頼むからやめてくれ……」
「すみません、ただ、ちょっとお客さんが下に来ていたもので」
「客?」
「ええ、山さんが来てたんですよ」
「山崎が?」
「斎藤さんは、表向きは殺人事件の調査に関わらないといけないですからね。パイプ役で
 色々と動いてくれてますよ」

 近藤が、ずい、と食卓に体を乗り出してくる。

「で、何と?」
「鬼の出現の流れ、ってやつを探っていると、ある一つのポイントで、鬼の出現が多発し
 ているようですね。」
「ほう……」
「天水村の村営墓所」
「何?」
「そこで、シヴァリースも一戦交えています」
「墓場……か。何とも悪趣味じゃねえか、なあ、局長」

 左之助が、しかめっ面で、おかずを口に押し込んでいる。
 近藤は腕組をして沖田に語り掛ける。

「歳はこの事を?」
「ええ、もう既に、山さんが先に知らせてます。山さんは、土方さんのファンですから」
「……局長をないがしろか? 少々妬けるな」

 近藤は苦笑いをしながら、旅館の部屋から外を見る。
 そこでは、野次馬と警官とマスコミが入り交じり、異様な喧騒がいつまでも続いていた。


                   $

「歳さん、どうしたの?」
「ん? ああ、これから忙しくなるからな、当分お前を抱く事は無理そうだ」

 朝食もあまり喉を通らないほど、何かを考えていた土方だったが、雪乃の質問にちゃか
してみせる。
 
「何それ、もう。朝っぱらから、酔っ払っているんじゃないの?」
「はは、悪ぃ悪ぃ……だが、ここ数日はここも騒乱状態になるかもしれねえ。昨日言った
 通り、お前は帰れよ」
「……分かった……でも、少しは私も信用してくれてもいいんじゃない? 山崎さんだけ
 じゃなくて」
「……一人の男にしか抱かれない女の密偵なんて、もう使えないからな。寝物語でネタを
 聞き出す事もできなくなるしな」
「そんなものかしら……でも、ここ数日、何だか奇妙な雰囲気」
「……戦争が起るのさ、必ずな」

 雪乃は、その時の目を、一生忘れる事はなかった。
 それほどまでに、不敵で、輝いて見えたのだった。

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「ねえねえ、ガウェイン」
「なんです? 殿下」
「おやこどん食べたいよう」
「ダメです」
「さぬきうどん食べたいよう」
「ダメです」
「とんかつもたべたいよー」
「ダメだったらダメです」
「……ケチ」

 ホテルの一室、フルコースを朝から並べられて非常にウンザリしているミハイルと、そ
れを厳しく見守るガウエイン、そして、気の毒そうに苦笑いをするパーシヴァルの姿があ
った。

「わがままを言うのはやめなさい、殿下。こんなに豪勢な食事なんて、ありませんぞ。さ、
 ここでもしっかりと、『王の作法』を身に付けて頂きますぞ、ミハイル様……ナイフと
 フォークが逆です。食器は外側から取りなさい」
「カレーうどん食べたいよう」
「ダメです」
「おさしみほしいよう、てんぷら食べたいよー。肉には白いご飯だよー」

 ちょっと珍しいアイルランド人である。

「ダメだったらダメです。なんで日本食ばかり食べたがるんですか。今日から明日にかけ
 て、おそらくはまともに作法をお教えできませんからな。今のうちに、じっくりとやら
 せて頂きます。」
「ううう……ごはん……」
「しかたないですよ、殿下、あきらめましょう。お墓を昨日調べてみましたけど、一生氏
 のお墓のあたりから、通常では考えられない『波動』を感じました。器使いか、鬼か。
 それに類するものが、あの地下から感じます。今日から明日の夜にかけて、あっちも大
 仕事が待ってますよ」
「食器を音をたてて使わないように。そこ、切り方が違う。スープは手前から奥へすくう」
「ううう……どこ行ったんだよぅグネヴィア……」

 ミハイルの受難は、今始まったばかりだった。

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