『27』



 ガラハドが新選組の隊士と睨み合っているその時、誠は撚光の用意したワゴンに水波や
咲耶、武や美姫と共に乗り込んでいた。
 誠は、朝の戦闘による怪我がまるで嘘だったかのような元気な足取りで、神社石段下の
ワゴンに向かう。
 水波や咲耶は既にワゴンの中へと乗り込んで何やら談笑しているようだ。
 そんな二人が本当の姉妹のようで、誠はつい含み笑いをしてしまう。
 そんな誠に、撚光が歩みよる。

「ごめんね、誠ちゃん。まだ寝ていたいかもしれないわね」

 そう言いながら、撚光は誠の方に手を置いた。

「いえ……感謝しています、撚光さん」

 誠はそう言うと、撚光に苦笑いする。

「……分かってたのね、私が何をしたか」
「それは分かりますよ。自分の体ですからね」

 そう言って、誠は少しまぶたを伏せる。

 しかし、ここ数日は、色々な事があるな……。

 誠はそんな事を思いながら、石段を見上げる。
 そこには、天を突き上げるような白い角を持った、赤い髪の少年が、誠と目が合い微笑
んでいた。
 すぐ横には、一段一段飛ぶように降りてくる、小さな猫耳の少女が見える。

 まさか、鬼切役が、人ならぬものを保護しているなんてな。
 
 本来、鬼切役は、鬼を倒すか、その存在を歪みの向こうへと送り返すのが主な仕事だ。
 だが、今の鬼切役には鬼がいる。
 蒼真 武という鬼切役の創設者も葛乃葉という、鬼の一族の者と共にいる。
 鬼とこれからも戦い続けるのか、それとも共存を図るのか。
 彼がこれからどう鬼切役を導いていくのか、誠にはそれは分からない。
 誠自身も、鬼の子孫である可能性を撚光が示唆している。

 誠は、咲耶の方をちらりと見る。

 鬼は倒すべきものと考えてきた。鬼は、俺とはかけ離れたものだと思ってきた。
 ……一度、本当に戻った方がいいのかもしれない、これからの俺自身のためにも。

 誠はそう思い直すと、撚光に会釈をし、水波や咲耶がいるワゴンへと歩みだした。

「じゃあ、後は頼むわね、武ちゃん」

 誠が進むのと入れ違いに撚光の傍に近寄ってきた武に、撚光が声をかける。

「俺は何もできないよ。何か答えを出すのは、誠君だ」
「答え……ね。出ると思う?」
「答えが出なければ、彼は堕ちて行くだけだよ」
「……そうね」
「鬼を利用し、自分の私利私欲に使おうとする者達がいる。俺はそれをこれからも阻止し
 続けなければいけない。鬼も、そして人も、奴等に利用させてはいけない」
「藤堂グループ本社へは平助くんが向かったし、関東で何やらごちゃごちゃやってた連中
 は、猛獣を扱い切れずに自滅した。……今は、大嶽丸の復活の阻止が、最重要事項ね」
「そうだね。そして、そのためには、誠君が、自分自身について見つめ直し、目覚めなけ
 ればいけない。……彼は、鷲王や、そして大嶽丸とは離れられない運命にあるのだから。
 鬼切役が切る鬼はいかなるものなのか。それを、彼は見極めなければならない……」

 撚光は、ひとつため息をつくと肩をすくめて武を見る。

「ま、期待して待ちましょ。私達も余裕はそんなにないからね」

 武は、微笑すると、ワゴンの方へと向かって行った。そこに、
今度は美姫が近寄ってくる。

「……これから、私はあの水波を鍛え上げねばならんのか。何というか、とても苦労しそ
 うな気がするのは、気のせいなのだろうか」
「気のせいじゃないわよ、たぶん」
「……あの水波と咲耶という二人は、どうもつかみ所がないからな。卜部(うらべ)の人
 間の力も借りねばならんかもしれんな……まあ、行ってくる」

 幾分肩を落としたように見える美姫の後ろ姿を苦笑しながら見送ると、近くにいた者達
に声をかける。

「さあさ、みんな、お見送りよ。元気に手を振ってぇ」
「はいはい、振りゃええねんな……何か、ごっつ恥ずかしいで……っていうか、何でワイ
 ここにおんねん」
「……あんたは私の元で可愛がってあげるわよ、うふふふふ」
「……なんや、可愛がるって」
「あらん、決まってるじゃなぁい? コキ使ってあげるわよん、うほほほほほほ♪」
「…………………………いやあぁぁぁ、武ぅぅ! 俺も連れてってぇぇぇ」
「……往生際が悪いぜ、渡辺さんよ」
「こら、酒呑! お前なに達観しとんねん! こら! 顔をすり寄せるな撚光!! ……
 ……ぎゃああああ」

 騒ぐ渡辺を見、苦笑しながら運転席で手を振り、武は車を発進させた。

「たけるぅぅぅ、まことちゃぁぁあん」

 渡辺の声を完璧に無視して遠ざかっていく車を見送り、撚光は渡辺を羽交い締めにしな
がら、リチャードに話し掛けた。

「さて、時間稼ぎしないとね。あ、リチャード、ある程度でいいから、日本にいる艦船の
 監視結果をこっちに回してくれないかしら。衛星都市、いまドンピシャで日本上空でし
 ょ?」
「……うむ、承知した。だが、まさか、私設部隊を自衛隊内に作ってあるとはな……日本
 の政治家は何を考えているのやら、私にはさっぱり分からんよ」
「一網打尽にしてあげるわよ、ふふふ。さて、綱、あんたは天水村へさっさか飛んでちょ
 うだいな」
「……へいへい、分かりましたよ、ちぇー、ワイも誠ちゃんの修行につき合いたかったな
 ー……苦手やねん、壬生狼は」
「文句言わない。酒呑、あんたは私とななちゃんと一緒に神社のお掃除、その後は、分か
 ってるわね」
「はいよ」
「にゃー」
「では、私はすぐにでも支局に戻って調査を指示してこよう」
「うん、頼むわね」

 それぞれが、それぞれの役割を果たすために、それぞれの方角
へと散って行った……。

                   $

 さて、場所は移り変わって新選組屯所。

「で、僕はこの場所で一礼して始めればいのか?」
「そうだ。お前も一介の剣士ならば、礼のひとつもできよう」
「無論だ」

 ガラハドは、慣れない仕種で一礼をすますと、両手で木刀を構えてみせた。
 それに対して、愛次郎と呼ばれた隊士は、木刀の刃にあたる部分を少し左斜に傾け、少
し上体を落とした。

「うぉぉっ!!!」

 愛次郎が、気合いを入れ、声を発する。
 その声は、まるで道場を揺らしたかと思えるほどのものであったが、ガラハドはまるで
意に介す事もなかったかのように平然としていた。
 そんなガラハドを一睨みし、愛次郎は猪のごとく突進した。
 鋭い突きがガラハドに迫る。
 ガラハドはそれを、木刀を少し傾ける形に動かしていなすと、そこから一歩踏み込んで
斬り掛かる。
 しかし、突きからバランスを崩すかと思われた愛次郎の剣筋が、そこから方向を変え、
突きから薙ぎへと変化し、再びガラハドを襲った。
 ガラハドは斬り掛かった体制を無理矢理下へと下げ、愛次郎の薙ぎをなんとか躱し、後
ろへと下がる。
 再び間合いを取った両者が、木刀を構え直して対峙する。
 と、ガラハドが少し微笑して木刀を右手だけに持ち替えた。

「……なるほど。お前の得意技は突きなのか」

 ガラハドは右に持った木刀が前にくるように半身の体制になり、左足を下げ、上体を少
しだけ落とした。
 その見覚えのある体制に、馬越と呼ばれた隊士が呟く。

「……フェンサー、か」

 ガラハドは木刀の先を持った右手よりも下げ、体の内側の方へ持った右手を構えた。

「フェンシングごときで……この天然理心流の剣筋に対応できると思うなよ!」
「ま……まて! 愛次郎!!」

 馬越の制止も聞かず、愛次郎は再び雄叫びをあげると、ガラハドへと鋭い突きを食らわ
せる。
 しかしガラハドは、木刀の先を真下に垂直に下げ、横に緩やかにずらす。
 その木刀へ、愛次郎の突きがぶつかり、愛次郎の剣筋は方向転換させられ、バランスを
崩す。
 しかし、愛次郎はそこから薙ぎへと変化させ、ガラハドの首を狙って斬り掛かる。
 ガラハドはそれを上体を下げて躱すと、隙だらけの愛次郎の右太ももと足の甲に、強烈
な突きを食らわせた。
 激痛に表情を歪ませる愛次郎。
 想像以上の突きの鋭さに、まだ愛次郎の右太ももから下が痺れたままだ。
 自分の足に一瞬愛次郎が気を取られたその隙をガラハドは見のがさず、右足を大きく踏
み込んで右手を鋭く先へと伸ばす。

「くっ! しまった!!」

 愛次郎は不自然に右側に傾いた姿勢ながらも、そこから再び突きをくり出す。
 適格にガラハドの喉元を捕らえたかと思ったその突きは、まるでガラハドの剣にからめ
取られるかのようにいなされると、ガラハドのいない空を突いた。
 そして、ガラ空きとなったその腹へ、ガラハドの突きが直撃した。

「ぐはあっ!!!」

 少量の胃液を吐きながら、愛次郎は片膝をついてしゃがみ込んだ。

「どうだ? 突きの鋭さは、我が剣も捨てたものではないと思うが?」
「く……くそっ!」

 愛次郎は、悔しさをにじませながらガラハドを睨み付ける。
 そんな愛次郎を見ても表情を全く変えることなく、ガラハドは再び木刀を構え直した。

「お前も剣士ならば、このまま引き下がるような選択肢はないはずだな?」
「……無論……だ……」

 愛次郎はそういうと、立ち上がるが、足下がまだ痺れて定まらない。
 だがそれでも、木刀を構え直してガラハドを睨み付け、そして、大声で再び雄叫びをあ
げた。
 そして、足の痺れが嘘のように、鋭い突進と突きが、ガラハドへと襲い掛かる。
 ガラハドは冷静にその剣筋を見極め、先程と同じように剣先を下げた状態から、自分の
左側へ鋭くずらし、強烈に愛次郎の木刀を弾き飛ばす。
 その強烈ないなしに、愛次郎は完全にバランスを崩す。
 その体は、前のめりにガラハドの前へとのしかかるような形になった。
 ガラハドの剣先は、下から垂直に持ち上げられ、確実に前のめりになった愛次郎の腹を
狙っていた。
 ガラハドの目が、一瞬鋭く光ったような気がした。

「くっ!!」

 愛次郎はそれを見ていたものの、反応し切れず再びその腹へガラハドの剣先が直撃する。

「ぐぉああっ!!」

 愛次郎は、今度は膝を立てる事すらできずに、悲鳴をあげてその場に突っ伏して気絶し
てしまった。

「あ……愛次郎!!」

 気絶した愛次郎に、他の平隊士が駆け寄ってくる。

「あれが……フェンサー、というやつか……」

 馬越は、初めて見たフェンシング流の戦いに、目から鱗が落ちたような気がした。
 
「お前のそのサムライの精神はよく分かった。認めよう。……だが、今回は相手が悪かっ
 たな」

 そう言うと、馬越に木刀を放り投げて、ガラハドは道場を出て行こうとする。
 そこへ、馬越と愛次郎以外の隊士が駆け寄っていく。

「待て!! ここまでやられて、ただで帰せると思うか!!」
「ま……待て! もうやめろ皆!!」

 馬越は叫ぶが、隊士達は仲間をやられた怒りがおさまらない。

「なんだ、まだやられ足りない、と言う訳か」

 そう言って、ガラハドも隊士達を睨み付ける。
 一触即発といった状況でにらみ合う隊士達とガラハド。
 再び木刀を馬越から取り上げたガラハドは、隊士の方へと木刀を向けたその時……

 ずどん!!

 圧倒的な圧力を備えた振りおろしがガラハドの木刀をへし折った。
 全く気配すら感じる事もできずに、さらに相手の一撃を許し狼狽えるガラハドを前にし、
落ち着いた声をその男は道場内に響かせる。

「ほお、なかなか面白い事をやっているな」

 その声を聞いた隊士達が、慌てた様子で、道場へと入ってきた人物へと目を向ける。
 馬越が、その人物を見て声をあげた。

「い……井上さん! 何時の間に……」
「よお、この騒ぎはどうした事だ。ん? ……あそこにいるのは愛次郎か。やれやれ、男
 前が台無しだな……よっこらしょ」

 そう言って、井上は愛次郎を担ぎ上げて道場の端へと運ぶと、ガラハドへと向き直った。
 ガラハドも、井上を正面から見据える。
 そんなガラハドに、井上は微笑して言う。

「君が、あの愛次郎をあそこまで痛めつけたか。なかなかやるな。ふむ、フェンサー、か。
 興味深い。……今度は、私とひとつ立ち合ってもらえんかな?」 
「……僕はガラハド。あなたは……?」

 平隊士にはない、井上が持つ独特の雰囲気をガラハドも察したのか自ら名乗ってみせる。
 そんなガラハドに、井上も答える。

「私か? 私は副長助勤、六番隊組長、井上 源三郎だ。」
「井上……源三郎」

 自分の名前を復唱するガラハドに、井上はにこりと微笑んだ。



←『26』へ戻る。        『28』へと進む。→

                   
        ↑小説のトップに戻る。