『24』


 誠は戦っていた。
 何と戦っているかは分からないが、そこにある何かを必死で切り結んでいた。
 息が切れる。体が重い。
 だが、それでも戦っていないと、自分がどうにかなってしまいそうで、恐怖が頭から離
れない。
 そして、そこに広がる永遠とも思える闇。
 誠は一人そこに佇み、ただ現れる黒い何かを、また必死に振払う。
 それは、ある人形をとり始めた。
 見覚えのある顔、顔、かお。
 4年前に死に別れた仲間。それが、誠に向かってくる。
 誠はそこに立ち尽くし、何もできないまま、黒い何かに取り囲まれた。
 ……と、そこに、聞き覚えのある騒音が聞こえてきた。
 戦術ヘリの騒音。そして一定のリズムで撃ち放たれるチェーンガンの音。
 それを聞いた時、誠の中で何かが弾けた。
 急に突進を始めたかと思うと、黒い何かに目もくれずに走り出し、その音の方角へと走
り続ける。
 見えてくる戦術ヘリ。
 そして……その前にいる人陰。

「……美月……」

 美月は誠の方へ振り向くと、少しだけ笑ったように思えた。
 だが。
 再びけたたましく鳴り響く音に、美月の体が跡形もなく四散した。

「うおあああああああああっ!!」

 誠は、尋常ではない跳躍でヘリに飛びかかると、思いきり刀を振りかぶった。
 そして、降りおろす瞬間、誠の心で、言葉が響いた。

『お前も……死ね!!!!』





「うっ」
 
 誠は、弾かれたようにその目蓋を開いた。
 障子から差し込む、淡い暖かな光。小鳥のさえずる声。

「……夢……か……」

 自己嫌悪に似たもやもやとした感情が、いつまでも心に引っ掛かって離れない。
 ……嫌な夢だ。俺は今だに過去に捕われているのか。
 そう思いながら額に手をやると、それは、濡れた布に触れた。

「あ……目がさめました? 誠さま」
「……咲耶さん……」
「よかった。あれから、ずっと眠ったままでしたのよ。お医者様も、誠さまのお体は外傷
 は酷いものの、それ以外は、内臓も、脳も、全く後遺症の心配はないと仰っておられま
 したわ」
「……そう……ですか……俺は……どれくらい眠っていたんですか?」
「……今、朝の9時ですわ。そうですね、お眠りになったお時間は、あの時から3時間ほ
 ど……気分がすぐれませんか?」
「……少しだけ……ん?」

 誠が体を起こそうとした時、腹のあたりに、少し重みを感じて自分の腹の方に目を向け
ると……

「くぴー………すやすや」

 ……水波が寝ていた。

「水波さんも、ずっと看病してたんですのよ。一生懸命に、誠さまを看ていましたわ」
「おい、水波」
「……ん……んにゃ?」

 水波が、眠そうに目を擦りながら、思いきり猫のようにのびをする。
 そして、誠の方を見て、そして泣き出してしまった。

「うえええええええん、まことが生き返ったぁぁぁぁぁ」
「こら勝手に殺すな」

 急に泣き出した水波を見ながら、誠と咲耶は苦笑する。

「ほら、水波、ハンカチ貸すからもう泣くな」

 誠は、自分のポケットからハンカチを出して水波に渡す。

「うん、ありがと」
「ほら、涙ふけ」
「うん…………ずびびびびびびびびびびび……ちーーーん」
「……………………」
「…………あい」
「……いい……やる。」
 
 水波は、ふうん、と言いながらそれを懐にしまおうとし
て、咲耶に没収された。

「はいはい、ちゃんと洗わないといけませんよ」
「ぶう」

 まるでお姉さんと妹だ。
 そんな水波と咲耶を見ながら微少すると、誠は自分の体に手をあててみる。
 そして、ふと疑問が頭をもたげてきた。

「……なぜ……傷が全て塞がっている……?」
「……お医者さんがまことを診に来たとき、『ああ、さすがは器つかい、すごい回復力だ
 なあ』とか言ってたよ」

 誠はそう言う水波を見て、そして言葉を返す。

「いくら器使いが一般人より強化されているからといって、これは余りにも直り過ぎだ。
 ……そもそも、器使いが人体強化される理由についてもよく分かっていないんだ。回復
 力だけ特化されるなんて考えにくい」
「……そういえば、お医者様が、何かお注射をされていましたわよ」
「注射?」
「ああ、そーそー、おっきい針で、こう、ぶすっと」
「……」

 誠は、そこでふと撚光の顔が浮かんだ。あの人が誰か呼んだな。
 その人選が正しい事は後に判明するが、ここでは誠はあえて突っ込むのをやめた。

「……しかし、俺も思いきりやられたな」

 誠は、少し自嘲ぎみに微笑んだ。
 そんな誠を見て、水波と咲耶は、少しだけ表情が暗くなる。

「……誠さま」

 そんな雰囲気を払拭するかのように、咲耶が誠に向き直って語りかける。

「どうしたんですか、改まって」
「……少しだけ……昔話を聞いてはくださいませんか?」
「昔話……?」
「そう……ある家族の……たった4人しかいない、小さな家
 族のお話です……」

 咲耶の目は、真摯に誠に向けられている。
 水波も、その雰囲気に、ただじっと見ているだけしかできなかった。

「……分かりました、聞きます」

 誠もまた、咲耶に真摯に視線を送り返した。





「感謝するわ、リチャード。あなたのもってきたアレ、なかなか凄い効き目ね」

 撚光は、自分がいつも器使いを迎え入れる和室に、大きな西洋人と向き合っていた。

「いや、礼には及ばんさ、ヨリミツ。お前とは昨日今日の間柄ではないからな。……しか
 し、間に合って本当によかったよ」

 そう言って、撚光の正面にあぐらをかいた男はその青い瞳で穏やかに笑う。

「そうね、助かったわ……あら、少し老けたかしら? お互いにもう若くはないものね。
 で……そんなに酷かった? 誠ちゃん」
「酷いなんてものじゃなかったさ、ヨリミツ。体中の切り傷は神経に達するものもあった
 し、内臓は一部完全にやられてた。どんな力が加わったかは知らないが、両腕の内出血
 もかなり酷かった。私がここに来た時に、とんでもない事態になっていたのは確かだが、
 鬼どもの退散が比較的早かったのは、唯一の救いだったよ」
「……美姫ちゃん……みんなを安心させるために、あえて言ったのね……大した事ないっ
 て……」

 撚光は、ふう、とため息をつく。

「しかし驚いたわ、リチャード。CIAのあなたが日本に来ている事もそうだけど、まさか
 ……《エックス》を持ち出すなんてね」

 リチャードはそれを聞くと、少し自嘲ぎみに微笑んだ。

「もはや我がアメリカは、その程度の事でしか同盟国の君達を支えてあげられないんだよ。
 同盟国として、そして日本の一番の友人と自負する国民として、私達米国人は、いつも
 はがゆい思いを募らせている。」
「アメリカの自信は、あの富士山麓でけちょんけちょんだったものねえ……」
「戦術核を四発もぶちこんで、ただ泥沼にしただけだったからな……あれには、さすがに
 まいったよ……。プレジデントが黒い鞄を開けたのにな。しかも、被爆国日本でだ。し
 かし、それで全て終わらせたくはなかった。アメリカは軍事産業によって先陣をいく国
 家だ。鬼と戦う術はなくとも、遺伝子やマイクロテクノロジーで、君達の役に立てる…
 …その思いだけで、この四年間、悪夢や恥辱と戦い続けてきた」
「《エックス》の名前は、遺伝子の型の名前からとられている。その遺伝子に似た物質を
 ピコレベルでつくり出し、クローン培養を応用した回復技能をもったマシンを、ウィル
 スに似せて体内に『感染』させる……そうすれば、異常な早さで宿主体を回復に導く事
 ができる。そして役目を果たしたピコマシンは、汗腺を通して体外へと排出され、後遺
 症は一切なし……」

 撚光はため息をつく。

「凄いわね……まあ、悪用されたら、人の体をバケモノにできるけど、……それは人類
 の望む科学の方向じゃないわ」

 撚光は、少し微笑むと、リチャードの目を正面から見つめた。

「……それで。《エックス》なんていうピコマシンまで持ってきて、何を頼むつもりだっ
 たの? ピコレベルにまでマシンを小さくできるのは、日本とアメリカだけだけど、こ
 こまでのものを持ってくるのには、それなりの見返りを期待してきたんじゃないの? 
 大統領から何を仰せつかって来たの、リチャード」

 《ピコ》は、名前は可愛らしいが、その大きさは十のマイナス十二乗、一ミリの一兆分
の一の大きさをさす。
 ちなみに、《ナノ》は十のマイナス九乗、一ミリの十億分の一の大きさだ。

「ヨリミツ……折り入って頼みがある」
「なによ、改まって」

 少しだけ間をおいて、リチャードは語りかけた。

「……お前の所の器使いを、一人でいいから貸してはくれないだろうか」

 撚光の片方の眉が釣り上がる。

「随分な言い種ね。『貸せ』ですって? ウチの子達は、モノじゃないのよ。もうちょっ
 とマシな言い方があるんじゃないかしら?」
「ああ……すまない……ただ、アメリカで彼等に少し手伝って欲しいも……」
「リチャード」

 撚光が、リチャードの言い訳を遮る。

「私はね、そういう奥歯に物が挟まったような言い方が一番嫌いなの。私に隠し事は無駄
 よ。正直にいいなさいな」
「……」

 リチャードは、観念したようにため息をつくと、撚光を再び見つめなおした。

「アメリカに器使い集団を発足させる」
「なんですって? 銃社会のアメリカで? 本気なの?」

 これには少々撚光も驚いた。
 アメリカ人からは何故か器使いが生まれない。
 本来、アメリカには精霊と契約できるシャーマンがいたはずなのだが、彼等はどうやら
アングロサクソン人のフロンティア政策でほぼ完全に『狩り尽くされた』らしいのだ。
 産業と兵器によって財をなし、他を無理矢理自分色に染めて大きくなったアメリカの業
なのかもしれない……

「もう既に、世界各国から人材を集め、ひな形と言える集団はできあがっている。アメリ
 カは移民の国だ。受け入れは容易だったよ。そしてここに、経験豊富な器使い、もしく
 は鬼と戦う者がリーダーを勤めれば、私達は、自分達だけで国民を守れる。……いや…
 …これでも、まだ守られているのだがな……」
「……名前は……?」
「銃を武器とし器としてデビルを倒す、光の銃を扱う者達……名を《レイガンズ》という」

 レイガンズは戦闘能力こそ最弱でとても前線には出せないものの、後にアメリカの自信
を回復させる原動力となる。
 そして、そこには《ライオンハート》と呼ばれた一人の日本人がいた……が……これは
また別のお話である。

「レイガンズ……」

 撚光は、無意識にその名をくり返していた。

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 撚光が神妙な面持ちでリチャードと話をしている最中、誠達も同じような雰囲気の中、
お互いに向き合っていた。
 咲耶は誠と向かい合って正座し、誠は布団の上であぐらをかき、水波は布団に寝そべっ
ている。
 そして、咲耶はゆっくりとその口を開いた……。


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