『13』 誠が岩戸に入ったほぼ同時刻、水波は神社の境内で、座禅を組まされていた。 水波の眉間にはしわがより、そして今にも声が出そうなのを必死にこらえているかのよ うだ。 その足の親指はうにうにと動き、この堅苦しい体勢から、早く抜け出したくてたまらな い感じである。 「ふぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅ……」 ついつい声が出てしまった水波の肩に…… ばちーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!! 「ふぎゃーーーーーーーー!!!!!!」 一喝が入った。 「声をあげるな、声を」 「みみみみみみみみみ美姫さん、いたい!」 「あたりまえだ、痛くしてるんだからな」 「えーん、ヒドイ」 「痛く無かったら修行もへったくれもなかろうが」 「いつまでこうしてるんですかぁ?」 「私がいいと言うまでだ」 「ぐは……」 水波は美姫に肩を掴まれ、姿勢を維持された状態で固定される。 うんうん唸る水波を押さえ付けながら、美姫は水波に話し掛ける。 「お前、誠とはどれくらいの付き合いになるんだ?」 「ふえ、おつき合い? にゃー、そんなかんけいじゃないですよー」 「体を揺らすなばか者。知り合ってからどれくらいか、と聞いているんだ」 「んとね、この前会ったばかり」 「はい?」 「実際に話したのは、この前」 「…………冗談だろう?」 「誠の事は、前から知ってたんだけどねー。誠自身は、あたしの事忘れてたみたい。 でもね、もうお話したから、他人じゃないんだよ」 「……何だかお前達を見ていると、かなり旧知の間柄のように見えるな……」 「実際、助けてもらったのって、四年前だからねー。その頃から知ってたのを含める と、四年と三日ー」 「……しかし、誠はお前を知らなかったのだろう?」 「うん、そうなんだよねー。ヒドイよねー。でもね、誠に助けてもらわなければ、水波 は死んでたから、誠は命の恩人だんだよ」 「救った命の事を忘れとったのか、あの男は……」 「でもね、仕方がなかったんだよ。撚光さんが言ってたけど、誠、お友達がいっぱい死 んじゃって、ショックでおかしくなってたんだって」 「……それは……すごい状況だっただろうな。狂った器使いなど、想像もしたくないが」 「うん、でもね、そうなっても弱い者を救う事だけ考えられた誠ちゃんは、やっぱり凄 いのよ、って、撚光さん言ってた」 「お前はどうだったのだ、水波」 「……あたしはねー、もうはっちゃけ状態で何がなんだか全然わかんなかった」 「だろうな……」 「だから、誠みたいに、はっちゃけても戦えるって、凄いと思った」 「お前が狂わなかったのは、柊 誠のおかげ、という事か。」 「うんうん、そうー。でも、あの時の誠のこと、私よく覚えてないの」 「……あの男の精神状態がどうだったかは、私も分からんな……今もだが」 「誠って、どこか人と距離をおいてるとこあるからねー。戦ってる時は、目の色変わる しね」 「ほう、良く見ているな」 「それは誠のことだもん、えへへ」 「あー、ちょっといいかね、お二人さん」 二人の会話に、男が割り込んできた。 「なんだ、卜部殿」 「わたくし、座禅をいつまで続ければよろしいので?」 「その脳みそから煩悩が抜け切るまでだ」 「あ、じゃあ、一生そのままだねー」 「笑い事ではないのだが……」 卜部は、もじもじと体をよじる。 「ああ、美紀どの、こんな私にマッサージを……ほら、この太ももが痺れて……」 そんな事を言う卜部を見て、美姫はすっと水波の肩から手を放すと、卜部の近寄り…… 「そうそう、たまには武くん以外の男に奉仕しても…………」 どばちこーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!! 「はんぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」 喝棒を両手持ち状態で、脳天に一撃を食らわせた。 「ちっとは煩悩が飛んだかな?」 「記憶の方が飛ぶわーーーー!」 卜部は痛さで転げ回り、頭を抑えて叫ぶ。 「さて……水波、そろそろ座禅はいいぞ。これからが本当の修行だ」 「ほえ? これは修行じゃないの?」 「本来なら、精神を落ちつかせるウォーミングアップのようなものだったが……さす がにもう落ちつくもなにもあるまい。さあ、行くぞ」 「ほーい」 そう言って水波は立ち上がり、そしてそのまま頭からスライディングした。 「……何やっとる」 「えーん、足が痺れてーー」 「……はあ、前途多難だな……」 美姫はため息をつくと神社から外に出て、そして何もない空間で呟いた。 「……前鬼、後鬼……おるか」 「……は、前鬼、こちらに控えておりまする」 「……後鬼、ここに」 ざわりと木々がざわめき、そして何やら大きな気配がそこに現れた。 「これから、ある者を鍛えるのに協力してもらうぞ。手加減は無用。ただし殺しては ならんぞ」 その言葉に、二つの気配は、少し戸惑ったかのように間をおいて答える。 「未熟者相手に、我らが手加減せねば、死にまするぞ」 「我らとて馬鹿ではございませぬ。鍛えたいのであれば、方法がございましょう」 「……いや、時間がないのだ。次の朝日が登るまで……それまでに、泰山府君を具現 化させねば」 「……泰山府君ですと!」 「……まさか……」 「そのまさか、だ。では、こちらに参れ」 「はは」 「御意」 美姫の言葉に、再び木々がざわめく。 その気配に、卜部がぴくりと体を動かし、そして言う。 「……まさか、奴等を呼び出してくるとはな……この方法、速効性はあるが……彼女 にとっては劇薬だぞ。勝算はあるのか、美姫殿」 そう言って神社の入り口を見る。 水波は既に、足をさすりながら境内から降りている。 そして、神社を出てきた水波の前に、強大な存在感を持つ、二人の男が姿を現した。 一人は格闘衣に身を包んだ、二メートルは超えた巨漢。 もう一人は、背広のような正装に身を包んだ、執事のような初老の男。 きょとんとする水波の前で、二人の男はその瞳をじっと見つめ返していた。 ________________________________________ 「咲耶さん、逃げないで」 「は……はい!」 柊家の鍛冶工房。 ここに、誠の母、文と、咲耶がいる。 火床(ほど)には刀の原料である玉鋼(たまがね)と、折れた誠の刀が入れられ、ふ いごで吹かれて火で熱せられ、それは湧かされて一つになっていく。 玉鋼と折れた刀は一体となり、積み沸かしをされた鉄は、真っ赤に染まる。 そして、その刀身から、器使いが発するあの白い光が現れた。 「器とは、もともと形のないもの。それを、形あるものに封じ込め、そして鬼に対抗しう る武器となす……それが、器と呼ばれる所以。今、器の本体が露出した形になっていま す。まぶしいでしょう?」 咲耶は、恐る恐る近付き、それを凝視する。 器の本体を、咲耶は初めて目にした。 それは、実体のない、淡いような存在で、いまにも消え失せてしまいそうな、そんな 危うさを持つかのような、不安定な存在だった。 これでは鬼は倒せない……これを、どうするのだろう。 咲耶は、その光をただ見つめるだけだ。 「これを、今度は折り返し鍛練で鍛え、刀身の内に封じ込めます。いいですね」 「……は……はい!」 ふいごが吹かれると、白い光に覆いかぶさるように赤い炎が包み込み、そしてその鋼は 真っ赤に燃え上がり、熱をさらに高めていく。 咲耶は、炎が身近にある恐怖に耐えながら、その行程を必死で見守っている。 「本来刀とは、折れないための柔らかい鉄を中心に……これを心鉄(しんてつ)と呼びま すが……それの周りに、硬い鉄……皮鉄(ひてつ)をまいて刀とします。器使いの使う 刀は、その心鉄に、器の本体が入っているのです」 文は、火床から鋼を取り出すと、槌を真っ赤に燃えた器に叩き付けていく。 その度に白く輝く光りが四散し、美しい弧を描いて消えていく。 熱が弱まる度に何度も熱し、そして鍛えていく。 その様に、思わず咲耶は見とれてしまった。 「咲耶さん。今度は貴方が叩いて」 そう言って、文は大きめの槌を咲耶に握らせる。 (うっ……お……重い) ずしりと思いその槌は、貧弱な咲耶が持つには、少々重いものだった。 「事前に話した通りにやってみて」 咲耶は、少し戸惑っているようだ。 「あなたの働きで、誠の刀の善し悪しが決まるのよ。さあ、器のできる過程を学び、 器そのものを感じなさい。そうすれば、貴女は、あの桜を動かせるようになります」 その文の言葉に咲耶ははっとし、そして、思いきり槌を持ち上げ、そして振り下ろす。 燃えた鋼に槌が打たれる度に器は輝きを増し、そして内に封じられていく。 咲耶は、いつのまにか炎に対しての恐怖心を忘れていた。 炎は、破壊の象徴であると共に、融合し、そして新たなものを生み出す象徴でもある。 今、咲耶の一振り一振りで、刀はどんどんその形を成していく。 そして、咲耶は思う。 これが……器……そして、これが器の産まれるところ…… 日も傾きかけたこの時、工房には、熱気と共に、美しい鋼の音色が、辺りを浄化するか のように、響き渡っていた。 ←『12』に戻る。 『14』に進む。→ |