『26』


「お……俺の家、ですか?」

 誠は、少し驚いたような表情で、武の言葉をくり返した。

「そうだ。君の生家、柊家に帰るんだ」

 そこで、撚光が、ぽん、と相づちをうつ。

「なるほどね〜、誠ちゃん、あなたのお母さん、日本きっての刀鍛冶じゃないの。その折
 れた正宗だって、お母さんが鍛えたんでしょ?」
「……確かに……母が鍛えてくれたものです……ですが……」

 誠は、どこか煮え切らない態度をとる。

「わー、すごーい。まことのお母さんって、刀鍛冶さんなの?」
「ああ、確かにそうだけど、しかし、あんな戦い方をして折ってしまったこの刀を見て、
 母が再び鍛え直してくれるかどうか」
「そーんなの、行ってみなきゃわからないじゃないの」

 撚光が、明るい声で誠に言う。

「それにね、刀は、戦えば傷付き、折れるものよ。それを鍛え直すのも刀鍛冶の勤め……。
 大丈夫、行ってきなさいな」
「そういう事だ。俺と一緒に柊家へ行こう。俺も師匠に挨拶がしたいしね」

 武も、撚光の言葉に賛同する。

「ねえねえ、まこと」
「なんだ?」

 水波が、合点がいかないといった表情で誠を見る。

「蒼真さんのお師匠さんって?」
「ああ、俺の父さんだよ」
「…………」

 なんだか人間関係が複雑になってきて、水波はまた目を点にして首を左右にひねり始め
る。

「天水村のほうは心配いらないわ。今の所はね」
「今の所?」

 誠は、撚光の言葉をくり返す。

「平穏は、もって明後日の夜まで……それまでに、あの村へと、あなたの家から飛んでち
 ょうだい」
「それならば、ここにある刀をどれか一つ貸してもらえれば、すぐに……」
「誠ちゃん」

 撚光が、誠の言葉を遮る。

「あなたは、戻らないといけないの。正宗が折れたら、あなたを家へ返す。そういう約束
 なの。あなたのお父様……精一郎さんとのね」
「……約束?」
「いずれ分かるわ。あなたが、精一郎さんや文さんに会わなければならない訳はね。まあ、
 ご両親に会うのに、訳も理由もいらないと思うけどね」

 そう言って、撚光は、片目を閉じてみせる。

「……分かりました、気掛かりな事はあるけど、蒼真さんや、撚光さんの言う事に従いま
 す」
「……何か聞きたい事があれば答えておくけど」
「では、ひとつだけ」

 誠は、改めて撚光の顔を見据える。

「撚光さん……《おおたけまる》とは何者ですか。鷲王が、何度も口にした名前です」

 その言葉に撚光は目を細める。

「う〜ん、さすが誠ちゃん。よく聞いてるわね。おおたけまる……《大嶽丸》とは、平安
 の世、征夷大将軍、坂上田村麿呂(さかのうえのたむらまろ)に打ち取られたとされる、
 日本屈指の《鬼神》よ」
「……鬼神」
「そう、鬼神とあえて言うように、大嶽丸は、今まであなたが戦ってきたような鬼とは、
 一線も二線も画す、とんでもない力を秘めていると言われていたわ。……でも、坂上田
 村麿呂と鈴鹿御前がその鬼神をなんとか退治した。けれど、大嶽丸の回りには、三本の
 神剣が身を守り、坂上田村麿呂の軍勢は、多くの犠牲を払ったというわ。その首は後、
 藤原一門の手により、宇治の平等院鳳凰堂へと安置され、固く封印されているというわ」
「……もしかして、その鬼神が復活するかもしれないんですか」

 誠は、布団から身を乗り出して言う。

「紅葉一党の目的は……おそらくは大嶽丸の復活……。そして、この世に鬼を蔓延させ、
 人間の作った秩序を破壊すること……。でも、今はそこまで切羽詰まってないわ。あそ
 こにも、修験道者や、強力な陰陽師が辺りを固めてる。そう易々とは封印まで入り込め
 ないはず……でも」
「……でも?」
「紅葉一党を仕切る四天王のうちの誰かがあそこを襲撃すれば……」
「……封印は破かれる……」
「……可能性としてね。修験道者も陰陽師も、ケタ違いの数と実力があるもの。……それ
 に、京都には、新選組もいる。なんとかなる、と思うわ。四天王をできる限りあそこに
 止める意味で、シヴァリースには天水村へと行ってもらったんだし」
「紅葉一党が、天水村にいたんですか……」

 誠は、少し以外そうな顔をする。

「実はそうらしいのよね。鬼と通じてたっていう政界関係者や、鬼との戦いの記録、そし
 て、ここ数日の騒動、一生さんがこの件に関わっているだろう事。そういった事柄を総
 合すると、あの村に本拠地があるとしか思えないのよ。」

 そこで撚光は、頭を掻きながら、自嘲ぎみに話しはじめる。

「……まあ、正直な話ね、京都にまで人数割けないのよね。誠ちゃんも知っての通り、日
 本の器使いは、新選組と合わせても千人もいかない少数団体。関東方面でもいざこざが
 あって、さらに天水村でもアレじゃない? 色々と私も苦悩の日々なのよね……」

 誠は、少しだけ目線を落とし思案し、再び撚光へと語りかける。

「……そんな状況でも、俺は家へと帰らなければいけないんですね」
「そう、今、この状況だからこそよ。行ってみれば分かる」

 誠は、水波や咲耶に頷きかけると、立ち上がる。

「分かりました。俺は、一度帰ります。……自分の故郷へ」

 誠はそう言うと、自分の故郷の方角の空へと目をやった。

                  $

「すみませーーん。ホントに、お世話になりまーーす」

 静かな和風の邸宅に不釣り合いなほど、明るい声が辺りに響き渡る。
 ここは、京都は新選組の屯所、前川邸である。
 その屋敷の一室に、クッキーを頬張りながた紅茶を飲み、幸せそうにしている、金髪少
女の姿があった。

「しかし、いきなり何ごとかと思いましたよ。僕らがいて、本当によかった。話が分かる
 者がいなければ、あなたは放り出されていましたよ」

 そうにこやかに語りかけるのは、新選組総長、山南 敬介である。
 そのすぐ横には、新選組で参謀を勤める伊藤 甲子太郎(かしたろう)が涼やかな視線
でその少女を見ていた。

「何はともあれ、御無事にここまで着かれて何よりです、プリンセス・グネヴィア」

 伊藤の言葉に、ちょっとグネヴィアは思案するような顔になる。

「なんだか、プリンセス・グネヴィアって、長ったらしいから、もっと縮め
 て呼んで欲しいんですけど、何かないですかぁ?」

 また、とんでもないわがままを言い出すものである。
 山南と伊藤は、苦笑いをしながら、あれこれと考える。

「じゃあ、短く、姫、と呼ぶ事にしましょう」
「……結局、ガラハドと同じかあ、つまんないの」

 じゃあ、どう呼んで欲しいんだ。
 ……とは山南も伊藤も言わずに、穏やかに微笑みかけた。

「まあ、何にしても、助かりました。だって、右も左も分からないんですもん。」
「しかし、さすがに『あたしたちは王家の人間よ、上座へ通しなさい』では、何ごとかと
 うちの隊士達も色めきたつというものですよ、姫」
「……ごめんなさぁい……だって、不安でしょうがなかったんだもん」

 グネヴィアはこの言葉が発端で取り押さえられ、山南と伊藤の前に突き出された。
 だが、その山南と伊藤により、解放されていたのだ。
 本当に反省しているのか、口を尖らせて肩を落とす。
 悪い子ではないようだと、山南も伊藤も分かってきたようだった。

「まあ、何はともあれ、お話は承りました。あいにく、局長も副長も席を外してますが、
 総長の権限で、あなたを天水村へとお届けしましょう」
「ほんとですか〜! うわあ、ありがとうございます!」
「私達も、《魔法使い》というものに興味がある。あなたとお話できて嬉しかったですよ」

 えへへ、とグネヴィアは照れ笑いし、

「やった、これでミハイルに会える♪」
 
 とにこやかにそう言いながら、再びクッキーに手をつけた。
 ……と、その時、松原がばたばたと駆け込んできた。

「山南さん、伊藤さん! 大変です!! すぐに道場の方へおいでください!」
 
 山南と伊藤は、何ごとかと、視線を合わせた。
 姫と参謀達が和やかに談笑している中、道場では、まるで和やかではない空気が辺りを
包んでいた。

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「貴様……その態度が気に食わん! 一言、心から詫びを入れろ!」

 そう叫んでいるのは、新選組の平隊士である。
 その眼前には、グネヴィアのお付きの騎士、ガラハドが、冷めた目で彼を見つめていた。
「道場に土足で上がり込んだ事は誤ったじゃないか。……ま、こんな汚れた所、土足であ
 ろうとなかろうと、そう変わらんと思うが……」
「……何だと! 貴様!!」
「……怒ったか、すまん。一言多いのは性分だ。許してくれないか」
「……その態度、誠意があるとは思えん」
「だから性分だと言ってる。それに、騎士は主人以外には頭を下げるなどしないものだ。
 何でもぺこぺこする日本人と違って」
「……貴様……日本人を馬鹿にしているのか!!!!」
「いや、すまん、また一言多かった」

 平隊士は、ついに何かが切れたらしい。


「誰かこいつに木刀を貸してやれ!! おい、貴様! 日本男児として、ここまでコケに
 されて黙っておれん! 貴様の剣筋、どれほどのものか見せてもらおうか!!」
「お……おい、愛次郎! そのへんにしておけ! この人は客人だぞ」

 仲間の隊士が止めに入るが、愛次郎、と呼ばれた隊士は止まらない。

「どけ!馬越(まごし)!!」
 馬越というその隊士の肩に手をやりどかせておいて、再びガラハドと対峙する。
 ガラハドは、ふん、と火山のように荒れ狂う隊士を見ながら、他の平隊士がよこした木
刀を手にした。

「いいだろう。お前達島国のせせこましい棒切れ遊びと我が騎士の剣は違う事を、ここで
貴様に見せてやろう」
 
 ガラハドはそう言うと、木刀を鋭く一振りした。




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