『15』


 炎は、赤く辺りを照らしている。
 その炎は、一人の鬼と複数の人間との間でうねり、時には火の粉を散らし
ながら、ごうごうと獣のように叫び声を挙げた。

「さあ、どうします? 新選組諸君。この私を斬るかね? それともこの不
 様に燃え盛る鳳凰堂の消火にでもあたりますか?」
「ふざけるな! これ以上、貴様の好きなようにはさせん!」
「! よせ! 魁!!!」

 一人飛び出したのは島田だ。
 山南の止めるのも聞かず、島田は猪突猛進、伊賀瀬に向かって突撃した。
 そして伊賀瀬の眼前まで迫ると全身を捻り、溜め込んだ力を拳に込めて、
ごう音を放ちながらくり出した。
 彼の拳から肘にかけては、黒い、まるで漆塗りを思わせるかのような鉄甲
が装着されており、その一撃は、彼の拳のスピードと相まって、かなりの衝
撃だ。
 その拳からは青白い光が見えており、それが『器』である事は一目瞭然で
ある。
 まさに近付いてからコンマ数秒をおかずして行われたこの一撃は、確実に
伊賀瀬を捕らえた、と、誰もが思った。

 だが。

「やれやれ、せっかちな男ですな。そんな事では、女に嫌われまするぞ」

 島田の拳は、伊賀瀬の差し出された護符によって、いとも簡単に防がれて
いた。
 伊賀瀬の眼前に差し出された護符が、見えない壁を彼の前につくり出して
いるようだった。
 彼の拳は見えない壁に阻まれ、電気のスパークのような光を発して、前に
進めないでいる。
 島田は唇を噛むと、また再び拳をくり出した。

「ぬおおおおおおおおおおっ!!!」

 何度も何度も拳を見えない壁にぶつけ、そしてその度に火花が散る。
 しかし、伊賀瀬は余裕の表情で護符を持つ右手を横に振ると、島田の体は
強い衝撃を受けて吹っ飛んでしまった。

「ぐおああっ」

 地面に叩き付けられて島田が呻く。
 伊賀瀬は、ふん、とくだらなそうに微笑すると、持っていたその護符を、新
選組達に向かって投げ付けた。
 護符は一直線に彼等の元へと向かっていく。
 そして

「発破来轟」

 伊賀瀬がそう呟くと、護符が弾け、いくつもの尾を引く光となって、彼等
に襲い掛かった。

「みんな! あたしの後ろにいてっ!!」

 グネヴィアが新選組達の前に立つと、白木の杖をひと回し。
 そして、理解不能な言語を呟くと、新選組に向かっていた光は、彼等の眼前
で何かに弾かれて全て消し飛んだ。

「ふう……いきなりなにすんのよっ! 危ないじゃない!」

 グネヴィアはそう言うと、伊賀瀬を睨み付ける。

「ほほう……貴女……古代アスガルドのルーンを使えるのか。これは面白い。
 貴女のマジック・ルーンが上か。それともこの私の陰陽の呪(しゅ)が上か……」
「そんなの、あたしのルーンが上に決まってんじゃないの! いくよっ」

 また何やらぶつぶつ言いながら杖をひと回し。
 その間にも彼女の体は白い光に包まれていく。
 ルーン文字と思しきものがグネヴィアの回りを巡ったかと思うと、それは彼女の
持つ白木の杖の先に集まった。
 そして、面白そうにそれを見つめる伊賀瀬の前で、杖の先の光が弾けた。

「いっちゃえー! コメットテイル!」

 尾を引く白い光がいくつも飛び出し、まるで誘導されたかのように正確に伊賀瀬
に向かって飛んでいく。
 伊賀瀬はシャツの中から一枚の札を出すと、

「堅砕」

 そう唱えた。
 すると、今度はグネヴィアの光が伊賀瀬の張った見えない壁に阻まれて、粉々
に砕け散った。
 伊賀瀬の防御壁に中たったいくつかの光は軌道をそれて、燃え盛る鳳凰堂へと
突っ込み、建物は爆音と火花を散らせてがらがらと崩れていく。

「ふ、先ほどのお返しですか? 中々律儀な」
「今のは、タダの挨拶がわりよ! これからが本番!! なんだからねっ」

 グネヴィアが杖を前に差し出し、新選組達が伊賀瀬との間を詰めていく。
 ガラハドも、グネヴィアに付かず離れずで剣を抜いた。

「まあ、そう焦る事もありますまい。これからあなた方に、面白いものを見せて
 差し上げます。」

 伊賀瀬は、迫る新選組に対して恐れも抱かず、どちらかというと面白がってい
るかのように彼等を池の方へと導いていく。

 伊賀瀬は舞うように、池の中央へと向かっていく。
 そこは池のあった場所だったが、今では干上がってただの窪みと化している。
 そして、伊賀瀬の立ち止まったその場所には、地下へと続く階段が見えた。

「何、あれ?」

 訝し気にグネヴィアが訪ねる。
 だが、新選組の面々もまた、何か分からず戸惑っているようだ。

「ここだ。ここが私の目的の場所……」

 そう言うと、伊賀瀬はちらりと新選組の面々を見遣ると、階段を降りていく。
 そこで、はっ、と山南が気付く。

「そうか! こんな所にあったのか!」
「……総長?」

 松原が問いかける。
 そこで、井上も気付く。

「なるほどな……ここにあったのか……大嶽丸の……首!!」

 そこにいた者達が、はっとして、急いで階段へと近付こうとしたその時、伊賀瀬
がひょっこり顔を出した。

「うおっ!」

 松原が声を挙げて立ち止まる。
 そんな面々を見て面白そうに微笑むと、伊賀瀬は言った。

「ああ、驚かせてすみません。ちょっと私もやる事があるので。私の『連れ』と少し
 遊んでいてくれませんか。いや、すぐに済みますので」

 そう言って伊賀瀬が何やら黒光りする装置をいじると、空間に歪みが生じ、そこ
から何体もの《第一種鬼》が現れた。
 身長は三メートルちょっと、グネヴィアから見ればからりの巨人である。
 まるで飢えた野良犬のようにうなり声と涎を半開きの口から垂れ流しながら、
鬼は『エサ』を睨み付けた。

「では、また後ほど……」

 そう言って、伊賀瀬は再び池にできた階段の下へと降りていってしまった。

「おのれ逃がすか!! 行くぞ! 四番隊、ぬかるなよ!!」

 松原の声に応、という声で応え、四番隊の面々が鬼に向かって突っ込み、数
体の鬼を一瞬で霧散させた。
 島田はその体躯を生かして拳をくり出し、その度に鬼の体は月のように拳のクレ
ーターを作り吹っ飛ばされていく。
 次に続いた四番隊組長、松原は、無口に鬼の眼前へと歩み寄る。
 彼の体は鬼に勝るとも劣らない、大きな肉体を持つ身である。
 彼は鬼の一撃を紙一重で躱した松原は鬼の背後に回りこみ、そしてその体を両腕
で掴むと、思いきり締め上げた。
 浅葱色の前羽織りから覗いたのは、これもまた黒漆のような渋い光沢のある鎧。
 これは島田の時とは違い、全身びっしりと鎧に覆われている。
 松原は

「ふん」

 と力を込めると、鬼の体はべきべきと音をたてて砕け、そして彼の腕の中で霧散
していった。
 そこに、井上の六番隊が加わり、池のあったその窪みは、青白い光と、赤い炎、
黒い影と白い影の入り乱れる戦場と化した。

「ここで手間取っている訳にはいかん! 総長! 島田と、姫、ガラハドを連れ
 先にあの階段の奥へ!! ここは、我ら四番隊と六番隊が引き受けます!!」

 井上が総長、山南に向かってそう叫ぶ。
 山南は、井上、松原に向かってそれぞれ頷くと、島田、グネヴィア、ガラハドに
向かって叫んだ。

「さあ、行こう! 大嶽丸の首は、絶対に彼等に奪われてはいけない!! あれは
 ……あの首は、遺体でも、ミイラでもない!!」

 山南に呼ばれた三人は、彼に近付き、歪みから尚も這い出る鬼をなぎ倒して階段
へと近付いていく。
 ガラハドが彼等の後ろにつき、そして鬼が近付いたとの時、左手を前に差し出し
た。
 すると、どこからか光が集まったかと思うと巨大な白銀の盾が現れ、鬼達を弾き
飛ばした。

「おお! あれがアリマタヤの盾か!」

 島田が少し感動を添えてそう叫ぶ。

「長いは無用! さあ、先へ!」

 ガラハドの叫びに山南、グネヴィア、島田も応えて、それぞれが階段を降りてい
く。
 それを見送って、今度は井上が階段へと近付いた。

「この先へは、一歩たりとも行かせはせんぞ、鬼ども」

 井上はそう呟くと刀を構え直した。
 そこへ、どす黒い皮膚と長い角を持つ鬼達が一斉に襲い掛かった。
 井上は、鬼の爪を左に躱すと、次にくり出された攻撃を鍔で受け止め、弾き返し、
仰け反った鬼の腹を水平に斬り飛ばした。
 上半身と下半身が離ればなれになりながら、砂となり霧散する鬼。
 しかしこれで終わりではなく、次から次へと鬼は井上に群がってきた。
 そこに、六番隊の隊士が数名突撃をかましていく。
 一人が鬼に斬り掛かる間に、他の隊士が鬼の後ろに回りこみ退路を断つ。
 そして、矢継ぎ早に前方が斬り掛かり、怯んだ所に後方が続く。
 前後を挟まれて、鬼達は次から次へと葬られていく。
 まさに、群れで生活する狼が狩りを行うがごとく、見事なコンビネーションを決
めて、鬼は新選組の前に霧となり、砂となった。
 
 新選組の剣は、圧倒的な戦力差を常に維持しながら戦う集団剣法であり、そして
集団殺法だ。
 流派剣法そのものは個対個ではある。
 が、その経験を上手く生かし、集団剣法へと発展させたのが、新選組の剣術と
いえるだろう。
 戦国の世と違い槍襖を形成して突っ込むのではなく、それぞれが戦団の一機能と
して活動する。
 幕末の世、新選組の面々は、大変剣技に優れてはいたが、京都の警察機動隊とし
ては、あまりにも集団活動が拙劣だったという。
 新選組はこの欠点を克服するために集団での戦法を訓練し、相対する敵よりも圧
倒的に数で優位に立ち、相手を捕縛、ないしは逆らえば集団で斬る、という戦法に
変わっていったのだ。
 これは、今の警察機動隊の活動に通ずるものもある。
 犯人が逆らっても、今の警察官は斬り掛かったりはしないが、集団の力の差で相
手を押さえ付けるという事は、今の防衛にも言える事だ。
 新選組を集団で斬るから卑怯だ、ハイエナのようだと蔑む人もいるが、警備は英
雄ごっこではない。
 幕末の胴乱の世では治安と不穏分子の捕縛こそが大切なのだ。
 現に、池田屋事件では、維新の志士が京都を焼き討ちして、その混乱に乗じて天皇
を拉致しようという計画が立てられていた。
 ゆえに、殺伐としたあの時代、集団戦法は仲間や市民の生死も保証できる有益な戦
闘方法であったと言える。

 この時代……鬼の世の新選組も、数で勝負を挑む事が多い。
 組長クラスにもなれば、一人で多数を相手にもできるが、隊士クラスでは集団で
確固撃破という戦法を多く取る。
 その技は、《山攻撃破剣》《草攻剣》などの技となり、鬼を撃破してきた。
 彼等の剣技のおかげで、山南達を追う鬼もおらず、石段を降りた後は、石の組ま
れた地下通路を後ろを気にする事なく走り抜けていった。

 ……どれくらい走ったか、狭い通路では時間の経過も分かりにくいが、狭い通路
が、いきなり一気に開けた。
 そこには、木造の社が建てられた空間で、高さ十メートル、奥行き二十メート
ルの、なかなか広い空間だった。

「まさか……こんな空間が……」

 山南は辺りを見渡し、そして社の前で直立不動する男の影を捕らえた。

「やあ、ようこそおいでくださいました」

 伊賀瀬はそう言って不適に微笑むと、一礼して、彼等四人を迎え入れた。
 その手には、一つの鬼の《首》が乗せられていた……。



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